2016年01月30日

Kindle

最近はキンドル本ばかり買う。キンドルになっていない本はしょうがないので図書館から借りて読むようにしている。どうも家の中が本だらけになるのが鬱陶しい。
去年は思い切って、かなりの本を捨てたりブックオフに売り払ったりした。それでもやはりキンドルになっていない本は捨てるに捨てられないところがある。

紙の書籍で持っている価値のあるのは、画集とか写真集の類くらいか。
だが、iPadの性能が高いのでもはやそれも必要なくなりつつあるのかもしれない。
キンドル比率は徐々に上がってきてはいるのだろう。
岩波文庫なんかも、全部キンドルにすればまだ生き残れる可能性があるのではないか。
文庫は可搬性を考えた形式だが、字が小さくもはや文庫本を読む気はあまり起きない。

キンドルのリーダーとしては、iPadが一番だ。画面が横長過ぎないのがちょうどいい感じだ。
アンドロイドタブレットはこの点、横長タイプばかりだ。
またiPadはレチナディスプレイで表示もきれいだ。
私のiPadの利用時間はほとんどはkindleリーダーとして使っている。
アマゾンのキンドルタブレットは白黒のを持っているが、軽いという他に特別の利点はない。
画面反応は遅く、字もあまりきれいではないし、容量が小さすぎてダメだ。
アマゾンももう少し贅沢な読書のための高級タイプの大画面のキンドル白黒タブレットを出すべきだろう。

iPadもiPadProくらいのが画面サイズだと、pdfもそのまま読めるようになる。
だが、pdfという形式はキンドル形式には圧倒的に劣る。文字サイズを自由に変えられないのは不便だ。
ちなみにキンドルではpdfファイルを自分の端末アドレスにメールで送付するだけでキンドル形式に変換してくれて、自動的にキンドルで読めるようになる仕組みがあるが、凝ったpdfファイルはちゃんと変換がされないことがおおい。
iPadProは新しい設計なので、Pro2,Pro3くらいになったら買うかもしれない。
一方のアンドロイドタブレットは、めぼしいものがどんどん少なくなっているようだ。

音楽がレコードでしか聞けない時代は家の中に山のようにレコードを持っていることが嬉しかったりしたわけだが、今はアマゾンやアップルミュージックでそんな必要はなくなった。
全てのライブラリーを携帯できるからである。本もライブラリー毎常に携帯できる時代になった。
これによって本の利用性はずっと高まるし、本棚の片隅に埋もれてしまうこともない。

歴史関係の本は特にキンドルにするといい。塩野七生さんの本もキンドル化されているのが多いので読む気になった。w

ただし、キンドルリーダーアプリの方はまだ改善余地が沢山ある。
キンドル本も何百冊と増えてくると、管理機能が弱く感じられてくる。
例えば、サンプル本は表示しない、別に表示するなどの機能は必要だし、並べ替えの機能ももっと細かくできた方がよい。このようなインタフェースの改良は簡単だろうから、早くやってほしいものだ。

今は昔のように本棚やレコード棚がいらない時代になったともいえる。
20年前から考えればほんとにSFな時代になったものである。

posted by libertarian at 12:26| 東京 🌁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする