2014年12月22日

Uncalcurable Risk

リスク計算は、損害*発生確率のようなもので定義されているが、この発生確率の前提となるのは正規分布である。
しかし、ある事象が正規分布であるかどうかは、普通は分からない。
ほとんどの事象の母集団の分布は未知である。だから、リスク計算はほんとはできないことの方が多いのである。
適当に正規分布という前提をおいて発生確率を推定しているだけだろう。

今は多くの分布がベキ分布であることが分かっているし、このような場合のリスク計算はできない。
おそらく、株式市場だけでなく地震などの天災も、発生確率は正規分布ではない可能性が高い。
ここは、確証がないが、データがないので自分にはなんとも判然としない。

原発事故のようなものも、ほんとはリスク計算はできないだろう。

リスクというのは、そのような客観的なものでは必ずしもなく、主観的な個人の自由の領域にある。
そして、それでよいと思う。
ダメなのは、いい加減なくせに客観的であるかのように振る舞ってリスクがどうのこうのという連中である。

世の中には、こういうのが多い。そういう連中が勝手に株式市場で損するのは構わないが、無責任なことを社会問題に関して言うのは大いに間違っている。この典型が池田何某みたいなバカである。w
posted by libertarian at 00:42| 東京 ☀| 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月23日

Atomic power debates

原発問題の議論は、未だに日本では平行線のようだが、これはマスコミの操作があるのだろう。
原発肯定派は、デフレを肯定する連中と同じようなものに見える。嘘を100回唱えれば真実になるだろうという手口だ。

原発肯定派と否定派の議論では、特に原発の安全性が焦点になりがちだ。
原発の問題としては、安全性の問題、経済性の問題、あと防衛問題がトピックになる。防衛問題とは原発と核爆弾保有を結びつけたものだろう。メインは安全性と経済性の問題か。

肯定派は安全性の問題を語る時に、交通事故や石炭産業などの死者数と比べることが多い。反対派は、それに対してウラン採掘でも死者数は多いなどと反論する。だが、比較の対象が全く間違っており、比較するのなら、火力発電などの他の電力と比較しないといけない。
日本では石炭発電などほとんどないし、シナの話をしても無意味である。

さらに放射能そのものの安全性になると、自分では全く検証が不可能な領域になるので、専門家なる連中の意見のどちらかが正しそうかという程度の判断になる。だが、この領域は専門家なる者がいないのである。内部被ばくの影響は外部被ばくに比べて、臨床例が少なすぎる。

経済性の問題だが、こういうものはなかなか精密な測定と比較が難しい。現状の分析比較も面倒かつ困難で、否定派は原発の経済性が悪いと主張し、肯定派はよいという。どちらのデータを信じるかによるが、自分では検証が困難な問題である。
ただし、ある程度はそれらのデータから判断はできるところはある。放射能そのものの安全性問題よりは、判断ができる部分であろう。
本来は電力関係の規制がなかった時の状態と今の状態を比較しないといけない。

福島原発の事故についても、地震が原因だとか、津波が原因だとかでもめている。ここらは、きちんと検証すれば白黒がつきそうなものだが、政府は検証はしていないのであろう。チェルノブイリも地震でやられたという説もあり、真相ははっきりとしない。

しかし、こういった安全性やら経済性の問題ではなく、発電、送電、配電に関わる日本の特異な規制が問題の本質である。
今の電力の法規制がもたらしたある種の平衡状態が日本には原発を大きく組み入れる形で存在するわけだ。発送電の規制を解除するだけで、今の平衡状態は大きく崩れることは間違いない。
発電と送電という生産と流通を一つの業界に独占させていることが、日本の電力業界に固有の問題である。
その時、発電業界がどうなるかは、マーケット次第だ。だが、発送電分離は多くの国で行われているので、大体の結果の予想はつく。

原発肯定派は、国策であるとか軍事であるとか、大きな価値を信じたい人間が多いのかもしれないし、社会主義国家の指導者になりたいのかもしれない。彼らは反原発という左翼に対抗する右派という認識なのだろうが、私に言わせれば、原発肯定派も反原発派のどちらも左派だ。右派は社会主義的な電力政策を信じており、一方の反原発派の多くはエコロジー左派の集まりだろう。w

こういった左と左の不毛な議論はやっても意味がない。原発問題を議論可能にするには、安全性とか経済性といった自分では検証不可能なことを問題にするのでなく、日本の電力の規制構造を問題にする必要がある。


posted by libertarian at 13:53| 東京 ☀| 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月14日

Abolish atomic power plant

図書館で、小林よしのりの「脱原発論」を借りた。この本はよく書けている。原発問題を知らない人間は、まずこれを読むといい。
よしりんの判断に私はほぼ賛成だ。
2011.3.11 から早くも2年と8ヶ月も過ぎ、何もないかのようだが、事態は悪化する一方であることに変わりはない。
しかしメディアには、ほんとに原発のまともな情報が不気味なほどになにもない。

チェルノブイリの時は4−5年で甲状腺癌などが顕著に増加してきたそうだから、あと2年くらいだ。
それも、原発作業員の病気が今までも隠されてきたように、マスゴミも総動員して事実隠蔽される可能性が高い。
日本の医学会もその本質は軍隊組織であるから、医者に良心なんかは期待しない方がいい。

posted by libertarian at 18:58| 東京 ☀| 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Incentive to increase cost

原発を0にするには、市場原理にまかせるだけで淘汰されることは確実だろう。コスト的にも全く競争力がないことは明らかだからだ。
http://libertarian.seesaa.net/article/376657446.html

だが、今まで日本で原発が過激に推進されてきたのは、コストが高い方が儲かる法的なからくりがあったためである。
それが統括原価方式だ。発電設備を作るのに要したコストを料金に反映させることを認めたこの法律によって、コストの高い原発ほど儲かる仕組みがあった。これが電力会社へのインセンティブとなり、原発が推進されてきた。

世界的にみれば、このような設備投資コストの価格転嫁を許す法律は、送電部門だけに認めれている。
鉄塔や送電線を作る競争してもあまり意味がないと考えられるから、これにはある程度の合理性がある。だが、発電部門にはこのような統括原価方式は認められていない。発電部門は競争が望ましいからである。
だから、日本の場合、発送電分離だけではダメで、発電部門の統括原価方式を廃止するように法改正が必要となる。そうして初めてコストによる発電部門の競争が可能となる。

posted by libertarian at 12:50| 東京 ☀| 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月05日

Energy cost of atomic power plant

このグラフはgoogle sheetsで作ってみたもの。原子力発電は揚水発電とセットで使うものなので、12.23円と圧倒的に高い。ガスが圧倒的に安い(3.98円)。
ちなみに太陽光発電は19円(2011度実績)とまだ高い。

posted by libertarian at 13:45| 東京 ☔| 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月31日

経済財政諮問会議

安倍内閣の経済財政諮問会議の委員が発表された。

経済財政諮問会議の民間議員として伊藤元重・東大教授、小林喜光・三菱ケミカルHD社長、佐々木則夫・東芝社長、高橋進・日本総研理事長。

 ここで東芝社長を入れたということは、原発推進を意味している。こんご自民は原発推進に前のめりになる。
他も全部論外の人選だ。
安倍がデフレ脱却を20年ぶりに果たすことができれば、偉業と呼べるが、経済財政諮問会議の委員の顔ぶれをみるとすでに暗雲が立ち込めてきている。すでに財務省、日銀、経産省の手が入り込んでいる印象が強い。
このままだと日銀法改正どころか、来年3月の日銀総裁人事も怪しい。

役人のインセンティブは、権益の拡大しかない。残念ながら社会をよくしようというインセンティブは皆無だ。実際、役人は公僕ではなく国賊とかしているのである。
役人のインセンティブを変えることは原理的に不可能だから、小さな政府を目指さなければならないわけだが、小さな政府を標榜しているらしい維新の八策とか見てもナンセンスなかんじだ。
橋下は統治機構の構造改革をめざしているらしいが、議員の数をいくら減らしても、小さな政府にはならない。
議員の数と小さな政府は無関係である。
参議院はもともとブレーキの役割だが、スピードが出ないといってブレーキを取っぱらうなど愚の骨頂だ。

ま、そうはいっても来年は、日本経済にとって節目になる年になるであろう。
デフレ脱却がどうなるのかが、最大の焦点だが、ある程度は浮上するだろう。ただ問題はデフレ脱却までできるかどうかだ。この点は安倍首相を応援することとしよう。

しかしデフレ脱却を実現して経済回復したら、今度はそれによって圧倒的な自民支持となり、それを背景にして、自民の憲法改悪案が通る可能性がある。これはかなりの脅威だ。
自民の憲法改悪案は凶悪なもので、言論の自由を完全に踏みにじるものである。そうなったら、もはや日本は一挙に戦前の国家主義に舞い戻ることになろう。

posted by libertarian at 00:48| 東京 ☔| 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月17日

Clear and Present Danger in Japan 2

東京湾の放射能汚染は凄まじいレベルのようだ。当然に東京湾の魚は全て食べてはいけない。本来は漁業を即刻禁止しなければならないのである。
東京湾汚染の実態については、次のサイトが良くまとめてある。

東京湾のホットスポットは福島第一原発沖を超えた
http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-1296.html

セシウムばかりが話題になるが、実際はストロンチウムやプルトニウムといった凶悪な元素も大量にばらまかれている。
こういったものはアルファ線源なので測定が難しい。しかし最近、プルトニウム汚染の調査報告が出てきている。こそっとではあるが。

プルトニウム汚染地図の衝撃
http://onodekita.sblo.jp/article/56507065.html
posted by libertarian at 20:03| 東京 🌁| 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Clear and Present Danger in Japan

もはや東関東、東京に住むことは子供を持つ人や、若い人にはあり得ない選択だろう。放射能の被曝被害の発症が確率的であるといっても、発症は様々な形で現れ、ガンだけでなくありとあらゆる疾病形態をとるから、その確率はトータルでは高いものになる。それだけの致命的なリスクを犯してまで住むことが合理的な選択ではあり得ない。

今の現実について詳しくここで書くことはしない。それは自ら調べるべきことだ。
だが、次のようなyoutubeに公開されている講演会を見ることは、有益だろう。

2012.5.26 広河隆一講演会


http://www.youtube.com/watch?v=hkM8XvLDnuw&feature=relmfu

私が言いたいのはできる限り自分で調べろということだ。ネットをフルに活用し、また本を読み、外国語のサイトを調べ、ただただ事実にこだわるべきである。


posted by libertarian at 19:46| 東京 🌁| 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月22日

The end of Japan

311から、10ヶ月が経った。
今年はチェルノブイリの教訓からして、徐々に多くの人に健康被害が現れてくる可能性が高い。
それも子供から順に被害が出てくるのだ。一度放射能被害が出れば、治療できることもほとんどない。
どれだけの人がチェルノブイリの事実を知ろうとしているのだろうか?ほとんどの人は調べようとも思わないのであろう。愚かである。

日本の政府とマスゴミの腐敗しきった対応を見ていると、ソ連は非常に人道的な国家だったと思わざるを得ない。
すでに東京の汚染レベルがチェルノブイリレベルで、福島はチェルノブイリをはるかに越える汚染だ。
そこに人々がまだ普通に生活しているというのは狂気の沙汰である。
3-4年後、隠しても隠し切れないほどに悲惨な人体被害が明らかなってから、移住しても遅いということが分かっていないらしい。
日本は昔から非常に集団同調圧力の強い農村共同体をベースにした社会だということが、よく分かる。

私は、去年の5月頃にプレミア価格のロシア製のガイガーカウンターを購入して、あちこち測ってみたが、東京の汚染もかなりのものであることがよく分かった。放射能は不均一にまだらに分散しているわけだが、世田谷であっても高い。アスファルトなどに降下した放射能は雨に流されたものもあるだろうが、一定のレベル以下には下がらないようだ。
このレベルはRIセンターの空間よりもずっと高い。昔RIセンターでC13を使った実験をしていたときは自然放射線レベルの2倍程度だったと記憶しているが、今は4-5倍あるところも世田谷で普通にみられる。もちろん、RIセンターでは内部被爆しないように厳重な装備をして入るわけだが、今は日常空間でそこよりも高いレベルにある。
これで大したことは何も起こらないだろうと考えている人間は、何もわかっていないだけだ。

日本は生活基盤である国土をDirty Bombで半永久的に汚染してしまい、さらに狂気の大増税によって、経済も破壊するつもりのようだ。
こんな狂った社会には未来も希望もなにもありはしない。
posted by libertarian at 23:03| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月16日

Fukushima daiichi

福島第一の事故が起こってから1ヶ月以上がたつが、もはや破局しか結末はないだろう。破局とはいろんな形があるだろうが、状況は日を追って悪化の一途であるから、どのような形であろうとこの先にあるのは破局としか考えられない。一気に放射能をばらまくか、緩慢に放射能をばらまくかの違いであって、閉じ込めはもはや不可能のように思われる。

ネットでも様々な意見が乱れ飛んでいたが、結局、海外メディアの報道が一番的確であった。
日本で比較的にマトモなことを言っていたのは、私の知る限り武田邦彦氏か。あと、反原発の雄である広瀬隆さんの意見も貴重だ。上杉隆さんの活動も素晴らしい。高木仁三郎さんの作った原子力資料室のUST中継もいつも見ている。

日本の政府報道は言語同断であり、言論統制、情報隠蔽、安全デマと全てが犯罪的である。
東電を初めとする日本の電力会社の腐りきった体質と共にその腐敗ぶりが露骨に現れていた。
私は大学時代、反原発に少し入れ込んでいたこともあり、高木仁三郎さんや、様々な反原発の人の著書を読み、講演も聞いていた。もちろん広瀬隆さんも当時から有名であった。
ただ、反原発やエコロジー運動というのが、当時の左翼の溜り場となっている観が強かったし、エコロジーなどのイデオロギーに結びつき、やはり左翼活動の域をでないと思っていた。
今でも脱原発を主張している政党は社民や共産しかないというのが厳しいところだ。誰も脱原発して共産主義政権になりたいとは思わない。この点、依然として脱原発、反原発が左翼と強く結びついた現状は選択肢を運動の可能性を大きく狭めているようにみえる。
しかし、めげずに反原発活動を続けていた広瀬隆さんなどはやはり大した人物なのだと今は思う。彼は昔からイデオロギーの匂いがしない人だった。
実際、彼らの献身的な活動によって日本の原発開発は大きく後退をさせられきたようだ。今は広瀬さんに誰も頭が上がらないはずだ。

日本のエネルギー行政、原子力行政を、経産省の産業政策の大きな一つとして見る視点は重要だと思う。
原子力行政は、旧通産省時代からの最古の産業政策の一つであり、最も長く続いた、そして最も最悪の産業政策だった。
産業政策は、基本的に経産省や業界団体の間で密室の中で行われるから、市民の声などを取り入れる仕組みには全くなっていない。原子力行政で行われてきた、御用学者、御用委員会によって一方的に進められるスタイルは産業政策の特徴である。
基本的に、今度の事件を最後として、経産省そのものの解体、産業政策を行う省庁としての経産省を解体するところにまで持っていく必要があるだろう。

東電を国営化することは当然であり、それが東電の負担を最大化する方法である。これを電力業界全体の問題として、発電、送電、配電の分離を行い、発電、配電の自由化をするのが正しいだろうし、世界の常識だ。
そうして東西のヘルツを統一化すれば、発電会社の地域独占など不可能になる。
この50/60Hzの分離はあきらかに地域独占を守るために維持されてきたものに過ぎない。

日本で、このように原発が過激に進められてきて、アメリカなどでは原子力はスリーマイル島事故以来、1基も作られていない。
これはなぜかというに、アメリカでは反原発活動が勝利したというよりも、原発の保険料金が高騰しペイしなくなったことが大きい。マーケットメカニズム的にペイしなくなったわけである。
一方日本では、電気事業法により、設備投資額をベースレートとして、その7−8%の額を電気料金として徴収してよいという法律が、電力会社にたいする原発推進の強烈なインセンティブとなった。火力に比べて遙かにコストのかかる原発を建造することが、利益を上げる上で決定的な要因となっていたのである。さらに、保険の問題も、民間保証ではなく政府保証があり、クリアされていた。
その結果、日本の電力料金はずっと世界1高かったわけだ。
このように市場論理では不可能な原発が、政府保護の元に進められてきたのが日本の電力行政であった。日本以外ではフランスが原発大国だが、フランスはやはり原発は国営だ。

最近では二酸化炭素による地球温暖化という詐欺が国際的な詐欺として広まり、二酸化炭素をださないという理由で原発ルネッサンスが唱えられてきた。しかし、地球温暖化問題は存在せず、地球温暖化詐欺しかない。
要するに、ガスや石油による発電に元通り戻せばいいだけだ。それが最もエネルギー効率もよく経済的である。だからアメリカでは電力はほとんどガス発電で、石油、太陽、風力などの自然エネルギーが続き、原発など5%以下のその他扱いにすぎない。
省エネ技術も重要だろうが、素直にガス、石油といった地球起源エネルギーに回帰するのがベストである。これらは半永久的に使えるほどの量があり、もとより地球温暖化問題は存在しないからだ。

この期に及んでも、浜岡を初めとする緊急停止措置すら行われておらず、政府も東電も電力会社も経産省も責任回避に走り、あきれるほどの開き直りにより原発推進の旗をおろしてすらいない。しかし、時間が経つにつれそれは無理になるだろう。東電はもはや終わった会社であり、他の電力会社もほぼ終わっている。
だが、それ以上に日本の国土が失われてしまったのは致命的である。東電の不法行為責任は数兆だ、10兆だと言われているが、とんでもない。数百兆積んでもまかないきれないだろう。今後数百年にわたる機会損失は計り知れない。

反原発運動は、ある意味、今回の事故でその正しさが証明されたが、同時にその戦略の正しさは疑問がもたれる。
結局、産業政策として合法的に密室の中で行われる犯罪に対して、いかなる有効な反対方法があり得るのだろうかと思わざるをえない。電気事業法の電気料金規定という取るに足らない条文の前に、反原発運動の科学的に積み上げた合理的な正論は敗北するしかなかったのだ。
これらの法を改正することが、最終的に目標になるだろうが、それもまず不可能なのである。

原発問題が終わるときは、日本が終わる時だと昔、誰かが言っていたが、その通りになってしまった。
破局として終わるしかないということだ。だが、太平洋戦争の破局と異なり、国土を大きく失ってしまったのは致命的だ。
posted by libertarian at 21:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする