2016年10月25日

自称リバタリアンのほとんどは左派である

リバタリアニズムは、右でも左でもない第3極として自らを位置づけようとしているが、実際のところはリバタリアニズムには左派がかなり紛れ込んでいる。
以前、英語のWikiの解説には左派リバタリアンという項目があり、これは形容矛盾のように感じていたが、どうもそうではなかった。
特に日本でリバタリアニズムを語る人間の殆どは左派である。もしくは無自覚などーしよーもない左派であろう。
こういった連中は、リバタリアニズム=アナキズムと考えており、マルキズム=アナキズムであることから、リバタリアニズム=マルキズムと結びつくことになる。
マルキズムが私的所有権の否定からアナーキーに至るのに対し、リバタリアニズムは私的所有権の絶対化からアナーキーに至る。これは真逆のようでいて、実は同じものだ。
そもそもマルキズムも自称の自由主義なのだ。
自称リバタリアンの多くは、マルキズムが崩壊したので、アナキズムの可能性をリバタリアニズムに見ている連中と言ってよい。
ロスバードのようなミーゼスの信奉者ももともとはマルキストだった。それがマルキストからリバタリアニズムの唱道者になったわけだが、マルキズムの理想であるアナキズムの幻影をリバタリアニズムに投影していたのであろう。

このことからも、左派でないリバタリアンを論じた方が手っ取り早いわけだ。
無政府=アナーキーとは無政府制度という制度問題であり、自由とは関係がないということに注意しないといけない。自由をつきつめるとアナーキーという制度に至るわけではないのである。
大事なのは自由の概念であり、制度ではない。

結局のところ、ここら辺をちゃんとわかっていたのは、ミルトンフリードマンであり、ハイエクだったのだろう。フリードマンは経済を自由の問題として考え、ハイエクは法を自由の問題として論じた。
デビッドフリードマンはアナルコキャピタリズムを唱えているが、そこらへんのところはちゃんと分かっているだろう。w
posted by libertarian at 02:17| 東京 ☀| Libertarianism | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする