2017年05月27日

ペンとノートとキーボード

ここのところ、筆記具、文房具、キーボードに凝っていた。この手の道具は普段は何となく使ってるが、意外と奥が深いことを再認識した。w
現代人にとっては、手書きもキーボードも日常的に必須の道具で、どちらか一方だけというわけにはいかない。

思うに手書きの場合の一番のメリットは、落書きができるということかもしれない。
パソコンでも落書きはできないこともないが、やはりノートに書いた方がしっくりくる。
雑然とした考えやイメージを絵、図形などの落書きで徐々に整理していくには、ノートとペンというシンプルで自由度の高いものがよいのである。コンピューターは便利だが、基本的にとんでもなく複雑なもので、自由度も高くない。プログラムされた機能に制約される。
紙やペンには、紙の質感や書き味という要素があるがコンピューターにはない。まあ、ないわけじゃないが、良質の紙とペンのフィーリングにはまだ遠く及ばない。

コンピューターは、ノートとペンのもつ、質感とか書き味といった感覚的な要素を一切廃した情報としてしか扱わないわけだ。そこがコンピューターの良いところでもあり限界でもある。
しかし、人間の能力をより引き出してくれるのは、ノートとペンの方だろう。

タイピングゲームの寿司打の1万円コースでタイピングと手書きのスピード比較をしてみた。大体、手書きもタイピングも同じくらいのスピードのようである。手書きも練習をすれば、もう少しきれいに早く書けるようになると思う。今の状態では、寿司が流れる前に手書きできるが、力が入りすぎるのか乱雑になる。
しかしタイピングの方がずっと速く書けるように思っていたが、あまり大差ないというのは、発見であった。w

書くスピードが大差ない上、実際は考えたり思い出したりする時間が圧倒的に長くてそれが律速段階になるので、どちらで書いても時間的な違いはないということだろう。
プログラムもノートに書いた方がいいかもしれない。w
posted by libertarian at 21:21| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする