2019年04月06日

近藤誠のガンモドキ説もあまり論理的でない

近藤誠の本を何冊か読んだが、近藤誠はある意味極端なEBMの立場といえる。Evidenceとは医学文献のことで、近藤誠は誰よりもたくさん文献を読んでいると自負している。近藤誠のスタンスは反逆児のようでいて実は今風の医学のオーソドキシーに掉さしているといえる。

しかし、違和感を感じるのは近藤誠には実は強い思い込みがあり、それは、ガンは治ることはないという前提があることだ。ガンモドキなるものは自然に消えることもあるが、本物のガンと近藤が呼ぶものは決して治らないし、治癒もできないとしている。しかしガンモドキと本物のガンの区別はあいまいで客観的基準は皆無であり、結果論で判断している。もし自然に消えればガンモドキで死んでしまえば本物のガンという程度のことのようだが、これはあまりに都合の良い議論である。

というわけで、近藤誠のいうとおり医者からガンだと言われても手術や抗がん剤、放射線治療はするべきでないのは正しいが、現在のEBMなるものを根拠に本物のガンは絶対に治らないと結論するのも論理的に間違っている。都合の良い結果論で議論すれば近藤のいうところの本物のガンは絶対治らないということになる。
ここに近藤誠の議論のうさんくささ、非論理性がある。

ガンになった本人としては、自分のガンが「がんもどき」なのか「本物のガン」なのかは全くわからない。運よく治ればガンモドキで、治らなかったら本物のガンであきらめるしかないと言われても、ふざけるなと思うだろう。

つまり、ガンと言われても近藤の考えではほとんどが「がんもどき」なので、ほっておいても実は結構治ることがあるということだろうが、患者にはどちらか分からないので、なにかのアクションをとるのが合理的行動となる。近藤は本物のガンであれば、何もできないし、余計なことをすれば死期を早めるだけだからやはり何もしない方が正しいという。だが、世の中にはガンは治るといっているオーソドックスでない医者も結構いる。本物のガンは治しようがないという近藤の議論が結果論、循環論にすぎない以上、論理的ではなく信じる決定打はない。そのため、ガンは治ると言っている人間の方を信じるのが合理的となるだろう。



posted by libertarian at 22:23| 東京 ☀| Medical | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする