2019年11月08日

百人一首の愉しみ

小倉百人一首を覚えた。
百人一首には正式な番号が振られているが、番号→歌→詠み手が言えるようになったということである。
競技かるたでは、下句→上句を覚えねばならないが、普通の正月かるたでは、上句→下句で十分だろう。
自分も上句→下句ならすぐに分かるが、下句→上句はすぐにはでてこない。上句→下句と下句→上句は人間の記憶メカニズム上、全く別物なのである。だから競技かるたをやるなら下句→上句も別途覚える必要がある。

百人一首は知るほどに奥が深い。百人一首関連本を何冊か読んでみたが、織田正吉の「百人一首の謎」や林直道の「百人一首の世界」は面白いが、国文学関係者からは特に反論されるわけでもなく完全に無視されている。w
しかし国文学の人の評論は感想文以上のものではないと思う。w

定家は言葉遊びのパズル的な撰歌を勅撰和歌集や物語二百番歌合などで行っており、百人一首はそれを発展させて織物のように2次元に10x10に配列したというのが林説である。なお、林氏は織田正吉を評価しているが、織田正吉は林説を否定している。w

百人一首の詠み人の選定は偏っていて、詠み人のほとんどは雲上人だし親子で載っている人も3割くらいあるし、時代の人間関係がけっこう反映されている。時間的にも天智天皇の8世紀から鎌倉の13世紀の5世紀に渡っている。
しかし近代になると正岡子規以降、和歌や百人一首の解釈はゆがめられる。どうも子規の言論は革新的で左がかっている。子規はそれほどの歌人ではなかったろう。

日本は1000年以上前の人間の感情、心情、知性が和歌という形で膨大な量残っているのが実に面白いと思う。
時間的にも繋がりがある選歌になっていて、14番の河原左大臣は嵯峨天皇の子で臣籍降下して陸奥の国司になり、結果大富豪となり京都に凱旋して大豪邸を建てた。そして47番の恵慶法師はその河原左大臣の屋敷が廃墟となった状況を詠んだものだ。「八重むぐら 茂れる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり」
百人一首は全体的に憂愁を感じさせる歌が多い。17番の在原業平の「ちはやぶる〜」のような雅な句も入っているが最後の百番の順徳院の歌が特に憂愁ただよう。この無常観が日本の美意識の根幹にある。


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2019年10月18日

原子論の歴史

現代であれば、さすがに原子の存在を知らない人はほとんどいないだろうが、直接見たことのある人は依然としていないだろう。
原子論の歴史は非常に興味深く奥が深い。古くはギリシャのデモクリトスやエピクロスからあり、それが一旦は完全に失われるが2千年後にルネッサンスで発掘され奇跡的なリバイバルを果たした。そして19世紀と20世紀に原子論は科学的完成に至った。原子論は誰も見たことがないものを思弁的、論理的に考えているという点でギリシャの昔も今も同じである。w

もっともギリシャのアトムという概念は一種類の根源的な粒子で元素=elementsというものではなかったと思われる。
アトムが集まって金になったり、土になっているというものだったのだろう。
しかし未だ誰も見たことのない原子ではあるが、このようなものがいかにして科学的に研究可能となってきたかが面白い。現代科学は原子論にその集大成を見ると思う。

先日、周期表118元素を全部暗記した。天皇126代を覚えたので次はなにを覚えようかということで周期表を覚えた。
元々、ある程度(Krくらいまで)は歌で覚えていたこともあり、1日で全て暗記した。
周期表関係の本も何冊か読んでみたが、知らないことが多く興味深い。周期表を全部覚えてから原子のあれこれを覚えるのがいいのである。w
113番、ニホニウム(Nh)のように超ウラン元素の命名が話題になったりしているが、実際は元素番号だけで呼んでもよさそうなものだ。しかしやはり名前をつけたほうが親しみがわくのだろう。とはいえ、元素番号の方が原子名より重要であることは自明で、原子番号がわかればその性質もある程度分かるので、やはり元素名より元素番号表記が私はいいと思う。そうすると例えばC-C結合は、6-6と表記される。

ちなみに超ウラン元素は26個中14個が周期律に貢献した人名由来。例えば、99番のEs、アインシュタニウムだが実はアインシュタインのブラウン運動論文(1905年)がはじめて原子の存在を理論的に明らかにしたということを知る人は意外と少ない。それまで1900年時点であっても原子の存在は科学者でも賛否両論だったらしい。しかし、その後、20世紀初頭に怒涛の勢いで原子の構造が解明されていく。
分光分析の技術が発見されたことも大きいし、19世紀に電磁気学が完成されてなければやはり原子の研究は無理だったろう。

20世紀中ごろには、フレッドホイルらによって元素が恒星で作られるメカニズムまで解明された。
だが今の素粒子研究はあまりにも大規模になりすぎて、見ていて重労働感が漂っている。自分なら仮にやれといわれてもあまりやりたくない分野である。w
しかし、これは宇宙研究でも同じで、こないだようやく完成したというジェームズウェッブ宇宙望遠鏡も1兆円超。
科学が巨大組織になりすぎるのもなんか嫌だw
とはいえ、今は素粒子研究と宇宙研究は表裏一体で現代科学のエピステーメーがここにあるのは間違いない。
現代の科学というよりも人類の科学は常にこの原子論の分野が最先端になる気がする。

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本の選び方

本の選び方は大事だ。当たり前のようで当たり前ではないと思うが、本を選ぶ際に大事なのは自分が楽しく読める本を読むことだ。もし楽しく読めないのであればそれは本の内容が良くないか、自分にはまだ難しすぎるということになろう。
昔は背伸びをして分からない本を一生懸命読んでいたものだが、これは無駄なだけでなく損失につながる。
頑張るだけ時間と労力の損にしかならない。小説でも読んで楽しくないのであれば、すぐに読むのをやめるべきである。頑張ってはいけない。あくまで自分本位に読むことが肝心。

あと基本的なことだが、小説でなければ本は最初から順に読む必要はない。一番自分においしい部分から読むべきだ。もとより本はある程度のページ数が出版の際に求められるために内容には大事な処と水増しの部分があると知っておくべきだ。300ページの本のおいしい部分は20ページだけかもしれない。
 
しかし、昔に比べて科学や数学の本は少なくなっている気がする。昔は岩波がいかめしい箱入りの科学や数学の専門書を沢山だしていて大きな本屋ではそれが棚を大量に威張って占めていたが今は全くみかけないw 大変よいことである。

読書の楽しみは自分が面白いと思う本を探すことが大きい。そういう本は100冊に1−2冊くらいだろうから、そうでない本に時間と労力を費やすべきではなく、つまらない本は面白い本に出合うために検索コストと考える必要がある。
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2019年08月01日

天皇の歴史

先日、歴代天皇126代を全て覚えたが、名前を知っているだけではあまり意味がないので、どういう人間、なにをした人間だったかという本も何冊か読んでみた。天皇の歴史は神武天皇から始まるが、実際に天皇という言葉を使うようになったのは天武天皇の御代からだ。それまでは大王とか呼んでいたのであろう。天皇は今では祭祀王と言われるが、最初の頃の天皇はむしろ将軍のような武人の印象がある。神道の祭祀王という形になっていったのはいつからのことだったのか知らん。天皇の葬儀も聖武天皇の頃から江戸時代まですっと仏式であった。神式の葬式になったのは明治からだ。天皇自身、神道より仏教徒だったらしい。神道は仏教より格下のものと制度上もなっていた。

天皇ー皇室の権勢は平安時代が頂点だったのかもしれない。それまでは公地公民制で日本の土地も全て原則天皇のものであった。だから天皇ー皇室はその莫大な税金でとびきりに豊かであった。しかし、平安末期から院政がはじまり荘園が増え実質土地の私有制のようなものが広まった。
そして承久の乱で後鳥羽上皇のクーデターが幕府に破れて天皇の権勢は失墜し、その後は時の政権、幕府にコントロールされるようになる。
さらにそれに反旗を振りかざしたのが後醍醐天皇であった。後醍醐天皇は昔の皇室最盛期の律令制、公地公民制の頃に戻したかったわけだがそれは不可能であった。そして、さらに天皇の力は落ちていった。
江戸幕府は、天皇ー皇室を完全にコントロールし、もはや天皇には、ほとんど自由もなかった。外出するにも幕府の許可が必要だった。そういう状況なので庶民にも天皇の存在というのは大きくはなかったのであろう。
伊勢神宮の遷宮や大嘗祭はずっと続いていたわけではなくて、大嘗祭は江戸時代の桜町天皇の時から再開されており、行われていなかった期間は長い。
皇室の権限が制限されていくことで皇室は文化の担い手的存在であり祭祀王としての存在に特化してきたようだ。

とはいえ、権威と権力の分離というコモンローのようなものが天皇ー皇室によって1000年以上前に出来たことが日本の特異なところであり美点だ。おそらくこの権威と権力の分離ができている国は今の世界に日本しかない。
posted by libertarian at 20:04| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

変体仮名は面白い

最近、変体仮名の学習を始めた。変体仮名は200から300くらいの文字を覚える必要があるが、使われる文字の全体数はもっとおおい。
しかし実用的には200−300知ってれば十分だろう。
しかし50音に対し字母が4−5つあれば、200−250の字母があり、字母の崩し方も2−3あればさらに400−750の書体があることになる。というわけで変体仮名を覚えるのはそう簡単なことではない。
先日は、KuLAという変体仮名学習アプリの存在を知りぼちぼち使い始めた。

変体仮名で書かれた文章を読み解くのは暗号解読のようなおもしろさがある。江戸時代の国芳とかの浮世絵には背景に文章が変体仮名で書かれているものがあるが、変体仮名が読めれば意外と現代文のような普通に理解できる文章だったりする。

しかし、もともとかな文学は紀貫之が土佐日記で始めたものだが、この土佐日記に使われている変体仮名はほぼ1音1文字で書かれていて読みやすい。しかし、その後、かな文字文学が広まるにつけ字母が拡大し複雑化していったようだ。

かな文字は英語のように完全なる表音文字で書かれる。しかし、英語の場合はワードに対して綴りが1つに決まっているが、日本のかな文字文学では、そのような縛りはなく、どの音にその音に相当するどの文字を当てはめても構わない。美的感覚でどの文字を使うかも書いている人間のセンスと教養が現れるとされていた。

想像するに昔の人間でもこのような変体仮名文字を読むとき、ある程度解読の必要があったのではなかろうか?
ぱっと見ではわからないが、解読して意味がわかったときの面白さというのもあったにちがいない。
なんといっても、かな文字の連綿とした文章は、百人一首の札のように美的に追求されたもので、アルファベットの筆記体より美しい。
このような文化を使わないのは全くもったいないとしかいいようがない。

変体仮名主体で書かれた文章にも、漢字が入り混じっているので、この漢字のくずし字を解読するのは非常に難しい。まだ漢字のくずし字は知らないが百人一首の中に少し出てくる漢字であっても知らないと全く読めない。

しかしコンピューターが発達した今だからこそ規格化、単純化による合理性追求から、多様性、美的なものを追求する昔のあり方へ回帰したほうがいい。
変体仮名もAIで学習させれば人間よりもうまく読めるようになるだろう。
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2019年07月20日

術が大事

AI時代にこれから突入していくだろうが、人間の学習はいかに変わるべきだろうか。
いろいろあると思うが、一つに術を見直すべきだろう。術とはそろばん術であったり、記憶術、武術、忍術といったものだ。
江戸時代の日本は寺子屋で読み書き算盤を教えていたが、基本的にこれだけで十分だ。今の日本人は寺子屋で子供に教えていた書も全く読めないし書けない。変体仮名は200−300の種類がありこれらを知らないと昔の書物は読めない。そろばんも今は個人的にしかやらないようだが、昔は子供でも複雑な計算をそろばんでできた。江戸末期に来た外人には驚異であったろう。今の日本人からみても寺子屋でまなんだ一般人の能力は驚異的である。そろばん術は一種の記憶術でもあり、術を使わなければ不可能な複雑な計算が普通の人でもできるようになる。

最近、記憶術に関する本をいろいろとまとめて読んでみた。Kindle unlimitedや図書館を利用すると20−30冊の記憶術関連の本がある。
もっとも記憶術は今は競技になっているので、実際に使えるレベルでのノウハウの公開はされていないようだ。どの本も触り程度の初歩的な内容だ。

試しに歴代天皇126代を暗記してみた。これは記憶術を使わなくても4つ(4代)セットにして暗証していく方法で4−5日でほぼ暗記できた。日本史を学ぶ上でまず歴代天皇126代を暗記するというのは非常に価値の高い記憶である。このことは実際に覚えてみて初めて実感できた。一時記憶でなく恒久的な記憶を持っているということは非常に心強い。
日本の歴史は天皇の歴史だということを実感的に理解できる。

チャイナの歴代王朝はアルプス一万尺の歌に合わせて覚えるものがYoutubeに公開されているのでこれを使って覚えた。じつによく出来た替え歌で1日で殷から中華人民共和国までの35王朝を覚えることができた。歌に合わせて記憶するのも記憶術の一つだ。これも恒久的記憶になるので非常に価値がある。南北朝まで覚えられるのはすぐれものである。

殷 周 東周 春秋戦国
秦 前漢 新 後漢
魏 呉 蜀 西普 東普 
宋 斉 梁 陳 隋
五胡十六 北魏 東魏 西魏 北斉 北周
隋 唐 五代十国 宋 金 南宋 元 明 清
歌は以上で、中華民国 中華人民共和国が加わる。

50年近く前、小学校の歴史で徳川家康が征夷大将軍になったということを習った。当時、私は家康の正式な就位名を詳しい歴史本で知り、遊びで暗記してみた。これもただ何度も暗証して覚えるだけの、なんの術も使わない方法で暗記した。
正式には、徳川家康は従一位右大臣征夷大将軍源氏長者淳和奨学両院別当になったのだ。
この源氏長者淳和奨学両院別当の意味がずっと50年近く不明だったが、先日この意味を新聞で知った。w

しかし、意外と歴史的な順序関係を持った暗記対象というのは少ない気がする。
また記憶術を勉学用途に使うには、抽象的な言葉やややこしい専門用語や固有名詞を扱う技術がないと使えない。これについて説明している記憶術の本はほとんどない。あっても軽く触れている程度だった。

つまるところ学習の大きな目的の一つは、普通の人の能力の拡張拡大である。そのためには術を積極的に使うべきだし、教育は術を教えるものとしてしか価値がない。

posted by libertarian at 10:01| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月10日

畜産が地球を滅ぼす

最近、畜産業の深刻な問題を告発した本や映画をいろいろと観た。
NetflixでやっているCowspiracy(2014)、What the health(2017),folks over knives(2011)といったドキュメンタリー映画をとりあえず見ることをお勧めする。アマゾンプライムでも有料だが「フードインク」(2010),「KingCorn」(2007)といったドキュメンタリー作品が観れる。
本では、ハワードライマンの書いた「まだ肉を食べているのですか?」(2001)や、ラジ パテル著の「肥満と飢餓」(2007)といった本がある。

もし、これらの本や映画を読んだり観たことがなければ、間違いなく畜産の大問題を全く何も知らない状態といえるだろう。畜産の大問題とは畜産と肉食が最大の地球の環境破壊原因だということである。

本よりまずは最初にNetflixのお試しに入ってCowspiracyを観るといいかもしれない。CowspiracyとWhat the healthは最近の作品であり同じ人が作っている。Kip AndersonとKeegan Kuhnの作品だが物凄い勇気のある告発映画だ。
彼らはグリーンピースなどの環境ファシストと言われている環境団体も畜産の問題には全く言及をせず本当の問題から注意を故意にずらしていると指摘している。グリーンピースのような環境団体は実際は単なる金儲けが目的のロビー組織に過ぎないことが分かる。

ハワードライマンの書いた「まだ肉を食べているのですか?」(2001)や、ラジ パテル著の「肥満と飢餓」(2007)から10年位後にCowspiracyなどは作られているのだが、問題はさらに急速に深刻になっている。このままいくと本当に人類は畜産で滅びそうな勢いだ。
アマゾンの熱帯雨林もすでに放牧のため80%が壊されてしまったようだ。これに反対していた人々は次々と暗殺されている。
さらに、100年前は地球上の動物の99%は野生動物で、人間と家畜は1%だったが、現代では人間と家畜が地球の動物の98%で野生動物は2%になっているそうだ。

自分もあまり肉は食べず和食で納豆や豆腐や野菜炒めといったものがメインのほとんどベジタリアンのような食事をしているが、この際いっそのこと完全なベジタリアンをやってみるのもいいかもしれない。
日本は納豆や豆腐、味噌、漬物といった発酵食品が沢山あるのでベジタリアンでもやっていけそうだ。ただ現代の野菜は農薬と肥料漬けのため、栄養がほとんどない。だから昔と違ってベジタリアンをやると栄養不足になる危険性がある。
自然栽培の野菜はなかなかそこらでは売っていないし、値段も2−3倍する。
だが栄養価は高いから栄養のないスーパーの野菜よりは実質上は安いといえるかもしれない。
しかしいきなり修行僧のように肉や乳製品は一切食べないというのも難しいだろうから、肉を食べる量や頻度を半分、数分の一と徐々にしていくのが無理ないだろう。
posted by libertarian at 20:57| 東京 ☔| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月04日

フードインク

糖質制限はいろいろと批判にさらされながら、世の中にかなり定着してきた感がある。
これに関しては私もいろいろと本を読んでみたが、論点が錯綜しているところがある。江部康二さんなどは、糖尿病対策として糖質制限をとらえているが、夏井睦氏は糖質制限を一般化し糖質不要論を展開している。
もっとも糖質が一切不要といっても、野菜でも肉でもある程度の糖質は含まれる。夏井氏はその程度の糖質で十分だという考えだろう。

また横田邦信氏の糖尿病をマグネシウム欠乏症としてみる考えもある。私はこれを最近知った。
戦前の日本人は今の日本人よりもコメで糖質を沢山摂っていたのにもかかわらず今のような成人病、慢性疾患があまりなかったのはなぜか?という疑問から出発して、原因にエネルギー代謝に必須なマグネシウムの欠乏があると考えた。この考えはおそらく重度のマグネシウム不足=糖尿病というものだろう。
これはこれでどうやら一理あると思われる。しかし、マグネシウム不足は環境的なものなので殆どの日本人はマグネシウム不足だと思われるが、糖尿病にならない人もいるのはなぜなのか?
いずれにしても、食を炭水化物だミネラルだとたんなる要素を取り出して単純化しすぎている気がしてならない。

フードインクという映画を観ると現代のアメリカの食肉産業の悪魔的な地獄のような裏側が描かれている。これを見るとマクドナルドのようなファストフードには行きたくなくなる。マクドナルドのようなファストフード業界の隆盛がアメリカの食肉産業をここまで狂わせた。さらに遺伝子組み換え食品GMOのモンサントのような邪悪そのものといえる企業がある。アメリカはどうしてこれほど邪悪で狂暴な企業ばかりなのだろうか?

しかし日本も面積あたりの農薬や肥料の使用量は世界1でチャイナや欧米の何倍も使っている。硝酸態窒素の残留基準すらなく欧米では流通できないような野菜やコメが大量に国内では流通している。
さらに昔に比べて栄養価も数分の1、十数分の1とすかすかなものになっている。
その結果、サラダを食べてもミネラル不足、ビタミン不足になる。

その点、自然栽培で作った野菜や果物、穀物は栄養価も高く、保存しても腐らないそうだ。腐らずにただ枯れるだけ。
20世紀は農芸化学が農業を化学工業、化学産業にしてしまった。これがさらに遺伝子工学産業にまでなってきているわけだが、これは間違いだったということだ。生物も自然も何も分かっていないのに極度に生命を単純化し貶めてしまった。農業を工業産業にし、百姓をただの工場の単純作業員にさせてしまった。
安全でない不健康でまずい食材をいくら作っても意味がない。
21世紀はAIもどんどん進歩してホワイトカラー的な仕事は必要なくなるわけだが、人間が農作業に回帰して自然栽培をするようになればいいと思う。知能偏重な社会になっても、人間はますますバカになるだけだ。農作業をしていた方が豊かな人生になるのではないか。
マイクロバイオーム、マイクロバイオータの生命観、世界観はこの10年位のものだろうが、これは従来の農芸化学=農業への本質的な否定につながっている。それは自然栽培、自然農法につながっている。



posted by libertarian at 09:36| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月12日

ファスティング

ファスティングを最近はじめた。3日断食を2回ほどやったが効果を実感した。
最初は断食中は空腹で寝れないのではないかと思っていたが、実際は真逆でものすごくよく眠れた。
いまだかつてこれほど深い快適な眠りはしたことがなかったというくらいだ。

ファスティングは復食期間が難しいそうで、断食日数の倍の期間をかけて戻していくのが基本らしい。
その点、自分はいい加減であったかもしれない。
3日断食で復食に6日かけるのは大変だ。復食期間もかなりの小食で過ごす必要がある。

ファスティングは案ずるより産むがやすしで一度やってみればいい。3日断食くらいでは全く危険はない。
もし、我慢できなければやめればいいだけだ。
だが、やってみればそんなに断食は大変ではないことが実感できる。

断食をすることで、ほとんどの慢性病に治癒効果があるらしい。1週間以上の断食は断食療法をやっているところに
行ったほうが安全かもしれないが、3日断食なら自宅で気軽にできる。

西洋医学はほとんどの慢性病には全くの無力であり、それを悪化させることしかできない。100害あって1利なし。
つまるところ人間は自分の体に備わった自己治癒能力で治るしかない。
断食はそのスイッチを入れる方法といえるようだ。

断食は腸内細菌のマイクロバイオータも関係するのであろう。長期の絶食だと腸内細菌がリセットされるのかもしれない。
宿便というのは実体がよくわからず胃カメラで見ても見えないものらしい。これは腸内細菌と関係しているのかもしれない。
posted by libertarian at 14:31| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マイクロバイオーム

最近読んだ本で面白かったのは腸内細菌関連の本だ。
あなたの体の90%は細菌 https://www.amazon.co.jp/dp/4309253520/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_pecSCb9PA3CAQ
土と内臓 https://www.amazon.co.jp/dp/4806715247/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_fgcSCb3R4PSN7
といった本がお勧め。

昔、エコロジーは有機農法や自然というものをイメージで語っているだけで、マイクロバイオームといった具体的な根拠にかけていた。
最近は、マイクロバイオーム、マイクロバイオータといった今まで見えなかった世界の細菌のメカニズム、役割、仕組みがようやく見えてきた感がある。
腸内細菌がどれだけ人間にとって重要な役割を持っているかということを認識させてくれる本であった。

人間における腸内細菌と体の関係が、自然界の土と作物の関係に等しいとしているのが「土と内臓」という本だ。
土というのがこれほど奥深いものだとは思わなかった。
豊かな土は細菌などの微生物多様性が大きい。貧弱な土壌はその逆だ。
世界的に日本の土壌は極めて豊であり、微生物多様性が大きい。
細菌は田んぼや畑の土壌の肥沃度をこの微生物多様性で客観的に測定でき、これを指標としているらしい。

今まで抗生物質をむやみに飲むと腸内細菌に壊滅的な打撃を与えていた。その後、それによる不調に苦しむことになる。
農業でも農薬を使うことで土の微生物多様性を壊滅的に破壊してしまっていた。
今では、日本では不耕起栽培などが広まりつつあり、真の無農薬農法へ切り替える手段はそろっている。こういった農法は長期的にも経済的にも従来の農薬漬け農業をはるかに上回る。
日本は農業の分野で市井の鬼才、天才を多く輩出していると思う。目立たないが社会に対するプラスのインパクトはでかい。
posted by libertarian at 14:29| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月06日

日本の社会主義的医療政策は国を亡ぼす

現代日本の最大の癌は医療業界だ。
医療業界は社会主義的システムになっており、市場メカニズムによる正常化作用が全くない。このため腐りきっている。
露骨に人の命を食い物にしたシステムだ。Medical Fascismといってもよい。

日本の医療費は年間43兆円ともいわれるが、こんなものは十分の一以下にならないといけない。
一方の防衛予算は5兆円程度だ。
厚生省と医学業界、医薬業界の利権だけで動いている。
医療は福祉の名目で際限なく増殖する。フリーライドへの欲望が際限なく増殖する社会主義政策そのものだ。供給側の論理だけで動き、価格には市場メカニズムがなく、点数制だ。
これは共産主義ソ連でモノの値段を重さで決めていたというのと同じだ。マーケットを否定するから価格決定メカニズムがない。そのため、有限な資源を限りなく浪費することになるのである。

結果的に医療サービスのレベルは低下する一方で、患者が死のうが健康を害そうが意に介せずという殺人的なビジネスと化している。
こういった狂気は、社会主義には必ず起こることで、日本ではそれが医療業界全般で起きている。
基本的に厚生省を廃止し、健康保険制度を廃止するしかない。
当然に強制的な健康診断制度など廃止しなければならない。こんなトンデモナイ制度があるのは日本だけだ。
これによってガンの早期発見、早期抹殺という殺人が行われているのは明白だ。
どの国でも医療ビジネスはかなりおかしいが日本の場合、それは特に顕著だ。

あとチャイニーズや朝鮮人などの外人の日本の医療制度へのただ乗りも許してはならない。
おそらく、日本の医療行政にはチャイナや朝鮮の影響が相当に入っているだろう。
チャイナの日本に対するサイレントインベージョンはもはや司法にまで及んでいるので、これが医療業界、厚生省に入り込んでいても別に不思議ではない。日本を医療で亡ぼすことも十分にできるという寸法だ。
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2019年01月25日

ポストヒロイックウォーと超限戦と特攻隊

ルトワックが現代のアメリカの戦闘はポスト ヒロイックウォーになっていると言っている。
従来の戦闘が、兵隊や軍隊が自分の身の安全、命という大きなリスクを背負って行うヒロイックなものだったのが、現代のアメリカはそのようなリスクを最小化するためにコストを最大化することもいとわないということのようだ。

このことは湾岸戦争辺りからなんとなく感じていたことだ。弱小な軍隊を相手に圧倒的な兵力で短時間に叩き潰す戦闘を行ったが、猫を一匹捕まえるのにに軍隊が出動しているような奇妙な感覚を覚えた。w
これはその後の戦闘でもそうらしい。オバマの時代は軍隊を出さずにドローンを使ってテロ的に敵側の要人を暗殺するという方法になっていた。
まさにこれはアメリカによるテロであるが、味方の損害を0にする方法であり、ポストヒロイックウォーの一つなのだろう。

対チャイナでもこのポストヒロイックウォーの構造は変わらない。日本が仮にチャイナに侵略されたとしてもすぐにアメリカ軍が動くかどうかわからないのは、アメリカがポストヒロイックウォーしか戦わないからである。戦闘リスクを最小化し、それでも一定以上にリスクを小さくできなければ無理をしない可能性が高い。

対して日本の自衛隊の意識はそうではないだろう。特攻隊ではないが、両手両足を法律で縛られた状態での戦争しかできないから、どこかで誰か命をかけた自己犠牲をしなければならないと思っていると思う。
そもそも相手にやられてからでないと反撃もできないというのであれば、だれかが最初に無抵抗で死ななければならないわけだ。
当然に自衛権は先制攻撃も含むわけだが、そのような体制には程遠い。

チャイナは超限戦を戦い、アメリカはポストヒロイックウォーを戦い、日本はいまだに特攻隊の精神で戦わなければならないというのはやはりおかしい。


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2019年01月18日

Google翻訳が凄い!

最近のgoogle翻訳の性能向上が凄い。
これだけ訳せれば全く問題ないレベルだ。下手な人間の翻訳よりも正確で優れている。
これもAI技術の成果だ。自然言語をWord Vectorとして扱う処理方法が開発されて以来、自然言語もAI処理できる対象となった。
この性能は今後も加速度的に向上するだろう。

アメリカ政府の発表資料はGoogle翻訳に簡単にかけられるファイル形式で発表してほしいものだ。
世界中で読まれるべきものだからである。
pdf形式のファイルは処理が面倒でGoogle翻訳に適しているとはいいがたいので、Txtファイル形式でも発表してほしいものだ。
pdfファイルだと、これをテキストファイルに変換する必要があるが、この時文字化けが発生するのだ。pdfファイルそのまま翻訳もできるがこれだと翻訳ミスが多発する。文章の改行区切りが判別できなくなるようだ。これはpdfフォーマットの欠点だろう。
もしくはHTMLファイルで発表してもらってもいい。


こういうアメリカ政府への要望はアメリカのどの部署に言えばいいのであろうか?


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2018年12月27日

天体撮影と山登り

今年は天体撮影をはじめ、その都合で山登りをはじめ、そのうち山登りにややシフトした1年であった。山登りと言ってもあまり体力がないので高尾山のような低山しか登らないが、それでも装備はいろいろと必要だ。
アウトドアは衣食住と睡眠を基本的なレベルで見直す行為だ。普通に暮らしている分には衣食住そのものを考えることはあまりない。
山登りにもいろいろなスタイルがあるので、自分に適切なスタイルが何かを自分でむりせずに考えることが大事。
アウトドアは行動レベルを上げるとリスクもどんどん上がる。レベルを上げることを目的にするのは普通の人には向かないはずで、アウトドアごっこで十分だろう。w
最近はラーツーなるものもある。ラーメンを作りにツーリングに行くことらしいが、アウトドアとしては、こんなもので十分だ。

天体撮影は雨や曇りが多くてほとんど撮影できる日がなかった。今年は台風が多かったが、この傾向はほぼ毎年のことでアジアモンスーン地帯に位置する日本の宿命であろう。折角望遠鏡などシステムに多大な投資したのに稼働率が低いのが残念。
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2018年10月31日

高尾山

最近、高尾山によく行く。
高尾山は京王線で簡単に行けるし、登山口まで行くのがあっという間だ。コースも6号まで多様なコースがあり、ケーブルカーやリフトも使える。その気になれば、頂上から奥高尾の縦走コースへの道もあるし、実に懐の深い山である。
高尾の6コースは5号を除いてすべて走破した。

高尾山ができたのは6000万年位前らしいので、人類が地球に発生するはるか前からあそこにある。高尾山から多摩丘陵や武蔵野台地が始まっている。数十万年前?は高尾山の辺りが海岸線にあたり、その後、海が後退して丘陵や武蔵野台地が表れてきたらしい。

高尾山は599mと低山なので緑が豊富で植生は多様性に富んでいる。ある意味東京の里山と呼ぶにふさわしい。
地質的にも興味深い。6号コースは沢伝いに登るがちょうどそこが断層帯になっていて、注意してみると断層の様子が分かる。
高尾山には自分が山に求める全てのものが詰まっている。

山は登るのも下るのも大変な重労働なので体力の有り余っている若いときはピークハント的な登り方もありかもしれないが、歳をとってくるとピークハントなどやってられないし、別に面白くもない。そこにもっと知的な面白さを発見する必要がある。
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2018年10月13日

武蔵野台地

「日本史の謎は地形で解ける」竹村公太郎著を読んだ。
著者はダムの専門家で地形と気象のプロである。ダムや水道といった社会インフラを作ってきた人だから、視点が専門的で斬新だ。今まで、どこにいてもあまり社会インフラの仕組みなど意識もしなかったが、水がなければ暮らせないし、当たり前のように使える水道も社会インフラの賜物であった。

最近は、古地図アプリがいろいろとあり、古地図を簡単に参照できるようになった。東京などは暗渠だらけで川はほとんど見えなくなり地形そのものも分かりにくいが、昔の地図をみると地形が見えてくる。
玉川上水は多摩川の羽村から江戸城までの43qを水をひいているが、これはほぼ甲州街道と並行で地形的には尾根道にあたるところを利用しているそうだ。わずかな高低差を巧みに利用してる。尾根道だから上水の左右に水を出すことができた。
徳川家康は鷹狩りと称して各地の地形を調査していたらしい。家康自身が鷹の目を持っていたかのように地形を理解していたようだ。地形のような巨大なものは人間の感覚の延長にはないのでそれを見るには特殊な技術が必要だ。

武蔵野台地という言葉の意味もこれでわかった。東京は沖積平野にあるが、武蔵野台地という小山のようなところが江戸時代の陸地で他は湿地帯だった。江戸城が武蔵野台地の東の端でその先は海だった。川の周りは広い湿地帯だったようだ。利根川を上流で東に遷移させて銚子に水を向かわせることで、江戸は湿地帯を乾田化させていった。それまでは利根川は東京湾に注いでいて治水がされなかったからその周りは広大な湿地帯になっていたようだ。武蔵野台地はわずかだが高台を形成しているので、そこは人が住めた。

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2018年09月22日

オセロ

将棋は最近はネット中継が多く、またiアプリなどでも将棋中継をやっているのでよく見る。
もっぱら観る将棋でほとんど実戦は指さないが、たまに詰将棋を解いたりすることもある。
やはり藤井聡太の活躍は圧倒的で羽生を超えるだろう天才が現れたという感じだ。

4大ゲームとは囲碁、将棋、チェス、オセロだが、これらのゲームでもはや人間ではコンピューターに全く太刀打ちできない。
オセロはチェスとほぼ同時期に人間のチャンピオンがマシンに負けた。
オセロは40年くらい前に長谷川五郎氏によって発明されたゲームで私も小学生の頃ブームになり少し遊んだことがあるくらいだ。Windowsなどにプリインストールソフトとしても入っていたがそれで遊んだ記憶もない。
つまりオセロはルールくらいしか知らなかったわけだ。ルールは超単純だ。4大ゲームのなかで一番単純なルールがオセロだ。

しかしオセロは将棋や囲碁と違い数手先を頭の中でシミュレーションして読むことも非常に困難である。石がダイナミックに裏返り変化が激しいためである。
詰将棋などは必然手の応酬を十数手先くらいは読むこともできるが、オセロでそれはまず人間には無理である。
といっても高段者になると10手先まで読めるというから凄い。そもそも、オセロは最長60手で終わるので10手先というのはゲーム進行のほとんどに近い。w

それ以前にオセロの考え方や手筋というものを知らないと何をどう考えていいものかも分からない。初心者はひたすら沢山石をとろうとするが、これはオセロの手筋からすると真逆である。
先日「初心者のリバーシ」という無料スマホアプリをたまたまインストールしたところオセロの考え方が書いてあったので、それを見てなるほどと思い、ここ数日オセロに少々はまった。

オセロは石をなるべくとらないようにするゲームだという程度の認識はあったが、開放度理論とか偶数理論とか手筋のような理論がいくつかあるらしい。こんな理論があるとは全く知らなかった。
この開放度理論を使うだけで、初級者のレベルにはなれそうだ。こういうことを知らないと何をどう考えるものかも全く分からない。将棋も手筋を知らないと考えることすらできないのと同じだろう。

将棋の場合、初心者に定石を覚えろというのは最悪で、手筋を沢山教えるべきなのである。将棋もそんなに先を読めるゲームではなく、手筋の発見とその組み合わせや順序を考えるものだといえる。
詰将棋なら王手の必然手の応酬の連続だが、実戦はむしろ次の一手問題の繰返しからなるからだ。

テレビ解説を見ているとプロ棋士は大体一つの局面から手筋を複数発見しその組み合わせのようなものを考えているのだとわかる。将棋の手筋は知らないと発見することもできない。つまり私のイメージでは将棋とは手筋の発見という短期的な目標の組み合わせのゲームである。

オセロの場合も将棋と同様だが、将棋以上に先読みが難しいという特徴があるので短期的な目標の発見みたいなものの繰返しでゲームが進行していくようだ。

開放度理論では単に石を少なく返すという目標ではなく、開放度の小さい石をかえすべきという目標を与える。
また同じ1石返しでも手が複数あった場合、どれが開放度が小さいかで比較が可能だ。
もっといえば開放度の大きい一石返しより、開放度の小さい複数石返しのほうがいいようだ。
オセロの序盤定石のようなものを見ると開放度理論に即している手が多いようだ。ただ、そこに少し理論からの崩しを入れて変化を加えているらしい。
そして最終盤になると偶数理論というものがある。これも知らないとオセロでは初級者にもなれない。
オセロの高段者が10手先を読むというのはこの最終盤のことかもしれない。最終盤を残り10−16手と考えると強い人はこの終盤の隅の争いを全て読み切るのであろう。読み切ると言ってもマシンのように全ての順列組み合わせを読むのではなく、ここも方針のような目標がないと人間には無理だろうが。

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2018年09月15日

1000兆トンのダイヤ

この記事によると地球深部に1000兆トンオーダーのダイヤの存在が確認されたらしい。
https://gigazine.net/news/20180718-diamond-in-the-earth/

これなどはゴールドの石油深層起源説をサポートする発見だろう。
地下100−200kmにあるということだから、海底の有機物がプレート移動で潜り込んだものではない。

しかし、ダイヤのようなものは稀少性による価値なのでもし取り出したらダイヤの価値がガラス玉程度になってしまうだけだ。w
そして取り出すにはマッハのスピードで地表に持ち上げる必要がある。
もっともそれは不可能なことなので心配もいらない。w
posted by libertarian at 17:49| 東京 ☔| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

重力波検知衛星

現在、重力波を検出する衛星の打ち上げが真面目に検討されている。
このことは前にも書いたが、もう少し具体的に言うとこれはeLISAという計画で3つの人工衛星を太陽の周りの軌道に投入するものである。

おそらく太陽軌道に投入する理由は高出力レーザーの電源を太陽からとるためだろう。太陽軌道なら陰になることもなく太陽エネルギーを得ることができる。さらに地球より内側の軌道に投入することでより強力な太陽光エネルギーを得られる。また公転周期を地球に合わせれば太陽の陰になることもない。
こう考えるとこの計画はかなり技術的にも難しいものだと想像される。実現するのは随分と先になるのではないか。

さらに、これで重力波の発生方向まで知るにはこの3つの人工衛星のセットを3セット投入する必要がある。
ここら辺はどうなっているのか知らない。




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温暖化していない地球

依然として温暖化と炭酸ガスをめぐるバカ騒ぎは終わる気配がない。これは地球温暖化=炭酸ガス原因説の旗振り役である総務省とその傘下のNHKが非科学的なキャンペーンを執拗に続けているからだろう。

このバカ騒ぎで一番の莫大な損害を被ったのは日本だ。他の国はまともに取り組んでいるところはない。
日本は温暖化対策と称して80兆円もの税金をどぶに捨ててきた。
日本もアメリカに右に倣えで、パリ議定書からも離脱するべきである。

この議論は簡単に言えば、地球は微妙に温暖化しているという嘘の事実と、炭酸ガスがこの数十年で微妙に増加傾向にあるという事実からなる。
現在、炭酸ガスは大気中に400㏙弱だが、この微量なガス成分は過去50年くらい見ると320㏙くらいから増えているのは事実である。増加原因の何割かが人間の経済活動にあることも事実である。

そして、地球の温暖化という「嘘の事実」に対して、炭酸ガスの増加がその原因だというキャンペーンを張っているのがIPCCや総務省なのである。

仮にこの嘘のデータを使って短い期間をとりだして炭酸ガス濃度との相関をもとめれば、相関係数はでるだろうが、きちんと偏相関係数まで見れば偽相関だと簡単に分かるはずだ。
まあ、そんなことをしなくても温暖化を示すというグラフが意図的に加工されたものであるから、これで話は完全に終わりだ。



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位置エネルギーの利用

ちょっと簡単な計算をしてみた。

@ 1sの物体が1mの高さにあるときの位置エネルギーは9.8J(ジュール)
A 1気圧下で25℃の水1sをそのまま蒸発させるエネルギーは蒸発熱を44KJ/molとして
  1000g/18x44=2444KJ

1sの水が1000mの高さにあれば、約10KJの位置エネルギーを持っている。
つまり蒸発エネルギーを太陽エネルギーが供給する場合、1KGの水を蒸発させるのに約2500KJの太陽エネルギーを消費するのに対し、1000mの高さの水1Kgは10KJだけ位置エネルギーを利用できることになる。

つまり太陽エネルギーの利用効率としては低いが、水の形になることでエネルギー回収と貯蔵が容易なことが水力発電のメリットといえる。薄いエネルギーを広く回収でき、平面にあたる太陽エネルギーを体積という形で濃縮できる。実際は大気に国境はなく海で発生した雲も、台風が遠くから雲を運んでくることもあり、世界的な広さの太陽光エネルギーを回収できる。


太陽光パネルの場合だと
300w出力のパネルだと5時間天気の良い日には
300x5x3600=5400000ws=5400KJ
の発電ができる。
最近のソーラーパネルは20%くらいの効率があるそうだ。高効率だが土地とまとまった光量が必要なのがデメリット。

posted by libertarian at 10:39| 東京 🌁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エネルギー白書2018

エネルギー白書2018のグラフより

一番最近が2017年のデータで構成割合は、
新エネルギー 6.9% 石油 9.3% LNG 42.1% 水力 7.6% 石炭 32.5% 原子力 1.7%
となっている。

311以降、原発は殆ど稼働していないが、その分、LNGと石炭が大きくのびている。石炭がこれほど伸びているとは意外であった。
水力は7.6%とあまり変化がない。しかしこの中で一番伸びしろが多いのは水力発電だろう。これを今の5倍にすればかなりのものだ。

ノルウェーやスウェーデンなどは水力発電大国だが日本もそうなれる。これらの国は水力のお陰で電気代が非常に安い。
日本も水力発電を5−6倍にすれば、電気代を今の半分、アメリカ並みにすることも可能だろう。
だがしかし、日本の現在の電力消費が1兆 kWhで、水力発電量は900億kWh。
先の著書によるとこれを2200億kWhにするのが当面可能なラインのようだ。理論的には約7000億kWhが上限。


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2018年09月13日

ダムと水力発電

水力発電については今まであまり考えたこともなかったが、「水力発電が日本を救う」(竹村著)を読んで、認識があらたまった。
水力発電は大規模な自然破壊をしている割に発電量が少な過ぎると思っていたが、実は日本の地理的特性から見てかなりロングスパンで有効なエネルギー源のようだ。
日本の川は急流の川が多く、短い距離で海に注ぐという点が特徴で、水力発電は大きなポテンシャルを持っているにも関わらず、旧い法律のせいでその能力を発揮できていないとこの著者は唱えている。

旧い法律とは特定多目的ダム法で、これによって日本のダムは半分しか貯水できないようになっている。
この法律ではダムの目的が利水と治水と定義されおり、治水を重視するとダムを洪水対策のバッファーとして使うので利水を犠牲にして半分くらいしか水を溜められないというジレンマに陥ってるそうだ。
しかし現代では台風予測もかなり進歩しているので、著者は気象予測に合わせて放流すれば問題ないとしている。日本の川は短いので1日で貯水量を減らすことができ、普段はほぼ満水にしていても台風予測に十分に対応できるそうだ。だが役所は法律に縛られるので旧い運用を続けている。

またダムは堆積物が溜まってそのうち使い物にならなくなると言われているが、これも間違いだそうだ。なぜなら簡単にそれは浚渫できるから。というわけで日本のダムは驚くべきことに半永久的に壊れないで使えるものなのだそうだ。壊れない理由として1.コンクリートに鉄筋が入っていない。このため巨大な凝塊石と化している。2.基礎が岩盤と直結して一体化するように作られている。3.壁の厚さが100mになり、巨大な一枚岩となってる。さらに時間が経つほど強固になるそうだ。

とはいえ、ダムの建設コストのほとんどは原発と同様に水没する村などにたいする莫大な保証金、調整コストであり、実際の建設費はそれほど大きくないのだが、著者はこれ以上新規の巨大ダムを増やすよりは既存のダムのかさ上げをすることで発電量を容易に増加できるとしてる。
ダムの10%かさ上げするだけで発電量は2倍になるらしい。そしてこのかさ上げ工事は非常に低コストで可能だ。

水力発電の発電コストはこの本によると原発に次いで小さい。この発電コストは計算方法で大きく変わるものだが、日本にとって水力発電は圧倒的に比較優位にある技術だろう。比較優位の原則に照らせば日本が選ぶべきものは原発でも火力でもなく水力である。

posted by libertarian at 23:59| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月10日

電力とリスク分散

北海道地震で全道停電になった。そのため、札幌市内からでも天の川が綺麗に見えるようになったらしい。
喜ぶべきことかどうかは微妙だが、天体好きには一生に一度の観測チャンスであろう。

今回の全停電に原発を再開させろとか、最初から再開させていれば停電にはならなかったという人間もいるが、
もし泊原発にマグニチュード7以上の地震が来ていれば仮に大事故には至らなかったとしても原発が止まってしまい全停電となっていただろう。今回、運よく泊原発の震度が比較的小さかっただけだから、こういう事を主張する連中は頭が悪い。

基本的にリスク分散を中央集権的な電力システムで担保しようというのが間違っているのである。火力、原発、水力こういったものはすべて中央集権的電力システムだからリスク分散にはならない。
昨今の太陽光発電も中央集権的な仕組みで運用しようとするのが間違えなのである
北海道の地元工場では自家発電装置を持っていたところもあるようだが、その発電装置をスタートさせるのに一般電力が必要なために、稼働させられないそうだ。全停電を想定してガソリン発電機でスタートできるようにしておくべきだった。全停電という事態が想定外だったのがあまかった。

基本的にリスク分散は電力源が広く分散しているほうがいい。家庭用の太陽光発電は家庭の電気程度なら十分に賄える。天気次第で発電量が決まるが、それでもリスクの分散としてはありだ。そんなに大きな太陽光パネルでなくキャンプ用の太陽光パネルでもライトやスマホやPCを動かすくらいの電気なら供給できる。
天体観測やアウトドアを趣味にしている人は、大きめの充電池を持っているので、こういったアウトドア道具のお陰で今回の停電で随分と助かったらしい。

東京でこの規模の地震が来れば惨憺たる状況になることは確実だ。311では水や食料品がなくなったが、全停電は起こらなかったので東京もその想定をしてないだろう。
キャンプ用の太陽光パネルやキャンプ用のAC電源も使える大容量ポータブルバッテリーなどを持っているだけでも結構なリスク分散になる。
カセットコンロなども大して場所をとらないからあると安心だろう。

東京でも高層ビルなどの大規模施設にはコジェネレーションシステムを持っているところが多いが、これも全停電に対応できるようにしておいたほうがいい。

工場がストップした経済損失がどうのこうのといっても、本当に破滅的な天災、福島のような天災、マグニチュード7以上の地震とか火山の大噴火みたいなものがあればどんなことをしても損失回避などできはしない。人間の力は小さい。そういった事態へのリスク対応とはサバイバル対策でしかない。生きるか死ぬかに備えることだ。日本というのは地球でも地質学上きわめて特殊な地帯であり、常に想定外の天災リスクはある。世界の火山の3分の1は日本に集中している。日本には108もの活火山がある。地学者は地震よりも火山のリスクの方がはるかに巨大であり、それはいかんともしがたい対処不可能なことだと言っている。日本では地震リスクばかり言われるが火山が盲点となっている。

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2018年08月20日

地球

地球は卵のような構造で中心に鉄の核がありその周りにマントルがあり、外側に殻の地殻がある。
なんでこんなことが分かるのかというと地震波を分析することでわかってしまうのである。マントルは橄欖岩でできている。橄欖岩はペリドットという宝石だ。地表に出てくることはあまりないが変性しやすく地表にでてくると蛇紋岩になってしまう。しかし地殻を取り除けば地球は透明な緑色に輝くペリドットの宝石の塊だというのはもっと知られてもいいかもしれない。
地殻は海洋と大陸で組成が異なり、海洋の地底は玄武岩であり大陸は花崗岩が主である。比重も橄欖岩、玄武岩、花崗岩でそれぞれ3.3g/ml,3.0g/ml,2.7g/ml。地球の岩石の80%は橄欖岩だがその上に軽い玄武岩、花崗岩がアイソスタシーの順番で積み重なっている。マクロにみれば岩石にも浮力の法則が成り立つ。
勘違いされているがマントルはマグマのように熱い溶けた石ではなく橄欖岩からなる岩石だがこれも対流の条件であるレイリー数が高くゆっくりとだが流体のように対流できる。

石というのは子供の頃集めていたこともあり興味は潜在的にあったがなかなか石の同定とかは難しい。石は数千種類以上あると分類されているが、あまり正確な分類の基準がない。
また地球の岩石はほとんど80%以上は橄欖岩だがそれを地表ではあまり見ることができない。しかし玄武岩も花崗岩も橄欖岩が元でそれが変性してできるらしい。だから基本はこの3つだけ抑えておけばいい。

宇宙研究もいいが、地球の内部というのは宇宙以上に研究の難しい対象だ。石油の起源も未だに何も分かっていない。生物起源、無機起源説があるが、私は無機起源説がやはり正しいだろうと思う。メタンのような宇宙に大量にあるガスまでを生物起源とするのはどう考えても不自然だ。
トマス ゴールドの無機起源説については以前このブログにも纏めた。
http://libertarian.seesaa.net/article/128472700.html

宇宙の生命探査はNASAが最近大々的に取り組むようになったが、生命もパンスペルミアのような宇宙起源という説もある。私はこれもパンスペルミア説が正しいと思う。w
ただし、生命についてはあのゴールドの唱えている地底高熱生物圏という説もある。
生命の存在する環境の限界はどんどん更新されているが地底深く、地殻を超える深さとなると調査もできない。海底の熱水噴出孔が地球生命の誕生したところだろうと言われているが、ゴールドはもっと深い地底に高熱生物圏があっても不思議ではないとまじめに主張している。
地球科学とか地学という分類もおかしくて本来地球も惑星の一つだから惑星科学の一つとして捉える必要がある。
生命科学も惑星生命学の一つとそのうちなるだろう。

#石油やメタンガスが惑星起源とすると地球ができた時は高熱の火の玉だったのだから燃えているだろうと思うかもしれない。
しかし、地球ができた時はまだ酸素=O2がなかったので燃焼はしない。酸素が作られるのはずっと後でシアノバクテリアが作り出すまではほとんどなかった。


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2018年08月17日

重力波天文学

アインシュタインの予想した重力波が2015年にLIGOにより初観測されたが、その後も4回の重力波検出に成功している。3年で4件とはハイペースだ。これは今後さらに感度を上げることで射程を広くしていくのでもっと高頻度での観測がされるようになるだろう。重力波望遠鏡と言われるが実際は望遠鏡というよりも全方位集音マイクと言った方が正しく、重力波は見るのではなく聞くものと言われる。望遠鏡は空の一点を注視するわけだが、重力波は全方位から届く音を目を閉じて聴いている。だからどこでイベントが起こってもそれを察知することができる。観測の射程が広くなれば、その3乗の体積で観測可能領域が増える。3つ以上の重力波検出器を使えば重力波がどの方向から来たかを大体のところで推定できるので、あとは望遠鏡でその領域を探査するという流れになる。
#アメリカにLIGOが2つ。イタリアにVirgoが1つあるので既に3つある。

重力波はあるかどうかも未検証だったが、いきなり実用的な千里眼というか千里耳を手に入れたことになる。
日本でもKagraという3Kmレベルの大規模重力波検出器をカミオカンデのある神岡鉱山の地下に作るので、世界的に重力波検出器は建設ラッシュだ。
三鷹の国立天文台にも小規模だが重力波検出器はあった。私が2013年頃に見学に行ったときにも見たが、まさかその2年後に検出されるとは思っていなかった。どうしてこれで検出できるのかなと不思議に思ったくらいだ。w
仕組みはマイケルソンモーレーの干渉計とほぼ同じ原理らしい。
しかし重力波検出はカミオカンデのニュートリノ検出のような悠長な観測をするものかと思っていたがこれほど高頻度での観測が可能だったとは意外だ。

重力波検出器を宇宙空間に設置しようと現在計画されているそうだが、これほど宇宙に設置するのがふさわしいものもないだろう。宇宙は最初から真空だし、いくらでも長距離にして感度を向上させることができる。従来の望遠鏡は電磁波を観測するものだったが、重力波という異次元の波を観測できるようになったことは天文学における画期的なイノベーションだろう。

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2018年08月09日

超マクロな話

最近は宇宙、天体、地球科学といった超マクロな本ばかり読んでいる。地球科学は宇宙に比べたらミクロな話ではあるが、一般的な感覚からはやはり超マクロな話だ。
ここ10年ー20年で急速にこの分野の知見は深まっているという印象があり30年くらい前とは隔世の感である。
科学の発見は観測装置、測定器具の進歩にドライブされる面が大きく、この20年位の測定機器の進歩に対応しているのだと思う。天文学などは望遠鏡システムに始まり望遠鏡システムに終わるといっても過言ではない。
望遠鏡システムとは鏡筒、三脚、経緯台、赤道儀、カメラ、コンピューター、などの一体となったものである。鏡筒だけ高性能でもそのほかの性能が悪ければそこで律速性能になってしまう。望遠鏡はかなり枯れた技術で光学的に本質的な進歩はほとんどないと思うが、製造技術が進歩すればやはり精度が向上する。

こういったマクロな世界から見れば人間などどう見ても微生物の一種だが、その微生物が宇宙の始まりから終わりまで、また地球の内部構造、地球がどのように出来て将来どうなるかまで理解しつつあるというのが、特異な微生物である所以といえよう。

ところで過去の古代文明ではマヤ文明、メソポタミア文明、エジプト文明でも天体観測を国家レベルで熱心にやっておりそれはヨーロッパ文明にも引き継がれていた。しかし日本ではあまり天体が熱心に取り組まれていたように見えない。江戸時代に暦の改暦などでヨーロッパの知見を取り入れることが行われたが、それも最近の話だ。昔の日本人はなぜあまり天体に関心がなかったのか不思議と言えば不思議だ。

英語では恒星はfixed starsと呼び、惑星planetsと区別する。惑星は非常に明るい星だから識別しやすいが、天球に固定されたように動かない星fixed starsとの違いを認識するのも簡単ではないと思う。そもそも日本では惑星と恒星の区別すらあったのかどうかも疑わしい。惑星、恒星といった言葉は明治以降の言葉だろう。木星、土星といった惑星名も明治以降だろう。
# ググったところ、水星 金星 火星 木星 土星は五行説に基づく中国名を使っていたらしい。

天体の知識は20世紀半ばあたりから急速に増え、系外銀河の存在が認識されたのもハッブル以降の最近の話だ。
さらに系外惑星はようやく1992年に初めて観測された。太陽のような恒星の周りに地球のような惑星があるのは当たり前だろうと思っても、技術上の理由で観測ができないのであるともないともつい最近まで言えなかったわけだ。
これは生命のようなものも同様で、生命など宇宙にあるに違いないと思っても観測ができない以上、あるともないとも言えない。これはいまだにその状況にある。現実的に人類が到達できる星は太陽系の中の星に限定されるから、土星の衛星エンケラドスやタイタンのようなところに生命を見つけることができなければ、観測は不可能で終わりということになりそうだ。しかし、もし微生物の一つでも発見できれば人類史上最大の発見ということになるだろう。生命は地球以外の天体でも発生しうるという情報を得るからだ


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2018年05月09日

星の写真

最近は星の写真に少し嵌っている。
星景写真とか天体写真といったものだが、デジカメのお陰でフィルム時代の大昔に比べて劇的に敷居が下がっている。
というより、不可能なことが可能になったといった方がいいか。
とはいえ、日本の都市部のような光害地帯では微弱な光の星の写真を撮るのは極めて難しい。S/N比が悪すぎてただでさえ難しい撮影が、絶望的なほどに困難になっている。そもそも都区内では1等星がなんとか見れるという位で、夜空のバックグラウンドは2−3等星くらいの明るさがありそうだ。
このようなハードルの高さに敢えて挑戦して撮影している人もいるが、そういうのはほんとに上級者であり機材も技術も高い人でないと無理だろう。
結果、暗い夜空を求めて遠征しなければならないわけだが、それもなかなかに大変なのである。

天体写真関係のBlogも最近よく見るが、こういうものに入れ込んでいる人たちのレベルの高さに驚かされる。
もともと理系の研究者や技術者だという人が多いと思うが、その科学的な理解度と技術レベル、創意の高い工夫にびっくりする。
ガリレオの時代、否もっとずっと古代より、天体観測は最先端技術であり最先端科学であった。
天体観測と光学技術は一対のものであり、光学技術を高めることが天体観測の進歩と同じであった。
これは現代もそのまま当てはまる。日本はスバル望遠鏡のような補償光学のトップランナーだ。こういった最新の地上望遠鏡の性能はすでにハッブル宇宙望遠鏡を凌駕している。
日本ほどアマチュア天体観測家のレベルが高く、また層の厚い国はない。近年では新星の発見は世界的に研究機関より日本のアマチュア天文家がリードしてきた。

天体観測というと大きい望遠鏡を買ってきて空を覗いてるだけという位のイメージかもしれないが、ほんとは物凄く奥の深いもので科学そのものといえる。天体観測は精密科学技術である。
天体写真に興味を持つと、機材にかかるコストも非常に高く天井知らずだが、その沼に嵌る人達の気持ちはよくわかる。w
天体写真1枚を撮るのにかけるコスト、時間、労力は半端ない。

私のように車を手放してしまった人間はそうそう自由に遠征もできないし、手荷物で遠征するといってもそんなに重い機材を持っていけないので結果、光害地帯でも可能な惑星観測になる。
天体という自然観察の感動のようなものに加え、それをうまいこと写真に撮るということの技術的な難しさがチャレンジングなのである。
今は巷に凄い天体写真が溢れているが、単に見るのと自分で撮るのとでは全く別次元のことだ。
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2018年02月14日

東芝解体

「東芝解体」(大西著、講談社現代新書)を読んだ。
この数年で日本の電機産業がここまで落ち込んでいるとは知らなかった。
著者は、日本の電機産業、電電産業はともに社会主義的な配分システムでやってきたと指摘する。
電機産業は、NTTという半官半民の独占企業が税金的に電話料金を徴収し、それをさらに電器産業に振り分ける癒着構造があり、これが日本の電機産業の安定収入となっていた。家電産業はNTT仕様のものを作っていればそれでよかった。
電電産業は東電を頂点とする独占電力産業の下請け設備業者として安定収入をえていた。
親玉の電力会社は独占企業として税金のように莫大な電力料金を徴収してきた。
このような社会主義的配分により、安定収入を得ることができ、それがまた本業であったために、他の事業は半導体でも家電にせよ赤字でも許される傍流の副業だった。これがグローバル競争が激化することで、それを専業として必死にやっている外国の勢力に負けてしまったというものである。

家電産業は、親分のNTTがダメになることでミルク供給が減り、電電産業は311で親分の電力会社がだめになることでやはりミルク補給を受けられなくなった。その結果、この数年で日本の電機産業はぼろぼろになってしまった。

日本の電機産業、電電産業に対するマクロな見方としては、このような観点は成り立つのかもしれない。
こうしてみると、日本の家電産業、電電産業に対する経済産業省の影響力の大きさが見えてくる。経産省によるNTT、東電支配から間接的、hierarchicalに日本の全ての家電産業、電電産業はは社会主義的に支配されてきたのであろう。

しかし、これに加えて20年以上にわたるいまだに終わっていない財務省ー日銀によるデフレ政策があった。
経産省の社会主義的な産業政策に加えて、さらにマクロな要因として財務省ー日銀のデフレ政策があったといえる。
これを指摘しないのは片手落ちであろう。

日本の家電産業は東芝が解体し、シャープがつぶれ、NEC、富士通も風前の灯、日立、三菱も一時より半分以下の規模となった。ソニーもハイテク分野で国際競争力は失いつつある。パナソニックは電池頼み。
ソニーのような独立系の電機会社は方向転換を試みているが、東芝を典型とする政府との癒着のつよい大企業ほど後退が著しい。

つい最近まで日本の国際競争力の要はハイテク電機産業と思われてきたが、それがもはや総崩れの状態だ。
インターネット登場以来アメリカではGoogleだAmazonだと新しい産業が台頭してきたが日本には何もない。

ただ日本の大手家電産業は日本のエリートエンジニアの良くも悪くも受け皿だったわけだが、これらが解体することで技術者の囲い込みが弱まり、人材の再配置 reallocationがこれから大規模に起きる。
日本は経産省を廃止し、社会主義的な計画経済、産業政策をやめることが必要だ。

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2018年01月03日

Alpha Zeroと学習コスト

去年はAlphaGoが話題になったが、早くもAlphaGoは引退し、完全な教師なし学習の強化学習を用いたAlphaZeroが登場した。AlphaZeroとAlphaGoを100回対戦させたところZeroが100戦全勝だったそうだ。
やはりAIは強化学習が主流となりつつある。
もしDeepMind社が将棋AIに取り組んだら、今の最強のコンピューター将棋ソフトよりも圧倒的に強いものを数日で開発するだろう。

AlphaZeroはたった3日間の強化学習でこれだけの力になったそうだが、これはGoogleの恐るべきコンピューターパワーを使ったから可能であった。
もしGTX1080のSLI接続で2つ使った程度のマシンで同じことをやろうとしたら1500年位かかる計算らしい。
今のところGTX1080のSLI接続のマシンは個人で動かせるほぼハイエンドのマシンスペックであろう。
ざっと計算するとDeepMindが使ったGoogleのマシンパワーは、このGTX1080のSLI接続で2連マシンの20万倍位の計算力ということになる。
#1500*365/3=182500 -> 約20万

学習させているときはGPUはほぼフルパワーで動いているのでGTX1080は300Wくらい消費する。
2つで600w。
この20万倍の電力となると、600*200000wとなる。
日本だと電気代は大体1Kw=30円/h
これで計算すると
120,000Kw*24h*3*30yen/kwh=259,200,000円

つまり、日本でこの学習を行うと、ざっと2億6千万円の電気代がかかることになる。
しかし、Googleは電気代の安いところで運用しているから、実際はこの1/3以下だろう。
それでも9千万円程度のコストがかかることになる。
さすがにこれだけコストがかかると、そうそう将棋でもちょっとやってみようかということにはならないのであろう。w
だが、同じ方法論で囲碁よりも将棋の方が学習コストは低く可能であろう。
posted by libertarian at 19:36| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月19日

難聴とイコライザー

オーディオでイコライザーというのは昔は邪道と思い見向きもしてなかったが、最近、イコライザーの重要性に目覚めた。
そもそも、年齢とともに大なり小なり耳は悪くなっていく。そうなると各自の耳に合わせて周波数ごとにイコライザーで調整しないとかえってバランスが崩れる。オーディオ評論家の人たちには年配の人も多いが老いた自分の耳の周波数特性という足元性能をちゃんと把握しているのであろうか?w
自分は片耳が難聴であるため、悪い方の耳だけで音を聞くと壊れたラジオのような音になる。

iPadにはRとLで別々にイコライズできるTSC Musicというソフトがあるのを発見し、試したところ非常に具合がよい。以前はSoundFocusという同様のiOS用ソフトがあったが今はない。
元々、難聴者などを対象に考えられたソフトのようだが、素晴らしい。難聴の人間は是非、導入したほうがいい。残念ながらAndroidにはこのようなソフトは調べた限り見当たらない。

突発性難聴になると多くの人は酷い耳鳴りに悩まされることになる。この耳鳴りの原因は分かっていないが、(というか耳のメカニズムなど全くなんにも分かっていないと思われるが)正常な耳では聞こえているが難聴の耳では聞こえていない周波数の音が耳鳴りの周波数になるというのが私の経験上の事実だ。

自分は最初が重症の突発性難聴で音の全域がほぼ全く聞こえなくなったために、すさまじい地下鉄の中のような轟音の耳鳴りがしていたが、その後、運よく回復するにつれ、特に聞こえない高周波の音が耳鳴りとして残った。
このいつも耳の中でなっているキーンという音がどのくらいの周波数なのか興味がでてちょっと調べてみた。
これのテストにもiPadのアプリで特定周波数の音をだすものがあって便利だ。
結果、どうも耳鳴りの雑音の周波数は8KHz前後の音だと思われる。もしくは8KHZ以上の周波数音域全体がまざっている音なのかもしれない。
これ以上の周波数音域になると実際ほとんど聞こえないが、脳内では耳鳴りとして鳴り響いている。

しかしイヤフォンで難聴の側の耳にこの8KHz位の音を大音量で流すと、かすかではあるが聞こえる。そして、その音を消すと、その後、しばらくはキーンという耳鳴り音もなくなる。
これはなかなかに面白い現象である。
つまり難聴の耳では実際は聞こえない周波数の音が耳鳴りとなって聞こえているわけだが、その音を大音量で無理やり流すと耳鳴りが少しの間であるが消える。これをどう解釈するかだ。鍼灸治療では、耳鳴りの現象を聞こえない音を脳が探しているといった東洋的な表現をする人もいるが、メカニズムは不明であるものの、そういうものなのかもしれない。
普段聞こえない周波数の音を大きくして無理やり耳に聞かせることで脳はその音が聞こえると判断し、音を探すことをやめるわけである。w
発病の初期は音全域が全く聞こえなかったので、全音域が耳鳴りとなり地下鉄の轟音のような音になっていたわけだ。

最近は音楽はデジタル化されたおかげで、RとLで別々のイコライズをかけるようなことが容易にできるようになった。
スマホでもHtc10とかHTC U11などこのRL別々のイコライズ機能がデフォルトでついているものもある。
またAumeoというヘッドフォンアンプはこの機能に特化している。
こういったデジタル機器を活用することで、難聴の人でも音楽をもっと楽しめるようになるはずだ。




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2017年12月14日

国家のOS

国家をコンピュータになぞらえてみるならば、司法、立法、行政という三権システムはOSの構成要素と見ることができる。もし国会が立法府として法律というOSコードを作る処とみれば、行政組織はOSの指令通りに動く周辺インタフェースというかんじか。

独裁国家は、このような仕組みはない。独裁国家と、いわゆるデモクラシーの国の違いとは何なのかというと、一つにOSコードを作るところが変更できるかできないかという違いがある。デモクラシーの国では立法府の国会議員は選挙によって交代させられるが、独裁国家では変えられない。もし自力で体制を変えるにはクーデターしかないが、それは強権によって弾圧され一切の抵抗ができない強力な暴力装置が作られている。

いわば、デモクラシーとはオープンなOSであり、独裁国家はクローズドなOSといえるかもしれない。
独裁国家にはOSそのものがないといってもよい。なぜなら法律そのものがなきに等しいからである。w
OSなきコンピューターシステムといえば、ベーシック言語しかなかったパソコン黎明期のPC98シリーズみたいなものがあるが、そういった古い原始的なパソコンシステムに近いのかもしれない。
一方のデモクラシーはオープン性が高いネットワークコンピュータのようなものだ。オープンである分、侵入が容易である。一方の独裁国家は完全にクローズドな時代遅れのぽんこつのパソコンである分、侵入が容易でない。w
しかし、こういったデモクラシー国家と、チャイナや北のような独裁地帯とのセキュリティ上の非対称性というのは意識しておかねばならない。デモクラシー国家の方が高度に進歩はしているが、セキュリティ的な脆弱性がむしろ高い状態にある。

いままでは、国家とはスタンドアローンマシンのOSだったわけだ。そこにテロリストがクラッカーのように侵入してしまえば、なんでも思い通りにできるという極めて脆弱なシステムだった。
パソコンもその初期には、やたらとオープン性が強調され、オープンなことがいいことだとされていたが、そのうちセキュリティ問題が深刻に認識され始め、セキュリティ管理やウイルス防御が必要だということが徐々に認識されだした。

アメリカも第2次世界大戦後に、CIAのような情報セキュリティ部門がようやく作られたわけだが、その前身のOSSがソ連の工作員だらけであったために、戦後のCIAもかなり脆弱な組織となったようだ。
それでも情報セキュリティの重要性が徐々に認識され始め、セキュリティソフトに相当する機能をOSの中に取り組もうとしたわけである。
ソ連の工作員テロリスト=クラッカーの脅威を認識した結果であった。

日本の場合は、セキュリティ機能が0の旧いレガシーOSを全く修正することなく使っているに等しい。結果的に今の日本のセキュリティは軍事セキュリティも、情報セキュリティ的にもゼロなのである。とてつもなく、やばい状態にある。国家の第一の存在目的は国民の集団防衛=セキュリティにあり、いわゆる福祉なんてものは本来の目的の一つですらないのだが、このことが理解されていない。

さらにいえば、セキュリティとは免疫機能にも似ている。それは自他の識別機能が基本となる。
ネットワークでいえば、信頼関係のあるグループだけで構成しなければならない。ネットワークの中に敵の侵入をゆるせば、最新のコンピュータもセキュリティは簡単に崩壊する。
どんなに戸締りを固く防御していても、一旦武装した強盗に家の内部に侵入されてしまうと打つ手がないに等しい。
いわゆるMITM攻撃(=Man In The Middle Attack)には今のコンピューターシステムは打つ手がないのである。ソ連のコミンテルンは、容易に権力中枢のネットワークに侵入することができたが、これをさせない厳格なセキュリティ上の仕組みがOSそのものに必要だ。

アメリカが機密を日本にあまり渡さないというのはあまりにも当然のことであり、それは日本というセキュリティ機能がゼロでウイルスに感染しまくったパソコンをネットワークにつなげることに等しいからである。

今は日本でも、軍事費を増やすべきとか、サイバー部隊が必要だとはしばしば言われるし、当然にそれは必要なことなのだが、もっと法的な部分でセキュリティを担保しないといけない。
法律というOSにセキュリティ機能を加えなければならない。
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2017年12月02日

モノラルオーディオ出力

知らなかったがWindowsもモノラルオーディオ出力がWin10のcreators updateから可能になったようだ。
設定→簡単操作→その他のオプションで、モノラルオーディオ出力を選べる。
iOSは最初からそういう機能があったが、MSもやっと追随したようだ。

こういう機能は地味だが片耳難聴者にとっては必須ともいえる。これをケーブルで実現するのは意外と大変なのである。
しかし、ステレオ録音したものをモノラルに変換するのは無理があることに変わりはない。
できれば録音の段階から、モノラル録音とステレオ録音の両方をしてほしいものである。w

またモノラル出力したものをステレオの2台のスピーカーから出力するのはよくない。
ステレオ音源のRL出力を合わせただけのモノラル音声を2台のスピーカーで出力するとまずいことになる。これは、おそらく音の定位が左右同時に生まれるためであろう。
少なくともモノラル出力したものは1台のスピーカーで再生する必要がある。

音楽ーオーディオ業界はステレオというVR技術に偏向しすぎてきたが、モノラルというある意味旧い技術を新しい技術として捉えなおしてほしいものである。
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2017年11月29日

モノラルスピーカーのすすめ

最近、ブルートゥーススピーカーの性能が良くなりいろんな機種が出ている。
一つにブルートゥースのヴァージョンが上がってデータ転送量が多くなったからであろうと思っていたが、ちょっと調べたところそういうわけでもなさそうだ。むしろDACの性能向上のおかげなのか?
また、BTスピーカーはモノラルスピーカーのものが結構あるのが良い。
前にも書いたがステレオというのは一種のVR技術であるが、片耳が難聴の場合、片目を閉じて3D映画を見るような状態になってしまうのである。
であるからして、片耳が難聴の人間はステレオをやめてモノラルスピーカーで音楽などを聴くのが正解である。
もとより、現実の音はステレオではないのであり、沢山の点音源からの音を聴いているのである。

いろいろと検討した結果、Bang & OlufsenのBTスピーカー、BeoplayA1を購入した。これが実に素晴らしい音で正解だった。
音は深みがあるHiFiサウンドでどこから聞いても違和感のない音場を作り出す。スピーカーから音がでているというのが分からない感じだ。最近のB&Oはモノラルスピーカーシステムをいろいろと出していて他のも試してみたくなる。w
TivoliAudioもモノラルスピーカーラジオのModelOneなどを出していて、これを私はPCスピーカーとして使っているが、音場を作る感じではない。値段は同じくらいだがB&Oの方がずっと格上の音という印象。

今はステレオ全盛で音源がほとんど全てステレオ音源なのでモノラル再生にはステレオ音源をモノラルにする必要がある。これが意外と面倒な問題となる。しかしブルートゥースのモノラルスピーカーだとこれを機械側で処理してくれるのが簡単でよい。
posted by libertarian at 22:22| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月15日

ミアシャイマーは自覚のないリベラルである

ミアシャイマーの本というか文章は非常に読みやすく曖昧さが少ないのでわりと好きであったが、やはりミアシャイマーはリベラルと分類するのが妥当だ。。というのが私の結論だ。w
もしくはリアリストを自称するリベラルとでもいうべきか。w
ミアシャイマーの論文を読むとわかりやすいが、なぜか奇妙な違和感が残ったのは、要するにミアシャイマーがリベラルだったからなのだ。

キッシンジャーも自称リアリストだが、キッシンジャーの罪はあまりに重い。ニクソン政権で行われた米中関係の修復なるものは、間違いなくキッシンジャーが推した案であり、このことが世界にどれだけの被害、損害、膨大なる悲惨な死者をもたらしたかを考えるとキッシンジャーは万死に値する罪を犯した。だが、キッシンジャー自身はコミュニストというわけではなく、イデオロギー中立、相対主義の幻想をもった実のところ右も左もよくわからないリベラルの一種だったのだろう。アメリカはソ連を叩くのにチャイナを利用したが、同時にアメリカはチャイナに利用されてソ連を叩いたともいえる。ソ連を叩いて利益となるのはチャイナだったからである。アメリカはソ連を潰した後、情け容赦なくチャイナを叩き潰すべきであったが、その後、クリントンの左派政権になってしまったためにチャイナを叩くタイミングを失しチャイナに篭絡された。好色なクリントンがチャイナのハニートラップに喜んでかかりまくっていただろうことは間違いない。w

ミアシャイマーも自称リアリストだ。もとより何をもってリアリストなのかの定義はさだかでないが、実はイデオロギーを考慮しないという一見イデオロギー中立的なスタンスがすでに右も左も分からないリベラルの証拠といえる。ミアシャイマーの議論には例えばハイエクのような政治哲学の話は全くでてこないが、それは実際問題、そういった理解がミアシャイマーに何もないからだろう。w

つまるところミアシャイマーは経済や法律、歴史の専門的なところは何もわからない軍学者といったほうがいい。彼のセオリーなるものは、日本語で言えば仮説といった程度の話である。もっといえば、「作文」程度の話といえる。
例えば、ミアシャイマーはチャイナが経済的にGDP世界2位になったとか、軍事費がどうのこうのとかといった数字を無批判に引用して自分の論拠としてる。これはキッシンジャーがその当時、共産主義陣営の情報戦の一環として喧伝されていた共産主義の経済力やら勢いをうのみにしていたのと同じだ。
ミアシャイマーはチャイナの台頭を阻止することはもはやできないとか、チャイナによる台湾の併合はもはや止められないといった悲観的な結論を導き出す。
これはキッシンジャーらが唱えた、ソ連の台頭、共産主義の台頭を抑えることは無理で、共産主義圏との戦略的な妥協、容共路線をとるしかないといった主張とパラレルである。

ようするに彼らIRという似非学問の専門家達は議論における最も肝心な数字を他人の適当な話をそのままうのみにして論拠とするという非科学的なことを平気でする「秀才」なのである。

ミアシャイマーの根拠薄弱な悲観論、運命論をまともに信じてしまうと、キッシンジャーの容共論と同じコースを歩むことにつながるのである。
posted by libertarian at 00:31| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月14日

近い将来のあるべき世界について

今から2040年くらいまでに、世界はこうなっているといいなという像を考えてみる。
そんなに遠くない未来であるから、SF的な話でもない。私もまだ死んでいないかもしれない。w
まず、東アジアだが、北は消滅していて、朝鮮として統一されている。
その朝鮮は、相変わらず反日であり世界の嫌われ者だが、特に大きな火種とはならない状態になっている。w

そして、チャイナだが、チャイナ共産党は北の消滅後、西側の工作と内部からの反革命が起こりやはり消滅しているというのがよい。w
チャイナは共産党の消滅後、分裂し、複数の国に分割する。それぞれの国はまっとうな法治国家としてスタートする。ウイグルやチベットなどは独立し、チャイナ本体も3つくらいに分割され別の国になる。分割された国はまっとうな自由主義を謳う国ではあるがまだ経済途上国の状態だ。3つの国は元チャイナ共産党が保有していた核を分散してもつことでリージョナルな核均衡をしている。
台湾は正式に独立国家となり、国際的な地位を確立する。

世界で共産主義、社会主義を謳う国はアフリカの途上国のみとなっている。

中東の混乱は続いており、終わりは見えないが、北の消滅によりイランの核戦略はとん挫し、イランの核の脅威はとりあえず収まっている。北とチャイナ共産党の消滅により資金提供が途絶えたイスラム過激派によるテロの脅威も下がっている。

ヨーロッパではEUが実質的に消滅し、元の自由貿易同盟だけになっている。
ドイツはEU消滅後停滞し、東ヨーロッパ諸国が伸びている。

アメリカは、北の消滅後、チャイナ包囲網を敷き、レーガンによる対ロシア戦同様に対チャイナ共産党に対し特に直接の軍事行動を起こさず勝利する。既にアメリカはオフショアバランシング戦略へ完全に転換している。

そして日本だが、憲法9条の呪縛を脱し、正式な国軍を持ち核保有国となっている。チャイナ共産党と北の消滅により日本国内の左派、社会主義、共産主義勢力はほとんど壊滅している。NHKは廃止され新聞社も全て潰れており、電波オークションの導入以来TV局は数百局生まれている。そして日本はようやく小さな政府に向かっている。

今から20−30年くらいの変化を考えれば、このくらいの変化はありうるだろうし、いくつかは実現しているといいと思う。 www
チャイナ共産党と北というテロと共産主義の胴元にして悪の根源が壊滅されることで世界は急速に自由主義へと回帰していくはずである。
posted by libertarian at 23:18| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月13日

自衛隊は特殊警察隊に過ぎない

今の緩衝地帯と化している日本の最大にしてほとんど絶望的な問題は、日本に軍隊、国軍がないということに尽きるわけだが、日本はいつまでこの状態が続くだろうか?
自衛隊が、戦闘機や戦車をいくら保有していようとも残念ながら自衛隊は軍隊(Army)ではなく、戦闘機や戦車をもつ警察隊 (Police)に過ぎない。また自衛隊がいかに相対的に見て優秀であろうと自衛隊は軍隊ではないから、国防能力もゼロである。
自称保守で自衛隊が大好きな連中は自衛隊を素晴らしいと賛美はするが、自衛隊が法律上の軍隊でないということが致命的な問題であることをほとんど認識できていない。連中は法律というものの重さを知らないのである。

今の自衛隊を国軍にするためには、憲法9条を削除するなりして、正式な軍隊にする法律を作らなければならない。当然に軍法も必要だ。このプロセスは今の日本の状態からみてかなり気の遠くなるような大変さがあると思われる。
しかし、チャイナや北は待ってはくれないので、近い将来、有事が発生し、その有事に対し一切なにもできないことになるだろう。自衛隊は防衛出動も何もでない状態で指をくわえてみているしかない。

自衛隊という呼称もよくない。国防も自衛もできないのだから自衛隊は、特殊警察隊(Special Police?)とでも改名した方が変に期待されないだろう。日本人は自衛隊といっても実は世界有数の軍隊であり、いざ有事となれば軍隊として行動するのだろうと薄々期待しているわけだが、現実はそうではない。もし事が起こっても防衛出動が発動される前に電撃的にチャイナによる軍事的な侵略は完遂してしまうのである。中距離ミサイルの攻撃に対しても有効な反撃は一切できないのである。

その点、次の選挙は重要になる。左派勢力がかなり数を減らすだろうという予測はあるが、どうなるだろうか。
選挙の結果、安倍首相が続投できない状況にでもなれば日本はほんとの意味で危機に陥ることになる。
今の日本の状況は将棋でいえば、詰めろをかけられた状態だ。詰めろがかかっていることもわからずに、なにも有効な手を打たなければすぐに詰んでしまうのである。
posted by libertarian at 16:49| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月05日

日本は南朝鮮の司法をあまり笑えない

日本が緩衝地帯(50%)であるのは歴然とした事実だが、このことの結果なのか日本の司法は非常に問題が有る。根本的な欠陥があるといっても過言でない。
100%緩衝地帯である南朝鮮の司法がめちゃくちゃであり殆ど司法の体をなしてないのは、最近よく耳にするが、日本も実際の所、司法はダメダメであり、あまり南朝鮮を笑えない状態だ。
日本の司法は三権の一角ではなく、行政の下部組織のような位置づけにある。

例えば、秘密保護法のようなものが必要なのは事実だが、実際問題、日本の司法の有り様からして、これが危険を伴う法律であるのは、左翼の言っているとおりで案外正しいのである。
本来であれば、秘密保護法のようなものを導入することの補償として、取り調べの可視化であるとかをセットで導入すべきであった。こういった提案をするのが本来の野党の役割でも有るが日本は野党が全く機能していないのでまともな政策競争が一切行われない。
日本では刑事で起訴されたらほぼ同時に有罪確定というのは、司法が全く機能していないのである。

日本は立法府が、その時の内閣の力量にのみ全面依存しているので、立法能力が不安定であり、また司法がほとんどまともに機能していないので、日本社会の政治的な自由とは実際問題、かなり不安定なものにすぎない。
これは権力の監視といった左翼が言うようなことをすればどうにかなるものではなく、もっと構造的なものだろう。


posted by libertarian at 12:27| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

電波オークションの導入を急げ

今の日本に政治的な課題は憲法改正とか大きい問題が控えているが、順序としては私は電波オークションの導入が先行すべきではないかと思う。電波オークションの導入は単に制度的な問題なので、国会の中だけで決めることができるはずだからである。

電波オークションの導入で必要なことは、色々有るが思いつくままに書くと

1.電波帯域の見直し → 広大な電波帯域がTV用に独占的に使われているが、これを大幅に減らしながら、同時にインターネット、スマホ、ケータイなどが使う帯域の割当を大幅に増やす必要がある。こういった帯域の再配置の見直しはゼロベースで合理的に行う必要がある。そして、電波オークションはケータイ事業者やラジオ事業者など全ての電波利用事業者に対して行う必要がある。そうなると今の寡占状態で超過利益を得ているケータイ事業者なども電波オークションには反対してくるであろう。w

2.TVメディアと新聞との資本関係の分離 → これは欧米では当然に行われていること。日本はTVと新聞が同じところがやっているので質が悪い。ごく一部の左翼活動家どもが新聞やTVメディアを乗っ取ることで悪質な政治プロパガンダに使われている。

3.放送法の廃止 → 現行の放送法は、電波帯域を特定の事業者に独占的に使わせる代わりに、放送法でTV放送局を法律で規制する仕組みだが、現実問題、これは全く守られておらず、罰則規定も殆ど無い。参入自由な電波オークションを導入すれば同時に放送法も無用となる。

4. NHKは民営化 → 電波オークションとは直接の関係はないがNHKは民営化か廃止の方向で早急に動くべきである。

日本のTVメディアはごく一部の左翼連中のプロパガンダ機関と化し、恐るべき特権と権力を持っているので、電波オークションの導入により早急にリセットをする必要がある。
また電波オークションの導入で得られる収入は数兆円レベルの国庫収入となる。
これはおそらく高橋洋一氏の国のバランスシートの財産の部にもまだ入っていない分だろうw

左翼に乗っ取られたメディアの自由化による正常化を先にしないと、まともな政治改革がなにもできない状態となっているので、これを急いで先行させるべきである。


posted by libertarian at 11:56| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月21日

チャイナと北は国家ではない

チャイナと北を国家と呼ぶのは大きな間違いだ。
チャイナが国連常任理事国というトンデモな地位を持っているのがそもそも狂気の沙汰である。
やはり、国連は今世紀中には解体されるべきであり、新たな国際組織が必要になるだろう。
チャイナとは中共という世界最大最悪のギャング組織が支配している地帯にすぎない。

北の地獄のような残虐な実態は脱北者などの証言などから徐々に知られきてはいるが、チャイナはその兄貴分のような存在であり、チャイナの残虐、無法ぶりは情報が隠蔽されているだけで、チャイナの実態は北に輪をかけて酷いものであることは間違いない。

そもそもチャイナは一応憲法らしきものはあるが、中共はその憲法の上にある存在である。そして、人民解放軍は中共=ギャング団の私的軍隊という位置づけだ。中共が憲法の上位にあるということは、中共は一切の法を超越した存在であり、無法の存在だということである。そして、その無法の組織が所有する無法のならず者軍隊が人民解放軍なのだ。
チャイナとは中共という地球上で最凶にして最大最悪のギャング団が支配する無法地帯にすぎないのである。

こういう当たり前の認識がなかったから、日本の企業は大前研一のような愚かなコンサルタントの甘言にだまされてホイホイとチャイナに進出してしまったのであろう。
日銀の罪も大きいが、私はこの大前研一の罪も馬鹿にならないと見ている。
大前研一は、自分でも自慢して書いているがチャイナの接待攻勢に簡単に籠絡されてしまったのだ。
大前研一のような人間は、ある程度カネも名声もあるわけだが、こういう人間を落とすのは自尊心をくすぐれば簡単だとチャイナに見透かされていたのであろう。w

当時、大前研一の書いたチャイナ礼賛本はほんとに酷かったし、酷い結末、甚大な被害をもたらした。これはあと数年でもっと酷いことになる。
このような経済も法律も歴史もなにも分からない口先三寸のコンサルタントなるものを信じた企業がバカをみたわけだ。
こうしてみると、やはり理系的に合理的に考えられるだけではダメだということだ。実際、大前研一は起業家としてはビジネススクールみたいのを作ったが大した成功もしてないだろう。w
大前研一はもう完全に終わっていると思っていたが、まだ大前信者がいるらしくて驚きだ。そういう人間はまたバカをみることになる。
かくいう私も昔20年くらい前までは、大前研一のファンであった。ww
つまりは、今よりも、若くて無知でバカだったのである。ww

大前研一の責任問題は置いておくとしても、問題は東アジアは極めて危ない状態にあるということだ。
今の東アジアには、チャイナという巨大ギャング組織と、北というチャイナの鉄砲玉のようなギャング組織と、南というチャイナに擦り寄る卑しい緩衝地帯と、ロシアという共産主義は一応は捨てたものの、軍事的プレゼンスだけは大きい貧乏で真人間にはなってない元ギャングと、台湾という国連にも入れてもらえない島と、日本という軍隊も持てない50%緩衝地帯と成り果てた島からなる地帯だということだ。
つまり、この広大な東アジア一帯にはまともな「国家意志」を持った国が存在しないということなのである。

そして、この地帯をチャイナというギャング団が全てを牛耳ろうとして動き始めた。これはギャング団の意志であり国家の意志ではない。これを阻止できるのは、今のところアメリカの国家意志しかないのが悲しい現実だ。

アメリカもバカでなければ、戦後政策を180℃転換し、日本に国軍を正式にもたせ、アメリカの軍事パートナーとなるマトモな同盟国として扱うべきなのだ。
つまり日本を国家意志をもつまともな国家として復活させるしかない。

ピーターナバロが指摘しているように、アメリカだけでこの地帯を守ることはかなり無理がある。1万キロの距離の過酷さもある。アメリカは日本を自国の強い軍事的パートナーとして復活させるべきなのである。
それしかチャイナ共産党の東アジア全域のリージョナルヘゲモニー獲得の野望を阻止する方法はない。アメリカだけではダメなのだ。
どんな屁理屈をつけても、自衛隊は法律上は警察隊にすぎず軍隊ではないから、今の日本はアメリカの軍事パートナーにはなりえない。

ついでというわけではないが、これは台湾に対しても同様だ。台湾も日本と同様の非国家とされてきた。しかし、台湾も対チャイナの防波堤として、アメリカの軍事パートナーに育てなければならない。
さらに言えば台湾は日本の連合国となるのもいいだろう。つまりは元の鞘に収まるのだ。
そうなれば、日本と台湾がアメリカにとって強靭な対チャイナの防波堤となる。
そのような体制を築いた暁には、チャイナ中共という世界最凶にして最大最悪の組織を叩き潰す土台ができるだろう。


posted by libertarian at 22:26| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月19日

日本は緩衝地帯であり国家ではない

朝鮮半島は歴史的にずっと緩衝地帯であり現在もそうだが、日本はそうではない。しかし日本も対米戦争の敗戦後は70年以上、緩衝地帯にされてきた。日本は対ソ連に対する緩衝地帯だったのだ。
そして、現在は対チャイナの緩衝地帯となりつつある。海で隔絶されているおかげで100%緩衝地帯とまではいかなかったろうが、50%緩衝地帯くらいには没落したのである。
だから、朝鮮半島をただの緩衝地帯だと嗤っているのは目くそ鼻くそになってしまうだろう。w

そして緩衝地帯に住んでいる人々には自分らが緩衝地帯の住民という認識がほとんどない。そして緩衝地帯では国家の非国家化が進む。つまりそこに住んでいる人間は普通の国だと思っているが、世界情勢的にみると実は緩衝地帯は国家とは言えない非常に中途半端な「地帯」にすぎないのである。w

とはいえ、現在2017年は皇紀2677年であり、アメリカに敗戦するまでの日本は緩衝地帯では全くなかった。実際、日露戦争、第1次世界大戦を経て日本は世界に冠たる大日本帝国となり、おどろくほど広大な領土を持っていた。

今の日本人は人間がどんどん小粒になっているが、これは日本が大国からなさけない緩衝地帯に没落してしまったからである。それでも、日本は技術や科学、文化の面で世界最先進国の一つであることに変わりなかったから、戦後急速な経済復興を成し遂げたが、軍隊も持てない非国家の道、緩衝地帯化の道を進んできた。

今の日本は緩衝地帯にすぎないという厳しい認識を持つことが必要だろう。それは国家のようでいて実際は国家の条件たる軍隊すらもない(自衛隊は警察隊だw)非国家なのだ。
posted by libertarian at 10:24| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一神教の戦争

ビスマルクの活躍した19世紀ヨーロッパは、まだ共産主義独裁国家はなかったので、当時のパワーバランスは似たようないわゆる主権国家間の純粋な軍事パワーバランスのことだった。国家には大国も小国も入り混じっているので、同盟関係によって勢力バランスをとるという合理的なものだ。

これが20世紀になると、共産主義という一神教的、キリスト教の異端思想のような考えが生まれ、そういった異常な体制とのパワーバランスが問題となる。つまり、ウェストファリア体制以前の宗教戦争のような状況が新たに生まれる。
一神教とは世界宗教であり、世界をその一神教で塗りつぶそうとする。キリスト教と同じく共産主義は世界を共産主義で塗りつぶそうとする。キリスト教とイスラム教は世界2大一神教で、それに共産主義が付け加わって3大一神教か。しかし、20世紀以降、共産主義はイスラム教との親和性が高かった。イスラム圏の地域は国という体裁を作るにあたって共産主義を取り入れてきたのだ。
これはイスラムだけだと原理的に近代的な国家の体裁が成立しないので、同じく一神教的な共産主義を取り入れて体裁を繕ってきたわけだ。アフリカにもイスラムの国家は多く、それらの多くが共産主義を取り入れてきた。そして、共産化の必然的な結果として恐るべき独裁と腐敗と国内の粛清虐殺が起こったというのが20世紀だったと思う。
これを単に後進国と共産主義との親和性が高いと見るのでなく、イスラム系の後進国と共産主義の親和性と見たほうがいいかもしれない。とはいえ、キリスト教との親和性も共産主義は高いのも事実。w

しかしチャイナの場合はイスラムでもキリスト教でもないし、今のチャイナは共産主義といっても異質だ。チャイナはイデオロギー的なものを単なる独裁のための教義として使っているだけだろう。だから、ケ小平の共産主義を捨てるかのようにみえた路線変更などがスムーズにできた。そしてそれに西側諸国はだまされてしまった。
チャイナは単に自分らの独裁体制が維持できればイデオロギーそのものにはこだわりがないわけだ。w
これはアジア的というのか、日本共産党も全く同様だろう。w

21世紀の現代は、ウェストファリア体制以前の一神教戦争に近い状況がまだ残っている。それは共産主義、社会主義がもたらした状況といえるだろう。
posted by libertarian at 07:16| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月09日

シンプルな旅行道具

コンピューターやらガジェットに囲まれた生活をしていると、つまらんことに時間がとられるようになり、本来の生活のシンプルさが失われてしまう。
こういう時に旅行や冒険ものを読むと気持ちがリセットされてよい。旅や冒険の道具に必要なものは、シンプルで頑丈で応用が利くものである。電気仕掛けのものは必要最小限となる。

とはいえ、無人島や山奥にでも行くのでなければガジェットはやはり必要だ。スマホ、PC、モバイルバッテリー、デジカメといったものが必要になる。
PCを1週間くらいの旅行に持っていくとき問題なのは充電器だ。これが意外と嵩張り重いことが多い。
その点、レノボのYOGABookだとモバイルバッテリーから充電できるので荷物を節約できる。旅行にはこれが便利だ。スマホはテザリング用に必要だ。
カメラも沢山持っているが旅行に行くときは1台に絞る必要がある。簡単なスナップなら今はスマホのカメラでも十分だが、高品質な写真にこだわりがあるので、それだけでは不足である。
私は通常、SigmaのDP2Merrillを持っていく。これは交換レンズ式ではなく50mmレンズ固定なので、交換レンズに何を持っていくか迷うこともない。写りは未だに最高だ。
EOS5Dmark2とかも持っているが結局のところ重すぎて旅行には不向きである。

あと、食器は必ず持って行った方がいい。箸、フォーク、ナイフ、カップの類だ。フォーク、ナイフは旅先のスーパーでも買えるが軽量なので持っていた方が安心。スキットルのような携帯容器もあると便利だ。酒をいれたり、山に行くときは燃料も入れられる。水のペットボトルのクラッシャブル容器もつぶして持っていくと便利。
都会であっても、お守りにエスビットの携帯固形コンロもあるといい。あと、小型LEDライトもお守りに持っていく。

意外と少なくできるのは衣類だ。下着はユニクロの薄手のものが軽量で高性能、かつ安い。
服装ではポケットの沢山あるベストがいい。

あとは、ノートと筆記具。旅先での記録はアナログに限る。欠点はなくしやすいことか。ある程度たまったら、デジカメで撮ってメールで自分あてに送っておくと安心だ。

今は便利な世の中になったので、旅行でも高性能で軽量なガジェットを持っていけるが、結局、それらを持っていくと旅行が日常の延長になってしまうのである。w


posted by libertarian at 18:46| 東京 🌁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月03日

二百三高地

日露戦争といえば、二百三高地と日本海決戦だが、二百三高地は司馬遼太郎のフィクションによってかなり認識が歪められていると思われる。
少しネットを調べてみたが、Wikiは、なかなか簡潔に重要なことが纏められている。
日露戦争は、前哨戦として黄海海戦が1904/8/10にあり、この時も東郷平八郎の元でロシアの旅順艦隊に大打撃を与えた。

二百三高地の攻略戦は旅順攻囲戦の一つであり、旅順攻囲戦は第1回ー第3回総攻撃の第3回総攻撃にあたる。総攻撃の、それぞれ戦闘日数は4−6日程度だ。
旅順攻囲戦
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%85%E9%A0%86%E6%94%BB%E5%9B%B2%E6%88%A6
二百三高地
https://ja.wikipedia.org/wiki/203%E9%AB%98%E5%9C%B0

戦闘目的は、旅順港にある旅順艦隊を殲滅するための観測点(高台)を得ることだった。
しかし、乃木大将は、この作戦を以下の理由で無駄であるとして出撃を拒否していたが、結局、御前会議で決まったことだとする圧力に屈して出撃した。

(Wikiより)
これに対し大山や児玉、現地軍である第3軍司令官の乃木希典らは
1.すでに大孤山からの観測砲撃や黄海海戦で旅順艦隊は壊滅しており、観測点など必要としない。
2.艦隊を殲滅しても要塞守備隊は降伏せず、降伏しない限り第3軍は北上することはできない。そのためには、要塞正面への攻撃による消耗戦しかない[1]。
3.東北方面にある「望台」の方が、要塞も艦隊も一望でき、重要性が高い。


実際、旅順艦隊は黄海海戦で戦闘不能状態に陥っていて、旅順艦隊はすでに全て自沈されていたことが後で分かる。
つまり、大山、児玉、乃木の主張の通りだったのである。
無駄とわかっている戦闘作戦でも役所の形式主義でやらされたというのが悲劇的なところであった。

小説を読むよりも、当時の地図をよく見ることが重要だ。以下の地図は当時の旅順だがgooglemapを見ると今は大規模に埋め立てられているところがある。

Map_of_the_Encirclement_of_Port_Arthur.jpg
posted by libertarian at 14:45| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月30日

コミンテルンのスパイとMITM攻撃

コミンテルンが、戦前から日本でもアメリカでも政権中枢に入り込み、深刻な謀略を行っていたのは事実であるが、このように政府インサイダーにスパイが入り込むと防御ができなくなるのは、同一のコンピューターネットワーク(ドメイン)に侵入されるとセキュリティが破綻してしまうのと同じである。ドメインのネットワークは基本的に信頼関係がなければ成立しないのだ。

スパイとはテロリストと同じである。日本が近衛文麿の周囲に尾崎秀実のようなコミンテルンの工作員がうようよしていた結果、対米戦争へと誘導されたわけであり、爆弾テロなどとは比較にならない深刻な被害をもたらした。
#ココらへんの事実関係は、江崎道郎氏の著書にくわしい。
またスパイによる攻撃は非対称的な攻撃でもあり、独裁組織が民主主義の権力中枢にスパイを送り込むことは、民主主義の国がスパイを独裁政権の中に送り込むよりずっと容易だ。

日本では蓮舫の国籍問題は依然としてうやむやにされているが、蓮舫がチャイナのスパイだろうことは露骨に明らかだと思う。にもかかわらず蓮舫が逮捕されないのは、日本にセキュリティ体制が存在しないことを物語っている。本来、国会議員になろうとする人間に対しては立候補に際して厳しい個人情報開示を要件とすべきなのである。

現実問題として、今の日本は権力中枢にチャイナのスパイはかなり多く入り込んでいるのであろう。
今の状況が近衛内閣の時代よりましとは思えない。むしろ、もっとずっと酷い状況に違いない。
日本のメディアを支配している電通の役員には朝鮮人が多く入り込んでいる結果、今のメディアも反安倍で露骨に動いているわけだ。これもソフトなテロであり、テロはテロだ。
posted by libertarian at 23:30| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月18日

民主主義と攻撃的セキュリティ

日本がコミンテルンの謀略によって、対米戦争に突き進んでいったという説は正しいと私は思う。アメリカもコミンテルンの謀略によって政治を大きくミスリードされてきた。
コミンテルンの謀略のような非対称的なテロ的な活動は、わずかなコストによって甚大な被害を世界にもたらしてきた。
これは、なぜかというに、デモクラシーにセキュリティが埋め込まれていないからだろう。つまり、デモクラシーといったオープンな制度は初期のインターネット同様にオープンで自由であることを理想としているがために、セキュリティのような性悪説的な仕組みが織り込まれていないのだと思う。デモクラシーは民主政体といった制度だが、その具体的な内容は選挙制度がベースとなる。

ちなみに法治主義、法の支配とデモクラシーは同じではない。法の支配が上位概念であり、民主制度というのは明らかにすっと下位の意味合いしかない。
おそらく「法の支配」の理想的な意味では、法とは自然法のことだが、それが拡大されて人間の決めた単なるルール(人定法)としての法も含むようになった。そうやって法の意味が拡大されるにつれて、民主制度=デモクラシーの価値も拡大的に解釈されてきたのだろうと思われる。だが、デモクラシーの基盤となる選挙制度は様々あり、どの選挙制度も深刻な問題を持っている。

話がそれたが、今のインターネットは後付の暗号システムによってなんとか成り立っているわけだが、デモクラシーにも後付的なセキュリティシステムがあるのかと考えるに、おそらくそれはない。
セキュリティがないがゆえに先進国のデモクラシーに対する、後進国のコミンテルン、中共といった悪党集団の付け入るスキが沢山あるのである。
それでも正義が最後は勝つとは残念ながら言えないのだ。実際、これだけ甚大な被害を被ってきて今もそうなのであるから、正義が勝ったとは全く言えない。これは明らかにセキュリティシステムを内在しないデモクラシーのもつ制度的な欠陥である。

思うにセキュリティを広く解釈すれば、免疫システムもそうだし、そういった複雑なシステムは間違いなく後付のものである。しかし、その後付のシステムがサバイバルを分けるのだと思う。必要とされるセキュリティシステムとは、Offensive securityだ。
アメリカを見ればわかるように攻撃は最大の防御なりということで、Offensive Security、攻撃的防御システムがアメリカのセキュリティの基本だ。最初に攻撃する必要はなくても、OffensiveSecurity、攻撃的セキュリティシステムを持つ必要がある。危険は小さい芽のうちに摘んでおくという原則だ。
しかし、アメリカであっても国内政治はオープンでフリーが原則であるためにそこに食い込まれてしまっているわけだ。
選挙で大半が社会主義支持者が選ばれれば、無血革命で社会主義者は勝利するが、それもすぐには難しいので教育、メディアという制度を乗っ取りにかかってきたのが戦後の共産主義ー社会主義陣営の一貫とした戦略だろう。そして、それは物凄い成果を着実にあげている。


posted by libertarian at 21:18| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月14日

日本の軍事力

「日本の軍事力」(中村秀樹著)を読んだ。
これは日本の自衛隊の現状を内部告発した本だが、思った通りと言うか日本の防衛省ー自衛隊はかなりメタメタな状態のようだ。もし有事となれば、日本の自衛隊は全く機能しない。映画のゴジラで官邸の混乱が描かれているが、実際はもっとヒドイことになるだろう。
やはり自衛隊は軍隊として正式に法的な枠組みの中で位置づけない限り、日本の軍事力は0と言わざるをえない。今の自衛隊は法的には警察権力の延長であるから軍隊ではない。日本に正式の軍隊がないということは軍事力が0ということであり、日本の軍事力が0だということは、防衛力も0だということだ。専守防衛というのは幻想で、軍隊がなければ防衛など不可能である。

日米同盟は矛と盾の関係といわれるが、自衛隊が盾として機能できるかはかなり怪しい。
もし、チャイナが本格的に侵攻してきたら、あっというまに終わりだろう。
9条問題も泥沼だが、もはや日本はどうにもならない状態になっているようだ。
軍隊を法的にきちんと位置づけない限り何も始まらないが、9条問題をクリアするのは現状どうしようもない状態に思われる。安倍首相が加憲案をだして以来、チャイナや朝鮮の手先と化しているメディアが安倍おろしの総攻撃を違法にも仕掛けてきているということもある。

この本の内容とは離れるが、北の問題も深刻だ。藤井厳喜氏の予測だとアメリカは北への攻撃はしないということだ。
なぜなら、アメリカの本当の敵はチャイナであり、北への攻撃はチャイナを利することになる。アメリカのリベラルメディアが今は戦争を煽っているが、トランプ政権は北を相手にしないだろうということのようだ。
予測は予測であるから、どうなるかは分からないが、もし北の核を放置するとなると、どうなるのかが問題だ。
完全に放置しておけば、実質的に朝鮮半島は北に併合され、日本が100%干渉地帯になるという流れになるだろう。
緩衝地帯は、いわば非国家であるから、早晩、チャイナと北に侵略され占領されるだろう。
日本は軍隊をもたないのであるから、実際問題、戦後一貫して非国家だったのかもしれない。
それが、またどうしようもない段階に来てしまっているというのが現実だ。

あるべき姿としては、当然ながら憲法9条を削除し、軍隊を法的にきちんと位置づけ軍法を作り、核武装をしなければいけない。また原子力潜水艦をもち核反撃能力をもち、武力均衡を図らなければならない。仮に台湾がチャイナに併合される事態になれば、最低限、そのくらいしなければ防衛は不可能であろう。
posted by libertarian at 14:54| 東京 🌁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月09日

地図と地政学

最近はタイトルに地政学とついた本が多く出ているが、地政学に興味があるなら、地図にこだわるべきである。
メルカトル図法の地図が標準になっているが、これは悪しき慣習に過ぎない。
基本的に世界地図は、正積方位図法か正距方位図法で見るのがいい。

昔はこんな地図は作るのが難しかったが、コンピューター時代の現代では容易にできる。
どこを起点にしても正積方位図法や正距方位図法が見れる。

どこでも方位図法
http://maps.ontarget.cc/azmap/

正距方位図法.PNG

posted by libertarian at 03:05| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月02日

東京砂漠

前川清と渡辺香津美の共演による「東京砂漠」



昭和は遠くなりにけりだが、今聴くと新鮮でかつ深みを感じる。
posted by libertarian at 00:08| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月01日

教育から学習へというコペルニクス的転回

前から書いているように、教育とは強制であり、一方の学習は自発的な行為である。
そして自由な社会では、強制はミニマムに制限されなければならない。
英語でeducationには、teaching,training,coachingといった強制的な面が色濃く有る。
そして学習は、learningで、自発的なものだ。
つまり欧米では、教育とは犬の調教のようなイメージで捉えられていることが伺える。
さらに言えば、教育制度とは欧米の数千年の歴史がある奴隷制度の延長なのである。
日本も明治以降、欧米の教育という強制制度を取り入れてきたから、同じようなものだ。
しかし、江戸時代の寺子屋はそうではなかった。それは完全に自由な学習機関であった。
もちろん、テニスのプロがコーチを高給で雇うように、自発的にコーチングやトレーニングを依頼するのは問題ではない。

今の日本の文科省に支配され、さらに日教組が寄生して間接支配する強制制度にすぎない教育システムとは、アメリカのシステムを真似たものだろう。それはヨーロッパのシステムがベースになっている。

そして、アメリカも日本も奴隷養成システムと化した教育機関は、カルト的洗脳機関となっており、リベラル、社会主義、共産主義、全体主義の再生産装置となっている。
社会の再生産システムが、このようなカルトによって支配されているために、自由主義 対 {社会主義、全体主義、集産主義}という構図はエンドレスゲームとなっている状況だ。

この枠組を打ち破るためには、e-Learningが有効だろう。自由市場ではe-Teachingなど有り得ないのだ。
学習とは、どの車を買うか、どの服を買うかと同様の個人の趣味や価値観の問題だからである。
posted by libertarian at 00:45| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする