2016年11月18日

定款としての憲法

アメリカ合衆国の歴史は短いとはいえ、独立前の期間も入れると実はそれほど短くはない。
独立(1776年)からは240年だが、アメリカ入植を日本で関ヶ原の戦いがあった1605年くらいとして数えれば400年以上ある。
日本では、アメリカ史やアメリカ法に関する碌な本が私の知る限りないが、その中で阿川尚之氏の著書は別格である。「憲法で読むアメリカ史」は名著であったが、先日、最新刊の「憲法改正とは何かーアメリカ改憲史から考える」を購入して読んでいる。全部は読んでいないが、この本も前著に負けず劣らずの名著である!

この本は、アメリカ憲法の成立過程から改憲の経緯を書いたものだが、ほとんどの日本人が知らないだろう空白のアメリカ独立前史からのアメリカ憲法の成立過程を分かりやすく説明している。
私も入植から独立までの160〜170年の期間がどういうもので、どういった経緯で憲法の制定に至ったのか具体的なことを調べようとしたことはあったが、日本ではまともな本が見当たらず、積年の疑問であった。
ハイエクの「自由の条件」は、アメリカ憲法の本質について書いたものだが、歴史的な事実関係が分からない。おそらくハイエクもあまりちゃんとは知らなかったのだろう。w
だが、この本を読んで、かなりすっきりと分かってきた。

この本から、アメリカ前史から憲法制定に至る経緯を簡単にまとめておこう。

1.株式会社型植民地
アメリカの植民地の大半は株式会社として発足し、定款を有していた。その代表がバージニア植民地である。
植民地人は従業員のようなもので、定款や経営に関して発言権は当然になかった。
しかし、バージニアの総監(国王に委託された子会社の社長のようなもの)は、移住者をさらにつのり士気を高めるため代議員会議を作らせた。

同様にマサチューセッツ湾会社の植民地では、会社の定款はそのまま植民地の憲法として用いられた。マサチューセッツ湾会社では、自分たちの信仰に基づく共同体を築くために勅許を得て作られた。バージニアの会社の出資者はイギリスに残ったが、マサチューセッツ湾会社では出資者もアメリカに渡ったという違いがあった。

重要なポイントは、株式会社として発足した植民地では、当初は本国イギリスのコモンローは適用はされなかったということだ。植民地は本質的に王の所有物であり、「王の法」が植民地の法に優先した。つまり植民地の住民は会社の従業員のようなものなので、会社のルールに従うだけだった。

#ちなみに、定款とは国王から与えられた勅許状のことである。これには、会社組織と運営の大綱を定めていた。本拠地はロンドン、総督(governer)という社長を置き、総督と投資家からなる諮問委員会(council)は総会を開く。植民者はこの会社と契約を交わして新大陸に渡った年季奉公人である。

2.社会契約型植民地
プリマス植民地では、メイフラワー盟約に基づいて作られた。彼らは国教会の権威を認めないピルグリムズという信仰集団だったのでイギリスでは迫害されており、それを逃れてアメリカに理想的な共同体をつくろうとしていた。しかしプリマス植民地でも、株式会社型植民地の定款を基に法律を作った。

3.封土型植民地
メリーランド植民地では、株式会社型ではなく、国王が臣下に植民地を領土として与え、絶対的な独占的所有権と統治権を領主が持っていた。しかし、この形の植民地も住民の協力がないと経営ができなかったので、植民地議会と会社型の統治機構を採用するようになった。

4.フレンチ・インディアン戦争(7年戦争)
フランスとのこの戦争でイギリスは、多大の戦費を使い、獲得した領土管理のためにも多額の資金を必要とした。イギリス本国は、この負担を戦争の最大の受益者である13植民地に対する増税によって求めた。
しかし、彼らは本国議会に代表を送ることが許されていない。代表なくして課税なし。ボストン茶会事件などを経て1775年独立戦争が始まる。しかし、13植民地は必ずしも独立を望んでいたわけではなく、課税をやめ、自治権を認めてくれればよいと思っていた。
だが、トマスペインの「コモンセンス」などで独立しか道はないとアジられ、独立に進んでいく。

そして13の植民地が平等にイギリスからの独立を果たすが、アメリカ合衆国という国の形はまだ何もない状態だった。13の共和国が独立したわけだが、かえって総督という対抗軸を失った議会は権力の濫用に走り政治混乱が起こった。
13国の同盟に連合規約はあったが、それらは条約であり、独立後に安全保障、通商政策、通貨管理などをどうするかという問題があった。
これらの問題により、新しい国のかたちと憲法を必要とする気運が生まれる。
アメリカ憲法は、「より完全な連合を築くために」制定された。


以上、少し詳しく纏めたが、要するにアメリカの植民地なるものは、大半が株式会社組織であり、各州が議会や法律を勝手に作り自治はあったが正式に認められたものではなかった。そして各植民地の法律は定款をベースに作られた。
アメリカ独立戦争は、これら株式会社が正式に国としてイギリスから独立する運動であった。
独立により、従来から運用していた各植民地の自治的な組織、法律や議会がイギリスから承認されたともいえる。
しかし、この時点では、13国の同盟でしかなく、アメリカ合衆国ではなかった。
その後、アメリカの国の形と憲法が作られていく。
憲法改正とは何か: アメリカ改憲史から考える (新潮選書) -
憲法改正とは何か: アメリカ改憲史から考える (新潮選書) -
posted by libertarian at 12:51| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする