2017年03月04日

文具のテクノロジー

ここのところ、文房具に嵌って色々と買っては使い勝手を試していた。
日本は世界最高の文具大国でもある。日本にはオリジナリティのある個性的な文具メーカーが多い。これは競争の結果、そういうメーカーだけが生き残ったということだろう。

古来より文房三宝とは、墨、筆、紙のことだが、今風には、インク、ペン、ノートというところか。
これらは三位一体で、どの一つが欠けても用をなさない。

毛筆や万年筆は完成された筆記具だ。毛筆の方は殆ど知らないが、万年筆はやはり良い奴は素晴らしい。値段は割と正直に性能を表すが、十分条件ではなく、必要条件かもしれない。私はペリカンのSouveran M800を万年筆のスタンダード、基準と見ている。ただM800であっても、調整は多くの場合で必要である。
M800を超える書き味を求めようとしたら、やはりM800より高い値段の万年筆から選ぶしかないだろう。
それもやたらと装飾にコストをかけて高価になっているものではなく、書き味に徹底的にこだわった万年筆で高価なものである。そうなるとパイロットやセーラー、プラチナといった国産万年筆メーカーのフラッグシップモデルが対抗できる軸として候補になる。日本語は漢字という複雑な文字を書かねばならないので、万年筆に要求される性能レベルは高くなるのである。

しかし、最近色々と試してみたのは、万年筆ではなく、ボールペンのほうだ。
日本のボールペン開発が今は非常にホットといえるだろう。
三菱のジェットストリームのような油性低粘度インクの開発に始まり、水性ゲルインクの開発も非常に進んでいる。今まで自分はボールペンはジェットストリームばかり使っていたが、水性ゲルインクボールペンの進歩に驚いた。
水性ゲルインクボールペンでは、三菱のシグノ、ZebraのSarasa、ぺんてるのエナージェルなどがメジャーで、どれも非常に優れている。私が特に気に入っているのが、PilotのHITEC-C Maicaである。
このインクは、微生物から作られる樹脂を用いた「バイオポリマーインキ」で、私の印象では三菱のジェットストリーム以来の驚きの書き味を実現している。
ぺんてるのエナージェルはヨーロッパでバカ売れしているそうだが、水性ゲルインクボールペンなのに油性ボールペンのような滑らかさがあり、これもお気に入りだ。

ボールペンはインクの開発がかなりハイテクになっているようで、おそらくボールペンインクのようなハイテク商品は日本の技術力のある大手文具メーカーでないと今後は開発できなくなるかもしれない。
海外の有名ペンブランドは、デザインがよかったりするが、実際は、日本の文具メーカー、パイロットや三菱Uniといったところと比べると、売り上げ規模では弱小なのだ。

日本の水性ゲルボールペンは、線の幅と色の種類で多種多様で、海外ブランドも、もはやパーカーのリフィル規格の軸を作っている場合ではない。日本の水性ゲルインクボールペンはC−300という規格でほぼ統一されているのもよい。それでもリフィルの形状に若干のブレはあるが、対応は可能だ。
だから、高価な軸でC300リフィルが入るものを選ぶのがよい。

思うに筆記具が字体というものを形成する決定的な道具であり、逆に言えば字体は筆記具に即して変化するべきものだろう。歴史的にみてもこれはいえる。
日本は江戸の頃までは、寺子屋で行書を主体に教え、草書も教えていた。
それが明治で、学校で楷書を強制するように変化した。
毛筆で書くことを前提とした場合、行書、草書で書くのが正しく、楷書のような「活字」は適さない。
歴史的にも、チャイナで、行書、草書が最初に生まれ、その後、楷書が規格化された公文書用の文字として開発されたのである。
毛筆は筆圧0で方向性も360度自由に線が書ける唯一の筆記具であり、この特性を生かして行書、草書の流麗な字体が生まれた。

楷書は活字であり、行書のもつ運筆という本質を排除した文字である。楷書は活字であって、活字そっくりに書けることがうまい文字だとされる。これが日本人の文字を決定的に下手くそにしてしまったし、字を書くことを苦痛にさせてしまった原因である。楷書とは公文書用の「活字」だから、自由度がほとんどなく、書く楽しみが失われた文字なのだ。

明治ー大正ー昭和の頃の有名小説家の生原稿を見ると、原稿用紙に万年筆やら鉛筆で書く文字はかなり下手くそだが、筆で書いてる文字は全くの別物で達筆ということがよくある。(ちなみに三島由紀夫は硬筆でもずいぶんとうまい字を書く。)
硬筆で書く楷書と、毛筆で書く行書の間に物凄い落差があるのである。
毛筆で書く行書は、さらさらと楽に早く綺麗に書けるが、硬筆で書く楷書は、書くのに恐ろしく苦労し、おまけに下手くそで、その下手くそさに嫌になりながら書いているように見える。ww

もっとも今はPCで書くのが一般的で、こういった筆記具と格闘することもあまりないだろう。
だが、筆記具で書くことには未だに意味があり、筆記具で書くことが、昔の日本人が毛筆でさらさらと書いていたように、早く楽に楽しく書ける道具であれば、この快楽の道具を手放す理由はない。
今の文房具の進歩が、どうやってこの快楽を開発していくのかが興味深い。一つは万年筆であり、一つは筆ペンのようなハイテク毛筆。もう一つはハイテクインクを使ったボールペンで、どれも可能性がある。
posted by libertarian at 02:17| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする