2017年08月18日

民主主義と攻撃的セキュリティ

日本がコミンテルンの謀略によって、対米戦争に突き進んでいったという説は正しいと私は思う。アメリカもコミンテルンの謀略によって政治を大きくミスリードされてきた。
コミンテルンの謀略のような非対称的なテロ的な活動は、わずかなコストによって甚大な被害を世界にもたらしてきた。
これは、なぜかというに、デモクラシーにセキュリティが埋め込まれていないからだろう。つまり、デモクラシーといったオープンな制度は初期のインターネット同様にオープンで自由であることを理想としているがために、セキュリティのような性悪説的な仕組みが織り込まれていないのだと思う。デモクラシーは民主政体といった制度だが、その具体的な内容は選挙制度がベースとなる。

ちなみに法治主義、法の支配とデモクラシーは同じではない。法の支配が上位概念であり、民主制度というのは明らかにすっと下位の意味合いしかない。
おそらく「法の支配」の理想的な意味では、法とは自然法のことだが、それが拡大されて人間の決めた単なるルール(人定法)としての法も含むようになった。そうやって法の意味が拡大されるにつれて、民主制度=デモクラシーの価値も拡大的に解釈されてきたのだろうと思われる。だが、デモクラシーの基盤となる選挙制度は様々あり、どの選挙制度も深刻な問題を持っている。

話がそれたが、今のインターネットは後付の暗号システムによってなんとか成り立っているわけだが、デモクラシーにも後付的なセキュリティシステムがあるのかと考えるに、おそらくそれはない。
セキュリティがないがゆえに先進国のデモクラシーに対する、後進国のコミンテルン、中共といった悪党集団の付け入るスキが沢山あるのである。
それでも正義が最後は勝つとは残念ながら言えないのだ。実際、これだけ甚大な被害を被ってきて今もそうなのであるから、正義が勝ったとは全く言えない。これは明らかにセキュリティシステムを内在しないデモクラシーのもつ制度的な欠陥である。

思うにセキュリティを広く解釈すれば、免疫システムもそうだし、そういった複雑なシステムは間違いなく後付のものである。しかし、その後付のシステムがサバイバルを分けるのだと思う。必要とされるセキュリティシステムとは、Offensive securityだ。
アメリカを見ればわかるように攻撃は最大の防御なりということで、Offensive Security、攻撃的防御システムがアメリカのセキュリティの基本だ。最初に攻撃する必要はなくても、OffensiveSecurity、攻撃的セキュリティシステムを持つ必要がある。危険は小さい芽のうちに摘んでおくという原則だ。
しかし、アメリカであっても国内政治はオープンでフリーが原則であるためにそこに食い込まれてしまっているわけだ。
選挙で大半が社会主義支持者が選ばれれば、無血革命で社会主義者は勝利するが、それもすぐには難しいので教育、メディアという制度を乗っ取りにかかってきたのが戦後の共産主義ー社会主義陣営の一貫とした戦略だろう。そして、それは物凄い成果を着実にあげている。


posted by libertarian at 21:18| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする