2016年07月15日

転職(転社)できる発展する社会

日本は終身雇用制だったが、それが崩れつつあると言われるようになって久しいが、正直なところ、あまりそれは実感しない。
そもそも公務員は典型的な終身雇用でこれは未だに全く不動だ。(→キャリア官僚は例外だが)だから、近年、民間に比べ給与待遇もよく、さらに解雇されないことが保証されている公務員の人気が高まっていた。

単純に、安定した生き方を望むのであれば日本では公務員になることが最善の選択肢なのではないかと思う。

もっと長いタイムスパンでみれば、終身雇用制は、日本の伝統でもなんでもなく戦後からの経済成長期という特殊な時期、つまりはせいぜい50年位の間にあった企業慣行にすぎず、その前は日本も転職率は高かったようだ。私はこのいわゆる終身雇用や年功序列があった期間を1945から1995年の50年とざっと考える。

経済発展していた時期は、このような従業員の囲い込みが企業にとって合理的だったのだ。
ただし、これは企業がどんどん成長拡大している時期でないと、終身雇用なり年功序列という慣行が成り立たないのは自明だ。

結果的にバブルが弾けたあたりから、つまり1990年代位から民間レベルでは、年功序列と終身雇用は機能しなくなってきたのは事実だ。
だが、日本の場合、この頃からデフレが財務省や日銀によって同時に引き起こされ、それが20年以上続くことになったのが、不幸の始まりだった。そして未だにデフレは完全には収束していない。

このデフレによって、経済がどんどん収縮し、失業率が高まり、圧倒的な企業側の買い手市場になった。結果的に、転職したくても転職ができない状況になった。私の印象では1990年代前半までは、企業でも優秀な人から順にどんどんと転職を繰り返していたが、その後は、それも難しい状況になった。
#正確に言えば職業をかえるのではなく、会社を移動しているだけだから、転社というべきか?
有能で意欲のある人は転社を繰り返しながら収入も上げていったが、これは1995年位までだったように思う。転社が容易な環境でないと給与そのものが競争関係に置かれないので賃金をあげることは無理である。

失業率の上昇と、転職もとい転社が困難という一種の終身雇用的な状況が同時に起こったのがこの20数年だ。
さらに、いわゆる正社員でないテンポラリー雇用が必然的に増大した。

終身雇用はもろもろの労働規制もあるが所詮は企業慣行にすぎず、いわゆる終身雇用は公務員を除けば法律でも制度でもない。
経済が成長しているときには、転職の自由度が高まり、デフレになると転職の自由も小さくなる。
結果的にデフレがあたかも終身雇用のような従業員の流動性の低さをもたらしたわけだ。

終身雇用制などと呼ばれる制度でも何でもない慣行は、経済状況に作用されるものにすぎないのであって、慣行を制度と勘違いして論じても無意味と考える。
働く人にとっては職業選択の自由、転職の自由が最も大事なものなので、自由に転職できる経済発展する社会が理想である。つまり雇用状況としては売り手市場の状況がいいわけだ。

この20数年で先進国でデフレに陥ったのは日本だけであり、其の結果、最も経済発展しなかった国も日本だが、それは日銀ー財務省のデフレ化政策によってもたらされたものだ。
財務省という圧倒的な権力を持つ省庁の狂気の経済政策をストップする権限を持つのは間違いなく政治家だけだが、それが出来た人は安倍首相の登場まで残念ながらいなかったのである。
posted by libertarian at 08:18| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする