2019年08月01日

天皇の歴史

先日、歴代天皇126代を全て覚えたが、名前を知っているだけではあまり意味がないので、どういう人間、なにをした人間だったかという本も何冊か読んでみた。天皇の歴史は神武天皇から始まるが、実際に天皇という言葉を使うようになったのは天武天皇の御代からだ。それまでは大王とか呼んでいたのであろう。天皇は今では祭祀王と言われるが、最初の頃の天皇はむしろ将軍のような武人の印象がある。神道の祭祀王という形になっていったのはいつからのことだったのか知らん。天皇の葬儀も聖武天皇の頃から江戸時代まですっと仏式であった。神式の葬式になったのは明治からだ。天皇自身、神道より仏教徒だったらしい。神道は仏教より格下のものと制度上もなっていた。

天皇ー皇室の権勢は平安時代が頂点だったのかもしれない。それまでは公地公民制で日本の土地も全て原則天皇のものであった。だから天皇ー皇室はその莫大な税金でとびきりに豊かであった。しかし、平安末期から院政がはじまり荘園が増え実質土地の私有制のようなものが広まった。
そして承久の乱で後鳥羽上皇のクーデターが幕府に破れて天皇の権勢は失墜し、その後は時の政権、幕府にコントロールされるようになる。
さらにそれに反旗を振りかざしたのが後醍醐天皇であった。後醍醐天皇は昔の皇室最盛期の律令制、公地公民制の頃に戻したかったわけだがそれは不可能であった。そして、さらに天皇の力は落ちていった。
江戸幕府は、天皇ー皇室を完全にコントロールし、もはや天皇には、ほとんど自由もなかった。外出するにも幕府の許可が必要だった。そういう状況なので庶民にも天皇の存在というのは大きくはなかったのであろう。
伊勢神宮の遷宮や大嘗祭はずっと続いていたわけではなくて、大嘗祭は江戸時代の桜町天皇の時から再開されており、行われていなかった期間は長い。
皇室の権限が制限されていくことで皇室は文化の担い手的存在であり祭祀王としての存在に特化してきたようだ。

とはいえ、権威と権力の分離というコモンローのようなものが天皇ー皇室によって1000年以上前に出来たことが日本の特異なところであり美点だ。おそらくこの権威と権力の分離ができている国は今の世界に日本しかない。
posted by libertarian at 20:04| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする