2008年05月03日

Securitization of Organization

いうまでもなく組織とは人間集団であり、また組織活動とは人間集団の活動である。 組織の中には、多くの契約が存在する。
組織の従業員であることにも契約があるし、組織が取引を行うことも契約だ。組織をこのような”契約の束”として考えることで、その”契約の束”を証券化(securitize)することが可能になる。
つまり、組織そのものを証券化することで、人間集団というとらえどころのないものに、所有権が発生する。(ちなみに当然だが人間に対する所有権ではない。契約に対する所有権だ)

#しかし、この契約を介した組織というのは既に、ゲマインシャフト的な、つまり村落共同体、家族共同体的な組織とは異なる。
とりあえず会社組織を考える上では、このレベルで一旦止めておくのがいい。

つまり、契約の束である組織を証券化して株式会社にする仕組みと、株式を公開市場に上場するシステムは別に考えないといけない。

上場システムと有限責任特権の関係を考えてみよう。
まず、株式市場への上場システムは、資金的なレバレッジを得る仕組の一つである。
現在、上場が許される会社は、株主が有限責任の株式会社に限られる。
もし、この際、株主の有限責任という条件がなければ、無限責任の一端を株主が負うことになるからマーケットに上場しても買い手がつかないかもしれない。
株主になるリスクが大きすぎるからだ。
コロンブスの時代の航海船は、いかに莫大な費用がかかろうとも、損失の上限はきっかりと決まっていた。だから費用を分散で負担している株主は有限責任で全く問題がなかったわけだが、近代の会社組織は損失の上限が決まっていない。
そういった違いがあるにもかかわらず、国家権力により気前よく”株式会社は有限責任でOK!”としたのが、制度上の大飛躍であったと考えられる。

もちろん、上場と引き換えに様々な義務を負うことになるが、それでも株主=所有者にとって、大層、好都合なことだ。
こう考えると、現代の株式会社の有限責任制度は、株式の公開マーケットへの上場システムと切り離せない関係にある。そうでなければ、有限会社が上場できない理由がない。

問題は、資金的なレバレッジを与える仕組みとして、上場システムしかないのか否かだ。
企業にとって証券市場への上場はあくまでも資金調達が目的であり、多くの人と会社を共有するのが目的ではない。
創業者が会社を上場させるインセンティブとなっているのは、当初は株式を自分で大半を所有しているために、上場によって一攫千金のキャピタルゲインを得ることがある。だが、経営が好調でキャッシュフローが潤沢で、資金面で苦労がなければ、無理して上場する必要もない。
サントリーとか優良な大会社が上場していないのは、そのためだ。創業者にとっては、利益が沢山出ている限り、”自分の会社”として独占していたほうがいいに決まっているのである。
#ちなみに、世界最大のプライベートカンパニーは、コーク(Koch)の創業した会社(Koch industries)で、コーク兄弟は世界の大富豪の5本の指に入る。このコークこそは、リバタリアニズムの世界最大のパトロンでもある。コークは、自分が生きている限り、上場することはありえないといっている。

株式会社として有限責任特権を得つつ、株式上場ー株式公開はせずに私的な会社としているのが最もメリットがある。
さらにいえば株式会社への有限責任特権を取り払ってしまえば、わざわざ株式会社にする必要すらない。
さらに資金的なレバレッジを得る有効な仕組みがほかにもあれば、上場の必要性も小さくなる。このように考えていくと、株式会社=有限責任としなければならない制度上の必然性もほとんどないことになる。例えば、新製品の研究開発に対する資金が足りなければ、そのプロジェクトに対する資金を募るというのでもいいわけだ。何も株券を担保にしなくても、その利益に対する分配金を払えば済むだろう。

この場合は、一族経営が基本となって経営と所有が分離されないことが多いだろう。もちろん、創業者一族以外は奉公人でしかないが、経営をプロに任せることも当然できる。
おそらく、リバタリアニズム的には、政府による有限責任特権は認めるべきではない。無限責任の前提では、株式証券の市場化は、現在のような形ではできないだろうが、保険とセットにした仕組みなどいろいろと私的な制度的発明は考えられるに違いない。
 
posted by libertarian at 21:40| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(1) | Libertarianism
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