2017年04月28日

戦争にチャンスを与えよ

エドワード ルトワックの「戦争にチャンスを与えよ」を読んだ。
これは新書で気軽に読めるがなかなか面白かった。

私は、戦争の意味というのは肯定的に論じる必要があると思っていたが、まさにルトワックの戦争観はそういうものだ。つまり、紛争を終わらせ平和をもたらすものは戦争だけだというのがルトワックの考えだ。
この例証として、ルトワックはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争への介入、ルワンダのツチ族、フツ族の虐殺の介入、ソマリアへの介入、など昨今の紛争介入への事例を挙げている。
そしてアメリカなどの介入主義を現代の病であるとしている。オバマならぬヒラリー・クリントンによるリビアのカダフィ政権の転覆により、今は100の部族による抗争が繰り広げられ、リビアはどうしようもないアナーキーなカオスになっている。
介入により、停戦を強制しても、それは戦争が凍結された状態になるだけで、平和なり次の状態への変化が起きないのである。国連の介入、NGOの介入これらも全て本質的に無責任なものであり結果的に害悪しかもたらさない。
そして、「戦争をするのは外交の開始を相手に強制するため」でもある。
同盟関係は自国の軍事力よりも重要だというのもポイントだろう。同盟関係の構築は大戦略に相当し、個々の戦闘は戦術レベルの位置づけにある。そして戦術レベルの勝利を重ねても、ナチス同様に戦略で負けるのだ。

だが、戦争という極めて重要な問題を、忌避すべき害悪としか考えないのは、戦後リベラルの基本原理であり、多くの人はそういう考えが前提になっている。そして、その原理原則が根本的に誤っているのである。
世界は複雑でパラドックスに満ちており、「平和を欲するのであれば戦争に備えなければならない」のである。
全ての敵は潜在的な友であり、全ての友は潜在的な敵である。

シリア問題、IS問題にしても、アメリカにとってベストな状態は、誰も勝たない状態、つまり内戦の継続化であると指摘している。つまり、シリアのアサドの勝利はイランの勝利に等しく、逆にシリアの敗北はヌスラ戦線、アルカイダ=ISの勝利に等しい。つまりアメリカにとってはどっちに転んでも望ましくないので、内戦の継続化がアメリカにとってはベストなシナリオである。
そういう観点でいえば、トランプの行っているIS掃討はどういう結果になるのだろうか?

朝鮮半島にしても、ベストな問題処理方法は金体制の内部からの転覆であることは当然だが、あまり現実的な手段ではないだろう。 となると電撃的な奇襲作戦、機動戦がやはりアメリカのとるべき戦術だろうか。


posted by libertarian at 21:08| 東京 ☀| Modern HIstory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする