2016年02月13日

コンプライアンスは法の支配を破壊する:Compliance fascism,Unknown Capitalism

The Americansのような80年代の冷戦時代のスパイものドラマを見ると、少し前のことのような、遠い昔のような感じがする。この時代は右と左、リベラルと保守という対立軸が強くあり、それこそが問題の本質であると多くの人が思っていた。

ドラマに出てくるソ連スパイも共産主義の理想に対する熱烈な献身があり、資本主義に対して自分らの理念がはるかに崇高であることを信じて戦っているわけだ。これは宗教戦争的な思想戦争ともいった様相があった。

だが、ソ連崩壊後、この思想的な対立軸なるものはなし崩しになった。アメリカの大統領選などを見ていると、社会主義者のサンダースのような人間が結構人気があったりで、今の人は昔の熾烈な右と左の闘争の物語をなにも知らないらしい。政治的な対立軸としてすら意識されていない可能性がある。

現在、世界最大の社会主義国はシナであるが、その支那も内部ではいまだに共産主義洗脳教育を共産党員に対しては徹底的にやっているようだが、シナは別に共産主義のイデオロギーを背負った存在としては見られていない。ソ連崩壊後は、シナはソ連と同様の共産主義、社会主義体制から資本主義体制に移行する過渡期的な国家と見られてきたと思われる。実はそうではなかったわけだが。

改めて思うに、社会主義とは割と意味が明確だが、資本主義は意味がいまだにはっきりとしていない。
アインランドが言ったように、未だに資本主義の意味は明らかとはなっていない。

私が日本がおかしくなってきたなと強く感じたのはコンプライアンスが騒がれたあたりからだ。これは新手?のファシズム的スローガンだと私は見抜いたのだが、案の定であった。
そもそも、コンプライアンスを最初に唱えたのは、あのナチスなのである。結果、ドイツは法治主義の社会からリンチ的な暗黒社会、つまりファシズムの社会になった。

今のマスゴミ報道を見ていても、その悪しき影響を感じる。その典型的な例がSTAP事件であった。NHKを筆頭とするマスゴミどもが嵩にかかって研究者をリンチにした根拠はおそらくコンプライアンスだろう。それもマスゴミのイメージするコンプライアンス的正義というやつだ。
それがマスゴミをして個人の研究者を血祭りにあげるという狂気に走らせたのである。
日本社会はいまだに十分な法治国家ではないから、コンプライアンススローガンの危険性は欧米よりも高い。
日本は大東亜戦争の頃も一党独裁ではなかったからファシズムではないとする論もあるが、一党独裁ではないにしても、やはり極端な集団同調圧力の高まった社会だったろうと思われる。そこでは法ではなく集団の空気が支配する。

さらに思うに、今の自由主義と集産主義の対立軸が失われ、その意味が忘れられた状況とは、社会主義の理想が素朴かつ熱烈に(一部の人に)信じられていた時代、つまりナチスやソ連が台頭してきた時代と近いのかもしれない。
歴史は繰り返すというが、要するに昔みんなが知っていたことを誰も知らなくなると同じ事を繰り返すわけである。

アインランドは今また読み返されるべき本かもしれない。いわゆる保守主義ではなく、資本主義=自由主義の意味と価値の究明というポジティブな姿勢が必要だろうと思うのだ。
posted by libertarian at 23:19| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする