2014年06月22日

Android iPad Kindle

タブレットは、今はいろいろと出ている。
アンドロイドタブレットには安いのが多いが、スペックを相対的にみると大体お値段相当だ。
タブレットは受動的に情報をみる端末として割り切るべきであって、これで入力をしようとか考え出すと途端に面倒が増えてくる。
外付けキーボードを入れたりしだすと、いろいろ妙な欲がでてくる。ショートカットが使えないとかいろいろ不満に思うわけだ。

KindleはFireOSとか言っているが、実態はAndroidで、それを少しいじったもののようだ。
Kindleのハードスペックはかなり高く、その割にはお値段は抑えられている。
画面解像度がRetinaよりも高く、CPUのスペックは新型Nexusと同じsnapdragon。

Kindle端末として使うとき、7インチという大きさは微妙だ。中庸だが、もっと広いとよいと感じることもある。
私の持っているiPadの初代は10インチだが、解像度は低いものの画面が広いので結構読みやすい。
しかし、これは重いし、OSのアップグレードが止まっているので、古いKindleソフトしか動かないのが問題。

Kindle端末としては、iPad Miniも悪くない選択肢だ。
軽いし、7インチよりは余裕がある画面サイズなのがいい。

iPadの初代は重く性能は過去のものだが、それでも未だに使っているのは、モノとしての作りこみがいいからだろう。
その点、AndroidよりもiPadの方が長く愛着をもって使えるから結局お得かもしれない。

Kindleはまだまだ本そのものが少ないが、英語のKindle本を入れると選択肢はかなり広がる。
またPdfをメールで自分のKindleアドレスへ送ると、自動的にKindle形式に変換してくれるのが非常によい。
日本語のpdfだと文字化けすることがあるが、英語のpdfならまず大丈夫。
pdfは一種の画像写真のようなもので、小さなディスプレイではとても読めないが、Kindle形式に変換されると
文字の大きさ変更もフォーマットも、通常のkindle本と同様に読める。

これを使えば、ネット上の大量の文献、論文をKindleで読めるので、便利なことこの上ない。
私はMearsheimerのWEBにあるpdf論文などをKindleで読んでいる。
おかげで私のKindleライブラリーは随分と充実した。
iBookなどでも、pdfをメールで送れば自動的にiBook形式に変換してくれる機能はないのであろうか?
iBookはもう少し頑張ってほしいものだ。
これはKindle形式よりも、アップルだけあって見た目はきれいにできるのがメリットだ。










posted by libertarian at 12:09| 東京 ☔| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月19日

Nexus5

Nexus5を手に入れた。
my first smartphoneである。
長いことemobileを使っていたが、今後はこれでルーターとケータイが統合できる。
価格は安く月2600円で、スマホとルーターになる。
そもそも外でそんなにネットを使うわけではないから、GL04Pではオーバーすぎた。価格も4300円もかかったし。

Nexus5だが、ものすごくハイスペックで驚く。
全くSFちっくな世の中になったもんだ。
バッテリーはあまり大きくないので、モバイルバッテリーにCheeroの6,000mAHのを手に入れた。
バッテリーも、進歩している。今まで使っていたSANYOのエネループバッテリーと大きさは同じくらいで、容量は2.5倍になっている。2A出力なのもよい。ケーブルもアウルテックのミニUSBケーブルにする。
ケーブルは意外と盲点で、これが律速になるが、アウルテックのケーブルは高級品で性能は最高。

Nexus7にEmacsをインストール試みるが失敗。
これはおそらくroot化が前提になっているのだろう。

あと、最近はLED電球がかなり安くなっている。オーグランプ位の消費電力で40wくらいの明るさがあるから、少しうれしい。

モバイルとバッテリーは今後もトレンドだろうが、アシスト自転車ももう少しオープンなアーキテクチャにしてほしい。
太陽光パネルで充電できるくらいの拡張性は欲しいものだ。


posted by libertarian at 16:53| 東京 | et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月13日

Despair to Japanese legal system

「絶望の裁判所」 瀬木比呂志著 を、読む。
以下、本書から少し抜粋。

==== 
「日本の裁判所は実は裁判所などではなく、精神的被拘束者、制度の奴隷・囚人たちを収容する「日本列島に点々と散らばったソフトな収容所群島にすぎないのではないだろうか」

「すべての裁判官は、最高裁と事務総局に従属してその職権を行い、もっぱら組織の掟とガイドラインによって拘束される」ことになっており、憲法の76条は完全に愚弄され、踏みにじられている。

「その階層性、閉鎖性、中央集権制において際立ったものであり、構成員に熾烈な出世競争を行わせ飴と鞭を使い分けてコントロールすることによって、裁判官たちからその独立性を事実上ほぼ完全に近いと言ってもよいほどに奪い、制度に屈従する精神的奴隷と化しているのである。」

「アメリカは裁判官の独立は徹底していて、例えば地裁の裁判官が上級審の裁判官に頭を下げる機会などまずないし、裁判官の間の上下差の感覚も極めて小さい」

===ここまで

この本は、最高裁に勤務していた元裁判官の告発の書であるが、このように日本の裁判所の絶望的な状況が書かれている。
裁判所制度の酷さは薄々知ってはいたが、元裁判官からの話であるから、読んでいてさすがにこれは酷いと思うわけだ。
こういった日本の官僚制につきまとう問題はほかの官庁とも変わらないのだろうが、問題は、裁判所は行政組織ではなく、司法だということである。
司法組織が司法の独立性を失い、司法官僚として法ではなく組織に隷属させらられることで、日本社会は法の支配を失う結果になっている。

苦労して超難関の司法試験に受かっても、その先が精神的被拘束者、制度の奴隷・囚人になるしかないのであれば、全く哀しい人生である。
そんなことなら、田舎で百姓でもして暮らしていた方がよっぽど幸せだったということになるだろう。

法律をやっている人間は、制度論をタブーのように避ける傾向があるが、問題はやはり制度にあって、制度論をもっと問題にしないといけない。
日本の司法の独立性は極めて低く、それによって国民の法による権利保護は毀損されている。
司法の独立性を、本来あるべき姿にするにはどうすればいいのかという、制度論上の議論が必要だ。

伊藤博文は英米のコモンロー制度を、一朝一夕に導入することは無理だとあきらめて、シュタインに学び、プロシア憲法を参考にして大日本帝国憲法を作ったらしい。
英米とは比較も難しいが、大陸法のヨーロッパの司法よりもかなり劣っている状態はなぜなのか。

私が思うに前にも少し書いたが、裁判官の数を増やさないのが決定的にダメな原因だ。
日本は司法処理能力が低すぎ、それによって裁判の数も少ない。司法解決は時間がかかりすぎる。また裁判官も和解を薦めたがる。
日本の裁判官の人口当たりの人数はヨーロッパと比べても5分の1くらいしかない。
結局、日本は欧米に比べ裁判官の数が少なすぎて、裁判官に過大な負担がかかっているが、どんなに頑張っても限界があるから、司法の処理能力が著しく低い状態なのだ。

法科大学院を作って司法試験合格者の数を増やそうとしたとき、司法ギルドからは反対されたが、実際、合格者を増やしても裁判官の数を劇的に増やすプランではなかったから、失敗した。
待ち行列の理論を持ち出すまでもなく、裁判官の数を増やすことでしか日本の司法処理能力は上がらない。
そうしなければ、弁護士も飯の種が増えない。実際、一部の弁護士以外は、かなり収入が低く、そこらのサラリーマンより低い。
日本の司法制度の最大の問題は、裁判官の数が少ないことにある。
司法マーケットの潜在需要は日本ではかなり巨大なはずだ。
もちろん、司法の独立性がない制度上の問題もあるが、まずは単純に裁判官の数を大幅に増やすことから始めるべきだろう。

日本は戦後、左派の裁判官や弁護士が増えたため、左派狩り、ブルーパージのようなものもあった。
この本を読んでも、そこら辺から、裁判官の思想信条の自由を制限する伝統のようなものが生まれたようだ。
日本の司法がコミンテルンに乗っ取られないうえで、それらは有効だったが、司法の原則が踏みにじられたのも事実であろう。
アメリカでも裁判官に左派は多いわけだが、そういった都合の悪さを中央集権的に「解決」しようとはしていないようだ。

アメリカで最高裁判事は任期期限がなく自分で辞めると言わない限り辞めないから、最高裁判事を時の政権が決めるには運がある。
民主党に任命された判事と、共和党で任命された判事では思想信条の傾向は異なっていることがある。
しかしFDルーズベルトは大統領を12年もやっていたから、その間にほとんどの最高裁判事を任命することになった。
これがFDルーズベルトのニューディールコートである。
ニューディールコートによって、アメリカの憲法の精神は失われた。

#ちなみに、この著者は自分を自由主義者と呼んでいるが、これはどちらかというと左派リベラルのほうの「自由主義者」であろう。
 現場の不満はよくわかるが、もう少し大きな話もしないと愚痴で終わる話ではある。
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2014年06月11日

Signal and Noise

ネイト・シルバーの「シグナル & ノイズ」を読んだ。わりと面白かった。
シルバーはマネーボールのセイバーメトリックスの予測システムを開発した人らしい。
この本はその当人が書いているが、ジャーナリスティックにいろんな話題について調査して書いていて、セイバーメトリックスやオバマの大統領選に関する自らの予測についてはあまり言及してない。企業秘密か。

面白いのは、シルバーは一時ポーカーのプロを目指していたらしいこと。KPMGのサラリーマンからポーカープロに転身を図り、それを諦めてスポーツ予測に転じたところの話がハイライトか。しかし、かなりのポーカープレイヤーでもあるらしい。
昨今、ビッグデータが流行だが、実際はそれはビッグノイズだというのは、その通りと思う。
データが増えれば増える程、凄い事がわかると思われているようだが、それは大間違いだ。
データよりもノイズの判断が本質的な困難さになる。

シルバーの予測手法はベイジアンアプローチで、フィッシャー的頻度主義にはかなり否定的だ。
普通、統計を勉強するとフィッシャー的頻度主義でごちゃごちゃと、かなりの時間をかけてやるわけだ。そのうち、これが統計の本質だと思ってしまう。
しかし、それは母集団の正規分布を暗に前提としているから現実に適用すると多くの場合で間違えるのだ。
ファーマの効率的市場仮説についても、いろいろ書いてるが、これは今は大体ネガティブなのではないかと思う。

ベイジアンアプローチとフィッシャリアンアプローチでは、実際のところ結果は大きく異なる。
そして、シルバーがこの本で成功者として紹介している予測者たちはみなベイジアンである。
もちろん、シルバー自身もベイジアンアプローチで予測を当ててきている。
これはこれでかなり泥臭い努力を要するアプローチのようだ。
実際の現場の予測者であり、成果をだしている人の話だから興味深い。
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2014年06月02日

Todd

エマニュエル・トッドは、ミアシャイマー同様に各国が核保有することで通常戦争のリスクを減らせると主張している。
トッドは、ちゃんと統計的に数値でそういうことを主張しているのだが、この場合、危惧されるのは偶発核戦争のリスクだろう。
多くの国が核を持てば、偶発、事故の可能性も高まるのは事実である。

だが、そうであっても今後、核拡散は進み、今よりも多くの国が核を持つようになるだろう。
核を持っている国に中国、ロシア、北朝鮮といったほとんどvillan stateがある以上、多くの国で抑止核をもつ必要性は高まっている。
つまり偶発事故を恐れて核を持たないという選択肢は合理的ではない。
明白な脅迫意図をもって核をもつ悪党国家がある以上、偶発戦争のリスクはそれに比べれば低いからである。
しかし、こういったミクロな個別最適化がマクロにどうなるかというのが、わからないところではある。


posted by libertarian at 18:03| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Kindle for Android

Kindleを最近はもっぱら使っているが、おかげでほこりをかぶっていたNexus7の使用頻度が俄然高まった。
使ってみるとNexus7はトテモよい端末である。
持ちやすいし、androidのKindleはiPadのkindleよりも出来が良い。
漫画とかカラーの本を見るときも便利だ。Nexus7は画面が非常にきれいだ。

Kindleの2世代のをアメリカのアマゾンで昔買ったが、あのイメージの悪さから、Kindleからは遠ざかっていた。
私にとってNexus7は、KindleとMapが2大アプリで、この2つが使えるだけでも相当なものである。
今、アマゾンではNexus7の2012モデルの32GBが15000円弱で売っているが、持っていない人にはオススメだ。
私は2012モデルの16GBを使っているが十分な性能である。
iPadの方が、アンドロイドより洗練されていて使いやすいところもあるが、GPSが内蔵してないのがかなり残念なところで、これでは肝心の
Google Mapが使えない。高いiPadを買うよりも15000円で32GBのNexus7が断然お買い得だ。

Kindleも最近のPaperwhiteはtouchディスプレイになり、軽くなり、コントラストも高くなり、かなり評判がいいので、叔母の傘寿の誕生日にプレゼントしたが、はたして使っているのであろうか?
字を適切な大きさに変更できるし、バックライトも付いているから、年寄りにもKindleはよい。
しかし、今思えば、KinelePaperwhiteより、Nexus7をプレゼントしたほうがよかったかもしれない。値段もあまり変わらなかった。

英語の古典は、かなりの数、無料で出ている。日本語には翻訳がないような古典もいろいろとあって、いろいろとダウンロードする。
とはいえ、英語の本は読むのがちとしんどいわけであるが、読みやすい英語の本を見つけることが大事だ。
ものによっては、翻訳よりも英語のほうがはるかに平易なこともある。

最近思うのは、本というのは平易さが大事だということだ。
読者が解読に苦労するなど、とんでもないことであり、お客に苦労させてはいけない。
そんな本はどんどん廃れていく。
その点、小学生向けに書かれた本で、内容が高いのにもかかわらず非常に平易に書かれているのがあり感心する。
平易なものこそ内容が深いし、書くのにも技量を要するだろう。






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2014年05月29日

Abolish NHK sono3

維新の会の三宅博氏によるNHK追求 その3

のらりくらりとした官僚答弁が印象的だが、他の議員はどう考えているのかね?
NHKは不偏不党だという開き直り答弁の意味をはっきりとさせないといけない。
NHKの不偏不党とは、消費者無視で自分のやりたい放題するという意味なのは明らかだ。
NHKはもはや改善できるレベルではないので、原則廃止の方向で動く必要がある。
そのためには法律を変えるしかないわけだが、どうしたらNHKを廃止できるのか。
さしあたっては受信料の仕組みを、見た分だけにするようにすればよい。
今の技術では容易にできる。これによって消費者無視の番組は作れなくなる。必然的にNHKは今のままでは立ち行かなくなる。
全く見ない人は払わないという当然の仕組みが必要だ。
今のNHK受信料は、年間3万円くらいかかるから、逆累進課税であり、年収200万くらいの若者の場合、1−2%の所得税に相当する。


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2014年05月11日

Fast reading

歴史であるとか法律の文献は、ある程度大量に読む必要がある。
この手の読書では、とにかくも早く読めないと話にならない。
いろいろと速読関係の本もみたが、私が歴史関係の本を読む際に重要と思うのは、次のポイント。

読まない本を決める
 何でも読めばいいわけではない。
 良い本だけど今読む必要のない本もある。
 読んでも理解できない本は読まない。

本の頭から読まない
 関心のあるところ、面白そうな所から読む。小説でないかぎり、頭から読む必要は全くない。

全部読まなくても良い
 全部読む必要はない。面白そうな所だけ読む。面白い本は全部読むが、そうでない本は全部は読まない。

付箋の活用
 本に線を引いたり書き込むのは嫌いなので、付箋をメモ代わりにべたべた貼って行く。

本の読み始めは少し丁寧に読む
 文章のくせを掴むために最初は少し丁寧にゆっくり読む。
 読みにくい文章の本は無理して読まない。

ちなみに、日本の本はKindleで読むのはどうかと思っていたが、やはりKindleで読むのは具合がいい。
特に字の大きさを変えられるのが非常によい。
最近では文庫本は字が小さくて読む気がしない。
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10 arrows

安倍政権の列強になるための10本の矢というのがあるらしい。

古賀氏というのはかなりリベラルな人のようで、必然的に親中スタンスになる。
この11本の矢についての感想

1.国防軍保持 右矢印1当然に必要 自衛隊は法的には警察権力の延長なので、自衛隊を軍隊に当然にしなければならない。

2.基本的人権の制限 右矢印1公益及び公の秩序に反しない範囲でしか認めないというとんでもない制限なので、当然に反対 

3.日本版NSC 右矢印1既に成立したが、当然に必要。強化すべきである。

4.特定秘密保護法 右矢印1既に成立したが、当然に必要。

5.日本版CIA 右矢印1これも必要。早期に作るべき。情報戦能力0で戦争は戦えない。

6.武器輸出3原則の廃止 右矢印1既に成立したが、当然に必要。

7.集団自衛権 右矢印1当然に必要。こんなことで延々ともめている日本は異常

8.ODAの軍事利用 右矢印1内容が不明。

9.徴兵制の導入 右矢印1当然に反対。アメリカでも徴兵制はやめたくらいだ。

10.核武装 右矢印1当然に必要。急ぐべき。

このように見ると、安倍政権はやるべきことをやっているようだが、憲法改正については大きな問題がある。
基本的人権の制限という案が平然と出てくるのはかなり異常である。先進国クラブから脱退してアジアの途上国に後退したいのか?
日本は集団主義の体質があるので、徴兵制にしたり基本的人権制限のようなものを緩めれば、全体主義に限りなく近い社会にあっというまになる。政府への懐疑のないナショナリズムはまともな保守ではない。

日本の自称保守をみるに、TPP反対と連中はセットになっているようだ。
おそらく徴兵制もセット、原発推進もセットなのだろう。
こう考えると、日本の自称保守連中は歴史認識問題以外は駄目という印象だ。
自称保守サークルでは同じような歴史認識を延々と話していて、サークル内で完結してる。
歴史認識は非常に大事だが、日本の保守に必要なのはまともなリアリズムとまともな経済学で、どちらも欠けている。
posted by libertarian at 08:16| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月03日

Incentive to War

古来、人間社会では戦争は絶えないもので、そこには、よほどの強いインセンティブがあると考えられる。
ミアシャイマーなどは、このインセンティブをあまり問題にしていない。インセンティブを問題にしないから、閉じたIRの世界の議論であって、経済学ではない。
ミアシャイマーは潜在覇権国はバランスオブパワーが崩れる中で力学的、もしくは必然的に拡大しようとするという。もちろん、バックパッシングやらなんやらと複雑な仕組みを駆使してBOPを維持しようとしたりもする。
そして多くの場合、戦争の理由は国防上の理由だと主張されるとしている。攻める方も守る方も、どちらも国防、安全保障上の理由だというのが、面白い。
現状維持は後退だという感覚だろうか。企業なんかでも現状維持は後退と考えるだろう。
#デフレが長く続いた日本では、こういう感覚が薄れたようだが。

しかし、戦争が、収支計算上でも割の合うこととは思えない。勝った方も多くの人的な被害を被るからだ。
とはいえ、勝てばやはり、国としては、それなりの見返りがあったのは事実だろう。
貧しい人間にとっても、軍に志願すれば、職が得られ、戦死しても軍が厳かに葬式を挙げてくれるし、年金もついたし、誰にでも名誉と昇級の機会のある比較的に平等な組織であり、いろいろとメリットがあった。つまり昔から兵士になって死ぬ事は決して理不尽な生き方ではない。

国家のインセンティブの説明として安全保障上の理由と、経済上の理由は、微妙な関係で区別が難しい。
安全保障は単なる保険行動とは異なると思う。保険のために自分の命をかける人間はいない。
しかし安全保障上の理由で多くの戦争が起こるのは事実らしい。
もっとも国家間はアナーキーでワイルドで弱肉強食の世界とすると、侵略されることによる潜在的リスクはほぼ無限大であり、その無限リスクに国家制度が対処しようとすると拡大戦争にならざるを得ない、つまり安全保障の強いインセンティブとなっているといった考えも成り立つかもしれない。

だが、ここら辺のインセンティブの説明にはゲーム理論が有効かもしれない。
戦争のゲーム理論について詳しい本があれば読んでみたいものである。

posted by libertarian at 11:32| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Atomic Power Plant and Atomic bomb

読んだ事はないが、日本の保守派なる連中が原発がないと日本が滅ぶとか馬鹿なことを書いているようだ。
原爆を持つ上で、原発が必要不可欠と思っているのかもしれない。
だが、原爆で必要な核物質と、発電に必要なものでは、量が違いすぎる。(原爆<<<発電 だ。)
また原爆ではウランやプルトニウムは高純度のものが必要らしいから、発電に使う核物質より、さらに高度に濃縮しないと使えない。それは発電利用とはまた別の技術だ。

こういう感情論で問題を論じるから、日本の保守なる連中は永遠の野党でしかないわけである。
保守論壇なるものが、当人は真剣なのかもしれないが、同じようなことを繰り返して主張するだけで、飯を食っているわけだから、連中は、中共や朝鮮と共生関係にあると言っても間違いではない。
#しかし、このことは自称保守連中の主張が必ずしも間違っているということではない。

福島で漏れた放射性物質の危険性についても、安全だなどというのは愚か極まりない。
こういった問題に、文系の熱血自称保守老人が軽々しく口を挟むべきではないのだ。

また大東亜戦争の時、エネルギーも資源もアメリカに握られていたのが安全保障上の大問題となったから、エネルギーも多様化しないといけないという議論がある。
実際、ガス、石油ではそういった分散をしているようだが、こういった問題も経産省が計画するべきことではない。
というか、エネルギー問題とは、経産省の役人や保守老人が思っているよりも遥かに複雑な問題であり、これを社会主義的、設計主義的な方法論で解決することはできない。

原発の安全性の問題 
放射能の安全性の問題
エネルギーコストの問題
エネルギーの需要と供給の問題
核爆弾製造の問題
エネルギー分散化の問題
安全保障の問題

こういった別々の問題を、連中はごちゃごちゃにして論じているだけと思われる。愚かである。

posted by libertarian at 10:55| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月28日

Venona plan

ベノナ計画は、1943年にパトリック モイニハン議員によって極秘裏に開始された。そのほぼ全容が公表されたのが1995年。

経緯としてはウィテカーチェンバースというソ連のスパイだった人間が転向し、1938年頃に、ソ連のスパイ名簿を明かした。
そのリストは国務省の高官のアルジャーヒスを含む政府高官が多く含まれるものだった。しかし、当時のローズベルト政権はこれを無視する。そして間違いなくスパイだといわれた人間をその後も重用していく。

だが、それでもチェンバースの告発が埋もれなかったのは、あのリチャードニクソンが、ことの重大性に気づきHUAC委員会を継続させたからであった。そして、これがモイニハンのVenona計画に繋がる。

1950年には、マッカーシー議員が赤狩りを始める。これはハリウッドの人間を含む共産主義者の摘発であった。
ドルトントランボも赤狩りで追放されたが、事実は、正真正銘のソ連スパイだった。
反マッカーシーズムは、その後のアメリカのリベラル左派のスローガンとなる。
当時アメリカのNYTimesをはじめとするメディア、リベラル言論人は言論の弾圧だ、人権侵害だと大キャンペーンを張った。それは1990年代になっても続いた。「赤狩りの恐怖」に対する、ハリウッド映画も多く作られた。

例えば、ローゼンバーグ事件など、政府に濡れ衣を着せられて死刑になった事件として映画にもなった。この映画は日本でも公開されていた。
このローゼンバーグ裁判では、FBI長官エドガー フーバーは、ヴェノナ計画の存在を用心深く隠し通した。
ヴェノナファイルからも、このローゼンバーグ夫妻はアメリカの原爆の超極秘情報をソ連に渡した一級のスパイだったことも明らかになった。
この点、フーバーは、反共スパイ闘争という点で、アメリカの国益に大きく貢献した。この時の経験から、政府要人であっても常にスパイと思ってマークをするようになったのだろう。
実際、スパイ戦とは水面下で行われる戦争の一環である。

そして1995年にヴェノナファイルの公開によって、マッカーシーが告発した人間は全て第一級のソ連スパイであることがあきらかになった。今になって言える事は、マッカーシーの赤狩りはむしろ生温かったという事だ。
ローズベルト政権の中枢に潜り込んだ数百人のソ連スパイ、共産主義者は、その後も活動を続けた。

同じ頃、日本も近衛文麿の側近は、スターリンのスパイだらけだった。
日本が支那事変の深みに絡みとられて行ったのは近衛の側近の活躍によるものである。

日本の特高も戦後、悪の権化のように言われてきたが、実際は反共闘争で大きな貢献をしたのであった。

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For next generation

石破幹事長がニコニコで、子供の世代に負担を残さないために均衡財政が必要だと言っていた。
後の世代に負担を残したり、しわ寄せするのはもちろんよくないわけだが、そのために均衡財政などと言っているのがとんでもなく愚かである。
これは財務省のデマそのもので、これにより逆に後の世代を潰す結果になることは明らかだ。
ものには順序というものがあり、これは高橋洋一氏が指摘しているとおり、税徴収の不公正、国資産の売却といったことを優先しないといけない。今回の増税によって税収が下がるだろうが、そのためにさらに増税といった狂ったサイクルに嵌って行くことになる。

政府の役割とは基本的には国防につきるのであって、他はほとんどは民間でできるし、民間にしていくべきだ。
そうやって政府、公共部門の役割を縮小していくことが大事だ。国防だけなら、税の規模も今よりも大幅に小さくできる。
しかし、そういったことも今の喫緊の国防の問題に比べれば優先順位は低いといえる。

あとせいぜい10年しか日本に猶予はないだろうが、このまま行くと、中共に飲み込まれることは必至であり、そんな地獄のような世界を後の世代に残すわけにはいかない。
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2014年04月26日

2014年04月24日

Geopolitics

ミアシャイマーの本は、地政学に分類されるのだろうが、歴史書として読んでも面白い。
普通、歴史書を読んでも、なぜ、この時期に、どういう理由で、ある国と国との間で紛争が起こったのかは分からない。
偶然であったり、なにがしかの事件が発端だったりするという程度の理由付けしかないのが普通だが、リアリズムの理論に基づけば、それがなぜ起こったのか、またどうしてこういう戦争になったのか、などの力学が分かるわけだ。
さらに、このリアリズムの理論によれば現在の世界情勢も理解できるし、ある程度の予測も可能だ。

英語も、奇麗な英語で読み易い。スラングも省略もないので、すらすら読める。
Kindle版だと1000円くらいなので、お買い得だ。奥山さんの翻訳もいいが、ちと値段が高い。
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2014年04月20日

The Tragedy of Great Power Politics

ミアシャイマーの本「大国政治の悲劇」を読む。
伊藤貫さん推薦のミアシャイマーだ。
翻訳は、奥山さんがやっている。知らなかったが、この手の翻訳を沢山出しておられるようだ。奥山さんにはかれこれ15年前にネットでさるサイトで知った。そのとき、彼は大学院生だったように思うが、光陰矢の如しである。地政学に確たる地歩を築かれたようだ。

分厚いので全部は読んでないが、なかなか面白い。
ミアシャイマーのoffensive realism理論の解説だ。しかしまだ理論というよりも仮説だと思う。

リアリズムでは、リベラル派の経済的相互依存関係が平和実現に結びつくといった理想論を排するのが特徴で、パワーオブバランスだけで考える。このパワーとは軍事力のことで、自由主義とか共産主義といったイデオロギーは一切、捨象して考えるのが味噌。
つまり、パワーだけで他をブラックボックス化して、ビリアードの玉のように軍事力学を考える。
これは、オッカムのカミソリのようなもので、なるべくシンプルな前提で全てを説明するのがベストということなのだろう。
こういう軍事力学的な思考法は新鮮である。

今まで読んだところでは、ソフトパワーみたいなものが全く考慮されていないように思うわけだが、それはそれということか。
最後まで記述的理論として説明されているので、読むのに敷居は低い。
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Kindle

Kindleはもっぱら英語の本ように用いている。
日本の本をKindleで読むのは、少し抵抗がある。
場所をとらないメリットはあるので、漫画とかにはよいと思うが。

英語の本をKindleで読むメリットは単語の辞書機能が使える点。
これは非常に便利である。わからん単語を飛ばし読みしていると、だんだんとわけが分からなくなる。
あと英語の本に関しては、紙の本よりも随分と価格が安い事がおおい。
配送が一瞬なのもやはり便利。





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2014年04月17日

Soft Power

Power of balanceのパワーとは、基本的には軍事力だろうが、ハードばかり強調するのは片手落ちだ。
やはり、情報戦ができないとハードな軍事力で勝っても、最終的には負ける。
核があろうがなかろうが、ソフトパワーがないと負ける。
つまり、ハードとソフトの両面で勝たないといけないわけだ。
日本はハードは強いが、ソフトが非常に弱い。

今の政府体制では、大東亜戦争時の大本営以上に無能で全く機能しないだろう。
戦略とはソフトのレベルだから、いかにハードが優秀でも戦略というソフトが駄目なら勝てない。
これが大東亜戦争の最大の教訓だ。
今行われている、歴史に関する情報戦では負けまくっている。
そもそも、外交とは情報戦の第一線に位置づけられるものだろう。その外務省がGHQ史観に縛られているのでは、話にならない。
日本は未だに萎縮して卑屈な状態にあるが、まだまだ日本は戦後の敗戦空間、GHQ占領史観の中にあるわけだ。

日本人のNation Stateとしての意識を徹底的に否定するのが戦後教育であったから、戦争になってももはや日本人は帝国軍人のようには強くないだろう。
国家の最も基本的な存在理由は、集団的自衛なのだから、これを否定している状態では、国家の存立理由そのものがないに等しく、その結果、愛国心も根拠を失う。
そもそも愛国心とは、当然に政府権力に対するものではなく、社会の文化伝統、習俗、歴史といった慣習的なものに対する尊重なのだ。日本の教育は、愛国心を「軍国主義」なるものに結びつけているのだから、どうしようもない。
教育もソフトパワーだから、ほんとはハードよりもこちらの方が大事だ。ソフトは金はかからないが、ハードよりも時間がかかる。

政府が移民促進するという話があるが、ほんとにそんな事を考えているのだろうか。
現在、中国と日本は準戦争状態にあると認識すれば、中国からの移民受け入れはあり得ない。
既に日本には100万人規模の中国人が住んでおり、その半分は東京にいる。
中国には動員法があり、国外にいても中共に協力しなければいけないわけだから、今いるシナ人ですら危険きわまりない存在だ。

日本政府には親中派が多いから、日本に不利益で中共に有利となる政策をどんどん打ち出してくるわけである。
民主党政権なんてのは、名前を変えただけの社会党政権、共産党政権だったから、今さらながら、ほんとにめちゃくちゃなことをやってくれたなと腹立たしくなる。
社会党の村山政権の時に、阪神大震災が起こりこれが引き金となって村山が退陣し、民主党政権の時に東日本大震災がおこって民主党の退陣を早めたことを考えると、震災そのものは悲惨ではあったが、結果的に日本にとっては神風のようなものであった。



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2014年04月15日

Militarism?

軍国主義という言葉がある。意味不明だ。英語ではmilitarismという。
日本が大東亜戦争のとき、軍国主義だったといって非難されるが、戦争中はどの国も軍国主義だ。
アメリカなど今でも軍国主義だ。

軍国主義ということばを、軍事独裁主義という意味で使っているのかもしれない。
独裁主義の定義として、ナチスや今の中国のように政府の上に党がある政治体制とするならば、日本は戦時中も全く独裁主義ではなかった。むしろ、意見をまとめるだけの権力の集中がどこにもなく、バラバラだったことがまずかったのである。

日本は戦時中は、国家社会主義に近い体制にしようとはしたが、独裁主義はなく、また当然に軍事独裁でもなかった。
その点がドイツのナチスとは全く異なる。
またナチスドイツは、人種主義、民族主義を核とするナショナリズムを持っていたが、そんなものは日本にはみじんもなかった。
むしろ、欧米の人種差別主義に対する強い抵抗があった。これは大東亜共栄圏の思想に結びついていた。

実際、ドイツと同盟を結ぶ際、はっきりとドイツの人種差別には加担しないと謳っていた。
そのお陰で、杉原千畝のようなユダヤ人の救出が可能だった。この救出劇には、東条首相の承認もあったから、スムーズに可能となったのである。

”なんとか主義”という言葉を定義もしないでイメージだけで語ってはいけない。

posted by libertarian at 11:02| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Which American?

日本人は、アメリカを語る時に一概に「アメリカ人は、どうたらこうたら」と語る人間が多い。
これは大きな間違いだ。
アメリカ人でも、民主党系の左派か、共和党系の保守かで、その意見も考えも180度違う事も多い。
だから、そのアメリカ人がどっちのアメリカ人かは非常に重大なポイントである。

歴史問題にしても経済問題にしても国際問題にしても、どっちのアメリカ人が言っていることなのかを最低限明確にしなければ誤解を招くだけである。

今は民主党の左派親中政権であるが、日本は共和党の保守系のアメリカ人を仲間にしたほうがよい。
アメリカの左派親中派に何をいっても効果なしだろうが、保守派であれば歴史闘争に関しても仲間に引き入れることができるかもしれない。

リビジョニストといって歴史の真実を探ろうとする人間をレイベリングしようとしているのは、アメリカでも民主党系の左派親中派のどうしようもない連中である。
むしろ、共和党系の人間は歴史の真実を見直すことを是とするだろう。
実際、F.D.ルーズベルトの犯罪を丹念に暴こうとしているのは、共和党系の保守派の学者だ。

日本では、歴史関係は特に左派が異常に強いので、アメリカの歴史家が書いた本だといって、いかにも第三者が中庸な立場で書かれたかのように翻訳出版される本は、左派親中派の本が多い。
典型的なのが、ジョンダワーのような極悪な共産主義者過激派の本だ。
日本ではそういう偏った本が従来、多く翻訳されてきた。国内の歴史本も同様だ。

だが、アマゾンのアメリカサイトを見れば、そんな本ばかりではなく、むしろ左派の本が今では少数かもしれない。

posted by libertarian at 10:41| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月13日

Thinktank

日本もヘリテージ財団の研究所やcato研究所などと歴史や外交に関する共同研究を行うべきである。
日本にそれなりの外交研究所を作り、アメリカのまともな研究機関とともに、歴史研究を行う必要がある。
これが中共の反日プロパガンダのゆすりに対抗する一歩となる。
こういった研究所のアカデミズムを利用すべきなのだ。
アメリカを一枚岩とみて幼稚な反米意識に凝り固まり、アメリカ内部の味方となりうるまともな勢力を仲間に引き込まないのは、怠慢としかいいようがない。歴史戦争も、一種の日米安保の一環だ。
このままでは日本は中共と戦わずして負ける可能性が高い。
posted by libertarian at 21:53| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Venona Files

ソ連が崩壊しスターリン時代のコミンテルンの活動に関する秘密文書、Venona文書が公開された。
これは暗号された文書であったが、解読が進み1995年くらいから一般公開されはじめた。
それまでは、証拠のない陰謀論とされていたものが、これにより事実だということが明らかになってきた。
マッカーシーの赤狩りでソ連のスパイだと濡れ衣を着せられたと言われてきた連中は、ほとんどが実際にソ連のスパイであったことも分かった。
スターリンのソ連時代にどのような謀略をコミンテルンがしてきたかが明らかになってきたのである。
日本でも、ルーズベルトの陰謀とか言われて陰謀論として片付けられてきたものが、これによって事実であることが確証されてきたのだ。
なんと、FDRの重要なポストにある側近は300人以上がソ連の工作員であることがわかっているのである。

ルーズベルトはアメリカの民主党の有名大統領だから、これらを明らかにするのはもっぱらアメリカの共和党だ。アメリカの保守派、共和党のインテリにとって、ルーズベルト政権のパールハーバー陰謀など、もはや常識に属する事実でしかないのだ。
共和党と日本の保守にとって、ニューディーラーや、共産党や、左派リベラルは共通の敵である。

ヴェノナ文書等の解明を通してアメリカの保守派の近現代史の歴史観はかわってきており、これを紹介した本「コミンテルンとルーズベルトの時限爆弾」(江崎著)から、対米戦争に至るコミンテルンの計画を纏める。
反日親中世論の養成、対米戦争は、コミンテルンの実に20年以上に渡る地道な工作活動の成果といえる。次のような段階で行われた。

(1)アメリカ共産党の創設
レーニンは1919年にコミンテルンを創設した。
コミンテルンの謀略の重点対象国はアメリカと日本だった。
日米の対立をあおって日米戦争へ誘導することを目的としていた。
そして1919年9月、コミンテルンアメリカ支部としてアメリカ共産党を設立。
その代表は、なんと日本人の片山潜。片山はスターリンの朋友。


(2)人民統一戦線を構築せよ

1931年、満州事変が勃発。
コミンテルンは対日経済政策を起こすように各国の共産党へ指示。
これを受けて、アメリカ共産党は、日本の侵略に抵抗する中国人民の戦いを支援する世論を形成して日本を押さえようとする。
1933年、ヒトラー政権が成立。
ソ連は、日独の反共、反ソ連国家の台頭に脅威を感じ世界戦略を転換する。
日独、ファシズム国家と戦うために、後半な人民統一戦線を構築するよう指示。
ルーズベルトは、ソ連との国交を樹立。

アメリカ共産党は、「反戦・反ファシズム・アメリカ連盟」を設立
労組や教職員組合に入り込む。
共産党色を消した反ファシズム運動を組織し、リベラル派、キリスト教グループを取り込む。

アメリカの人民統一戦線のリーダーがアール プラウダ。
プラウダはプロのスパイで、南京虐殺を唱えたアグネス スメドレーとも仲間。
スメドレーもソ連スパイで工作員と判明している。

(3)アメリカの最大シンクタンクIPRの乗っ取り工作
当時のアメリカ最大のシンクタンク「太平洋問題調査会=IPR)をアメリカ共産党が乗っ取る。エドワードカーター(ソ連工作員)が事務総長になり、オーウェンラティモアを抜擢。ラティモアはIPR紙上で、日本を非難し、中国を擁護。

ヴァンダービルト、フィールド(赤い億万長者)、ハーバートノーマンなどがIPRの主要メンバー。
IPRが支援し、フランクキャプラ監督の宣伝映画「汝の敵を知れ」「南京大虐殺」などを作成。これら反日宣伝映画は、ジョージマーシャル陸軍参謀総長によって指示され作成された。

(4)中国共産党を指示する雑誌「アメラシア」を創刊
フィールドとジャッフェがアメラシアを創刊
ラティモア、スメドレー、ビッソンが編集

(5)ルーズベルト大統領一族を取り込め
1937年盧溝橋事件で、反日親中運動をいっせいに展開する。
アメリカ共産党が、「反戦・反ファシズムアメリカ連盟」を組織し、名称を「アメリカ平和民主主義連盟」に改称。さらにこの下部組織として「中国支援評議会」を創設。
これの会長にルーズベルトの母親がなる。
事務局長は、ミルドレッドプライス女子がなる。

ティンパーリにより、南京虐殺の本が出版、反日キャンペーンがはられる。
これは蒋介石の国民党がバックであった。コミンテルンも関与。

(6)スティムソン国務長官を利用したロビー活動

posted by libertarian at 19:48| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

the Constitutuion of GHQ is a Knot of Gol Diaz

日本の現行GHQ憲法は、マッカーサーのかけたゴルディアスの結び目であり、これを解く人間が日本に登場しなければならない。というか私はそういう政治家を熱望している。
GHQ憲法は、共産主義にかぶれた素人のねーちゃんやヤンキーの書いた落書きに過ぎないが、これはゴルディアスの結び目だから、正攻法で解く事はできない。
つまりアレクサンダー大王のように、ゴルディアスの結び目は剣で一刀両断しなければならない。

基本的にGHQ憲法は無効であり、帝国憲法が生きているという解釈が正しい。
サンフランシスコ講話の際に、GHQ憲法を廃棄し、憲法を取り戻すべきであった。しかし、その前にGHQによる公職追放がありまともな有識者は追放され、世の中は真っ赤かという状況だったがために、それができなかったという歴史的な経緯がある。

しかし、GHQ憲法を無効として廃棄する判断をしなければ、このゴルディアスの結び目はずっと解けない。
とはいえ、時間がないのも事実だ。あと20年くらいしか日本に猶予がないとすれば、憲法9条の廃止、または改正だけでもしないといけない。

安倍さんも頑張っているのだろうが、消費税増税を決めてしまったという1つの失策で、長期政権は苦しい状況になった。デフレからの脱却はもはやできないだろう。
もはや、デフレから脱却するには今度の内閣改造で高橋洋一氏を財務省大臣にするくらいのことをしないと駄目だ。
しかし、今の政治家には、安倍さんを上回る人物が見当たらないのも事実だ。だから、しばらくは安倍さんに頑張ってもらうしかない。
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2014年04月11日

Letter from Iwojima

クリントイーストウッドの「硫黄島からの手紙」をまた観た。
さすがイーストウッドというべきか、この映画は日本人しか出てこないが、いわゆる外国人監督が描く東洋人という絵にはなっていない。つまり外国人監督の撮る東洋人なり日本人は、どこかちまちました動きをして、日本人から見ると違和感を感じる。
こういった西洋人の視線がいわゆるオリエンタリズムというものだ。
しかし、この映画にはそれが全くない。人物をローアングルから撮るのは、日本映画を研究しているのであろう。
外国人が作った映画で、このように日本人がちゃんと重厚に描かれている映画は希有というか初めてだろう。

硫黄島は東京都の島である。日本にとって硫黄島の決戦ほど大事な戦争はなかったが、日本人は硫黄島を忘れ、アメリカでは硫黄島が語り継がれている。だから、これだけの大作映画が作られた。
硫黄島に限らず、大東亜戦争のことなど、今の日本人は何も知らないだろう。
私もほとんど知らなかったが、このところ、大東亜戦争の本をいろいろと読んでいる。
この映画では、徹底的に活劇的な要素を排しているが、当時の日本をよく描いていると思う。

しかし硫黄島であれだけの激烈な抵抗ができたのは、日本側に強力な新兵器があったこともあるらしい。
兵力差は5倍以上だが、死傷者ではアメリカが日本を上回った。
ロケット砲、155ミリ榴弾砲などの新兵器を導入していたのである。

安倍さんは、硫黄島の戦没者の遺骨収集を官邸費用を300億使って本格的に行うと言っているようだ。
これは大事なことである。
ヨーロッパでも、無数に沈んだ船や潜水艦を一つ残らず特定し、見つけようと今もしている。

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2014年04月07日

Right wing socialism in Japan

日本では共産主義は戦前も受け入れられなかった。これは共産主義が天皇を否定する革命思想だからである。
共産主義は危険思想と恐れられ、共産主義を取り締まるために特高などが作られた。

しかし、その後、日本では共産主義の代わりに「天皇を戴く社会主義」が生まれる。右翼にして社会主義という日本独特のものだ。
陸軍では、皇道派と統制派がそれである。1936年2月26日に皇道派が226事件のクーデターを起こすが、天皇によって、あっという間に鎮圧される。その後は、陸軍統制派が力を持つようになる。統制派は、その名の通り、社会主義的な統制経済を目指していた。これに、同じ統制経済思想をもつ革新官僚とが結託する。
当時の首相、近衛文麿はこれら左翼思想にかなり染まっており、これらを思想的背景として1937年に企画院を作る。
企画院は経済版の参謀本部のようなもので、これによって日本に国家総動員体制という全体主義体制が構築される事になる。

ナチスが国家社会主義であったように、日本は天皇社会主義だったわけだ。
ただ、日本の場合、統制経済だけで独裁者のような強いリーダーシップはなかった。
エリートが全てを決めるという、学歴をベースとした官僚主義だった。
このため、日本は日露戦争までの日本とは大きく異なり、お役所主義で、臨機応変に変化に対応できなかったし、これほど戦争に向いてない体制はなかったといえる。
日本がなんの戦略もない行き当たりばったりの戦争をしたのは、日本が官僚社会主義に陥っていたからだ。
負けるのは当然だったと言えよう。
だが、前線で戦った人びとは、別に社会主義者でもなんでもなく、国や家族を守ろうという使命感で必死に戦っただけなのであろう。もちろん、それだけではなく、アジア解放、植民地主義打破といった大東亜戦争の大義を信じていたし、それは信じるに足る大義であったのだ。このことは、大川周明の欧米の植民地主義批判の書、「英国東亜侵略史」「米国東亜侵略史」といった本が当時広く読まれており、人口に膾炙していた事からも分かる。

しかし、現場の奮闘むなしく官僚社会主義の不合理、非効率、超無責任体制によって負けた。
近衞が日本は右派も左派も同じ社会主義だということに気づいたのは、時既に遅く1945年頃のことだった。
その事を、近衞は天皇陛下に上奏し謝罪している。

そして、この官僚社会主義体制は、戦後も生き残り今に至っている。

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2014年04月06日

Priviledge makes structure after war

日本は1945年以来、GHQによって完全なる検閲、言論統制体制が敷かれ、1952年までの7年もそれが続く。
憲法をめちゃくちゃにし、さらに公職追放という一種の文化革命によって本来の知識層を完全に追放し、その代わりに左翼の魑魅魍魎を要職にすえた。それによって、教育、メディアは左翼に牛耳られるようになった。
この時の検閲には5000人規模の日本人が使われた。これらGHQの検閲に加担した連中が戦後の教育、報道を牛耳り、公職追放後の権力者となる。この連中の全氏名を公表することから、日本の戦後処理は始めなければならない。

つまり日本の戦後は、GHQと共犯関係を結んだ連中の戦後利得特権によって形成されてきた。
日本の戦後は中共や朝鮮と同様の嘘、デタラメによって作られたフィクションの中にあったといえる。
大江健三郎などの世代は、そのようなフィクションに洗脳され、それがフィクションであることをついぞ認識できなかった哀れな世代と思える。
大江健三郎も一種の戦後利得者であることには違いないが、カルトに洗脳された秀才のような愚かさしか感じない。
哀れだが、紅衛兵のように、とてつもなく有害で犯罪的だ。

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2014年04月02日

Tax

消費税増税で思うのは、5から8%への増税と言っているが、実際はもっと上がっているということだ。
8%は最低ラインであり、実際は9%くらい値段が上がっている。
増税は、最も効果のあるマイナスの財政政策であり、これに対抗するには、唯一にして最もプラスの効果のある財政政策である減税で打ち消す必要がある。

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STAP cell

STAP細胞騒動だが、こういうのを見ると、マスゴミの馬鹿さ加減にいらつく。
日本のマスゴミは、日本の内なる中共、朝鮮だ。
理研もことなかれ主義で、マスゴミに便乗して、研究者を迫害しているのにもあきれる。
これは理研の野依理事長の性格の悪さが原因だろう。

そもそも、STAP細胞がほんとにできるのか否かだけが、問題の本質で、論文の手続き上の瑕疵ばかりあげつらうのは本末転倒だ。
STAP細胞には大きな特許も絡むだろうから、こういう形で研究者をいじめて追いやって行けば、もしSTAPになんらかの正しさが含まれていた場合、全てを無にしてしまう。その時、誰が得をするのかを考えなければいけない。

こういった実験科学は、別に論文に嘘を書いてなくても、再現が難しいことは多い。
青色LEDを実現した中村さんも、特許や論文を読んでも、誰も再現などできないと、ほんとの事を言っていたが、論文や特許にはそういう駆け引きの部分があり、書いてある事は全部本当でも、再現の必要条件には達していない場合が多い。料理の塩梅までは料理本に書けないのに似ている。
それは研究の暗黙の慣習であり、それを外野の素人が批判するのは間違いだ。

理研がSTAP細胞を再現するなど、実際にやってみるべきなのだ。そしてできなければその時、はじめて出来ませんでしたと言えば良い。

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2014年03月30日

Right of collective self-defense

集団的自衛権の問題があるが、集団的自衛権そのものはもともと自然法上の権利であり、当然に存在する。
誰が何と言おうとも、存在する。
内閣法制局がいくらないと言っても存在するのだ。もしそれがなければ、日本という国家が存在しないと言うに等しい。
もし、個人に自衛権がないのであれば、暴漢にあっても抵抗せずに殺されろ、やられるままにしてろということに等しい。
そんなことはあり得ない。
集団的自衛権とは、その個人的な自然権の延長にあるだけのものである。

内閣法制局は、本来、法案のチェックをするだけの部門だが、とんでもない思い違い、思い上がりがある。
そもそも、内閣法制局などという行政部門に、憲法解釈権限、違憲判断権限がないのも当たり前のことだ。
これについては、高橋洋一氏が説明している。

問題なのは、従来、集団的自衛権がないというクレイジーな前提で諸々の法的判断が行われてしまっているので、これを修正しなければいけないということだ。
こんなところから始めなければいけないのだから、日本はやはり異常な国としかいいようがない。

posted by libertarian at 21:43| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

National interest ?

国際政治や歴史の本を読んでいると、国益という言葉がやたらと出てくる。
しかし、「国益」という言葉は要注意だ。
一体、国益とは何のことなのか定義がない。通常、最後の最後まで定義がなしで、頻繁に使われる。
特に歴史や政治といった人文系の連中は、記憶力だけはあるが、経済学も科学も全く分かりませんというレベルの人間が多い。こういった連中がイメージだけで話す国益なんてものは、大概ろくでもないものであろう。
ある人間は、貿易黒字が国益だとかイメージしているかもしれない。
ある人間は、貨幣価値が高くなるのも国益だとかいうかもしれない。




posted by libertarian at 20:52| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Revise history

最近の日本は右傾化し、歴史のリビジョニストが増えてきたとか言われる。
普通、リビジョニストというのは、良い意味では使われない。過去の罪を悔い改めるのでなく、開き直って正当化しようとする危険で反動的な連中といったような意味だろう。
要するに日米の左派陣営が戦後長いこと折角国民を洗脳してきたのに、それを見直すのはけしからんと言ってるわけだ。

しかし、GHQ史観は別に国際条約、国家間協定でも何でもない。間違った歴史は正されなければならないのは当然である。
歴史観とは別に条約でも契約でも義務でもなんでもなく、内面的な自由の領域にある。
もちろん、何が事実で何が事実でないかは、学問的な真実の問題だ。
GHQ史観こそがトンデモなものであることは、明白な事実である。そうでないというのなら、証明してみろ。
間違った歴史認識は潔く改めなければならない。

「永遠の0」が500万部のベストセラーとかなっているようだが、たしかにこれだけ売れるのは、ブームやヒットというよりは現象といえる。この本もリビジョニストの本ということになるのだろうか?
私もあの本をつい先日、一挙に読んだが、面白かった。
歴史観としては、従来から日本の保守の人が言っていることと齟齬がない。
普通の日本人は、大東亜戦争に関しては何も知らないし、軍国主義と全体主義による狂気の戦争といったイメージを持っているくらいだろう。そういった何もしらない状態で、作られた表層的なイメージだけのものであった戦争をはじめて意識の俎上にのせた脱洗脳的な威力があの本にはあったのだろう。
いかになんの戦略もないところで、めちゃくちゃな戦争をしていたのかということがよくわかるし、戦争を美化したものではない。

大東亜戦争が勝てるはずのない戦争だったというのも嘘だろう。むしろ戦い方がめちゃくちゃで、負けようのない戦いにも負けている。
大東亜戦争が最悪だったのは、終戦シナリオが大本営になかった点だ。
そもそも石油がなく、開戦当初は、あと7ヶ月で石油もなくなると言っていたのに、どうやって4年近くも戦争できたのか?
インドネシアに行って石油は確保できたのであろうか?
戦争を長引かせたことが最大の敗因だ。最初の半年で和平に持ち込んでいれば完全な勝利で終わったはずだ。
大本営の無能さは万死に値する。そして外交も失敗したのである。
戦争にまけることで、日本の明治維新から日露戦争にいたる栄光の歴史と積み上げてきた富の全てを日本は失い、日本は文字通りの0に、アフリカを含めた世界最貧国となったのである。

最大の誤算は、第一次世界大戦以降、アメリカの台頭により、日露戦争の頃の国際法、ウェストファリア条約に基づく限定戦争が、総力戦(Total war)に変質していたということを認識していなかったことだろう。
おそらく、日本はアメリカが国際法もなにも無視した、あれほど無法な残酷で非人道的な戦争をしてくるとは、さすがに予想はしていなかったに違いない。
日本は戦争に負けたが、悪いのは明らかにアメリカ、戦勝国側なのである。
日本の復讐を恐れたから、連合国側が洗脳をしたのが事実だろう。
もちろん、戦勝国に復讐をしようというわけではない。
だが歴史認識を正さない限り、日本の自立は今後ともあり得ない。
戦後レジームというのは、GHQ史観から派生する諸々の判断のことであり、ここから脱却して日本は自主独立しようということだ。そうしないと、中共にやられてしまうという恐るべき現実があるからである。
posted by libertarian at 19:27| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月29日

Peer pressure

日本は1945年に敗戦したというが、GHQの占領は1952年まで続くから、実際の戦争はその時に終わった。
このように考えると、自分が生まれたのは終戦からあまり経っていなかったのだと改めて思う。
日本が独裁軍事国家だったというのは、ドイツ、イタリアとの日独伊三国同盟などというものに間違って入ってしまったからで、日本は必ずしも政治的には独裁国家ではなかった。戦争中だから軍事国家だったことは他の国と同様だ。
しかし、大東亜戦争の戦略はめちゃくちゃだったし、兵士を使い捨てのコマとしか見てない当時の軍部のあり方は、やはりアジア的な野蛮さだった。
これは日露戦争が不可能な勝利を可能にしたもので、その時の203高地の戦い方を踏襲したような感じがある。
明治維新から日露戦争までは一続きの歴史であり、維新の英雄達が日露戦争までは残っていて活躍した。
日本の維新からの歴史は日露戦争(1905)を頂点とする。

その後世代交代により、議会政治は、極端なポピュリズムとなり、明治の元勲たちがもっていたグランドビジョンは失われた。
実際のところ、自由民権派が議会をかき回していたし、議会がしっちゃかめっちゃかになってしまった。
欧米は、貴族制が残る社会だから、議会がこのようなポピュリズムに嵌ることはなかった。
議会が混乱する中で、官僚制が補完するものとして強力になって行った。これも今に続く。

日本は戦前からある意味、欧米以上の極端なデモクラシーであった。これが自由民権という衆愚政治に陥り、政治的な決断が困難な政治体制になっていった。
大東亜戦争にしても、戦略の欠如した、誰が何を決定しているのか分からない、無秩序なものであった。
それを決定するのはもとより天皇ではないし、議会は混乱し、軍部は議会にあいそをつかしていた。
中心のない秩序というのは、小さな社会ではあり得ても、国家レベルの大組織となると無責任なだけの体制となる。

大東亜戦争時の日本が、欧米から見ればカルト集団に見えたのも不思議ではない。
しかし、独裁制でもないし、デモクラシー、議会政治は欧米以上に行われていたし、一方で兵士は使い捨てのコマとして全体主義社会のように扱われたのも事実である。
日本社会の同調圧力の強さというのは、欧米のような独裁的な権力によるものではなく、もっと低い村社会的なレベルからあるのだろう。
軍隊組織も、出身地別に部隊編成されていたようだ。

同調圧力は村社会的な中では強烈に作用するが、それをでると今度は極端に無責任な仕組みとなる。
官僚や軍人といった拡大村社会の中では、強烈に作用するが、もっと大きな全体という観点では、国がどうなろうと人が死のうが関係ないということになる。
こういった強固な村社会単位の集合体として、日本の民主主義なるものはあたかも全体主義のように動いているように思われる。

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2014年03月27日

Biplane

20年ほど前に、オーストラリアで複葉機に乗ったことがある。
二人乗りの複葉機で、第一次大戦時に使われていたような木製の機体であった。
観光フライトだが、複葉機で宙返りをしたり、きりもみ飛行したりといった曲芸飛行を堪能できるものであった。
パイロットは、第一次世界大戦の生き残りのような爺さんだった。

私は、最初はカメラを持ってパシパシ写真を撮っていたのだが、曲芸飛行になると強烈なGに失神しそうになった。
手は上げていることが出来なく、身体中の細胞がGで潰されるような感じがあった。
目玉も潰れるような感じがして、目の前が暗くなるのであった。
パイロットは、OKかと聞いてくるのを我慢してOKOKと言っていたが、強烈なGでフラフラとなる体験であった。
着陸後、よく頑張ったと誉めてもらったが、あの強烈なGのもとで操縦するのは凄いことなのだとよくわかった。

飛行機のパイロットジャケットというのは、伊達ではなく、強烈なGが掛かっても血が下がらないような仕組みになっているそうだ。映画トップガンではパイロットが皆、ムキムキのマッチョであったが、あれには意味があったのだ。
強烈なGのもとで操縦桿をコントロールするのには、大変な体力、腕力が必要なのだ。
シミュレーションゲームで飛行機操縦をどんなにやっても、あのGを再現することはできない。


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2014年03月22日

Essence of failure

大東亜戦争は、日本側に大きな戦略上の失敗があったことは結果的に明白だ。最初の半年が怒濤の進撃だったから、トップの方で戦争目的が肥大化していったのかもしれない。
アメリカや欧米に対する怒りもそこにあっただろう。
だから大東亜共栄圏という形で、戦争目的の拡大をしたのであろう。
レパルス、プリンスオブウェールズを撃沈した初期の段階で戦争目的を達したとして、和平に持ち込んでおけば、完全な勝利で終わったはずだ。最初は短期決戦だったはずなのに、好調すぎたがゆえに、調子にのって方針を変更したのだ。

負けた直接の原因は、山本五十六などの責任が大きい。
真珠湾攻撃は山本の思いつきの攻撃で、当初の計画にはないものだった。
ミッドウェー海戦では、日本の方が負けるはずのない5倍はあるだろう圧倒的な戦力を有していたのにも関わらず、大敗を喫した。
戦略のデタラメさに官僚制の問題もあったろうが、コミンテルンのかく乱もあった。
近衞の側近はコミンテルンのスパイだらけだったし、いわばハードは優れているが、ソフトにウイルスが紛れ込んだ状態だった。

重要なのは、原因を勘違いして間違った反省をしないことだ。
今までの大東亜戦争の反省は情緒的すぎるし、見当外れなものばかりである。
トップに戦略的な思考がなかったことが最大の敗因であるから、そこを反省しないといけない。
日本は昔も今もマクロ的な思考がよわい。ミクロに緻密なのが得意なのだろう。これは文化にも現れている。

間違った反省をしているから、今の日本も相変わらず同じ問題を抱えているのだ。
各企業は優秀だが、日銀、財務省をはじめとする官僚が馬鹿で村の論理で動いているから、日本はこの20年間デフレで苦しみ負け続けたのである。
その経済的な損失は大東亜戦争よりも大きいと推定されている。
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2014年03月13日

Evolution doesn`t mean progress

進化論とは、ハイエクが指摘していたと思うが、ダーウィンが考えたアイデアではなく
ダーウィンが当時の経済学から借用してきたアイデアらしい。

進化論に関する典型的な誤解は、進化を進歩、progressのようなものとイメージするものである。
日本語ではevolutionを進歩に似た進化という言葉に翻訳したので、そのように誤解しやすい。
とはいえ、evolutionは世界的にもprogress と似たイメージで捉えられているような気もする。
例えば、人間は猿から進化したといえば、猿から進歩したと考えても良さそうなものと思うだろう。
では、人間は猿から変化したというのと、人間は猿から進化したというのではどうか?

evolutionは、進化ではなく、変化と訳した方がまだ適切だったと思う。
evolution説は、目的論的なニュアンスを排する点がポイントだからである。

進化論が目的論的に誤解されるようになって、進化論は人種差別を正当化するへ理屈としても利用されるようになった。
黒人は白人よりも進化レベルが低い劣った人種といったことが真面目に論じられていたのである。
これが優生学というやつだ。
evolution説とは、もともとは目的論を排除するために考えられたアイデアだったものが、おもいっきり目的論的に誤解され使われてきたといえる。
適者生存といった目的論的な概念と組み合わされることで、本来の意図とは別の目的論となった。

目的論的なものを導入すれば、それは科学ではない。
目的論の定義は難しいが、つきつめれば神の意志とか神の意図と同様のものだ。
今の分子進化論では適者生存のようなものは否定されているようだが、学校では進化論=適者生存といった教え方を未だにしているようだ。
そんなものを信じていたらろくな人間にならない。というか、そんなとんでもなことを信じていたら、20世紀の生んだカルト科学である優性論者になるしかない。
だから、いわゆる進化論を信じている日本の現代人は、そんなものを信じていない迷信を信じているアメリカ人より、科学的に劣っていると言えるのである。
posted by libertarian at 06:14| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月09日

HongKong

先日、香港に遊びに行ったわけだが、なぜ香港に行ったのかというと理由は単純で暖かそうだったからである。暖かいところは沢山あるが、私は中国は一度も行ったことがなかったし、暖かく、かつ料理がまともそうという理由で、香港を選んだわけである。実際、香港は台湾よりも少し南の亜熱帯なので、暖かかった。
ちなみに、私は台湾は支那の一部では決してないと考える。

香港は亜熱帯なのに、ヨーロッパという感じの街であった。しかし、亜熱帯だから公園にはフラミンゴがいるし、鳥の鳴き声はアマゾンの密林のようであった。
物価は、円安のせいでちっとも安くなかった。食費は日本より高いかもしれない。多分、観光地帯にいたからだろうが。
人間も南方系の顔をした人が多い。
もう一つ、香港で興味があったのが、IM Peiの中国銀行タワーやロジャース&フォスターの香港上海銀行ビルとかの見物であった。
香港島は開発が進んでいるが、九龍地区はビルが古くてボロく、再開発待ち状態だ。

食事に関してはいい店に当たらなかっただけかもしれないが、日本でちゃんとした中華の店に入った方がきっと味も価格も満足がいくのではないかと思う。
自分としては、一度行けば十分で、これ以上、香港に行きたいとは思わないが、もし私が大金持ちになったとしたら、香港への移住は検討に値するかもしれない。
香港に移住するには700万香港ドル必要だそうだから、一億円払っても十分に元のとれる金持ちは移住するらしい。

posted by libertarian at 12:01| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Matrix

戦後の日本の政治言論は、単純には(親米、反米)*(親中、反中)の4つに分けられる。左派は、親中&反米が典型的パターン。しかし親中&親米もいる
いわゆる保守は、反中だが、親米も反米も同じくらいいそうだ。

右から左に並べれば
反中親米<反中反米<親中親米<親中反米
となるだろうか。
いわゆる極右といわれる民族主義みたいなことを主張する人は、反中反米だが、この順番でいくと反中親米よりも左よりになる。
これは割と重要なポイントで、数学的に正しいのである。

この分類はもっと単純にでき、要するに、親中(左)か反中(右)かの2つで分類できる。
#ここに、昔は親ソか反ソという分類もあったのだろうが、今はソ連がなくなったので、曖昧である。

ここで、リバタリアニズムはどうなるのかというと、日本にそんなものは存在しないのでどうでもいいのだが、常識的には反中だ。
アメリカというのも非常に問題のある国であるから、国として見た時に親米というのは難しい。
そこでアメリカも一枚岩ではないことに目を付けて、反中&親リバタリアンというのが、私のスタンスである。
中国も必ずしも一枚岩ではないのだろうが、限りなく一枚岩に近いと思われる。
アメリカはその点、ある程度の多様性が存在し得ると考えるわけである。

それも大きくは、共和党と民主党くらいの多様性だが、民主党は論外であり、共和党はキリスト教色が強く碌でもない勢力が多い。
そこで、比較的にましな第3の勢力がリバタリアンというマイナー勢力とみるわけだが、これも必ずしも一枚岩ではない。
私が、内政と外交のバランスがとれていると思うのが、ミルトンフリードマン一派である。
ロンポールのような、ミーゼス一派は、経済理論が駄目なので政権担当能力はない。
ハイエクもオーストリアンという分類ではミーゼス一派に近い。

posted by libertarian at 11:20| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月07日

Historical facts

アメリカ人は、それなりのインテリでも歴史感覚がおかしいのが多い。これはリバタリアンでも同様だ。
ナチスドイツと大東亜戦争前の日本を同列に論じている馬鹿が多いのにはあきれる。

歴史認識がおかしいと、思想もおかしくなる。その点やはり歴史認識は、人文系の学問では大事だ。
おそらくリバタリアニズムに関しては、独立宣言や立憲主義が、ほとんど建国の神話となっていて、それにかなり依存しているわけだが、もしその歴史的事実認識が間違っていたらどうすんだ?という気がする。

開発ものを何冊か読んだが、「国家はなぜ衰退するのか」にしても、歴史認識がかなり怪しいところが多い。
しかし、それが事実として論を進めているのだから、それが事実かどうかは重大だ。
この本は開発経済学もので、やたらとよいしょされているようだが、つまらない本であった。
包括的制度とか、肝心のキーワードが未定義で、曖昧、かつ無意味である。

私の読んだ開発経済ものでは、「援助じゃアフリカは発展しない」(ダンビサ モヨ)が、ベストだった。
援助がプラマイ0なら良いのだが、実際は援助は大きなマイナスであるから、この本を書いたという。
この莫大な損害、損失に関して、サックスなどはまともに取り上げることすらしてない。何の反省もせずに、金が足りないと言っているから度し難い。おそらくサックスは開発利権と結びついているに違いない。

特に、この本でモヨは、直接投資の重要性を主張している。
アフリカへの援助も、日本の地方への公共投資も同じようなもので、役人が他人の金をばらまいているだけだからうまく行くわけがないのである。

個人が投資をすれば、それは経験になる。経験といった時間的要素は大事で、人間ならではの重要な条件だ。
経験の重要性を取り込んだ開発のキーワードは「国家は何故衰退するのか」には出てこない。
経験を通した発見的プロセス、またそれをドライブする動機、インセンティブといったものが大事で、投資行動にはそれらが含まれる。しかし、公共事業にはそれがない。


posted by libertarian at 23:20| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月04日

Coming Emergency

最近のアジア情勢を見るとかなりキナ臭い。中国は、習金平体制になり侵略色を露にし、韓国は中国に属国意識で追従し、北朝鮮は崩壊寸前で、台湾は馬英九の外省人体制になり中国よりになっている。この調子だと、なにかのきっかけで、ほんとに有事が起こるのではないか。
安倍政権が、集団的自衛権の問題を急いでいるのも、この情勢と無関係ではない。秘密保護法はスパイ防止法であるから、急いで成立させた。
日本政府は脅威の存在を明確には言明しないから意図が分かりにくいのだ。

アメリカもオバマで弱体化しているようだし、日米同盟うんぬんも怪しいものだ。
このままだと、今まで、アメリカの属国として安心しきっていたツケを払うことになるだろう。
世界は日本人が思っているほどに、安定もしていなければ、安全でもない。
普段は現実政治に関心のない私が感じるくらいだから、あと5年くらいの間に有事が起こっても不思議ではない。
尖閣諸島問題など既にいろいろと伏線となる事態は起こっているのであるから。

posted by libertarian at 18:56| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月02日

Independence

リバタリアン的には反戦は当然だが、それは侵略的な戦争はしてはいけないという意味である。これが、いわゆる非侵害公理というものである。
しかし、自衛のための戦いを放棄する馬鹿はリバタリアンではありえない。

しかし大東亜戦争の時の日本人は、勝てない戦争をしたというが、戦争なんてものは日露戦争にしてもほとんど勝つのは不可能のような戦争であったし、結果論でしかない。後知恵で無理だったというのは愚かである。
株のチャートを後でみて、ここで買っておけばよかった、売っておけばよかったと同様の話である。

あらゆる戦争回避の努力をアメリカの謀略によってはねつけられ、植民地化されるか戦うかという状況になった。
もちろん、日本も短期に決めないといけないことは分かっていた。しかし日露戦争の時とは違って、世界大戦になってしまっていたから、局地戦で終えることができない状況になっていた。
日本は一国で、アメリカ、イギリス、フランス、オランダを相手にしたわけで、インディアンとアメリカ人の戦いのようなものだったようにもみえる。
今でもインディアンはいるが、インディアンは実質的に、精神的に虐殺され存在しないわけだ。

日本の敗戦後、イギリス、フランス、オランダといった国は、日本が解放した植民地を再度乗っ取ろうと侵略戦争を仕掛けたが、今度は現地の人間が日本人に倣い戦って独立を勝ち得たわけだ。

いまだに欧米のアーリア人のRacismは健在であろう。それは多少は社会的に抑圧されているが、情念のようなもので、なくなったわけではない。むしろ抑圧されたものは反動があると怖いものだ。

ブラックアテナで、バナールは古代ギリシャがヨーロッパ文明の固有文明とされたのは、20世紀の人種差別主義が盛り上がった時に作られた神話であると指摘しているわけだが、人種差別や異教徒差別は植民地主義や侵略を正当化するためのイデオロギーであって、人種差別が植民地主義の原因ではないと思われる。欧米はアメリカにしても侵略と虐殺の歴史であるから、その歴史を正当化しようとする限り、racismは潜在的になくなることはない。

posted by libertarian at 13:32| 東京 ☔| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Herbert Hoover

ハーバートフーバーは、次のように回想している。

「私が”日本との戦争の全てが、戦争を仕掛けたいという狂人の欲望だった”と述べたところ、マッカーサーも同意した。
マッカーサーは、”1941年7月の日本に対する金融制裁が挑発的であったばかりでなく、その制裁を解除しなければ、たとえ自殺行為であったとしても日本を戦争をさせざるを得ない状態にまで追い込んだ。経済制裁は殺戮と破壊が行われないものの、戦争行為にあたるものであって、どのような国であっても誇りを重んじる国であったとすれば耐えられることではなかった。”と述べた。
日本に対する経済制裁は弾こそ撃ってなかったものの本質的には戦争であった。」

この狂人とはFDRを指している。FDRこそは日本にとって最悪の戦争犯罪人だったのである。
そして、フーバーは日本を壊滅させることがあってはならないとトルーマンを戒め、「日本は本質的に西側に属する国家だ」と論じた。

そもそもルーズベルトは、経済制裁どころか、その前から蒋介石の国民党軍に相当な軍事援助をし続けていたし、爆撃機や傭兵も提供して日本を攻撃させようとしていた。ルーズベルトの謀略によって日本を強制的に戦争に引きずり込んだのは自明な史実と考えなければ話がはじまらない。アメリカの連中も口では決して謝罪をしないが、頭の中では非はアメリカにあると分かっているのである。

「アラモを忘れるな」と同じ、子供騙しの謀略をごり押しで通すまねをアメリカは歴史上ずっとしてきているわけで、パールハーバーを忘れるなもその繰り返しの一つだ。

日本は当初、露骨な植民地化、つまり婦女子の強姦や奴隷化を恐れていたが、アメリカの進駐軍はそれほど酷いことはしなかったから、最初から戦争しなければよかったと思ったのであろう。だが、原爆をはじめ、占領前に散々無法な虐殺をしていたのである。
終戦直前からのめちゃくちゃな状況は、アメリカやロシアの国際法を無視した蛮行によってもたらされたもので、それはまさに植民地支配で行われた蛮行となんらかわらない。
占領後は7年も留まって、war guilt information作戦による洗脳、歴史の改ざんを行い、日本の国を根本的に社会改造をしようとした。しかし、そのうちソ連との冷戦が緊迫してきて、日本を反共の防波堤にしようと方針転換したわけだ。

そして、日本は結果的にアメリカのGHQの洗脳政策とロシアコミンテルンの策略が交錯する冷戦の舞台となり、国内言論はめちゃくちゃになった。
日本人の右も左もなにも分からないという状況は、精神的にはかなりのストレスになっているだろう。

posted by libertarian at 10:53| 東京 ☔| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Incentive to science

日本は古くは関孝和のような数学の天才を輩出しているが、科学というのが発展しなかった。いわゆる科学は近代ヨーロッパでのみ発展したといえるが、そのインセンティブは何だったのか?
日本でも数学の天才は、たまに生まれるが、それが科学にはなぜ結びつかなかったのか?
日本では天文学もほとんど発達していない。

ヨーロッパで科学が生まれたのは、ギリシャであり、その後、1300年の断絶のうち、ルネッサンスで科学が復活する。
ルネッサンス以降、科学はヨーロッパで急速に発展した。その根本理念がアトムであった。
科学のような金と時間を要する取り組みに対するインセンティブが何であったのかがよくわからない。
通常は、名誉欲や金銭欲がインセンティブであったりするわけだ。
好奇心といったものだけでもインセンティブとしては不十分な気がする。
アトムという概念と無神論はセットになっており、教会に対する反発もあったとは思うが、ニュートンなどは別に無神論者でもない。

天文学はギリシャの昔より科学の元であって、それと数学が結びつき、アトム論が結びつき、近代的な科学が生まれて行った。
日本には昔から天文学がなかったのが、自然科学が発達しなかったことと関係があるのかもしれない。

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2014年02月28日

Manifest Destiny

アメリカは西へ西へと侵略していくことが、Manifest Destinyとして国是のようにある国だが、それも、そろそろ地球を一周してしまいそうだ。となるとやはり、今後は宇宙を目指すしかないようになる。実際、アメリカの宇宙開発の意欲はすごいものだ。宇宙開発には軍需産業も転換しやすいと思われる。
宇宙には、先住民はいないだろうし、チャレンジングであり、アメリカが目指すのにふさわしい無限の荒野といえる。

しかしアメリカは合衆国であるわけだが、もはや一つに固まっている意味があまりないように思われる。
アメリカは歴史的に領土の拡大、statesの増大とともに連邦政府が急速に肥大化していき、建国の理想とは異なり、連邦政府がモンスターのような制御不能な存在になってしまった。

ドルにしても、50州の全てが最適通貨圏ではないという指摘もある。アメリカがある程度、分かれて連邦制を縮小し、通貨発行も分散し、州毎に通貨発行をした方が健全な姿のように思う。そこで通貨の競争が起こる。
今の肥大化しモンスターとなったアメリカ連邦政府を制限するには、一度、分かれた方がいいのである。
そして、分かれても、自由貿易、もしくは完全なる無関税、人に移動の自由だけを保障しておけばよい。
EUにしても、通貨統合は意味がなく、完全自由貿易圏だけ達成できれば十分だった。


posted by libertarian at 09:52| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月27日

Liberation

香港に行ってきた。その飛行機の中で、ヘンリーストークスの書いた「英国人記者の見た連合国戦勝史観の虚妄」という本を読んだ。

私も昭和の洗脳空間で育った人間であるから分かるが、あまりにも洗脳というのが徹底的であったがために、今でも日本の大東亜戦争を日本の侵略戦争と思っている人は多いと思う。
テレビ、新聞といったメディアが徹底的にGHQの東京裁判史観を報道洗脳してきたからだ。
ここら辺、今の日本人の歴史意識は統計調査をしてみるべきであろう。教科書が変わってないから今もほとんど同じであろう。

大東亜戦争を日本の問題として論じると、洗脳された連中がぎゃあぎゃあ言ってきて全く議論にならなくなるので、むしろ、当時の植民地主義とはどういうものであったかということをちゃんと教えることから始める方がよい。
植民地主義とは、大航海時代から500年続いた、欧米による有色人種への徹底的なracismに基づく、略奪、虐殺、奴隷化、収奪がセットになったものである。
アフリカが広大な土地にも関わらず人口が少なかったのは、奴隷化によって人口が激減したためと考えられる。

この意味で、侵略とは、まさに欧米の植民地主義のことだ。
日本の大東亜戦争は、大東亜共栄圏という理想を掲げ、その欧米の植民地支配を打ち破ろうとするものであり、それは侵略の要素はほぼ全くない。虐殺も奴隷化も収奪もなく、持ち出ししてインフラを整備していたのだ。
当時の日本人はアジアの情勢から植民地化されるとどうなるかをよく知っており、欧米の植民地主義に抗って日本が独立を維持する方策を真剣に考えていた。その結論がアジア全体の解放でもあったのだ。

実際に、その目的はかなりの程度まで達成され、それまで何百年も植民地支配されてきたインドやインドシナ、インドネシアの国は独立が可能となった。これは日本がイギリスや、フランスやオランダに勝ったからこそ、可能になった。
日本は現地の人間を、ちゃんと人間として尊重し教育し自信をつけさせ、戦う方法を教え、戦う武器を与えたからこそ独立できるようになったのである。

今では、植民地支配というのは経済的にも愚かな行動であることがわかってきて、当時のような露骨な植民地主義はないだろうが、植民地化の結果としての洗脳空間は未だに日本は健在なようである。
戦時中に個別にはいろんな問題もあったろうが、歴史的大局観としては、反植民地主義運動として、大東亜戦争を見なければ何も分からないことになる。

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2014年02月23日

Atom and Renaissance

ルクレティウスの本が発見されたのが1417年で、それでエピクロス思想がはじめて発見されたのかと思いきや、実は、ディオゲネス ラエルティオスのギリシア哲学者列伝がそれより前に、12−13世紀頃に発見されていたようだ。
となると、その10巻にエピクロスの本がそのまま写されているから、ある程度、エピクロスのことは知られていたことになる。
しかし、その量は少なかったし、ルクレティウスの本(右矢印1これは「物の本質について」という題で岩波からでている。より直截なタイトルは「宇宙をつくるものアトム」らしい)の方が、エピクロスの思想を詳しく説明したものだった。

古代ギリシアの書物の発見としては次のようになるらしい。

1100年頃 ヘロンの気体論
1269年 アルキメデス
12−13世紀 ディオゲネス ラエルティオスの「ギリシア哲学者列伝」
1417年 ルクレティウス 「宇宙をつくるものアトム」

そして、活版印刷が1450年頃に発明され、ルクレティウスの本「宇宙をつくるものアトム」は1473年に活版印刷で出版される。
この本はアトム論を通して明確に神の存在を否定しているが、驚くべきことに禁止されることもなく版を重ね5刷もでた。
この時点で、アトム論は広く人口に膾炙し、原子論ブームのようなものがあったようだ。

コペルニクスは、自分の地動説を唱える本を注意深く自分の死後に発表するように遺言し、その亡くなった年1543年に発表された。
この本の中で、原子論をも論じている。
ジョルダーノ ブルーノは、コペルニクスを支持し、異端審問でイエズス会によって焚刑にされたが、その著書「無限、宇宙、および諸世界について」でエピクロスの原子論に肯定的に言及している。

さらに、シェークスピアの戯曲の中には、アトムという言葉が多く登場する。当時の流行語となっていたようだ。
ルネサンスというのは後世の歴史家による時代区分であるが、1400年代に開花し、1500年代に頂点となる。
その一つの頂点として、ガリレオなどが生まれた。この頃には原子論は流布してたようだ。

実際、中世の作家は多く原子論に言及しているらしい。
ラブレー(1494-1553)は、ルキアノスに言及
モンテーニュ(1533-1592)は、デモクリトス、エピクロス、ルクレティウスに言及。特にルクレティウスから多く引用

「1417年 その一冊が世界を変えた」にあるように、ルネサンスとはルクレティウスの本を通したエピクロス原子論の復活、科学合理主義精神であったわけだ。(ちなみにこのグリーンブラットという人は歴史学者でなく、文学の人だった。とくにシェークスピアが専門で、シェークスピアからエピクロスにたどり着いたのであろう。)

エピクロスのアトム論というのは、アトムだけを論じたわけではなくて空虚、真空とセットになった概念で、これにより浮力の概念などを原子論的に説明することが可能になる。これに比べ、アリストテレスは、アトムを否定し、真空を否定した、ある種の連続概念を唱えていたようだ。
posted by libertarian at 00:05| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月22日

Colonialism is not trade

植民地主義や人種差別に対する欧米の知識人による批判というのは、今まであったのかどうかが非常に疑問である。
ハイエクが人種差別や植民地主義を批判したなんてのも、見たことがない。だが当時はまだそういう時代だったはずだ。

今では人種差別や性差別に関しては、国内的には抑圧されている状況だが、これが国家間となると、自分の国から見てout of lawの人間は、どうも未だに人間とは扱われないようだ。
ラスカサスの恐るべき告発の書「インディアスの破壊についての簡潔な報告」があるが、この本はスペイン人のアメリカ先住民に対するあまりに凄まじい残虐行為が淡々と書かれていて、読むのが辛くなるような本だ。ラスカサスは、人種差別を批判した少ない人間の一人である。人種差別という言葉では生温いのだが。

しかし、ほんの100年くらい前までは、人種差別や奴隷が当たり前の時代だったわけで、そこから人類がどれだけほんとに進歩しているのかは疑わしい。
この100年くらいで、動力、エネルギーの利用技術が指数的に増加したがゆえに、奴隷の経済性が落ちてきて、奴隷制が経済的に成り立たなくなったから廃止されたと考えるのが妥当のような気がする。人道的な見地よりも経済性が主な原因かもしれない。

法の支配というのが、結局のところ一国内でしか成立していないわけである。ジョンロックにしても、奴隷売買している会社の役員をやっていたようだ。西洋の宣教師なんてのも布教と同時に奴隷貿易をどうどうとやっていた。
つまるところ、人間の権利というのは、この100年くらいで、一国内の階級的な特権であったものから、国民全員に与えられるという発展をとげたが、一国内の外側には全く及ばないという限界がある。
アニマルライツは、極端な感じがするが、一国内の人間以外の外の人間に対しては、アニマルライツすら存在しないわけだ。
しかし、国内の家畜に対してはアニマルライツを認めようとする。

貿易や交易というと対等でフェアな感じがするが、近代までの歴史は欧米による収奪と虐殺の歴史である。
それを交易と呼ぶのは、反省が足りなすぎる。収奪によって欧米が経済発展したのは間違いないだろうが、侵略され虐殺された側には巨大なマイナスしかないし、民族虐殺されたら発展の可能性もなにもない。
posted by libertarian at 01:23| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月20日

History of America

アメリカの歴史について、簡単にまとめた。備忘録

1492 コロンブス上陸

1494 Tordesillas条約

1620 メイフラワー号 ピルグリムファーザーズ

1773 ボストン茶会事件

1775  独立戦争はじまる
1776 独立宣言
1783 独立戦争おわる

1803 ルイジアナ買収 (T ジェファーソン大統領)

1810 メキシコ戦争はじまる
1821 メキシコ戦争おわる

1853 ペリー艦隊 日本にくる

1861 南北戦争はじまる
1862 黒人解放宣言
1865 南北戦争おわる

1898 ハワイ併合

1960 ベトナム戦争はじまる
1964 黒人への公民権
1975 ベトナム戦争おわる

最近のイラク戦争とかは面倒なので省略。
コロンブス上陸以来、メイフラワーなどの移民が本格的に始まるまで、120年以上ある。
これは、当時の航海術が未発達であったというのもあるかもしれない。
ハリソンのクロノメーターH−1が発明されたのが1730年で、普及するのが1770年頃から。

建国時の有名人物 生年と没年
ベンジャミン フランクリン 1705−1790
ジョージ ワシントン 1732−1799
トマス ジェファーソン 1743−1826
ジェームス マディスン 1751−1836
アレクサンダー ハミルトン 1755−1804


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Colonialism

サザンの歌で、一番知りたい近代史の歴史を授業ではやらんというのがあった。
これは誰しもが思うことだろうが、あまりに歴史教科書の記述が酷いので、歴史の教師があえて避けているのかもしれない。

近代史について、知らなければいけないのは、植民地主義、colonialism である。
これは大航海時代から、500年以上続いたもので、下のWIKIの地図のとおり、20世紀初頭は、世界は、欧米の十数か国と、日本しか国と呼べる国はなかったわけだ。
日本が明治維新によって、植民化をなんとか回避したが、結局、それも60年位しかもたず、1945年にアメリカに占領される。
日本は、それ以来、アメリカの従属国、dependant stateとして位置づけられる。天皇制を維持したくなければ、ハワイと同様の州になっていてもおかしくはない状況だ。
しかし、20世紀には植民地主義は、すでに斜陽しており、奴隷貿易も下火になっていた。これが、もし19世紀に植民地化されていれば、悲惨な状態になっていただろう。江戸幕府が鎖国したのも、この植民地化の脅威にさらされていたからだ。

この、当時の植民地化による食うか食われるかの現実があったことを歴史の授業で全く教えないのは、非常にまずいことだ。
そのために、日本人は、歴史感覚がなく、結果的に世界のことがさっぱり分からない。

Map of 1914 empires colonies territories

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Primavera

ボッチチェリの春(プリマヴェーラ)は、1482年頃の作品。
私は、この絵を昔、ウフィツィ美術館で見たことがある。実物もかなり大きな絵である。
この絵画は、ルクレティウスの詩(事物の本性について)がモチーフとなっている。
Wikiを見ると、その詩が載っている。

Spring-time and Venus come,
And Venus' boy, the winged harbinger, steps on before,
And hard on Zephyr's foot-prints Mother Flora,
Sprinkling the ways before them, filleth all
With colours and with odours excellent.

(大意)春とともにヴィーナスとキューピッドが姿を現し、
ゼピュロスは春を呼ぶ強風を吹き立て、
フローラは色とりどりの花々と芳香を周囲に満ちあふれさせる

− 『事物の本性について』


ルクレティウスの本が、ポッジョにより1417年に掘り出され、エピクロス思想がフィレンツェに復活した。
ダビンチも、ルクレティウスについて書き残しているようで、その影響は広範なものであった。

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2014年02月15日

The case of democracy

ナタン シャランスキーの「なぜ、民主主義を世界に広げるのか」という本をざっと読んだ。この本は、ベイビーブッシュが読んで大変共感したそうだ。
シャランスキーは、ユダヤ系のロシア人で理系の人間だ。ソ連の崩壊によって政治犯から釈放されたそうだ。
しかし、この内容は酷い。さすがに、ブッシュが共感したというだけのことはある。
「私の提案した判定方法を使うと、世界は自由社会と恐怖社会の2つのカテゴリーにわかれ、中間には何も残らない」そうだ。
このような無教養きわまりない理系馬鹿はどうしようもないが、それがブッシュという馬鹿同士で共鳴してしまったのが、この世の不幸である。

中東は自由になれるし、それを中東の人間は望んでいるという。
力による自由化なるものを主張しているわけだが、あきれることに日本のアメリカによる自由化、解放政策がうまく行ったのだから、中東も大丈夫だというようなことを書いている。これは、いわゆるDemocratization(デモクラタイゼーション)という社会工学的発想である。
これと全く同じことを、あのブッシュが言っているのを、テレビで見たことがある。まさに、「この本で私の信念に理論的裏付けをしてくれた」ということか。
ブッシュは911があろうとなかろうと、イラク侵攻をしたいと考えていたようだ。親父の果たせなかった敵を討とうと思っていたのであろう。

posted by libertarian at 18:56| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする