2016年07月18日

教育と医療:The Worst 2 system

教育システムと医療システムは近年に肥大化したものだが、この2つは現代の最大の問題とも考えられる。
結論からいえば、この2つは福祉国家を標榜する国家の法律体系に組み込まれているために巨大な利権システムと化しており、何人たりともそこから逃れることは難しい。
この2つを真っ向から批判したのが、哲学者イワン イリイチであった。

今はネットの時代であるから、学校に集まって先生の話を黙って聞いているなどということは全く必要がなくなっている。例えばどこかの予備校は人気講師の授業をDVDにして数十万円という価格で売っているそうである。そして、そういう予備校が伸びている。そうすれば教える側も毎回同じ話をしなくても済むし、学ぶ側もどこにいても聞きたい話を聞けるわけだ。そうなれば、人気歌手同様、ごく一部のスター教師だけが儲かり、他は要らなくなる。
これは一つの望ましい姿でもある。

そもそも教育とはteachingつまり教師=提供者側の論理で作られた前時代的なものだ。大事なのはラーニングであり、消費者側が自分が学ぶものを選択できることだ。
今の時代はそれが十分に可能な時代になったが、未だに高校の義務教育化だと馬鹿なことを言っている。
一時代前の産業化社会の論理、国家主義の論理で作られた強固な利権システムが現代の小学校から大学までの教育体制に過ぎない。

もとより、今の教育体制は人の能力、品質をプライシングするだけの機能しかない。全く価格情報がなければ人材は資材同様に浪費される運命にあるから教育によってプライシングすることで人的資源の浪費を防ぐという意味はあるかもしれない。
しかし、それはいわゆる検定試験のようなもので十分に代用可能だ。TOEICのように点数で評価すれば受かる受からないの2元的評価でなく連続的な評価もできる。
しかし、AIのようなものが今後普及すれば、そういった検定試験すら全く必要がなくなるのである。

さらに悲惨なのは医療システムだろう。
今の日本の医療システムでは最後は苦しみに苦しんで死ぬ患者が多い。この点は他の先進国と比べても特に日本が酷いところだ。胃瘻などということが平気で行われているのは日本くらいのものだろう。
これをやると患者は体が腐りながら地獄の苦しみを長いこと味わいながら死ぬことになる。
下手に救急車で担ぎ込まれると、ベルトコンベアー的にそうされることもあるし、患者の意志より周りの判断で行われるから困ったものだ。

今までの価値観では教育や医療に福祉国家の意味があったわけだが、この2つはどちらも問題そのものだ。
どちらも国家がやるべき事業ではないのである。
posted by libertarian at 13:09| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする