2016年11月13日

藤田嗣治の時代

今、府中市美術館で藤田嗣治の展覧会をやっている。 (12/11まで)
(同時に、千葉の河村記念美術館でも展覧会をやっている。1/15まで)
私は府中市美術館での展覧会を先日見てきたが、なかなか充実していて面白かった。

藤田嗣治は、日本で最も世界的に成功した画家と言えるだろう。藤田は1886年生まれ(今年で生誕130年)。
年譜では藤田の父は軍医の藤田嗣章と簡単に書かれることが多いが、藤田嗣章は森鴎外の後任の陸軍軍医総監となった超大物である。これは中将相当のトップになる。

そういう名門の家に生まれ、1904年の日露戦争時には18歳、1914年の第1次大戦時には28歳だったわけだから、日本が大東亜戦争に負けるまでの破竹の勢いのあった頃の日本、ある意味一番いい時期の日本で育った人間だったといえる。

藤田はフランスで大成功し、一財産を築いた。日本に帰国後は、大東亜戦争時には、超大作の戦争画を描いた。
展覧会でも、「アッツ島玉砕」などの3作が展示されていた。巨大な絵で、とてつもない力作である。
こういった作品は、将来は国宝として扱われてもよさそうなものである。
藤田は、rising sunの画家であったから、これはまさに藤田の集大成ともいえる画業だろう。

だが、戦後は藤田の戦争画は、戦争協力行為として一転批判されるようになり、藤田は嫌気がさして再度フランスに渡り、そこで一生を終える。(1968年)

藤田嗣治に興味を持って何冊か本を読んでみたが、なかなか面白い。林洋子氏の「藤田嗣治 手しごとの家」「藤田嗣治 本のしごと」といった本を見ると、この画家の全体像が見えてくる感じだ。
特に藤田の展覧会に行ったときに注意してみるべきは、額縁である。私は額縁が面白いと思って興味深くみていたが、藤田作品の額縁の多くは藤田のDIYによる手作りである。このことは林洋子氏の本で後で知った。
藤田の作品は絵と額縁のセットで見るべきものである。画集だと額縁はうつっていないので展覧会には額縁を見るためだけにも行った方がよい。w
藤田はDIYの走りともいうべき画家で、なんでも手作りしている。

20世紀の現代史を藤田という傑出した画家の生涯に沿って眺めてみると、その時間感覚と時代感覚がなんとなく分かってくる気がするのである。
posted by libertarian at 10:23| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする