2014年08月18日

Google wear

androidは、退屈だと書いたが、Google wearやiWatchというのはなかなか興味深い。
これは、最強のスポーツ管理ガジェットになる。
自転車のスピード、ケイデンス、心拍数を、LE Bluetoothで受信する端末にすれば非常に便利だ。
ランニングでもスポーツなら、なんにでも使える。

スポーツも、なんとなく運動しているだけでは退屈だが、いろいろと状況をモニターできると面白い。
自転車の場合、心拍数管理は結構重要だ。最大心拍数は年齢で決まるとされているが、少し踏ん張るとすぐに計算上の最大心拍数を超えてしまう。そこで、ころっとお陀仏になる人もよくいる。
人間、歳をとってもそんなに急激に体力の衰えは感じないものだが、毎年、年齢が上がるたびにこの最大心拍数は着実にリニアに低下する。
そして最大心拍数までの範囲でできる最大の仕事量は年齢とともに確実に低下する。

最大心拍数=220−年齢
である。実に簡単だ。

だが、いわゆるランナーズハイ状態とは、この最大心拍数近辺にあるように私は予想している。
自転車はランナーズハイになりやすいスポーツとも言われるが、それは自転車は容易に最大心拍数を超えるスポーツだからだろう。
マラソンのように、走る際の苦痛、着地の痛みのようなものがあまりないので、セーブがかかりにくいのだ。
また、マラソンだと大してスピードがでないから暑さに参ってしまうことが多いが、自転車はスピードをだすと空冷されるので、熱暴走しにくいこともありそうだ。


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2014年08月15日

Smartphone and AI

最近、アンドロイドを使っているが、思うに、これ以上端末が進歩しても、使うアプリは変わらないだろう。
私の場合、メール、WEB,twitterといったネットアプリ。Evernote,Map,Kindleくらいだ。
その他、プラスアルファいろいろあっても、今の端末の性能でも別にストレスは全くない。
こういった傾向はおそらく多くの人に共通している。端末が高性能化することによるサプライズはあまり今後ないだろうということだ。
使うソフトもあまり変化しない。

バッテリー持続時間は既に結構長いし、これが2倍になってもそんなに感動はしない。画面もきれいだから、これがもっと高精細になっても違いはそんなにはっきりとはわからんだろう。w
その点、電子機器というのは、あまり夢のあるものではなくなった。昔はできなかったことが、できるようになるという発展途上の時期に特有の面白さがあったが、もはや電子機器は退屈なものとなった感じがある。
しかし、そうではあってもこの手のものは進歩をやめない。今後、スマホやタブレットは電卓がたどったように数百円、数千円のコモディティとなるのだろうか?性能は向上し続け、価格は低下傾向が続くだろうから、数千円で買うのが当たり前のものになるかもしれない。

自分も30年以上も、PCや電子ガジェットを追っかけて遊んできたが、この先の面白いイメージがあまりない。
便利にはなったが、便利さを実感するより、楽しみ方が変わってきたという感じがする。電卓がでて計算は便利になったが、個人的にはそんなに計算ばかりしているわけじゃないから、その便利さをあまり感じないのと近い。
PCでなにかを生産しようとすれば、ハードの進歩でその生産性は向上するが、PCがネットのような受け身のメディア的なものが主流になると、そこで何かを生産しているわけでもない。

面白い可能性があるとすれば、電子知能的なものがどのくらい進歩するかだろう。
ビッグデータはいわゆる統計のネタというよりも、人工知能的なもののリソースとして重要だというのが本質と思われる。
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2014年08月14日

Bike

最近、ロードバイクにまた乗り始めた。昼間は日差しがキツイので夜走るのだが、気持ちいい。
やはりランニングは苦手だが、サイクリングは自転車という道具に対する興味と一体で面白いのである。
ただ、もう歳だし速くは走れないが、それでもロードバイクの加速感は快感である。

自転車は、高級な奴ほど軽くなる。これはオートバイとは逆だ。
軽量化のコストも軽量化の限界に近づくほど大きくなっていく。
しかし、自分の体重を固定とすれば、総重量を下げるには自転車の重量を下げるしかないが、メタボで10−20Kgも体重を下げる余地のある人間が自転車の重量を下げることにやっきになっても愚かである。
自転車はいったん乗ると、ニュートン力学運動をするから、加速を決めるのは、自転車の車重+体重であって、自転車の車重ではない。
もとより、自転車の選手は体重を限界まで絞っているから、自転車の軽量化に意味がある。プロの自転車選手になると人間エンジンだから心肺能力と筋力は超人的だ。

私の場合はあと10Kg程度は、体重を軽量化する余地がある。
昨年、炭水化物をなるべくとらないダイエットをやったら、あっという間に体重が10Kg近く減ったが、その後、ダイエットはやめたから徐々に元の体重に戻りつつある。ここでまた炭水化物をなるべく摂取しないダイエットを復活させるべきであろうか。
だが、私は、炭水化物、ごはんやパンが好きなので、このダイエットを続けていると食生活、しいては人生が貧しくなるのである.

ロードバイクはあくまでスポーツであって、A地点からA地点に移動する道具である。つまり、B地点がない。乗って、行って、そのまま戻ってくるのが基本だ。高価なバイクを外においていたら盗まれる危険性が高い。だから、寄り道をせずに、自転車から離れない状態でいないといけない。その点、実用的なものではない。

私の普段の足は、ヤマハのパスのBrace-Lだが、これは非常によい。
坂道にアシスト自転車が強いのは知られているが、実は向かい風にも非常に強い。
ロードバイクだと少し強い向かい風になると、とても25Kmなど出せないが、アシストだと平気だ。
今はバッテリーが高性能になってきているから、今後ますますアシスト自転車の可能性は高まるだろう。
アシスト自転車の25km制限というのは割と妥当で、25Kmというのは結構な速さで、市街地でこれ以上だすのは危険だろう。

さらに自転車とスマホを連動させることで、自転車の愉しみと可能性が非常に高まる。
今までは、スピードメーター、ケイデンスメーターをサイクルコンピューターに取り付けていたが、今はスマホで代用できる。
GPSも最初から内臓だ。
LE-Bluetoothがでて、センサー一つで、スピードとケイデンスをスマホに送信してくれる。
おまけに、これは高性能なうえに安いから、今までのサイコンはすたれるだろう。
小さなデジカメで自転車の後ろを写し、無線で映像をスマホに送ることだってできる。まだ出てないようだが。
ハートレートモニターも、腕時計タイプのが出てくるとよい。

今後のアシスト自転車の課題は、軽量化だ。私のは20Kg以上あるが、これを12Kg位まで落とし、値段も変わらなければ最強だ。
25Km以上の加速は自力でスムーズにできるようになる。
バッテリーのエネルギー密度が高まれば、その分バッテリーの軽量化もできるから、この部分は今後進歩するだろう。
希望としては、自転車のバッテリーに2Aの外部出力とUSBの充電端子を加えてくれると便利だ。
こうすれば、電子機器の接続が楽になる。走りながら太陽光での充電もできる。


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2014年08月09日

Media Lynch

STAP細胞騒動ではついに死者まででた。痛ましすぎる。
マスゴミどもが、権力を悪用し、弱者である個人をリンチにかけて笹川氏という優秀な研究者を自殺に追い込んだのだ。
ほんとに日本のマスゴミの愚劣さはどうしようもない。犯罪組織というべきだ。

特に今回の件ではNHKの責任が重い。STAP細胞のような最先端科学の話など全く理解もできない、その内容に興味すらもないマスゴミのバカのくずどもが、日ごろの理系エリートに対するコンプレックスを解消しようとでもしているかのように、集団リンチ行動にでたのが今回の事件である。

今回の問題はSTAP細胞にあるのではなく、STAP報道問題であり、マスゴミをいかにして法の下に従属させるかという点にある。
日本は司法がよわいために、アメリカのメディアと比べても、その権力を制限するものがほとんどない。
アメリカでは無責任な記事をかけば、裁判で莫大な賠償金を払わないといけないから、それなりに慎重な態度をとるようだ。
日本のメディアが裁判をおそれて記事を書くなんてことはない。司法が弱すぎて、メディア権力に対して抑制力を持たないのである。
Tortsルールのようなものは、こういった問題を法規制でなく、民事裁判によって解決できるメリットがある。

手始めにやるべきことは、NHKの解体、電波オークション、再販制度の撤廃といったことで、メディアを世界的に当たり前の状態にもっていくことだ。
しかし、日本のメディアはどこも左巻きである。左巻きの程度の違いがあるくらいだ。
こうなる遠因は、日本の教育にある。日本の教育を素直に受ければ、左巻き人間に必ずなるのであって、まじめな奴ほどなるのかもしれない。
日本の左翼教育に侵されないのは、よほどの不良か、勉強が全くできないか、親などがしっかりしていて反左翼の姿勢がしっかりとある場合だけだろう。若い連中が大体左巻きというのは、義務もとい強制教育の当然の結果だ。

日本社会というのは、戦前は軍国主義/全体主義で、敗戦によってアメリカ様のおかげで、民主主義のよりよい国になりました。めでたしめでたし。という話を学校で洗脳するわけだが、実際は、日本は戦中は国家社会主義で、戦後も国家社会主義のままであった。

日本が最も成功した社会主義国というのは間違えで、もっとも成功した国家社会主義は、ナチスドイツだったろう。ユダヤ問題をおいておけば、経済政策的にナチスドイツの国家社会主義は、戦後の日本以上の成功例だ。
だから日本はナチスドイツの次くらいに成功した国家社会主義国というのが正しい。

国家社会主義では、私的所有権はある程度認めるが、国家計画経済、統制経済で、国家権力により公共目的のために個人の自由、所有権は制限される。国家社会主義では、公共概念が個人の権利の上にある。そして国家権力は公共を意味する。
そこでは個人の自由は著しく制限され、結果的に財産権も自由も蹂躙される。
国家社会主義デモクラシーと、自由主義デモクラシーとは対照的な制度だ。


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2014年08月04日

History is not science

このところ、歴史本をいろいろと乱読してみたが、どうも歴史本というのは中途半端なものが多い印象だ。
一般書ばかり読んでいたこともあるが、ちょっと専門的なやつでもかなり怪しい。
いわゆる自虐史観といわれるものは救いがたいが、大東亜戦争を全面肯定する聖戦論みたいなのもダメだ。
主観的な人物評価ばかりの本もダメだし、兵器オタク的な本もダメだ。
書いている人間が、自分勝手な視点で書いてるから、客観性が怪しいものばかりだ。
あいつは共産主義のスパイだったなんだというのは、根拠資料があればいいが、そうでないものも多いだろう。
あと法解釈の絡んだ論点は、法律家でもない歴史家がどうこういってもあまり意味がない。
もっとも、陰謀だといわれるものを一概に否定しているわけではない。世の中は今でも謀略に満ちているのは明らかだし、そんなものを公式に記録に残すわけもない。実際、日本でも密約とかいろいろとしていることは明らかになってる。
密約は政治家の越権行為であり、本来法的にも許されないものだが、実際いろいろとあることは事実だ。

歴史というのは、学問ではなく、イデオロギーかかった物語だという感を強くする。
日本の歴史学会がかなり左寄りなのは事実のようだが、民族派とか言われているらしい連中も、文学部の人が多く、結局のところ門外漢だ。
特にフラストレーションを感じるのは、自分の知りたいことがなかなか書いてないことと、論理的でない適当な説明しかないことだ。
歴史屋は頭の悪い秀才が多いのか、物事を疑って理詰めで考える習慣がないらしい。暗記が得意の記憶力だけの秀才なのかもしれない。w

その点、ミアシャイマーの本は面白い。伊藤貫氏経由でミアシャイマーなど、リアリストの本を知ったのはよかった。とはいえ、リアリストなる人でも私が面白いと思ったのは今のところはミアシャイマーだけだ。



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2014年07月29日

Virtual Gold

bitcoinのような仮想通貨の本質は、仮想の金であって、仮想の通貨ではないと思い至った。
通貨の条件はいくつかあるが、その全てはbitcoinは満たさない。
一つでも満たさないと通貨にはなれない。

元のイメージが金の採掘だが、やはりbitcoinは、仮想の金、ゴールドなのである。
この違いはかなり重要で、仮想の金、virtual goldだと、その価値は思っている以上に不安定だろう。
bitcoinシステムは、最大発掘量が決まっているが、これはただのシステムだから、同様のシステムはいくらでも作れる。
既に100種類近い仮想通貨がある。この先も増えていくだろう。
仮想のゴールドが大量に発掘されることになる。すると老舗のbitcoinの価値に影響を当然与える。

それ以前に、実物の仮想というのは無意味である。
これは真鍮を仮に金として扱いましょうというようなものだ。それよりも酷い。

中央銀行なき通貨、法貨でない通貨といった、ふれこみに騙される、もとい思い込みにとらわれると、やけどを負うだろう。



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2014年07月22日

Robot revolution

21世紀はロボット革命の世紀になるだろう。
福島原発事故以降は、ヒューマノイド型のロボットの開発が急ピッチで世界的に進められている。
車もロボット化するだろうし、すでに技術的にはできている。
今までは工場のロボット化といっても、まだ人間がかなり残っていたが、これからは人間に残された細かい仕事もロボットがやるようになる。
戦場もロボット化するだろう。人間は高価だが、ロボットは人間に比べると非常に安い。戦闘機も戦車も無人化していくだろう。
戦争は自国の人間が死ぬのが、政治家にとって戦争を避ける動機になるが、ロボット兵器で戦えば戦争をさける必要もなくなる恐れがある。

ホワイトカラーの行っていた事務作業もどんどん機械化されて人間がやらなくてもよくなる。
ある程度の技術を要する専門職の仕事も機械の方がうまくやるようになっている。医者の診断業務や、パラリーガルのやってた文献調査も機械でできるようになった。特に医者の仕事の8割は機械で代替できるそうだ。
こうなってくると、当然に人間は今までの仕事がなくなる。単純作業を機械に置き換えるのは良いことだと思うが、これからは富の分配の問題が深刻になるだろう。しかし、一般の人が仕事がなく、お金がなければ、どんなに生産性があがっても製品が売れなくなるわけだから、経済は回転しなくなる。これは矛盾しているから、ベーシックインカムのように普通の人には働かなくてもお金を配るようになるのだろうか。
人間にしかできないより高度な創造的な仕事にシフトするといっても、そんな仕事はあまり多くはないだろう。特に今の技術の指数的な進歩は急激だから、時間をかけたシフトができない。

リーマンショックでアメリカでは700万人が失業し2013年では350万人の雇用が戻ったそうだが、まだその程度ともいえる。
これは既にコンピューター化による合理化でホワイトカラーの仕事は人が少なくてもやっていける体制になっていたからではないかと言われている。

鉄腕アトムのようなロボットだらけの社会に今後急速になっていくと思われるが、その時の社会システムはどうなるのであろうか。失業しても、働かなくても食っていける社会になるのであろうか?
そうなる可能性は結構あると思う。実際、昔にくらべ現代人の労働量はかなり少ないのである。
現代社会は、そうやって余った時間が教育期間の長さにつながっていると思われる。


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2014年07月20日

GDP/man Japan 1980-2013

一人当たりの名目GDPの推移 - 世界経済のネタ帳
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GDP/man G20 2013

一人当たりGDP G20での比較 2013


オーストラリアが突出している。いつの間に。。

元データ
http://ecodb.net/ranking/group/XF/imf_ngdpdpc.html
単位USドル
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GDP/man 2013

2013の一人当たりGDP アジアのみ

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2014年07月18日

On presentation

昨今は、プレゼンテーション技術なるものを重視する空気がある。愚かである。
TEDなどを見ていて思うのが、別に皆さん、そんなにプレゼンテーション技術が高いわけではないということだ。内容があるのが面白いのであって、プレゼンテーション技術はどうでもいいのである。
プレゼンテーション技術など、下等な技術としてむしろ蔑む文化が必要である。

重要なのは、内容であり、プレゼンテーション技術などという包装技術ではない。
そして頭の悪い連中ほど、包装にころっと騙される。
こういう連中は、すぐに詐欺にひっかかる手合だろう。
結婚式場の司会者になるのであれば、それはそれで立派な技術だろうが、別にそんなものに皆さんなりたいわけじゃないだろう。

職人気質という、口下手だがいい仕事をする人間という人間像がある。
こういうものこそが、大事なのである。
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On Speciality

私は、専門性をかなり重んじる人間である。
専門性とは何かと言えば、何らかの技術、方法、ツールに習熟しているという意味だ。
なんの専門性もない専門家というのは、ただのオタクである。
その点、歴史家と称する連中はなんの専門性もない、ただのオタクである。

歴史も狭い分野では、マイナー言語、古代言語を読めたりとか専門性がある場合もあるだろうが、近現代史の歴史家など、そこらの大衆小説家と何も変わらないと思われる。
ニアル ファーガソンという歴史家がいるが、制度学派にシンパシーを持っているようだが、本人は経済学的なツールも使いこなせない。その点、歴史家は評論家とあまり変わらない。

経済学のツールには計量経済学のような統計技術があるわけだが、経済学者の統計の理解はかなり怪しいと思う。統計数学をほんとに理解しようとしたら、数学がほんとにできないといけないが、そんなレベルの文系の人間はほとんどいない。だから、一流といわれる経済学者はほとんど数学者や物理など理系からの文転組なのである。
法学に関しては、それなりの専門性があると思われるが、ツールという形ではない。
だから、かなり属人的な技術になっていると思われる。

日本の会社も、昔は専門性をかなり重視したが、最近はgenerarityとか称してただの総務のおっちゃんみたいな無能で何もわからない連中が幅を利かすようになった。こういった面でも日本経済の先行きは非常に暗いのである。
posted by libertarian at 19:29| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Japan is infant society

日本は、経済学と法学が学問として成立していない。
総じて文系、社会科学系は全部ダメだろう。
特に金融緩和に反対していた日本の自称経済学者連中は、全員クビにしなければいけない。
そうすると、大学の経済の教師がほとんどいなくなるだろうが、それで全く構わない。
今回の金融緩和論争で露呈したように基礎的なことも分かってない教師が学校で教えていてはいけないのだ。物理学の教授がニュートン力学に習熟してないことはあり得ないだろうが、経済では東大教授を始めそんなレベルの連中ばかりだということが露呈したのである。

経済学はまだ白黒が分かりやすいが、法学、法律はもっとだめだろう。
日本の最大の弱点は、法律分野がダメなことにある。
技術、科学では一流といえるかもしれないが、法律分野があまりに後進国的なのが、日本の大きな弱点となっている。大東亜戦争に負けたのも、日本の法体制に問題があった。

産業革命期にディケンズは、当時のイギリスの裁判所をこう書いている。
「人々は財産や忍耐力、勇気、希望を使い果たし、頭が混乱し、胸が張り裂けるため、弁護士たちのなかでも高潔な者達はこんな警告を与えかねないし、実際与えている。
”ここに来るくらいなら、どんな不正も甘んじて受け入れるがいい!”」

今の日本の裁判所も、こんなレベルだ。日本の法はまだ産業革命期のレベルにあるといえる。

しかしSTAP細胞騒ぎを見ていても、日本の科学もこれからどんどんダメになっていく予感がする。
コンプライアンスだなんだときて、低レベルなイジメ社会に日本があるのは間違いない。
日本社会は幼稚な社会にどんどんと進んでいるように思われる。
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2014年07月15日

Security

もし戦争がセキュリティ行動の一つなのであれば、戦争よりもセキュリティを論じたほうがよいかもしれない。
戦争論は多々あれども、セキュリティ論はあまり聞かない。おそらく戦争や戦闘よりもセキュリティの方が難しいだろう。
コンピューターセキュリティの分野くらいでしか、聞かないが、もっと広くとらえる必要がある。
攻撃されることを前提とした防御体制くらいの定義では不十分だ。
そもそも大陸国家では、地理的にセキュリティが脆弱になる。万里の長城を作るのはコストが高く割が会わない。
そのため、攻撃が最大の防御なりというのが正しいこともある。
しかし大陸弾道弾の時代では、島国家も安全ではなくなるから、相互抑止兵器をもつ必要がある。
一度、セキュリティを問題にすると、話は極端に、また複雑になっていく。
これはセキュリティに完全がなく、不確定で、コストパフォーマンスが測りにくいという性格があるためもある。
田舎の町のように、鍵もかけないが、よそ者を排除するというのが、簡単なセキュリティだが、それができないと
セキュリティはどんどん複雑な課題になる。
南北大陸、オーストラリア、東南アジアの人も、海の向こうから鬼がやってこなければ、安心社会を理想的に作り上げていたのだろう。
何千年もの間、戦争もセキュリティもそこでは大した問題ではなかったろう。抗争くらいはあったろうが。
日本もそんなものであった。戦国時代といっっても、その規模はたかが知れている。
日本にかんしては、抑止核兵器をとにもかくにも所有しなければいけない。
今の状態ではセキュリティが0に等しい。
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Why War is rational

Mearsheimerによると戦争が起こる、または避けがたい根拠は次のとおり。

(1) it is anarchic, (2) all states have some offensive military capability, (3) states can never be certain about the intentions of other states, (4) states seek survival, and (5) states are rational actors.

1ー4が根拠となり、5の国家は合理的であるとすると、合理的な判断により、戦争という結論になるという感じだろうか。
戦争そのものは合理的ではないが、戦争の選択は合理的なセキュリティ行動になる。
戦争はセキュリティ行動であるとすると、たしかに合理的だ。防衛が合理的であるのは当然だ。
むしろヘゲモニーを握る国にとって、侵略が合理的かどうかということが問題になるのかもしれない。
しかしヘゲモニーをもつ国にとっても、ある意味で戦争は防衛、予防という位置付けなのかもしれない。


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2014年07月10日

Ripple

Bitcoin以外の仮想通貨がすでにいろいろあるそうだ。
グーグルが投資して注目を集めているのが、Rippleという仮想通貨で、これはBitcoinとは仕組みが違うようだ。
Bitcoinのマイニングの仕組みはよく知らないが、10分ごとにデカい数を素因数分解する問題を出しているだけとすると、そこに投入されるマシンパワーはあまりにも非生産的である。
Rippleはこのマシンパワーをもう少し生産的なことに振り向ける仕組みで、タンパク質の構造解析とか科学研究のオープンプロジェクトに参加することで仮想通貨が与えられるようだ。
以前、PS3でstanfordのFolding @ Homeというのがあったが、あれは、何の見返りもインセンティブもない、感謝もされず、何のフィードバックもないプロジェクトであった。
あれで、どんな成果があったのか未だに分からない。
だが、このRippleの仕組みであれば、こういうのに参加するインセンティブが生まれる。
その点、ナイスなアイデアであると思われるわけだ。

だが、このように競合通貨がどんどん生まれるとどうなるだろうか?
独立した仮想通貨だが、ここにおいても貨幣数量説のようなものが成り立つだろう。
しかし、今、仮に100種類程度ある仮想通貨が、1万、10万種類に増えていくとどうなるであろうか。
そのうち、シナ共産党が危なくなれば、また電子通貨がバブルになるのだろうか。

Bitcoinの仕組みは、通貨発行量がLogカーブ的にプラトーになっていくが、rippleでは最初から1億通貨単位発行されていて、
それが減っていくらしい。これはbitcoinの仕組みとどこが違うのか分からない。既に発行されていても、流通してないのであれば、同じに思われるわけだが。

電子仮想通貨は、危険だとかいう前に、経済モデルとして考えると面白い。




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2014年07月08日

There is no such thing as Grand Strategy

戦略論をみると、大戦略、戦略、戦術、作戦のような階層性が書かれている。
これは経営学なんかでもよくでてくるが、こういったものは、全く眉唾ものである。
そんなものは、現実にはまず存在しない。観念的に考えると、そういう階層性があってしかるべきだと思われるわけだが、現実には存在しない。
存在しないものをどうたらこうたら論じても無駄である。
さらにいえば、そのように整然と階層的に考えるべきだというのも疑うべきである。
将棋は一種のウォーゲームだが、将棋にだって大戦略なんてものはないだろう。

戦略論とか、この手の記述的な論は、理論的な積み上げがないところで、思い付きで、論者がいろいろと言っているだけだろう。
その点、多少の実証性がある経済学と比べても、あまりに非科学的な文系学問という感じがする。
実証性がなにもなければ、作文にはじまって作文に終わる。

企業なんかでも、そういう絵を描くことが流行ったことがあったが、今はすたれているだろう。
こういったものは、出来の悪い作文でしかなく、また上の階層になると、経営者判断の領域であり、ボトムアップで描くものでは本来ない。階層が上がるほど、抽象度が高くなり、曖昧になり、それに結びついたインセンティブも義務も権利ななくなるからだ。
たんなる紙上の空論になること必至である。

職務が契約ベースで明確になっている欧米社会よりも、日本の組織はあいまいと、無責任に、空気で動いていくわけだ。
これは大東亜戦争の頃から変わってない。
末端の現場レベルになると、todoが明確になり、技術も課題は明確だから、そのレベルでは整然と完全主義でやるが、それ以上のレベルになると、なにもないのが日本の組織というものであろう。
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Small government has huge armaments

戦争とは、クラウゼビッツなどによると、政治的な価値や目的を実現する手段ということらしいが、アメリカの軍事行動の目的というのは、非常に不透明である。
アメリカの軍事的覇権主義については、マニフェスト デスティニーとか、半ば宗教的な目的が挙げられることが多いが、実際のところ、第2次大戦以降、アメリカの戦争目的は不透明である。
それはリベラルデモクラシーの強制とか、石油利権であるとか、いろいろ言われているわけだが、本当のところは分からない。
目的は一つではなく、複数あるというのが本当なのだろう。
自由民主主義の国における戦争とは、公共事業のようなものだ。いろんな利権が入り乱れているが、公共のためにやるというのが建前である。
その結果や成果は問われない。建前がすべてである。

通常、大きな政府というのは、社会主義のように政府の役割が大きいということで、小さな政府はその反対に、政府の役割をできるだけ少なくして、自由市場で民間でなんでもやるべしということだ。
レーガンが小さな政府を標榜しながら、軍事的には規模が大きくなったのも、それほど矛盾はしてない。
もし軍事という一つの役割だけになれば、それは非常に小さな政府であり、軍事の規模が大きくても小さな政府ということになる。

その意味で、近代の戦争、各国とも今よりは小さな政府が起こしていた戦争だ。
戦争に関して、大きな政府も小さな政府も関係がないわけだ。

アメリカも黒人公民権は第2次大戦の頃はなかった。
アメリカも日本も政治家は、今よりはずっと狭いエリート階層、富裕層の代表であった。
その点、デモクラシーの代表の範囲というのは、政治家の軍事行動に確かに影響を及ぼすだろう。
#ところで、戦後、ケネディのとき、黒人が州立大学に入学するのに、州兵と連邦軍が対立するという出来事があったが、その黒人は日本に駐屯しているときに、日本の社会をみて平等意識に目覚めたそうだ。日本は人種差別のない平等先進国だったのだ。

今ではアメリカも兵士が死ぬことにはかなり神経をとがらしている。それは政治家の票に大きく影響を与えるからだ。
ルトワックは、昔は子沢山だったが、今は先進国は少子化しているから、兵士を死なせることが難しくなったと言っている。
だから極力、無人で戦闘を行うpost heroic war、犠牲者なき戦争になりつつあると言ってる。
#これはアメリカ人兵士の犠牲者だけが対象で、他国の人間を殺すのは別に構わない。
ルトワックの話は眉唾でかなり怪しいが、人の命の値段という考えは有りだと思う。

シナなどは、人の命の値段など限りなく低い前近代国家だから、危険なのである。



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2014年07月01日

Labour usually brings minus

サラリーマンをやっていると、労働は基本、時給であり、それが成果に結び付こうと付かないとも関係無く給料がもらえるから、労働価値説を実感するだろう。
しかし、実際は、なにかの行動の結果が必ずしも利益に結び付くわけではなくマイナスももたらす。
大蔵省や日銀の連中がやっていることは、日本社会にとっては巨大なマイナスでしかなかったが、それを連中は一生懸命に時給労働してきたわけだ。これは役所に限らない。
労働は必ずしも価値ではなく、マイナスをももたらすという当たり前のことが理解されないといけない。
ここに、自由市場の意味もあり、そのような労働を淘汰するメカニズムが市場にはあり、それが資源の浪費を防ぐ。
だが、公共機関は市場の中にないから、いくらでも破壊的な労働を続けることができる。

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TED

アンドロイドでTEDをみるアプリがあり、最近、それを少し見ている。
TEDは10分前後のプレゼンというのがよい。外でちょっとした時間にみることができる。
最近の映画の英語は字幕を読んでもよく分からないが、こういったきちんとした英語は比較的に分かりやすい。

次のは面白かった。

陸上競技など、スポーツ記録はどんどん塗り替えられるが、これは主に、スポーツ用具、くつやウェア、グラウンドの
性能の進歩によるもので、人類の身体能力が進歩しているためではないらしい。
なるほどというか、やはりと思った。

サッカーなどを見ていると、昔から進歩しているとは思えない。
昔より、大型の選手がふえてきたようには見える。空中戦で張り合い負けしないためだろうか。
だが、これは進歩ではない。
小型の選手が敏捷にスピードをもって走り回る方が面白い。

日本ではワールドカップの賭けはないのか?
世界中でこれが盛り上がるのは、大きな賭けの対象だからだろう。
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2014年06月27日

Energy Revolution

これからの世界の経済成長の推進力となるのはやはりエネルギー革命だろう。
太陽発電は、毎年価格が5ー6%のペースで低下しているし、エネルギー効率はどんどん高まっている。この分野ではまだまだイノベーションの余地が大きい。
GridParityと言われる従来の電力価格には、アメリカでもあと3年くらいでなるようだ。
アメリカの電力価格は日本の半分程度だから、日本ではすでにソーラーはGridParityに達している。
電池もどんどん進歩している。
電力のようなものは中央集権的にやるものではなく、その土地の風土や環境に適したもので行えばよい。カリフォルニアや日本の東京以南のような降雪が少なくて日照が多いところでは、太陽電池がいいし、海沿いでは風力が適しているところもある。風力もすでにGrid Parityに達した技術だ。
予想するに、今後世界はエネルギー、電気というのは希少財ではなくなるということだ。
価格はドンドン安くなり、供給量は増え、同時に省エネ技術によりledのように効率は5ー10倍に高まる。生活に必要な電気は劇的に減りつつ、電気単価価格が安くなる。
バイオエネルギーも光エネルギーの活用技術の一つだが、これは電気を直接つくるのではなく、油をつくることができる。こちらもかなり有望なようだ。

そのうちにエネルギーが希少財でなくなるのは、21世紀初頭に実現されるにちがいない。
もし、戦争の原因の多くがエネルギー資源をめぐるものであれば、それに起因する戦争はなくせる可能性がある。たしかにエネルギーはあらゆる富の源泉であるから、エネルギー革命によって実現可能な平和もあるだろう。

今の人は電気やガソリンといったエネルギーに収入の結構な割合を投じている。
これが浮くことで、他のものにお金を使うことができる。
これがさらなるイノベーションを可能にするだろうし、生活レベルが上昇するわけだ。

アフリカは今はまともなインフラがないのが幸いで、新しいインフラ、太陽エネルギーインフラが今後どんどん作られていくだろう。

posted by libertarian at 12:32| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Battle field

戦争ノンフィクションを読んでいると、戦争映画をみても同様だが、よくあのような恐ろしい、目に見えない弾丸と爆弾の飛び交う戦場で戦えるものだと思う。
しかし、戦場というのは昔も今もそのようなもので、無残で悲惨で苦痛に満ちたものだろう。
運よくというべきか、即死できれば苦痛はないかもしれないが、実際はどんな恐ろしい苦痛に満ちた怪我や死に方をするか分からない。
今は軍隊の兵隊 、兵士という呼び方をするが、日本の軍人は、むしろ武人という意識でいたように思われる。
兵隊、兵士というと、弾薬や兵器のような響きがあるが、日本の軍人は武人たろうとしていたようだ。特に将校クラスの軍人は武人という意識が強かったようだ。軍刀は武人の証だ。将校が武人として尊敬できれば、その下のものも自分も武人たらんとしたであろう。
武人は、死や苦痛の恐怖におののいてはいけない。恐怖は否定できないが、恐怖を恐れてはいけないのだろう。
恐怖を恐れないとは、矛盾があるが、武人には可能なのかもしれない。
しかし果たしてそんなことが可能とは想像できないが、昔の日本人はそうだった。
やはり、そこには集団心理というものがあり、集団心理でのみ克服できるもののような気がする。
この集団心理とは、群衆心理とはことなり、軍隊という階層集団における特殊な心理のように思う。
自分の上官や友人が死んでいくのを見ることで、自分の存在も相対化されていくのかもしれない。
posted by libertarian at 03:00| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月26日

Bitcoin

Bitcoinは2140年までに2100万Btc発行される。そして採掘はそれで打ち止めになる。現在すでに6割程度採掘された状態だ。
これは10分ごとに発行される結果、数学的に確実にそのように設計されているそうだ。
原理的には、金本位と同じようなしくみだから、bitcoin そのものは、通貨価値が上がっていき、デフレ通貨になる。
もし取引が増えていけば、採掘完了後もデフレ通貨として、その価値は上がっていくと考えられるわけだが、どうなるかは分からない。
もし、通貨デフレで値段が上がるのが確実なら取引が激減していく。
現在すでに採掘は個人で行うのは割が合わず、いろいろとリスキーな部分がある。
BITコインの取引にはかなり詐欺が多いようだ。

これに飛びついていたのは、シナ人だが、シナがこの取引を禁止したので、最近では暴落が起きた。
こういったシステムは一見、国家を絡めないようだが、そうとも言えない。規模が大きくなれば、いかようにも規制されるだろう。
また金とちがって、リアルなものがないので、仕組みは金本位と似ているがリスクは高い。
BITコインは通常の決済通貨としては使えないから、お金を買うくらいしかできない。
となると、目的は限られる。
私は、仕組みは違うが、BITコインはチューリップバブルと似た印象をもつ。
遊びで少し買うくらいならいいだろうが、素人がやると痛い目にあいそうだ。
posted by libertarian at 20:21| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月22日

Android iPad Kindle

タブレットは、今はいろいろと出ている。
アンドロイドタブレットには安いのが多いが、スペックを相対的にみると大体お値段相当だ。
タブレットは受動的に情報をみる端末として割り切るべきであって、これで入力をしようとか考え出すと途端に面倒が増えてくる。
外付けキーボードを入れたりしだすと、いろいろ妙な欲がでてくる。ショートカットが使えないとかいろいろ不満に思うわけだ。

KindleはFireOSとか言っているが、実態はAndroidで、それを少しいじったもののようだ。
Kindleのハードスペックはかなり高く、その割にはお値段は抑えられている。
画面解像度がRetinaよりも高く、CPUのスペックは新型Nexusと同じsnapdragon。

Kindle端末として使うとき、7インチという大きさは微妙だ。中庸だが、もっと広いとよいと感じることもある。
私の持っているiPadの初代は10インチだが、解像度は低いものの画面が広いので結構読みやすい。
しかし、これは重いし、OSのアップグレードが止まっているので、古いKindleソフトしか動かないのが問題。

Kindle端末としては、iPad Miniも悪くない選択肢だ。
軽いし、7インチよりは余裕がある画面サイズなのがいい。

iPadの初代は重く性能は過去のものだが、それでも未だに使っているのは、モノとしての作りこみがいいからだろう。
その点、AndroidよりもiPadの方が長く愛着をもって使えるから結局お得かもしれない。

Kindleはまだまだ本そのものが少ないが、英語のKindle本を入れると選択肢はかなり広がる。
またPdfをメールで自分のKindleアドレスへ送ると、自動的にKindle形式に変換してくれるのが非常によい。
日本語のpdfだと文字化けすることがあるが、英語のpdfならまず大丈夫。
pdfは一種の画像写真のようなもので、小さなディスプレイではとても読めないが、Kindle形式に変換されると
文字の大きさ変更もフォーマットも、通常のkindle本と同様に読める。

これを使えば、ネット上の大量の文献、論文をKindleで読めるので、便利なことこの上ない。
私はMearsheimerのWEBにあるpdf論文などをKindleで読んでいる。
おかげで私のKindleライブラリーは随分と充実した。
iBookなどでも、pdfをメールで送れば自動的にiBook形式に変換してくれる機能はないのであろうか?
iBookはもう少し頑張ってほしいものだ。
これはKindle形式よりも、アップルだけあって見た目はきれいにできるのがメリットだ。










posted by libertarian at 12:09| 東京 ☔| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月19日

Nexus5

Nexus5を手に入れた。
my first smartphoneである。
長いことemobileを使っていたが、今後はこれでルーターとケータイが統合できる。
価格は安く月2600円で、スマホとルーターになる。
そもそも外でそんなにネットを使うわけではないから、GL04Pではオーバーすぎた。価格も4300円もかかったし。

Nexus5だが、ものすごくハイスペックで驚く。
全くSFちっくな世の中になったもんだ。
バッテリーはあまり大きくないので、モバイルバッテリーにCheeroの6,000mAHのを手に入れた。
バッテリーも、進歩している。今まで使っていたSANYOのエネループバッテリーと大きさは同じくらいで、容量は2.5倍になっている。2A出力なのもよい。ケーブルもアウルテックのミニUSBケーブルにする。
ケーブルは意外と盲点で、これが律速になるが、アウルテックのケーブルは高級品で性能は最高。

Nexus7にEmacsをインストール試みるが失敗。
これはおそらくroot化が前提になっているのだろう。

あと、最近はLED電球がかなり安くなっている。オーグランプ位の消費電力で40wくらいの明るさがあるから、少しうれしい。

モバイルとバッテリーは今後もトレンドだろうが、アシスト自転車ももう少しオープンなアーキテクチャにしてほしい。
太陽光パネルで充電できるくらいの拡張性は欲しいものだ。


posted by libertarian at 16:53| 東京 | et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月13日

Despair to Japanese legal system

「絶望の裁判所」 瀬木比呂志著 を、読む。
以下、本書から少し抜粋。

==== 
「日本の裁判所は実は裁判所などではなく、精神的被拘束者、制度の奴隷・囚人たちを収容する「日本列島に点々と散らばったソフトな収容所群島にすぎないのではないだろうか」

「すべての裁判官は、最高裁と事務総局に従属してその職権を行い、もっぱら組織の掟とガイドラインによって拘束される」ことになっており、憲法の76条は完全に愚弄され、踏みにじられている。

「その階層性、閉鎖性、中央集権制において際立ったものであり、構成員に熾烈な出世競争を行わせ飴と鞭を使い分けてコントロールすることによって、裁判官たちからその独立性を事実上ほぼ完全に近いと言ってもよいほどに奪い、制度に屈従する精神的奴隷と化しているのである。」

「アメリカは裁判官の独立は徹底していて、例えば地裁の裁判官が上級審の裁判官に頭を下げる機会などまずないし、裁判官の間の上下差の感覚も極めて小さい」

===ここまで

この本は、最高裁に勤務していた元裁判官の告発の書であるが、このように日本の裁判所の絶望的な状況が書かれている。
裁判所制度の酷さは薄々知ってはいたが、元裁判官からの話であるから、読んでいてさすがにこれは酷いと思うわけだ。
こういった日本の官僚制につきまとう問題はほかの官庁とも変わらないのだろうが、問題は、裁判所は行政組織ではなく、司法だということである。
司法組織が司法の独立性を失い、司法官僚として法ではなく組織に隷属させらられることで、日本社会は法の支配を失う結果になっている。

苦労して超難関の司法試験に受かっても、その先が精神的被拘束者、制度の奴隷・囚人になるしかないのであれば、全く哀しい人生である。
そんなことなら、田舎で百姓でもして暮らしていた方がよっぽど幸せだったということになるだろう。

法律をやっている人間は、制度論をタブーのように避ける傾向があるが、問題はやはり制度にあって、制度論をもっと問題にしないといけない。
日本の司法の独立性は極めて低く、それによって国民の法による権利保護は毀損されている。
司法の独立性を、本来あるべき姿にするにはどうすればいいのかという、制度論上の議論が必要だ。

伊藤博文は英米のコモンロー制度を、一朝一夕に導入することは無理だとあきらめて、シュタインに学び、プロシア憲法を参考にして大日本帝国憲法を作ったらしい。
英米とは比較も難しいが、大陸法のヨーロッパの司法よりもかなり劣っている状態はなぜなのか。

私が思うに前にも少し書いたが、裁判官の数を増やさないのが決定的にダメな原因だ。
日本は司法処理能力が低すぎ、それによって裁判の数も少ない。司法解決は時間がかかりすぎる。また裁判官も和解を薦めたがる。
日本の裁判官の人口当たりの人数はヨーロッパと比べても5分の1くらいしかない。
結局、日本は欧米に比べ裁判官の数が少なすぎて、裁判官に過大な負担がかかっているが、どんなに頑張っても限界があるから、司法の処理能力が著しく低い状態なのだ。

法科大学院を作って司法試験合格者の数を増やそうとしたとき、司法ギルドからは反対されたが、実際、合格者を増やしても裁判官の数を劇的に増やすプランではなかったから、失敗した。
待ち行列の理論を持ち出すまでもなく、裁判官の数を増やすことでしか日本の司法処理能力は上がらない。
そうしなければ、弁護士も飯の種が増えない。実際、一部の弁護士以外は、かなり収入が低く、そこらのサラリーマンより低い。
日本の司法制度の最大の問題は、裁判官の数が少ないことにある。
司法マーケットの潜在需要は日本ではかなり巨大なはずだ。
もちろん、司法の独立性がない制度上の問題もあるが、まずは単純に裁判官の数を大幅に増やすことから始めるべきだろう。

日本は戦後、左派の裁判官や弁護士が増えたため、左派狩り、ブルーパージのようなものもあった。
この本を読んでも、そこら辺から、裁判官の思想信条の自由を制限する伝統のようなものが生まれたようだ。
日本の司法がコミンテルンに乗っ取られないうえで、それらは有効だったが、司法の原則が踏みにじられたのも事実であろう。
アメリカでも裁判官に左派は多いわけだが、そういった都合の悪さを中央集権的に「解決」しようとはしていないようだ。

アメリカで最高裁判事は任期期限がなく自分で辞めると言わない限り辞めないから、最高裁判事を時の政権が決めるには運がある。
民主党に任命された判事と、共和党で任命された判事では思想信条の傾向は異なっていることがある。
しかしFDルーズベルトは大統領を12年もやっていたから、その間にほとんどの最高裁判事を任命することになった。
これがFDルーズベルトのニューディールコートである。
ニューディールコートによって、アメリカの憲法の精神は失われた。

#ちなみに、この著者は自分を自由主義者と呼んでいるが、これはどちらかというと左派リベラルのほうの「自由主義者」であろう。
 現場の不満はよくわかるが、もう少し大きな話もしないと愚痴で終わる話ではある。
posted by libertarian at 10:33| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月11日

Signal and Noise

ネイト・シルバーの「シグナル & ノイズ」を読んだ。わりと面白かった。
シルバーはマネーボールのセイバーメトリックスの予測システムを開発した人らしい。
この本はその当人が書いているが、ジャーナリスティックにいろんな話題について調査して書いていて、セイバーメトリックスやオバマの大統領選に関する自らの予測についてはあまり言及してない。企業秘密か。

面白いのは、シルバーは一時ポーカーのプロを目指していたらしいこと。KPMGのサラリーマンからポーカープロに転身を図り、それを諦めてスポーツ予測に転じたところの話がハイライトか。しかし、かなりのポーカープレイヤーでもあるらしい。
昨今、ビッグデータが流行だが、実際はそれはビッグノイズだというのは、その通りと思う。
データが増えれば増える程、凄い事がわかると思われているようだが、それは大間違いだ。
データよりもノイズの判断が本質的な困難さになる。

シルバーの予測手法はベイジアンアプローチで、フィッシャー的頻度主義にはかなり否定的だ。
普通、統計を勉強するとフィッシャー的頻度主義でごちゃごちゃと、かなりの時間をかけてやるわけだ。そのうち、これが統計の本質だと思ってしまう。
しかし、それは母集団の正規分布を暗に前提としているから現実に適用すると多くの場合で間違えるのだ。
ファーマの効率的市場仮説についても、いろいろ書いてるが、これは今は大体ネガティブなのではないかと思う。

ベイジアンアプローチとフィッシャリアンアプローチでは、実際のところ結果は大きく異なる。
そして、シルバーがこの本で成功者として紹介している予測者たちはみなベイジアンである。
もちろん、シルバー自身もベイジアンアプローチで予測を当ててきている。
これはこれでかなり泥臭い努力を要するアプローチのようだ。
実際の現場の予測者であり、成果をだしている人の話だから興味深い。
posted by libertarian at 00:36| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月02日

Todd

エマニュエル・トッドは、ミアシャイマー同様に各国が核保有することで通常戦争のリスクを減らせると主張している。
トッドは、ちゃんと統計的に数値でそういうことを主張しているのだが、この場合、危惧されるのは偶発核戦争のリスクだろう。
多くの国が核を持てば、偶発、事故の可能性も高まるのは事実である。

だが、そうであっても今後、核拡散は進み、今よりも多くの国が核を持つようになるだろう。
核を持っている国に中国、ロシア、北朝鮮といったほとんどvillan stateがある以上、多くの国で抑止核をもつ必要性は高まっている。
つまり偶発事故を恐れて核を持たないという選択肢は合理的ではない。
明白な脅迫意図をもって核をもつ悪党国家がある以上、偶発戦争のリスクはそれに比べれば低いからである。
しかし、こういったミクロな個別最適化がマクロにどうなるかというのが、わからないところではある。


posted by libertarian at 18:03| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Kindle for Android

Kindleを最近はもっぱら使っているが、おかげでほこりをかぶっていたNexus7の使用頻度が俄然高まった。
使ってみるとNexus7はトテモよい端末である。
持ちやすいし、androidのKindleはiPadのkindleよりも出来が良い。
漫画とかカラーの本を見るときも便利だ。Nexus7は画面が非常にきれいだ。

Kindleの2世代のをアメリカのアマゾンで昔買ったが、あのイメージの悪さから、Kindleからは遠ざかっていた。
私にとってNexus7は、KindleとMapが2大アプリで、この2つが使えるだけでも相当なものである。
今、アマゾンではNexus7の2012モデルの32GBが15000円弱で売っているが、持っていない人にはオススメだ。
私は2012モデルの16GBを使っているが十分な性能である。
iPadの方が、アンドロイドより洗練されていて使いやすいところもあるが、GPSが内蔵してないのがかなり残念なところで、これでは肝心の
Google Mapが使えない。高いiPadを買うよりも15000円で32GBのNexus7が断然お買い得だ。

Kindleも最近のPaperwhiteはtouchディスプレイになり、軽くなり、コントラストも高くなり、かなり評判がいいので、叔母の傘寿の誕生日にプレゼントしたが、はたして使っているのであろうか?
字を適切な大きさに変更できるし、バックライトも付いているから、年寄りにもKindleはよい。
しかし、今思えば、KinelePaperwhiteより、Nexus7をプレゼントしたほうがよかったかもしれない。値段もあまり変わらなかった。

英語の古典は、かなりの数、無料で出ている。日本語には翻訳がないような古典もいろいろとあって、いろいろとダウンロードする。
とはいえ、英語の本は読むのがちとしんどいわけであるが、読みやすい英語の本を見つけることが大事だ。
ものによっては、翻訳よりも英語のほうがはるかに平易なこともある。

最近思うのは、本というのは平易さが大事だということだ。
読者が解読に苦労するなど、とんでもないことであり、お客に苦労させてはいけない。
そんな本はどんどん廃れていく。
その点、小学生向けに書かれた本で、内容が高いのにもかかわらず非常に平易に書かれているのがあり感心する。
平易なものこそ内容が深いし、書くのにも技量を要するだろう。






posted by libertarian at 17:46| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月29日

Abolish NHK sono3

維新の会の三宅博氏によるNHK追求 その3

のらりくらりとした官僚答弁が印象的だが、他の議員はどう考えているのかね?
NHKは不偏不党だという開き直り答弁の意味をはっきりとさせないといけない。
NHKの不偏不党とは、消費者無視で自分のやりたい放題するという意味なのは明らかだ。
NHKはもはや改善できるレベルではないので、原則廃止の方向で動く必要がある。
そのためには法律を変えるしかないわけだが、どうしたらNHKを廃止できるのか。
さしあたっては受信料の仕組みを、見た分だけにするようにすればよい。
今の技術では容易にできる。これによって消費者無視の番組は作れなくなる。必然的にNHKは今のままでは立ち行かなくなる。
全く見ない人は払わないという当然の仕組みが必要だ。
今のNHK受信料は、年間3万円くらいかかるから、逆累進課税であり、年収200万くらいの若者の場合、1−2%の所得税に相当する。


posted by libertarian at 12:41| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月11日

Fast reading

歴史であるとか法律の文献は、ある程度大量に読む必要がある。
この手の読書では、とにかくも早く読めないと話にならない。
いろいろと速読関係の本もみたが、私が歴史関係の本を読む際に重要と思うのは、次のポイント。

読まない本を決める
 何でも読めばいいわけではない。
 良い本だけど今読む必要のない本もある。
 読んでも理解できない本は読まない。

本の頭から読まない
 関心のあるところ、面白そうな所から読む。小説でないかぎり、頭から読む必要は全くない。

全部読まなくても良い
 全部読む必要はない。面白そうな所だけ読む。面白い本は全部読むが、そうでない本は全部は読まない。

付箋の活用
 本に線を引いたり書き込むのは嫌いなので、付箋をメモ代わりにべたべた貼って行く。

本の読み始めは少し丁寧に読む
 文章のくせを掴むために最初は少し丁寧にゆっくり読む。
 読みにくい文章の本は無理して読まない。

ちなみに、日本の本はKindleで読むのはどうかと思っていたが、やはりKindleで読むのは具合がいい。
特に字の大きさを変えられるのが非常によい。
最近では文庫本は字が小さくて読む気がしない。
posted by libertarian at 14:06| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

10 arrows

安倍政権の列強になるための10本の矢というのがあるらしい。

古賀氏というのはかなりリベラルな人のようで、必然的に親中スタンスになる。
この11本の矢についての感想

1.国防軍保持 右矢印1当然に必要 自衛隊は法的には警察権力の延長なので、自衛隊を軍隊に当然にしなければならない。

2.基本的人権の制限 右矢印1公益及び公の秩序に反しない範囲でしか認めないというとんでもない制限なので、当然に反対 

3.日本版NSC 右矢印1既に成立したが、当然に必要。強化すべきである。

4.特定秘密保護法 右矢印1既に成立したが、当然に必要。

5.日本版CIA 右矢印1これも必要。早期に作るべき。情報戦能力0で戦争は戦えない。

6.武器輸出3原則の廃止 右矢印1既に成立したが、当然に必要。

7.集団自衛権 右矢印1当然に必要。こんなことで延々ともめている日本は異常

8.ODAの軍事利用 右矢印1内容が不明。

9.徴兵制の導入 右矢印1当然に反対。アメリカでも徴兵制はやめたくらいだ。

10.核武装 右矢印1当然に必要。急ぐべき。

このように見ると、安倍政権はやるべきことをやっているようだが、憲法改正については大きな問題がある。
基本的人権の制限という案が平然と出てくるのはかなり異常である。先進国クラブから脱退してアジアの途上国に後退したいのか?
日本は集団主義の体質があるので、徴兵制にしたり基本的人権制限のようなものを緩めれば、全体主義に限りなく近い社会にあっというまになる。政府への懐疑のないナショナリズムはまともな保守ではない。

日本の自称保守をみるに、TPP反対と連中はセットになっているようだ。
おそらく徴兵制もセット、原発推進もセットなのだろう。
こう考えると、日本の自称保守連中は歴史認識問題以外は駄目という印象だ。
自称保守サークルでは同じような歴史認識を延々と話していて、サークル内で完結してる。
歴史認識は非常に大事だが、日本の保守に必要なのはまともなリアリズムとまともな経済学で、どちらも欠けている。
posted by libertarian at 08:16| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月03日

Incentive to War

古来、人間社会では戦争は絶えないもので、そこには、よほどの強いインセンティブがあると考えられる。
ミアシャイマーなどは、このインセンティブをあまり問題にしていない。インセンティブを問題にしないから、閉じたIRの世界の議論であって、経済学ではない。
ミアシャイマーは潜在覇権国はバランスオブパワーが崩れる中で力学的、もしくは必然的に拡大しようとするという。もちろん、バックパッシングやらなんやらと複雑な仕組みを駆使してBOPを維持しようとしたりもする。
そして多くの場合、戦争の理由は国防上の理由だと主張されるとしている。攻める方も守る方も、どちらも国防、安全保障上の理由だというのが、面白い。
現状維持は後退だという感覚だろうか。企業なんかでも現状維持は後退と考えるだろう。
#デフレが長く続いた日本では、こういう感覚が薄れたようだが。

しかし、戦争が、収支計算上でも割の合うこととは思えない。勝った方も多くの人的な被害を被るからだ。
とはいえ、勝てばやはり、国としては、それなりの見返りがあったのは事実だろう。
貧しい人間にとっても、軍に志願すれば、職が得られ、戦死しても軍が厳かに葬式を挙げてくれるし、年金もついたし、誰にでも名誉と昇級の機会のある比較的に平等な組織であり、いろいろとメリットがあった。つまり昔から兵士になって死ぬ事は決して理不尽な生き方ではない。

国家のインセンティブの説明として安全保障上の理由と、経済上の理由は、微妙な関係で区別が難しい。
安全保障は単なる保険行動とは異なると思う。保険のために自分の命をかける人間はいない。
しかし安全保障上の理由で多くの戦争が起こるのは事実らしい。
もっとも国家間はアナーキーでワイルドで弱肉強食の世界とすると、侵略されることによる潜在的リスクはほぼ無限大であり、その無限リスクに国家制度が対処しようとすると拡大戦争にならざるを得ない、つまり安全保障の強いインセンティブとなっているといった考えも成り立つかもしれない。

だが、ここら辺のインセンティブの説明にはゲーム理論が有効かもしれない。
戦争のゲーム理論について詳しい本があれば読んでみたいものである。

posted by libertarian at 11:32| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Atomic Power Plant and Atomic bomb

読んだ事はないが、日本の保守派なる連中が原発がないと日本が滅ぶとか馬鹿なことを書いているようだ。
原爆を持つ上で、原発が必要不可欠と思っているのかもしれない。
だが、原爆で必要な核物質と、発電に必要なものでは、量が違いすぎる。(原爆<<<発電 だ。)
また原爆ではウランやプルトニウムは高純度のものが必要らしいから、発電に使う核物質より、さらに高度に濃縮しないと使えない。それは発電利用とはまた別の技術だ。

こういう感情論で問題を論じるから、日本の保守なる連中は永遠の野党でしかないわけである。
保守論壇なるものが、当人は真剣なのかもしれないが、同じようなことを繰り返して主張するだけで、飯を食っているわけだから、連中は、中共や朝鮮と共生関係にあると言っても間違いではない。
#しかし、このことは自称保守連中の主張が必ずしも間違っているということではない。

福島で漏れた放射性物質の危険性についても、安全だなどというのは愚か極まりない。
こういった問題に、文系の熱血自称保守老人が軽々しく口を挟むべきではないのだ。

また大東亜戦争の時、エネルギーも資源もアメリカに握られていたのが安全保障上の大問題となったから、エネルギーも多様化しないといけないという議論がある。
実際、ガス、石油ではそういった分散をしているようだが、こういった問題も経産省が計画するべきことではない。
というか、エネルギー問題とは、経産省の役人や保守老人が思っているよりも遥かに複雑な問題であり、これを社会主義的、設計主義的な方法論で解決することはできない。

原発の安全性の問題 
放射能の安全性の問題
エネルギーコストの問題
エネルギーの需要と供給の問題
核爆弾製造の問題
エネルギー分散化の問題
安全保障の問題

こういった別々の問題を、連中はごちゃごちゃにして論じているだけと思われる。愚かである。

posted by libertarian at 10:55| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月28日

Venona plan

ベノナ計画は、1943年にパトリック モイニハン議員によって極秘裏に開始された。そのほぼ全容が公表されたのが1995年。

経緯としてはウィテカーチェンバースというソ連のスパイだった人間が転向し、1938年頃に、ソ連のスパイ名簿を明かした。
そのリストは国務省の高官のアルジャーヒスを含む政府高官が多く含まれるものだった。しかし、当時のローズベルト政権はこれを無視する。そして間違いなくスパイだといわれた人間をその後も重用していく。

だが、それでもチェンバースの告発が埋もれなかったのは、あのリチャードニクソンが、ことの重大性に気づきHUAC委員会を継続させたからであった。そして、これがモイニハンのVenona計画に繋がる。

1950年には、マッカーシー議員が赤狩りを始める。これはハリウッドの人間を含む共産主義者の摘発であった。
ドルトントランボも赤狩りで追放されたが、事実は、正真正銘のソ連スパイだった。
反マッカーシーズムは、その後のアメリカのリベラル左派のスローガンとなる。
当時アメリカのNYTimesをはじめとするメディア、リベラル言論人は言論の弾圧だ、人権侵害だと大キャンペーンを張った。それは1990年代になっても続いた。「赤狩りの恐怖」に対する、ハリウッド映画も多く作られた。

例えば、ローゼンバーグ事件など、政府に濡れ衣を着せられて死刑になった事件として映画にもなった。この映画は日本でも公開されていた。
このローゼンバーグ裁判では、FBI長官エドガー フーバーは、ヴェノナ計画の存在を用心深く隠し通した。
ヴェノナファイルからも、このローゼンバーグ夫妻はアメリカの原爆の超極秘情報をソ連に渡した一級のスパイだったことも明らかになった。
この点、フーバーは、反共スパイ闘争という点で、アメリカの国益に大きく貢献した。この時の経験から、政府要人であっても常にスパイと思ってマークをするようになったのだろう。
実際、スパイ戦とは水面下で行われる戦争の一環である。

そして1995年にヴェノナファイルの公開によって、マッカーシーが告発した人間は全て第一級のソ連スパイであることがあきらかになった。今になって言える事は、マッカーシーの赤狩りはむしろ生温かったという事だ。
ローズベルト政権の中枢に潜り込んだ数百人のソ連スパイ、共産主義者は、その後も活動を続けた。

同じ頃、日本も近衛文麿の側近は、スターリンのスパイだらけだった。
日本が支那事変の深みに絡みとられて行ったのは近衛の側近の活躍によるものである。

日本の特高も戦後、悪の権化のように言われてきたが、実際は反共闘争で大きな貢献をしたのであった。

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For next generation

石破幹事長がニコニコで、子供の世代に負担を残さないために均衡財政が必要だと言っていた。
後の世代に負担を残したり、しわ寄せするのはもちろんよくないわけだが、そのために均衡財政などと言っているのがとんでもなく愚かである。
これは財務省のデマそのもので、これにより逆に後の世代を潰す結果になることは明らかだ。
ものには順序というものがあり、これは高橋洋一氏が指摘しているとおり、税徴収の不公正、国資産の売却といったことを優先しないといけない。今回の増税によって税収が下がるだろうが、そのためにさらに増税といった狂ったサイクルに嵌って行くことになる。

政府の役割とは基本的には国防につきるのであって、他はほとんどは民間でできるし、民間にしていくべきだ。
そうやって政府、公共部門の役割を縮小していくことが大事だ。国防だけなら、税の規模も今よりも大幅に小さくできる。
しかし、そういったことも今の喫緊の国防の問題に比べれば優先順位は低いといえる。

あとせいぜい10年しか日本に猶予はないだろうが、このまま行くと、中共に飲み込まれることは必至であり、そんな地獄のような世界を後の世代に残すわけにはいかない。
posted by libertarian at 07:06| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月26日

2014年04月24日

Geopolitics

ミアシャイマーの本は、地政学に分類されるのだろうが、歴史書として読んでも面白い。
普通、歴史書を読んでも、なぜ、この時期に、どういう理由で、ある国と国との間で紛争が起こったのかは分からない。
偶然であったり、なにがしかの事件が発端だったりするという程度の理由付けしかないのが普通だが、リアリズムの理論に基づけば、それがなぜ起こったのか、またどうしてこういう戦争になったのか、などの力学が分かるわけだ。
さらに、このリアリズムの理論によれば現在の世界情勢も理解できるし、ある程度の予測も可能だ。

英語も、奇麗な英語で読み易い。スラングも省略もないので、すらすら読める。
Kindle版だと1000円くらいなので、お買い得だ。奥山さんの翻訳もいいが、ちと値段が高い。
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2014年04月20日

The Tragedy of Great Power Politics

ミアシャイマーの本「大国政治の悲劇」を読む。
伊藤貫さん推薦のミアシャイマーだ。
翻訳は、奥山さんがやっている。知らなかったが、この手の翻訳を沢山出しておられるようだ。奥山さんにはかれこれ15年前にネットでさるサイトで知った。そのとき、彼は大学院生だったように思うが、光陰矢の如しである。地政学に確たる地歩を築かれたようだ。

分厚いので全部は読んでないが、なかなか面白い。
ミアシャイマーのoffensive realism理論の解説だ。しかしまだ理論というよりも仮説だと思う。

リアリズムでは、リベラル派の経済的相互依存関係が平和実現に結びつくといった理想論を排するのが特徴で、パワーオブバランスだけで考える。このパワーとは軍事力のことで、自由主義とか共産主義といったイデオロギーは一切、捨象して考えるのが味噌。
つまり、パワーだけで他をブラックボックス化して、ビリアードの玉のように軍事力学を考える。
これは、オッカムのカミソリのようなもので、なるべくシンプルな前提で全てを説明するのがベストということなのだろう。
こういう軍事力学的な思考法は新鮮である。

今まで読んだところでは、ソフトパワーみたいなものが全く考慮されていないように思うわけだが、それはそれということか。
最後まで記述的理論として説明されているので、読むのに敷居は低い。
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Kindle

Kindleはもっぱら英語の本ように用いている。
日本の本をKindleで読むのは、少し抵抗がある。
場所をとらないメリットはあるので、漫画とかにはよいと思うが。

英語の本をKindleで読むメリットは単語の辞書機能が使える点。
これは非常に便利である。わからん単語を飛ばし読みしていると、だんだんとわけが分からなくなる。
あと英語の本に関しては、紙の本よりも随分と価格が安い事がおおい。
配送が一瞬なのもやはり便利。





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2014年04月17日

Soft Power

Power of balanceのパワーとは、基本的には軍事力だろうが、ハードばかり強調するのは片手落ちだ。
やはり、情報戦ができないとハードな軍事力で勝っても、最終的には負ける。
核があろうがなかろうが、ソフトパワーがないと負ける。
つまり、ハードとソフトの両面で勝たないといけないわけだ。
日本はハードは強いが、ソフトが非常に弱い。

今の政府体制では、大東亜戦争時の大本営以上に無能で全く機能しないだろう。
戦略とはソフトのレベルだから、いかにハードが優秀でも戦略というソフトが駄目なら勝てない。
これが大東亜戦争の最大の教訓だ。
今行われている、歴史に関する情報戦では負けまくっている。
そもそも、外交とは情報戦の第一線に位置づけられるものだろう。その外務省がGHQ史観に縛られているのでは、話にならない。
日本は未だに萎縮して卑屈な状態にあるが、まだまだ日本は戦後の敗戦空間、GHQ占領史観の中にあるわけだ。

日本人のNation Stateとしての意識を徹底的に否定するのが戦後教育であったから、戦争になってももはや日本人は帝国軍人のようには強くないだろう。
国家の最も基本的な存在理由は、集団的自衛なのだから、これを否定している状態では、国家の存立理由そのものがないに等しく、その結果、愛国心も根拠を失う。
そもそも愛国心とは、当然に政府権力に対するものではなく、社会の文化伝統、習俗、歴史といった慣習的なものに対する尊重なのだ。日本の教育は、愛国心を「軍国主義」なるものに結びつけているのだから、どうしようもない。
教育もソフトパワーだから、ほんとはハードよりもこちらの方が大事だ。ソフトは金はかからないが、ハードよりも時間がかかる。

政府が移民促進するという話があるが、ほんとにそんな事を考えているのだろうか。
現在、中国と日本は準戦争状態にあると認識すれば、中国からの移民受け入れはあり得ない。
既に日本には100万人規模の中国人が住んでおり、その半分は東京にいる。
中国には動員法があり、国外にいても中共に協力しなければいけないわけだから、今いるシナ人ですら危険きわまりない存在だ。

日本政府には親中派が多いから、日本に不利益で中共に有利となる政策をどんどん打ち出してくるわけである。
民主党政権なんてのは、名前を変えただけの社会党政権、共産党政権だったから、今さらながら、ほんとにめちゃくちゃなことをやってくれたなと腹立たしくなる。
社会党の村山政権の時に、阪神大震災が起こりこれが引き金となって村山が退陣し、民主党政権の時に東日本大震災がおこって民主党の退陣を早めたことを考えると、震災そのものは悲惨ではあったが、結果的に日本にとっては神風のようなものであった。



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2014年04月15日

Militarism?

軍国主義という言葉がある。意味不明だ。英語ではmilitarismという。
日本が大東亜戦争のとき、軍国主義だったといって非難されるが、戦争中はどの国も軍国主義だ。
アメリカなど今でも軍国主義だ。

軍国主義ということばを、軍事独裁主義という意味で使っているのかもしれない。
独裁主義の定義として、ナチスや今の中国のように政府の上に党がある政治体制とするならば、日本は戦時中も全く独裁主義ではなかった。むしろ、意見をまとめるだけの権力の集中がどこにもなく、バラバラだったことがまずかったのである。

日本は戦時中は、国家社会主義に近い体制にしようとはしたが、独裁主義はなく、また当然に軍事独裁でもなかった。
その点がドイツのナチスとは全く異なる。
またナチスドイツは、人種主義、民族主義を核とするナショナリズムを持っていたが、そんなものは日本にはみじんもなかった。
むしろ、欧米の人種差別主義に対する強い抵抗があった。これは大東亜共栄圏の思想に結びついていた。

実際、ドイツと同盟を結ぶ際、はっきりとドイツの人種差別には加担しないと謳っていた。
そのお陰で、杉原千畝のようなユダヤ人の救出が可能だった。この救出劇には、東条首相の承認もあったから、スムーズに可能となったのである。

”なんとか主義”という言葉を定義もしないでイメージだけで語ってはいけない。

posted by libertarian at 11:02| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Which American?

日本人は、アメリカを語る時に一概に「アメリカ人は、どうたらこうたら」と語る人間が多い。
これは大きな間違いだ。
アメリカ人でも、民主党系の左派か、共和党系の保守かで、その意見も考えも180度違う事も多い。
だから、そのアメリカ人がどっちのアメリカ人かは非常に重大なポイントである。

歴史問題にしても経済問題にしても国際問題にしても、どっちのアメリカ人が言っていることなのかを最低限明確にしなければ誤解を招くだけである。

今は民主党の左派親中政権であるが、日本は共和党の保守系のアメリカ人を仲間にしたほうがよい。
アメリカの左派親中派に何をいっても効果なしだろうが、保守派であれば歴史闘争に関しても仲間に引き入れることができるかもしれない。

リビジョニストといって歴史の真実を探ろうとする人間をレイベリングしようとしているのは、アメリカでも民主党系の左派親中派のどうしようもない連中である。
むしろ、共和党系の人間は歴史の真実を見直すことを是とするだろう。
実際、F.D.ルーズベルトの犯罪を丹念に暴こうとしているのは、共和党系の保守派の学者だ。

日本では、歴史関係は特に左派が異常に強いので、アメリカの歴史家が書いた本だといって、いかにも第三者が中庸な立場で書かれたかのように翻訳出版される本は、左派親中派の本が多い。
典型的なのが、ジョンダワーのような極悪な共産主義者過激派の本だ。
日本ではそういう偏った本が従来、多く翻訳されてきた。国内の歴史本も同様だ。

だが、アマゾンのアメリカサイトを見れば、そんな本ばかりではなく、むしろ左派の本が今では少数かもしれない。

posted by libertarian at 10:41| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月13日

Thinktank

日本もヘリテージ財団の研究所やcato研究所などと歴史や外交に関する共同研究を行うべきである。
日本にそれなりの外交研究所を作り、アメリカのまともな研究機関とともに、歴史研究を行う必要がある。
これが中共の反日プロパガンダのゆすりに対抗する一歩となる。
こういった研究所のアカデミズムを利用すべきなのだ。
アメリカを一枚岩とみて幼稚な反米意識に凝り固まり、アメリカ内部の味方となりうるまともな勢力を仲間に引き込まないのは、怠慢としかいいようがない。歴史戦争も、一種の日米安保の一環だ。
このままでは日本は中共と戦わずして負ける可能性が高い。
posted by libertarian at 21:53| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Venona Files

ソ連が崩壊しスターリン時代のコミンテルンの活動に関する秘密文書、Venona文書が公開された。
これは暗号された文書であったが、解読が進み1995年くらいから一般公開されはじめた。
それまでは、証拠のない陰謀論とされていたものが、これにより事実だということが明らかになってきた。
マッカーシーの赤狩りでソ連のスパイだと濡れ衣を着せられたと言われてきた連中は、ほとんどが実際にソ連のスパイであったことも分かった。
スターリンのソ連時代にどのような謀略をコミンテルンがしてきたかが明らかになってきたのである。
日本でも、ルーズベルトの陰謀とか言われて陰謀論として片付けられてきたものが、これによって事実であることが確証されてきたのだ。
なんと、FDRの重要なポストにある側近は300人以上がソ連の工作員であることがわかっているのである。

ルーズベルトはアメリカの民主党の有名大統領だから、これらを明らかにするのはもっぱらアメリカの共和党だ。アメリカの保守派、共和党のインテリにとって、ルーズベルト政権のパールハーバー陰謀など、もはや常識に属する事実でしかないのだ。
共和党と日本の保守にとって、ニューディーラーや、共産党や、左派リベラルは共通の敵である。

ヴェノナ文書等の解明を通してアメリカの保守派の近現代史の歴史観はかわってきており、これを紹介した本「コミンテルンとルーズベルトの時限爆弾」(江崎著)から、対米戦争に至るコミンテルンの計画を纏める。
反日親中世論の養成、対米戦争は、コミンテルンの実に20年以上に渡る地道な工作活動の成果といえる。次のような段階で行われた。

(1)アメリカ共産党の創設
レーニンは1919年にコミンテルンを創設した。
コミンテルンの謀略の重点対象国はアメリカと日本だった。
日米の対立をあおって日米戦争へ誘導することを目的としていた。
そして1919年9月、コミンテルンアメリカ支部としてアメリカ共産党を設立。
その代表は、なんと日本人の片山潜。片山はスターリンの朋友。


(2)人民統一戦線を構築せよ

1931年、満州事変が勃発。
コミンテルンは対日経済政策を起こすように各国の共産党へ指示。
これを受けて、アメリカ共産党は、日本の侵略に抵抗する中国人民の戦いを支援する世論を形成して日本を押さえようとする。
1933年、ヒトラー政権が成立。
ソ連は、日独の反共、反ソ連国家の台頭に脅威を感じ世界戦略を転換する。
日独、ファシズム国家と戦うために、後半な人民統一戦線を構築するよう指示。
ルーズベルトは、ソ連との国交を樹立。

アメリカ共産党は、「反戦・反ファシズム・アメリカ連盟」を設立
労組や教職員組合に入り込む。
共産党色を消した反ファシズム運動を組織し、リベラル派、キリスト教グループを取り込む。

アメリカの人民統一戦線のリーダーがアール プラウダ。
プラウダはプロのスパイで、南京虐殺を唱えたアグネス スメドレーとも仲間。
スメドレーもソ連スパイで工作員と判明している。

(3)アメリカの最大シンクタンクIPRの乗っ取り工作
当時のアメリカ最大のシンクタンク「太平洋問題調査会=IPR)をアメリカ共産党が乗っ取る。エドワードカーター(ソ連工作員)が事務総長になり、オーウェンラティモアを抜擢。ラティモアはIPR紙上で、日本を非難し、中国を擁護。

ヴァンダービルト、フィールド(赤い億万長者)、ハーバートノーマンなどがIPRの主要メンバー。
IPRが支援し、フランクキャプラ監督の宣伝映画「汝の敵を知れ」「南京大虐殺」などを作成。これら反日宣伝映画は、ジョージマーシャル陸軍参謀総長によって指示され作成された。

(4)中国共産党を指示する雑誌「アメラシア」を創刊
フィールドとジャッフェがアメラシアを創刊
ラティモア、スメドレー、ビッソンが編集

(5)ルーズベルト大統領一族を取り込め
1937年盧溝橋事件で、反日親中運動をいっせいに展開する。
アメリカ共産党が、「反戦・反ファシズムアメリカ連盟」を組織し、名称を「アメリカ平和民主主義連盟」に改称。さらにこの下部組織として「中国支援評議会」を創設。
これの会長にルーズベルトの母親がなる。
事務局長は、ミルドレッドプライス女子がなる。

ティンパーリにより、南京虐殺の本が出版、反日キャンペーンがはられる。
これは蒋介石の国民党がバックであった。コミンテルンも関与。

(6)スティムソン国務長官を利用したロビー活動

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the Constitutuion of GHQ is a Knot of Gol Diaz

日本の現行GHQ憲法は、マッカーサーのかけたゴルディアスの結び目であり、これを解く人間が日本に登場しなければならない。というか私はそういう政治家を熱望している。
GHQ憲法は、共産主義にかぶれた素人のねーちゃんやヤンキーの書いた落書きに過ぎないが、これはゴルディアスの結び目だから、正攻法で解く事はできない。
つまりアレクサンダー大王のように、ゴルディアスの結び目は剣で一刀両断しなければならない。

基本的にGHQ憲法は無効であり、帝国憲法が生きているという解釈が正しい。
サンフランシスコ講話の際に、GHQ憲法を廃棄し、憲法を取り戻すべきであった。しかし、その前にGHQによる公職追放がありまともな有識者は追放され、世の中は真っ赤かという状況だったがために、それができなかったという歴史的な経緯がある。

しかし、GHQ憲法を無効として廃棄する判断をしなければ、このゴルディアスの結び目はずっと解けない。
とはいえ、時間がないのも事実だ。あと20年くらいしか日本に猶予がないとすれば、憲法9条の廃止、または改正だけでもしないといけない。

安倍さんも頑張っているのだろうが、消費税増税を決めてしまったという1つの失策で、長期政権は苦しい状況になった。デフレからの脱却はもはやできないだろう。
もはや、デフレから脱却するには今度の内閣改造で高橋洋一氏を財務省大臣にするくらいのことをしないと駄目だ。
しかし、今の政治家には、安倍さんを上回る人物が見当たらないのも事実だ。だから、しばらくは安倍さんに頑張ってもらうしかない。
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2014年04月11日

Letter from Iwojima

クリントイーストウッドの「硫黄島からの手紙」をまた観た。
さすがイーストウッドというべきか、この映画は日本人しか出てこないが、いわゆる外国人監督が描く東洋人という絵にはなっていない。つまり外国人監督の撮る東洋人なり日本人は、どこかちまちました動きをして、日本人から見ると違和感を感じる。
こういった西洋人の視線がいわゆるオリエンタリズムというものだ。
しかし、この映画にはそれが全くない。人物をローアングルから撮るのは、日本映画を研究しているのであろう。
外国人が作った映画で、このように日本人がちゃんと重厚に描かれている映画は希有というか初めてだろう。

硫黄島は東京都の島である。日本にとって硫黄島の決戦ほど大事な戦争はなかったが、日本人は硫黄島を忘れ、アメリカでは硫黄島が語り継がれている。だから、これだけの大作映画が作られた。
硫黄島に限らず、大東亜戦争のことなど、今の日本人は何も知らないだろう。
私もほとんど知らなかったが、このところ、大東亜戦争の本をいろいろと読んでいる。
この映画では、徹底的に活劇的な要素を排しているが、当時の日本をよく描いていると思う。

しかし硫黄島であれだけの激烈な抵抗ができたのは、日本側に強力な新兵器があったこともあるらしい。
兵力差は5倍以上だが、死傷者ではアメリカが日本を上回った。
ロケット砲、155ミリ榴弾砲などの新兵器を導入していたのである。

安倍さんは、硫黄島の戦没者の遺骨収集を官邸費用を300億使って本格的に行うと言っているようだ。
これは大事なことである。
ヨーロッパでも、無数に沈んだ船や潜水艦を一つ残らず特定し、見つけようと今もしている。

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2014年04月07日

Right wing socialism in Japan

日本では共産主義は戦前も受け入れられなかった。これは共産主義が天皇を否定する革命思想だからである。
共産主義は危険思想と恐れられ、共産主義を取り締まるために特高などが作られた。

しかし、その後、日本では共産主義の代わりに「天皇を戴く社会主義」が生まれる。右翼にして社会主義という日本独特のものだ。
陸軍では、皇道派と統制派がそれである。1936年2月26日に皇道派が226事件のクーデターを起こすが、天皇によって、あっという間に鎮圧される。その後は、陸軍統制派が力を持つようになる。統制派は、その名の通り、社会主義的な統制経済を目指していた。これに、同じ統制経済思想をもつ革新官僚とが結託する。
当時の首相、近衛文麿はこれら左翼思想にかなり染まっており、これらを思想的背景として1937年に企画院を作る。
企画院は経済版の参謀本部のようなもので、これによって日本に国家総動員体制という全体主義体制が構築される事になる。

ナチスが国家社会主義であったように、日本は天皇社会主義だったわけだ。
ただ、日本の場合、統制経済だけで独裁者のような強いリーダーシップはなかった。
エリートが全てを決めるという、学歴をベースとした官僚主義だった。
このため、日本は日露戦争までの日本とは大きく異なり、お役所主義で、臨機応変に変化に対応できなかったし、これほど戦争に向いてない体制はなかったといえる。
日本がなんの戦略もない行き当たりばったりの戦争をしたのは、日本が官僚社会主義に陥っていたからだ。
負けるのは当然だったと言えよう。
だが、前線で戦った人びとは、別に社会主義者でもなんでもなく、国や家族を守ろうという使命感で必死に戦っただけなのであろう。もちろん、それだけではなく、アジア解放、植民地主義打破といった大東亜戦争の大義を信じていたし、それは信じるに足る大義であったのだ。このことは、大川周明の欧米の植民地主義批判の書、「英国東亜侵略史」「米国東亜侵略史」といった本が当時広く読まれており、人口に膾炙していた事からも分かる。

しかし、現場の奮闘むなしく官僚社会主義の不合理、非効率、超無責任体制によって負けた。
近衞が日本は右派も左派も同じ社会主義だということに気づいたのは、時既に遅く1945年頃のことだった。
その事を、近衞は天皇陛下に上奏し謝罪している。

そして、この官僚社会主義体制は、戦後も生き残り今に至っている。

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2014年04月06日

Priviledge makes structure after war

日本は1945年以来、GHQによって完全なる検閲、言論統制体制が敷かれ、1952年までの7年もそれが続く。
憲法をめちゃくちゃにし、さらに公職追放という一種の文化革命によって本来の知識層を完全に追放し、その代わりに左翼の魑魅魍魎を要職にすえた。それによって、教育、メディアは左翼に牛耳られるようになった。
この時の検閲には5000人規模の日本人が使われた。これらGHQの検閲に加担した連中が戦後の教育、報道を牛耳り、公職追放後の権力者となる。この連中の全氏名を公表することから、日本の戦後処理は始めなければならない。

つまり日本の戦後は、GHQと共犯関係を結んだ連中の戦後利得特権によって形成されてきた。
日本の戦後は中共や朝鮮と同様の嘘、デタラメによって作られたフィクションの中にあったといえる。
大江健三郎などの世代は、そのようなフィクションに洗脳され、それがフィクションであることをついぞ認識できなかった哀れな世代と思える。
大江健三郎も一種の戦後利得者であることには違いないが、カルトに洗脳された秀才のような愚かさしか感じない。
哀れだが、紅衛兵のように、とてつもなく有害で犯罪的だ。

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2014年04月02日

Tax

消費税増税で思うのは、5から8%への増税と言っているが、実際はもっと上がっているということだ。
8%は最低ラインであり、実際は9%くらい値段が上がっている。
増税は、最も効果のあるマイナスの財政政策であり、これに対抗するには、唯一にして最もプラスの効果のある財政政策である減税で打ち消す必要がある。

posted by libertarian at 10:12| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする