2014年05月11日

Fast reading

歴史であるとか法律の文献は、ある程度大量に読む必要がある。
この手の読書では、とにかくも早く読めないと話にならない。
いろいろと速読関係の本もみたが、私が歴史関係の本を読む際に重要と思うのは、次のポイント。

読まない本を決める
 何でも読めばいいわけではない。
 良い本だけど今読む必要のない本もある。
 読んでも理解できない本は読まない。

本の頭から読まない
 関心のあるところ、面白そうな所から読む。小説でないかぎり、頭から読む必要は全くない。

全部読まなくても良い
 全部読む必要はない。面白そうな所だけ読む。面白い本は全部読むが、そうでない本は全部は読まない。

付箋の活用
 本に線を引いたり書き込むのは嫌いなので、付箋をメモ代わりにべたべた貼って行く。

本の読み始めは少し丁寧に読む
 文章のくせを掴むために最初は少し丁寧にゆっくり読む。
 読みにくい文章の本は無理して読まない。

ちなみに、日本の本はKindleで読むのはどうかと思っていたが、やはりKindleで読むのは具合がいい。
特に字の大きさを変えられるのが非常によい。
最近では文庫本は字が小さくて読む気がしない。
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10 arrows

安倍政権の列強になるための10本の矢というのがあるらしい。

古賀氏というのはかなりリベラルな人のようで、必然的に親中スタンスになる。
この11本の矢についての感想

1.国防軍保持 右矢印1当然に必要 自衛隊は法的には警察権力の延長なので、自衛隊を軍隊に当然にしなければならない。

2.基本的人権の制限 右矢印1公益及び公の秩序に反しない範囲でしか認めないというとんでもない制限なので、当然に反対 

3.日本版NSC 右矢印1既に成立したが、当然に必要。強化すべきである。

4.特定秘密保護法 右矢印1既に成立したが、当然に必要。

5.日本版CIA 右矢印1これも必要。早期に作るべき。情報戦能力0で戦争は戦えない。

6.武器輸出3原則の廃止 右矢印1既に成立したが、当然に必要。

7.集団自衛権 右矢印1当然に必要。こんなことで延々ともめている日本は異常

8.ODAの軍事利用 右矢印1内容が不明。

9.徴兵制の導入 右矢印1当然に反対。アメリカでも徴兵制はやめたくらいだ。

10.核武装 右矢印1当然に必要。急ぐべき。

このように見ると、安倍政権はやるべきことをやっているようだが、憲法改正については大きな問題がある。
基本的人権の制限という案が平然と出てくるのはかなり異常である。先進国クラブから脱退してアジアの途上国に後退したいのか?
日本は集団主義の体質があるので、徴兵制にしたり基本的人権制限のようなものを緩めれば、全体主義に限りなく近い社会にあっというまになる。政府への懐疑のないナショナリズムはまともな保守ではない。

日本の自称保守をみるに、TPP反対と連中はセットになっているようだ。
おそらく徴兵制もセット、原発推進もセットなのだろう。
こう考えると、日本の自称保守連中は歴史認識問題以外は駄目という印象だ。
自称保守サークルでは同じような歴史認識を延々と話していて、サークル内で完結してる。
歴史認識は非常に大事だが、日本の保守に必要なのはまともなリアリズムとまともな経済学で、どちらも欠けている。
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2014年05月03日

Incentive to War

古来、人間社会では戦争は絶えないもので、そこには、よほどの強いインセンティブがあると考えられる。
ミアシャイマーなどは、このインセンティブをあまり問題にしていない。インセンティブを問題にしないから、閉じたIRの世界の議論であって、経済学ではない。
ミアシャイマーは潜在覇権国はバランスオブパワーが崩れる中で力学的、もしくは必然的に拡大しようとするという。もちろん、バックパッシングやらなんやらと複雑な仕組みを駆使してBOPを維持しようとしたりもする。
そして多くの場合、戦争の理由は国防上の理由だと主張されるとしている。攻める方も守る方も、どちらも国防、安全保障上の理由だというのが、面白い。
現状維持は後退だという感覚だろうか。企業なんかでも現状維持は後退と考えるだろう。
#デフレが長く続いた日本では、こういう感覚が薄れたようだが。

しかし、戦争が、収支計算上でも割の合うこととは思えない。勝った方も多くの人的な被害を被るからだ。
とはいえ、勝てばやはり、国としては、それなりの見返りがあったのは事実だろう。
貧しい人間にとっても、軍に志願すれば、職が得られ、戦死しても軍が厳かに葬式を挙げてくれるし、年金もついたし、誰にでも名誉と昇級の機会のある比較的に平等な組織であり、いろいろとメリットがあった。つまり昔から兵士になって死ぬ事は決して理不尽な生き方ではない。

国家のインセンティブの説明として安全保障上の理由と、経済上の理由は、微妙な関係で区別が難しい。
安全保障は単なる保険行動とは異なると思う。保険のために自分の命をかける人間はいない。
しかし安全保障上の理由で多くの戦争が起こるのは事実らしい。
もっとも国家間はアナーキーでワイルドで弱肉強食の世界とすると、侵略されることによる潜在的リスクはほぼ無限大であり、その無限リスクに国家制度が対処しようとすると拡大戦争にならざるを得ない、つまり安全保障の強いインセンティブとなっているといった考えも成り立つかもしれない。

だが、ここら辺のインセンティブの説明にはゲーム理論が有効かもしれない。
戦争のゲーム理論について詳しい本があれば読んでみたいものである。

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Atomic Power Plant and Atomic bomb

読んだ事はないが、日本の保守派なる連中が原発がないと日本が滅ぶとか馬鹿なことを書いているようだ。
原爆を持つ上で、原発が必要不可欠と思っているのかもしれない。
だが、原爆で必要な核物質と、発電に必要なものでは、量が違いすぎる。(原爆<<<発電 だ。)
また原爆ではウランやプルトニウムは高純度のものが必要らしいから、発電に使う核物質より、さらに高度に濃縮しないと使えない。それは発電利用とはまた別の技術だ。

こういう感情論で問題を論じるから、日本の保守なる連中は永遠の野党でしかないわけである。
保守論壇なるものが、当人は真剣なのかもしれないが、同じようなことを繰り返して主張するだけで、飯を食っているわけだから、連中は、中共や朝鮮と共生関係にあると言っても間違いではない。
#しかし、このことは自称保守連中の主張が必ずしも間違っているということではない。

福島で漏れた放射性物質の危険性についても、安全だなどというのは愚か極まりない。
こういった問題に、文系の熱血自称保守老人が軽々しく口を挟むべきではないのだ。

また大東亜戦争の時、エネルギーも資源もアメリカに握られていたのが安全保障上の大問題となったから、エネルギーも多様化しないといけないという議論がある。
実際、ガス、石油ではそういった分散をしているようだが、こういった問題も経産省が計画するべきことではない。
というか、エネルギー問題とは、経産省の役人や保守老人が思っているよりも遥かに複雑な問題であり、これを社会主義的、設計主義的な方法論で解決することはできない。

原発の安全性の問題 
放射能の安全性の問題
エネルギーコストの問題
エネルギーの需要と供給の問題
核爆弾製造の問題
エネルギー分散化の問題
安全保障の問題

こういった別々の問題を、連中はごちゃごちゃにして論じているだけと思われる。愚かである。

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2014年04月28日

Venona plan

ベノナ計画は、1943年にパトリック モイニハン議員によって極秘裏に開始された。そのほぼ全容が公表されたのが1995年。

経緯としてはウィテカーチェンバースというソ連のスパイだった人間が転向し、1938年頃に、ソ連のスパイ名簿を明かした。
そのリストは国務省の高官のアルジャーヒスを含む政府高官が多く含まれるものだった。しかし、当時のローズベルト政権はこれを無視する。そして間違いなくスパイだといわれた人間をその後も重用していく。

だが、それでもチェンバースの告発が埋もれなかったのは、あのリチャードニクソンが、ことの重大性に気づきHUAC委員会を継続させたからであった。そして、これがモイニハンのVenona計画に繋がる。

1950年には、マッカーシー議員が赤狩りを始める。これはハリウッドの人間を含む共産主義者の摘発であった。
ドルトントランボも赤狩りで追放されたが、事実は、正真正銘のソ連スパイだった。
反マッカーシーズムは、その後のアメリカのリベラル左派のスローガンとなる。
当時アメリカのNYTimesをはじめとするメディア、リベラル言論人は言論の弾圧だ、人権侵害だと大キャンペーンを張った。それは1990年代になっても続いた。「赤狩りの恐怖」に対する、ハリウッド映画も多く作られた。

例えば、ローゼンバーグ事件など、政府に濡れ衣を着せられて死刑になった事件として映画にもなった。この映画は日本でも公開されていた。
このローゼンバーグ裁判では、FBI長官エドガー フーバーは、ヴェノナ計画の存在を用心深く隠し通した。
ヴェノナファイルからも、このローゼンバーグ夫妻はアメリカの原爆の超極秘情報をソ連に渡した一級のスパイだったことも明らかになった。
この点、フーバーは、反共スパイ闘争という点で、アメリカの国益に大きく貢献した。この時の経験から、政府要人であっても常にスパイと思ってマークをするようになったのだろう。
実際、スパイ戦とは水面下で行われる戦争の一環である。

そして1995年にヴェノナファイルの公開によって、マッカーシーが告発した人間は全て第一級のソ連スパイであることがあきらかになった。今になって言える事は、マッカーシーの赤狩りはむしろ生温かったという事だ。
ローズベルト政権の中枢に潜り込んだ数百人のソ連スパイ、共産主義者は、その後も活動を続けた。

同じ頃、日本も近衛文麿の側近は、スターリンのスパイだらけだった。
日本が支那事変の深みに絡みとられて行ったのは近衛の側近の活躍によるものである。

日本の特高も戦後、悪の権化のように言われてきたが、実際は反共闘争で大きな貢献をしたのであった。

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For next generation

石破幹事長がニコニコで、子供の世代に負担を残さないために均衡財政が必要だと言っていた。
後の世代に負担を残したり、しわ寄せするのはもちろんよくないわけだが、そのために均衡財政などと言っているのがとんでもなく愚かである。
これは財務省のデマそのもので、これにより逆に後の世代を潰す結果になることは明らかだ。
ものには順序というものがあり、これは高橋洋一氏が指摘しているとおり、税徴収の不公正、国資産の売却といったことを優先しないといけない。今回の増税によって税収が下がるだろうが、そのためにさらに増税といった狂ったサイクルに嵌って行くことになる。

政府の役割とは基本的には国防につきるのであって、他はほとんどは民間でできるし、民間にしていくべきだ。
そうやって政府、公共部門の役割を縮小していくことが大事だ。国防だけなら、税の規模も今よりも大幅に小さくできる。
しかし、そういったことも今の喫緊の国防の問題に比べれば優先順位は低いといえる。

あとせいぜい10年しか日本に猶予はないだろうが、このまま行くと、中共に飲み込まれることは必至であり、そんな地獄のような世界を後の世代に残すわけにはいかない。
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2014年04月26日

2014年04月24日

Geopolitics

ミアシャイマーの本は、地政学に分類されるのだろうが、歴史書として読んでも面白い。
普通、歴史書を読んでも、なぜ、この時期に、どういう理由で、ある国と国との間で紛争が起こったのかは分からない。
偶然であったり、なにがしかの事件が発端だったりするという程度の理由付けしかないのが普通だが、リアリズムの理論に基づけば、それがなぜ起こったのか、またどうしてこういう戦争になったのか、などの力学が分かるわけだ。
さらに、このリアリズムの理論によれば現在の世界情勢も理解できるし、ある程度の予測も可能だ。

英語も、奇麗な英語で読み易い。スラングも省略もないので、すらすら読める。
Kindle版だと1000円くらいなので、お買い得だ。奥山さんの翻訳もいいが、ちと値段が高い。
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2014年04月20日

The Tragedy of Great Power Politics

ミアシャイマーの本「大国政治の悲劇」を読む。
伊藤貫さん推薦のミアシャイマーだ。
翻訳は、奥山さんがやっている。知らなかったが、この手の翻訳を沢山出しておられるようだ。奥山さんにはかれこれ15年前にネットでさるサイトで知った。そのとき、彼は大学院生だったように思うが、光陰矢の如しである。地政学に確たる地歩を築かれたようだ。

分厚いので全部は読んでないが、なかなか面白い。
ミアシャイマーのoffensive realism理論の解説だ。しかしまだ理論というよりも仮説だと思う。

リアリズムでは、リベラル派の経済的相互依存関係が平和実現に結びつくといった理想論を排するのが特徴で、パワーオブバランスだけで考える。このパワーとは軍事力のことで、自由主義とか共産主義といったイデオロギーは一切、捨象して考えるのが味噌。
つまり、パワーだけで他をブラックボックス化して、ビリアードの玉のように軍事力学を考える。
これは、オッカムのカミソリのようなもので、なるべくシンプルな前提で全てを説明するのがベストということなのだろう。
こういう軍事力学的な思考法は新鮮である。

今まで読んだところでは、ソフトパワーみたいなものが全く考慮されていないように思うわけだが、それはそれということか。
最後まで記述的理論として説明されているので、読むのに敷居は低い。
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Kindle

Kindleはもっぱら英語の本ように用いている。
日本の本をKindleで読むのは、少し抵抗がある。
場所をとらないメリットはあるので、漫画とかにはよいと思うが。

英語の本をKindleで読むメリットは単語の辞書機能が使える点。
これは非常に便利である。わからん単語を飛ばし読みしていると、だんだんとわけが分からなくなる。
あと英語の本に関しては、紙の本よりも随分と価格が安い事がおおい。
配送が一瞬なのもやはり便利。





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2014年04月17日

Soft Power

Power of balanceのパワーとは、基本的には軍事力だろうが、ハードばかり強調するのは片手落ちだ。
やはり、情報戦ができないとハードな軍事力で勝っても、最終的には負ける。
核があろうがなかろうが、ソフトパワーがないと負ける。
つまり、ハードとソフトの両面で勝たないといけないわけだ。
日本はハードは強いが、ソフトが非常に弱い。

今の政府体制では、大東亜戦争時の大本営以上に無能で全く機能しないだろう。
戦略とはソフトのレベルだから、いかにハードが優秀でも戦略というソフトが駄目なら勝てない。
これが大東亜戦争の最大の教訓だ。
今行われている、歴史に関する情報戦では負けまくっている。
そもそも、外交とは情報戦の第一線に位置づけられるものだろう。その外務省がGHQ史観に縛られているのでは、話にならない。
日本は未だに萎縮して卑屈な状態にあるが、まだまだ日本は戦後の敗戦空間、GHQ占領史観の中にあるわけだ。

日本人のNation Stateとしての意識を徹底的に否定するのが戦後教育であったから、戦争になってももはや日本人は帝国軍人のようには強くないだろう。
国家の最も基本的な存在理由は、集団的自衛なのだから、これを否定している状態では、国家の存立理由そのものがないに等しく、その結果、愛国心も根拠を失う。
そもそも愛国心とは、当然に政府権力に対するものではなく、社会の文化伝統、習俗、歴史といった慣習的なものに対する尊重なのだ。日本の教育は、愛国心を「軍国主義」なるものに結びつけているのだから、どうしようもない。
教育もソフトパワーだから、ほんとはハードよりもこちらの方が大事だ。ソフトは金はかからないが、ハードよりも時間がかかる。

政府が移民促進するという話があるが、ほんとにそんな事を考えているのだろうか。
現在、中国と日本は準戦争状態にあると認識すれば、中国からの移民受け入れはあり得ない。
既に日本には100万人規模の中国人が住んでおり、その半分は東京にいる。
中国には動員法があり、国外にいても中共に協力しなければいけないわけだから、今いるシナ人ですら危険きわまりない存在だ。

日本政府には親中派が多いから、日本に不利益で中共に有利となる政策をどんどん打ち出してくるわけである。
民主党政権なんてのは、名前を変えただけの社会党政権、共産党政権だったから、今さらながら、ほんとにめちゃくちゃなことをやってくれたなと腹立たしくなる。
社会党の村山政権の時に、阪神大震災が起こりこれが引き金となって村山が退陣し、民主党政権の時に東日本大震災がおこって民主党の退陣を早めたことを考えると、震災そのものは悲惨ではあったが、結果的に日本にとっては神風のようなものであった。



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2014年04月15日

Militarism?

軍国主義という言葉がある。意味不明だ。英語ではmilitarismという。
日本が大東亜戦争のとき、軍国主義だったといって非難されるが、戦争中はどの国も軍国主義だ。
アメリカなど今でも軍国主義だ。

軍国主義ということばを、軍事独裁主義という意味で使っているのかもしれない。
独裁主義の定義として、ナチスや今の中国のように政府の上に党がある政治体制とするならば、日本は戦時中も全く独裁主義ではなかった。むしろ、意見をまとめるだけの権力の集中がどこにもなく、バラバラだったことがまずかったのである。

日本は戦時中は、国家社会主義に近い体制にしようとはしたが、独裁主義はなく、また当然に軍事独裁でもなかった。
その点がドイツのナチスとは全く異なる。
またナチスドイツは、人種主義、民族主義を核とするナショナリズムを持っていたが、そんなものは日本にはみじんもなかった。
むしろ、欧米の人種差別主義に対する強い抵抗があった。これは大東亜共栄圏の思想に結びついていた。

実際、ドイツと同盟を結ぶ際、はっきりとドイツの人種差別には加担しないと謳っていた。
そのお陰で、杉原千畝のようなユダヤ人の救出が可能だった。この救出劇には、東条首相の承認もあったから、スムーズに可能となったのである。

”なんとか主義”という言葉を定義もしないでイメージだけで語ってはいけない。

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Which American?

日本人は、アメリカを語る時に一概に「アメリカ人は、どうたらこうたら」と語る人間が多い。
これは大きな間違いだ。
アメリカ人でも、民主党系の左派か、共和党系の保守かで、その意見も考えも180度違う事も多い。
だから、そのアメリカ人がどっちのアメリカ人かは非常に重大なポイントである。

歴史問題にしても経済問題にしても国際問題にしても、どっちのアメリカ人が言っていることなのかを最低限明確にしなければ誤解を招くだけである。

今は民主党の左派親中政権であるが、日本は共和党の保守系のアメリカ人を仲間にしたほうがよい。
アメリカの左派親中派に何をいっても効果なしだろうが、保守派であれば歴史闘争に関しても仲間に引き入れることができるかもしれない。

リビジョニストといって歴史の真実を探ろうとする人間をレイベリングしようとしているのは、アメリカでも民主党系の左派親中派のどうしようもない連中である。
むしろ、共和党系の人間は歴史の真実を見直すことを是とするだろう。
実際、F.D.ルーズベルトの犯罪を丹念に暴こうとしているのは、共和党系の保守派の学者だ。

日本では、歴史関係は特に左派が異常に強いので、アメリカの歴史家が書いた本だといって、いかにも第三者が中庸な立場で書かれたかのように翻訳出版される本は、左派親中派の本が多い。
典型的なのが、ジョンダワーのような極悪な共産主義者過激派の本だ。
日本ではそういう偏った本が従来、多く翻訳されてきた。国内の歴史本も同様だ。

だが、アマゾンのアメリカサイトを見れば、そんな本ばかりではなく、むしろ左派の本が今では少数かもしれない。

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2014年04月13日

Thinktank

日本もヘリテージ財団の研究所やcato研究所などと歴史や外交に関する共同研究を行うべきである。
日本にそれなりの外交研究所を作り、アメリカのまともな研究機関とともに、歴史研究を行う必要がある。
これが中共の反日プロパガンダのゆすりに対抗する一歩となる。
こういった研究所のアカデミズムを利用すべきなのだ。
アメリカを一枚岩とみて幼稚な反米意識に凝り固まり、アメリカ内部の味方となりうるまともな勢力を仲間に引き込まないのは、怠慢としかいいようがない。歴史戦争も、一種の日米安保の一環だ。
このままでは日本は中共と戦わずして負ける可能性が高い。
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Venona Files

ソ連が崩壊しスターリン時代のコミンテルンの活動に関する秘密文書、Venona文書が公開された。
これは暗号された文書であったが、解読が進み1995年くらいから一般公開されはじめた。
それまでは、証拠のない陰謀論とされていたものが、これにより事実だということが明らかになってきた。
マッカーシーの赤狩りでソ連のスパイだと濡れ衣を着せられたと言われてきた連中は、ほとんどが実際にソ連のスパイであったことも分かった。
スターリンのソ連時代にどのような謀略をコミンテルンがしてきたかが明らかになってきたのである。
日本でも、ルーズベルトの陰謀とか言われて陰謀論として片付けられてきたものが、これによって事実であることが確証されてきたのだ。
なんと、FDRの重要なポストにある側近は300人以上がソ連の工作員であることがわかっているのである。

ルーズベルトはアメリカの民主党の有名大統領だから、これらを明らかにするのはもっぱらアメリカの共和党だ。アメリカの保守派、共和党のインテリにとって、ルーズベルト政権のパールハーバー陰謀など、もはや常識に属する事実でしかないのだ。
共和党と日本の保守にとって、ニューディーラーや、共産党や、左派リベラルは共通の敵である。

ヴェノナ文書等の解明を通してアメリカの保守派の近現代史の歴史観はかわってきており、これを紹介した本「コミンテルンとルーズベルトの時限爆弾」(江崎著)から、対米戦争に至るコミンテルンの計画を纏める。
反日親中世論の養成、対米戦争は、コミンテルンの実に20年以上に渡る地道な工作活動の成果といえる。次のような段階で行われた。

(1)アメリカ共産党の創設
レーニンは1919年にコミンテルンを創設した。
コミンテルンの謀略の重点対象国はアメリカと日本だった。
日米の対立をあおって日米戦争へ誘導することを目的としていた。
そして1919年9月、コミンテルンアメリカ支部としてアメリカ共産党を設立。
その代表は、なんと日本人の片山潜。片山はスターリンの朋友。


(2)人民統一戦線を構築せよ

1931年、満州事変が勃発。
コミンテルンは対日経済政策を起こすように各国の共産党へ指示。
これを受けて、アメリカ共産党は、日本の侵略に抵抗する中国人民の戦いを支援する世論を形成して日本を押さえようとする。
1933年、ヒトラー政権が成立。
ソ連は、日独の反共、反ソ連国家の台頭に脅威を感じ世界戦略を転換する。
日独、ファシズム国家と戦うために、後半な人民統一戦線を構築するよう指示。
ルーズベルトは、ソ連との国交を樹立。

アメリカ共産党は、「反戦・反ファシズム・アメリカ連盟」を設立
労組や教職員組合に入り込む。
共産党色を消した反ファシズム運動を組織し、リベラル派、キリスト教グループを取り込む。

アメリカの人民統一戦線のリーダーがアール プラウダ。
プラウダはプロのスパイで、南京虐殺を唱えたアグネス スメドレーとも仲間。
スメドレーもソ連スパイで工作員と判明している。

(3)アメリカの最大シンクタンクIPRの乗っ取り工作
当時のアメリカ最大のシンクタンク「太平洋問題調査会=IPR)をアメリカ共産党が乗っ取る。エドワードカーター(ソ連工作員)が事務総長になり、オーウェンラティモアを抜擢。ラティモアはIPR紙上で、日本を非難し、中国を擁護。

ヴァンダービルト、フィールド(赤い億万長者)、ハーバートノーマンなどがIPRの主要メンバー。
IPRが支援し、フランクキャプラ監督の宣伝映画「汝の敵を知れ」「南京大虐殺」などを作成。これら反日宣伝映画は、ジョージマーシャル陸軍参謀総長によって指示され作成された。

(4)中国共産党を指示する雑誌「アメラシア」を創刊
フィールドとジャッフェがアメラシアを創刊
ラティモア、スメドレー、ビッソンが編集

(5)ルーズベルト大統領一族を取り込め
1937年盧溝橋事件で、反日親中運動をいっせいに展開する。
アメリカ共産党が、「反戦・反ファシズムアメリカ連盟」を組織し、名称を「アメリカ平和民主主義連盟」に改称。さらにこの下部組織として「中国支援評議会」を創設。
これの会長にルーズベルトの母親がなる。
事務局長は、ミルドレッドプライス女子がなる。

ティンパーリにより、南京虐殺の本が出版、反日キャンペーンがはられる。
これは蒋介石の国民党がバックであった。コミンテルンも関与。

(6)スティムソン国務長官を利用したロビー活動

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the Constitutuion of GHQ is a Knot of Gol Diaz

日本の現行GHQ憲法は、マッカーサーのかけたゴルディアスの結び目であり、これを解く人間が日本に登場しなければならない。というか私はそういう政治家を熱望している。
GHQ憲法は、共産主義にかぶれた素人のねーちゃんやヤンキーの書いた落書きに過ぎないが、これはゴルディアスの結び目だから、正攻法で解く事はできない。
つまりアレクサンダー大王のように、ゴルディアスの結び目は剣で一刀両断しなければならない。

基本的にGHQ憲法は無効であり、帝国憲法が生きているという解釈が正しい。
サンフランシスコ講話の際に、GHQ憲法を廃棄し、憲法を取り戻すべきであった。しかし、その前にGHQによる公職追放がありまともな有識者は追放され、世の中は真っ赤かという状況だったがために、それができなかったという歴史的な経緯がある。

しかし、GHQ憲法を無効として廃棄する判断をしなければ、このゴルディアスの結び目はずっと解けない。
とはいえ、時間がないのも事実だ。あと20年くらいしか日本に猶予がないとすれば、憲法9条の廃止、または改正だけでもしないといけない。

安倍さんも頑張っているのだろうが、消費税増税を決めてしまったという1つの失策で、長期政権は苦しい状況になった。デフレからの脱却はもはやできないだろう。
もはや、デフレから脱却するには今度の内閣改造で高橋洋一氏を財務省大臣にするくらいのことをしないと駄目だ。
しかし、今の政治家には、安倍さんを上回る人物が見当たらないのも事実だ。だから、しばらくは安倍さんに頑張ってもらうしかない。
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2014年04月11日

Letter from Iwojima

クリントイーストウッドの「硫黄島からの手紙」をまた観た。
さすがイーストウッドというべきか、この映画は日本人しか出てこないが、いわゆる外国人監督が描く東洋人という絵にはなっていない。つまり外国人監督の撮る東洋人なり日本人は、どこかちまちました動きをして、日本人から見ると違和感を感じる。
こういった西洋人の視線がいわゆるオリエンタリズムというものだ。
しかし、この映画にはそれが全くない。人物をローアングルから撮るのは、日本映画を研究しているのであろう。
外国人が作った映画で、このように日本人がちゃんと重厚に描かれている映画は希有というか初めてだろう。

硫黄島は東京都の島である。日本にとって硫黄島の決戦ほど大事な戦争はなかったが、日本人は硫黄島を忘れ、アメリカでは硫黄島が語り継がれている。だから、これだけの大作映画が作られた。
硫黄島に限らず、大東亜戦争のことなど、今の日本人は何も知らないだろう。
私もほとんど知らなかったが、このところ、大東亜戦争の本をいろいろと読んでいる。
この映画では、徹底的に活劇的な要素を排しているが、当時の日本をよく描いていると思う。

しかし硫黄島であれだけの激烈な抵抗ができたのは、日本側に強力な新兵器があったこともあるらしい。
兵力差は5倍以上だが、死傷者ではアメリカが日本を上回った。
ロケット砲、155ミリ榴弾砲などの新兵器を導入していたのである。

安倍さんは、硫黄島の戦没者の遺骨収集を官邸費用を300億使って本格的に行うと言っているようだ。
これは大事なことである。
ヨーロッパでも、無数に沈んだ船や潜水艦を一つ残らず特定し、見つけようと今もしている。

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2014年04月07日

Right wing socialism in Japan

日本では共産主義は戦前も受け入れられなかった。これは共産主義が天皇を否定する革命思想だからである。
共産主義は危険思想と恐れられ、共産主義を取り締まるために特高などが作られた。

しかし、その後、日本では共産主義の代わりに「天皇を戴く社会主義」が生まれる。右翼にして社会主義という日本独特のものだ。
陸軍では、皇道派と統制派がそれである。1936年2月26日に皇道派が226事件のクーデターを起こすが、天皇によって、あっという間に鎮圧される。その後は、陸軍統制派が力を持つようになる。統制派は、その名の通り、社会主義的な統制経済を目指していた。これに、同じ統制経済思想をもつ革新官僚とが結託する。
当時の首相、近衛文麿はこれら左翼思想にかなり染まっており、これらを思想的背景として1937年に企画院を作る。
企画院は経済版の参謀本部のようなもので、これによって日本に国家総動員体制という全体主義体制が構築される事になる。

ナチスが国家社会主義であったように、日本は天皇社会主義だったわけだ。
ただ、日本の場合、統制経済だけで独裁者のような強いリーダーシップはなかった。
エリートが全てを決めるという、学歴をベースとした官僚主義だった。
このため、日本は日露戦争までの日本とは大きく異なり、お役所主義で、臨機応変に変化に対応できなかったし、これほど戦争に向いてない体制はなかったといえる。
日本がなんの戦略もない行き当たりばったりの戦争をしたのは、日本が官僚社会主義に陥っていたからだ。
負けるのは当然だったと言えよう。
だが、前線で戦った人びとは、別に社会主義者でもなんでもなく、国や家族を守ろうという使命感で必死に戦っただけなのであろう。もちろん、それだけではなく、アジア解放、植民地主義打破といった大東亜戦争の大義を信じていたし、それは信じるに足る大義であったのだ。このことは、大川周明の欧米の植民地主義批判の書、「英国東亜侵略史」「米国東亜侵略史」といった本が当時広く読まれており、人口に膾炙していた事からも分かる。

しかし、現場の奮闘むなしく官僚社会主義の不合理、非効率、超無責任体制によって負けた。
近衞が日本は右派も左派も同じ社会主義だということに気づいたのは、時既に遅く1945年頃のことだった。
その事を、近衞は天皇陛下に上奏し謝罪している。

そして、この官僚社会主義体制は、戦後も生き残り今に至っている。

posted by libertarian at 16:32| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月06日

Priviledge makes structure after war

日本は1945年以来、GHQによって完全なる検閲、言論統制体制が敷かれ、1952年までの7年もそれが続く。
憲法をめちゃくちゃにし、さらに公職追放という一種の文化革命によって本来の知識層を完全に追放し、その代わりに左翼の魑魅魍魎を要職にすえた。それによって、教育、メディアは左翼に牛耳られるようになった。
この時の検閲には5000人規模の日本人が使われた。これらGHQの検閲に加担した連中が戦後の教育、報道を牛耳り、公職追放後の権力者となる。この連中の全氏名を公表することから、日本の戦後処理は始めなければならない。

つまり日本の戦後は、GHQと共犯関係を結んだ連中の戦後利得特権によって形成されてきた。
日本の戦後は中共や朝鮮と同様の嘘、デタラメによって作られたフィクションの中にあったといえる。
大江健三郎などの世代は、そのようなフィクションに洗脳され、それがフィクションであることをついぞ認識できなかった哀れな世代と思える。
大江健三郎も一種の戦後利得者であることには違いないが、カルトに洗脳された秀才のような愚かさしか感じない。
哀れだが、紅衛兵のように、とてつもなく有害で犯罪的だ。

posted by libertarian at 01:36| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月02日

Tax

消費税増税で思うのは、5から8%への増税と言っているが、実際はもっと上がっているということだ。
8%は最低ラインであり、実際は9%くらい値段が上がっている。
増税は、最も効果のあるマイナスの財政政策であり、これに対抗するには、唯一にして最もプラスの効果のある財政政策である減税で打ち消す必要がある。

posted by libertarian at 10:12| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

STAP cell

STAP細胞騒動だが、こういうのを見ると、マスゴミの馬鹿さ加減にいらつく。
日本のマスゴミは、日本の内なる中共、朝鮮だ。
理研もことなかれ主義で、マスゴミに便乗して、研究者を迫害しているのにもあきれる。
これは理研の野依理事長の性格の悪さが原因だろう。

そもそも、STAP細胞がほんとにできるのか否かだけが、問題の本質で、論文の手続き上の瑕疵ばかりあげつらうのは本末転倒だ。
STAP細胞には大きな特許も絡むだろうから、こういう形で研究者をいじめて追いやって行けば、もしSTAPになんらかの正しさが含まれていた場合、全てを無にしてしまう。その時、誰が得をするのかを考えなければいけない。

こういった実験科学は、別に論文に嘘を書いてなくても、再現が難しいことは多い。
青色LEDを実現した中村さんも、特許や論文を読んでも、誰も再現などできないと、ほんとの事を言っていたが、論文や特許にはそういう駆け引きの部分があり、書いてある事は全部本当でも、再現の必要条件には達していない場合が多い。料理の塩梅までは料理本に書けないのに似ている。
それは研究の暗黙の慣習であり、それを外野の素人が批判するのは間違いだ。

理研がSTAP細胞を再現するなど、実際にやってみるべきなのだ。そしてできなければその時、はじめて出来ませんでしたと言えば良い。

posted by libertarian at 09:45| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月30日

Right of collective self-defense

集団的自衛権の問題があるが、集団的自衛権そのものはもともと自然法上の権利であり、当然に存在する。
誰が何と言おうとも、存在する。
内閣法制局がいくらないと言っても存在するのだ。もしそれがなければ、日本という国家が存在しないと言うに等しい。
もし、個人に自衛権がないのであれば、暴漢にあっても抵抗せずに殺されろ、やられるままにしてろということに等しい。
そんなことはあり得ない。
集団的自衛権とは、その個人的な自然権の延長にあるだけのものである。

内閣法制局は、本来、法案のチェックをするだけの部門だが、とんでもない思い違い、思い上がりがある。
そもそも、内閣法制局などという行政部門に、憲法解釈権限、違憲判断権限がないのも当たり前のことだ。
これについては、高橋洋一氏が説明している。

問題なのは、従来、集団的自衛権がないというクレイジーな前提で諸々の法的判断が行われてしまっているので、これを修正しなければいけないということだ。
こんなところから始めなければいけないのだから、日本はやはり異常な国としかいいようがない。

posted by libertarian at 21:43| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

National interest ?

国際政治や歴史の本を読んでいると、国益という言葉がやたらと出てくる。
しかし、「国益」という言葉は要注意だ。
一体、国益とは何のことなのか定義がない。通常、最後の最後まで定義がなしで、頻繁に使われる。
特に歴史や政治といった人文系の連中は、記憶力だけはあるが、経済学も科学も全く分かりませんというレベルの人間が多い。こういった連中がイメージだけで話す国益なんてものは、大概ろくでもないものであろう。
ある人間は、貿易黒字が国益だとかイメージしているかもしれない。
ある人間は、貨幣価値が高くなるのも国益だとかいうかもしれない。




posted by libertarian at 20:52| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Revise history

最近の日本は右傾化し、歴史のリビジョニストが増えてきたとか言われる。
普通、リビジョニストというのは、良い意味では使われない。過去の罪を悔い改めるのでなく、開き直って正当化しようとする危険で反動的な連中といったような意味だろう。
要するに日米の左派陣営が戦後長いこと折角国民を洗脳してきたのに、それを見直すのはけしからんと言ってるわけだ。

しかし、GHQ史観は別に国際条約、国家間協定でも何でもない。間違った歴史は正されなければならないのは当然である。
歴史観とは別に条約でも契約でも義務でもなんでもなく、内面的な自由の領域にある。
もちろん、何が事実で何が事実でないかは、学問的な真実の問題だ。
GHQ史観こそがトンデモなものであることは、明白な事実である。そうでないというのなら、証明してみろ。
間違った歴史認識は潔く改めなければならない。

「永遠の0」が500万部のベストセラーとかなっているようだが、たしかにこれだけ売れるのは、ブームやヒットというよりは現象といえる。この本もリビジョニストの本ということになるのだろうか?
私もあの本をつい先日、一挙に読んだが、面白かった。
歴史観としては、従来から日本の保守の人が言っていることと齟齬がない。
普通の日本人は、大東亜戦争に関しては何も知らないし、軍国主義と全体主義による狂気の戦争といったイメージを持っているくらいだろう。そういった何もしらない状態で、作られた表層的なイメージだけのものであった戦争をはじめて意識の俎上にのせた脱洗脳的な威力があの本にはあったのだろう。
いかになんの戦略もないところで、めちゃくちゃな戦争をしていたのかということがよくわかるし、戦争を美化したものではない。

大東亜戦争が勝てるはずのない戦争だったというのも嘘だろう。むしろ戦い方がめちゃくちゃで、負けようのない戦いにも負けている。
大東亜戦争が最悪だったのは、終戦シナリオが大本営になかった点だ。
そもそも石油がなく、開戦当初は、あと7ヶ月で石油もなくなると言っていたのに、どうやって4年近くも戦争できたのか?
インドネシアに行って石油は確保できたのであろうか?
戦争を長引かせたことが最大の敗因だ。最初の半年で和平に持ち込んでいれば完全な勝利で終わったはずだ。
大本営の無能さは万死に値する。そして外交も失敗したのである。
戦争にまけることで、日本の明治維新から日露戦争にいたる栄光の歴史と積み上げてきた富の全てを日本は失い、日本は文字通りの0に、アフリカを含めた世界最貧国となったのである。

最大の誤算は、第一次世界大戦以降、アメリカの台頭により、日露戦争の頃の国際法、ウェストファリア条約に基づく限定戦争が、総力戦(Total war)に変質していたということを認識していなかったことだろう。
おそらく、日本はアメリカが国際法もなにも無視した、あれほど無法な残酷で非人道的な戦争をしてくるとは、さすがに予想はしていなかったに違いない。
日本は戦争に負けたが、悪いのは明らかにアメリカ、戦勝国側なのである。
日本の復讐を恐れたから、連合国側が洗脳をしたのが事実だろう。
もちろん、戦勝国に復讐をしようというわけではない。
だが歴史認識を正さない限り、日本の自立は今後ともあり得ない。
戦後レジームというのは、GHQ史観から派生する諸々の判断のことであり、ここから脱却して日本は自主独立しようということだ。そうしないと、中共にやられてしまうという恐るべき現実があるからである。
posted by libertarian at 19:27| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月29日

Peer pressure

日本は1945年に敗戦したというが、GHQの占領は1952年まで続くから、実際の戦争はその時に終わった。
このように考えると、自分が生まれたのは終戦からあまり経っていなかったのだと改めて思う。
日本が独裁軍事国家だったというのは、ドイツ、イタリアとの日独伊三国同盟などというものに間違って入ってしまったからで、日本は必ずしも政治的には独裁国家ではなかった。戦争中だから軍事国家だったことは他の国と同様だ。
しかし、大東亜戦争の戦略はめちゃくちゃだったし、兵士を使い捨てのコマとしか見てない当時の軍部のあり方は、やはりアジア的な野蛮さだった。
これは日露戦争が不可能な勝利を可能にしたもので、その時の203高地の戦い方を踏襲したような感じがある。
明治維新から日露戦争までは一続きの歴史であり、維新の英雄達が日露戦争までは残っていて活躍した。
日本の維新からの歴史は日露戦争(1905)を頂点とする。

その後世代交代により、議会政治は、極端なポピュリズムとなり、明治の元勲たちがもっていたグランドビジョンは失われた。
実際のところ、自由民権派が議会をかき回していたし、議会がしっちゃかめっちゃかになってしまった。
欧米は、貴族制が残る社会だから、議会がこのようなポピュリズムに嵌ることはなかった。
議会が混乱する中で、官僚制が補完するものとして強力になって行った。これも今に続く。

日本は戦前からある意味、欧米以上の極端なデモクラシーであった。これが自由民権という衆愚政治に陥り、政治的な決断が困難な政治体制になっていった。
大東亜戦争にしても、戦略の欠如した、誰が何を決定しているのか分からない、無秩序なものであった。
それを決定するのはもとより天皇ではないし、議会は混乱し、軍部は議会にあいそをつかしていた。
中心のない秩序というのは、小さな社会ではあり得ても、国家レベルの大組織となると無責任なだけの体制となる。

大東亜戦争時の日本が、欧米から見ればカルト集団に見えたのも不思議ではない。
しかし、独裁制でもないし、デモクラシー、議会政治は欧米以上に行われていたし、一方で兵士は使い捨てのコマとして全体主義社会のように扱われたのも事実である。
日本社会の同調圧力の強さというのは、欧米のような独裁的な権力によるものではなく、もっと低い村社会的なレベルからあるのだろう。
軍隊組織も、出身地別に部隊編成されていたようだ。

同調圧力は村社会的な中では強烈に作用するが、それをでると今度は極端に無責任な仕組みとなる。
官僚や軍人といった拡大村社会の中では、強烈に作用するが、もっと大きな全体という観点では、国がどうなろうと人が死のうが関係ないということになる。
こういった強固な村社会単位の集合体として、日本の民主主義なるものはあたかも全体主義のように動いているように思われる。

posted by libertarian at 09:26| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月27日

Biplane

20年ほど前に、オーストラリアで複葉機に乗ったことがある。
二人乗りの複葉機で、第一次大戦時に使われていたような木製の機体であった。
観光フライトだが、複葉機で宙返りをしたり、きりもみ飛行したりといった曲芸飛行を堪能できるものであった。
パイロットは、第一次世界大戦の生き残りのような爺さんだった。

私は、最初はカメラを持ってパシパシ写真を撮っていたのだが、曲芸飛行になると強烈なGに失神しそうになった。
手は上げていることが出来なく、身体中の細胞がGで潰されるような感じがあった。
目玉も潰れるような感じがして、目の前が暗くなるのであった。
パイロットは、OKかと聞いてくるのを我慢してOKOKと言っていたが、強烈なGでフラフラとなる体験であった。
着陸後、よく頑張ったと誉めてもらったが、あの強烈なGのもとで操縦するのは凄いことなのだとよくわかった。

飛行機のパイロットジャケットというのは、伊達ではなく、強烈なGが掛かっても血が下がらないような仕組みになっているそうだ。映画トップガンではパイロットが皆、ムキムキのマッチョであったが、あれには意味があったのだ。
強烈なGのもとで操縦桿をコントロールするのには、大変な体力、腕力が必要なのだ。
シミュレーションゲームで飛行機操縦をどんなにやっても、あのGを再現することはできない。


posted by libertarian at 22:44| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月22日

Essence of failure

大東亜戦争は、日本側に大きな戦略上の失敗があったことは結果的に明白だ。最初の半年が怒濤の進撃だったから、トップの方で戦争目的が肥大化していったのかもしれない。
アメリカや欧米に対する怒りもそこにあっただろう。
だから大東亜共栄圏という形で、戦争目的の拡大をしたのであろう。
レパルス、プリンスオブウェールズを撃沈した初期の段階で戦争目的を達したとして、和平に持ち込んでおけば、完全な勝利で終わったはずだ。最初は短期決戦だったはずなのに、好調すぎたがゆえに、調子にのって方針を変更したのだ。

負けた直接の原因は、山本五十六などの責任が大きい。
真珠湾攻撃は山本の思いつきの攻撃で、当初の計画にはないものだった。
ミッドウェー海戦では、日本の方が負けるはずのない5倍はあるだろう圧倒的な戦力を有していたのにも関わらず、大敗を喫した。
戦略のデタラメさに官僚制の問題もあったろうが、コミンテルンのかく乱もあった。
近衞の側近はコミンテルンのスパイだらけだったし、いわばハードは優れているが、ソフトにウイルスが紛れ込んだ状態だった。

重要なのは、原因を勘違いして間違った反省をしないことだ。
今までの大東亜戦争の反省は情緒的すぎるし、見当外れなものばかりである。
トップに戦略的な思考がなかったことが最大の敗因であるから、そこを反省しないといけない。
日本は昔も今もマクロ的な思考がよわい。ミクロに緻密なのが得意なのだろう。これは文化にも現れている。

間違った反省をしているから、今の日本も相変わらず同じ問題を抱えているのだ。
各企業は優秀だが、日銀、財務省をはじめとする官僚が馬鹿で村の論理で動いているから、日本はこの20年間デフレで苦しみ負け続けたのである。
その経済的な損失は大東亜戦争よりも大きいと推定されている。
posted by libertarian at 09:14| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月13日

Evolution doesn`t mean progress

進化論とは、ハイエクが指摘していたと思うが、ダーウィンが考えたアイデアではなく
ダーウィンが当時の経済学から借用してきたアイデアらしい。

進化論に関する典型的な誤解は、進化を進歩、progressのようなものとイメージするものである。
日本語ではevolutionを進歩に似た進化という言葉に翻訳したので、そのように誤解しやすい。
とはいえ、evolutionは世界的にもprogress と似たイメージで捉えられているような気もする。
例えば、人間は猿から進化したといえば、猿から進歩したと考えても良さそうなものと思うだろう。
では、人間は猿から変化したというのと、人間は猿から進化したというのではどうか?

evolutionは、進化ではなく、変化と訳した方がまだ適切だったと思う。
evolution説は、目的論的なニュアンスを排する点がポイントだからである。

進化論が目的論的に誤解されるようになって、進化論は人種差別を正当化するへ理屈としても利用されるようになった。
黒人は白人よりも進化レベルが低い劣った人種といったことが真面目に論じられていたのである。
これが優生学というやつだ。
evolution説とは、もともとは目的論を排除するために考えられたアイデアだったものが、おもいっきり目的論的に誤解され使われてきたといえる。
適者生存といった目的論的な概念と組み合わされることで、本来の意図とは別の目的論となった。

目的論的なものを導入すれば、それは科学ではない。
目的論の定義は難しいが、つきつめれば神の意志とか神の意図と同様のものだ。
今の分子進化論では適者生存のようなものは否定されているようだが、学校では進化論=適者生存といった教え方を未だにしているようだ。
そんなものを信じていたらろくな人間にならない。というか、そんなとんでもなことを信じていたら、20世紀の生んだカルト科学である優性論者になるしかない。
だから、いわゆる進化論を信じている日本の現代人は、そんなものを信じていない迷信を信じているアメリカ人より、科学的に劣っていると言えるのである。
posted by libertarian at 06:14| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月09日

HongKong

先日、香港に遊びに行ったわけだが、なぜ香港に行ったのかというと理由は単純で暖かそうだったからである。暖かいところは沢山あるが、私は中国は一度も行ったことがなかったし、暖かく、かつ料理がまともそうという理由で、香港を選んだわけである。実際、香港は台湾よりも少し南の亜熱帯なので、暖かかった。
ちなみに、私は台湾は支那の一部では決してないと考える。

香港は亜熱帯なのに、ヨーロッパという感じの街であった。しかし、亜熱帯だから公園にはフラミンゴがいるし、鳥の鳴き声はアマゾンの密林のようであった。
物価は、円安のせいでちっとも安くなかった。食費は日本より高いかもしれない。多分、観光地帯にいたからだろうが。
人間も南方系の顔をした人が多い。
もう一つ、香港で興味があったのが、IM Peiの中国銀行タワーやロジャース&フォスターの香港上海銀行ビルとかの見物であった。
香港島は開発が進んでいるが、九龍地区はビルが古くてボロく、再開発待ち状態だ。

食事に関してはいい店に当たらなかっただけかもしれないが、日本でちゃんとした中華の店に入った方がきっと味も価格も満足がいくのではないかと思う。
自分としては、一度行けば十分で、これ以上、香港に行きたいとは思わないが、もし私が大金持ちになったとしたら、香港への移住は検討に値するかもしれない。
香港に移住するには700万香港ドル必要だそうだから、一億円払っても十分に元のとれる金持ちは移住するらしい。

posted by libertarian at 12:01| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Matrix

戦後の日本の政治言論は、単純には(親米、反米)*(親中、反中)の4つに分けられる。左派は、親中&反米が典型的パターン。しかし親中&親米もいる
いわゆる保守は、反中だが、親米も反米も同じくらいいそうだ。

右から左に並べれば
反中親米<反中反米<親中親米<親中反米
となるだろうか。
いわゆる極右といわれる民族主義みたいなことを主張する人は、反中反米だが、この順番でいくと反中親米よりも左よりになる。
これは割と重要なポイントで、数学的に正しいのである。

この分類はもっと単純にでき、要するに、親中(左)か反中(右)かの2つで分類できる。
#ここに、昔は親ソか反ソという分類もあったのだろうが、今はソ連がなくなったので、曖昧である。

ここで、リバタリアニズムはどうなるのかというと、日本にそんなものは存在しないのでどうでもいいのだが、常識的には反中だ。
アメリカというのも非常に問題のある国であるから、国として見た時に親米というのは難しい。
そこでアメリカも一枚岩ではないことに目を付けて、反中&親リバタリアンというのが、私のスタンスである。
中国も必ずしも一枚岩ではないのだろうが、限りなく一枚岩に近いと思われる。
アメリカはその点、ある程度の多様性が存在し得ると考えるわけである。

それも大きくは、共和党と民主党くらいの多様性だが、民主党は論外であり、共和党はキリスト教色が強く碌でもない勢力が多い。
そこで、比較的にましな第3の勢力がリバタリアンというマイナー勢力とみるわけだが、これも必ずしも一枚岩ではない。
私が、内政と外交のバランスがとれていると思うのが、ミルトンフリードマン一派である。
ロンポールのような、ミーゼス一派は、経済理論が駄目なので政権担当能力はない。
ハイエクもオーストリアンという分類ではミーゼス一派に近い。

posted by libertarian at 11:20| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月07日

Historical facts

アメリカ人は、それなりのインテリでも歴史感覚がおかしいのが多い。これはリバタリアンでも同様だ。
ナチスドイツと大東亜戦争前の日本を同列に論じている馬鹿が多いのにはあきれる。

歴史認識がおかしいと、思想もおかしくなる。その点やはり歴史認識は、人文系の学問では大事だ。
おそらくリバタリアニズムに関しては、独立宣言や立憲主義が、ほとんど建国の神話となっていて、それにかなり依存しているわけだが、もしその歴史的事実認識が間違っていたらどうすんだ?という気がする。

開発ものを何冊か読んだが、「国家はなぜ衰退するのか」にしても、歴史認識がかなり怪しいところが多い。
しかし、それが事実として論を進めているのだから、それが事実かどうかは重大だ。
この本は開発経済学もので、やたらとよいしょされているようだが、つまらない本であった。
包括的制度とか、肝心のキーワードが未定義で、曖昧、かつ無意味である。

私の読んだ開発経済ものでは、「援助じゃアフリカは発展しない」(ダンビサ モヨ)が、ベストだった。
援助がプラマイ0なら良いのだが、実際は援助は大きなマイナスであるから、この本を書いたという。
この莫大な損害、損失に関して、サックスなどはまともに取り上げることすらしてない。何の反省もせずに、金が足りないと言っているから度し難い。おそらくサックスは開発利権と結びついているに違いない。

特に、この本でモヨは、直接投資の重要性を主張している。
アフリカへの援助も、日本の地方への公共投資も同じようなもので、役人が他人の金をばらまいているだけだからうまく行くわけがないのである。

個人が投資をすれば、それは経験になる。経験といった時間的要素は大事で、人間ならではの重要な条件だ。
経験の重要性を取り込んだ開発のキーワードは「国家は何故衰退するのか」には出てこない。
経験を通した発見的プロセス、またそれをドライブする動機、インセンティブといったものが大事で、投資行動にはそれらが含まれる。しかし、公共事業にはそれがない。


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2014年03月04日

Coming Emergency

最近のアジア情勢を見るとかなりキナ臭い。中国は、習金平体制になり侵略色を露にし、韓国は中国に属国意識で追従し、北朝鮮は崩壊寸前で、台湾は馬英九の外省人体制になり中国よりになっている。この調子だと、なにかのきっかけで、ほんとに有事が起こるのではないか。
安倍政権が、集団的自衛権の問題を急いでいるのも、この情勢と無関係ではない。秘密保護法はスパイ防止法であるから、急いで成立させた。
日本政府は脅威の存在を明確には言明しないから意図が分かりにくいのだ。

アメリカもオバマで弱体化しているようだし、日米同盟うんぬんも怪しいものだ。
このままだと、今まで、アメリカの属国として安心しきっていたツケを払うことになるだろう。
世界は日本人が思っているほどに、安定もしていなければ、安全でもない。
普段は現実政治に関心のない私が感じるくらいだから、あと5年くらいの間に有事が起こっても不思議ではない。
尖閣諸島問題など既にいろいろと伏線となる事態は起こっているのであるから。

posted by libertarian at 18:56| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月02日

Independence

リバタリアン的には反戦は当然だが、それは侵略的な戦争はしてはいけないという意味である。これが、いわゆる非侵害公理というものである。
しかし、自衛のための戦いを放棄する馬鹿はリバタリアンではありえない。

しかし大東亜戦争の時の日本人は、勝てない戦争をしたというが、戦争なんてものは日露戦争にしてもほとんど勝つのは不可能のような戦争であったし、結果論でしかない。後知恵で無理だったというのは愚かである。
株のチャートを後でみて、ここで買っておけばよかった、売っておけばよかったと同様の話である。

あらゆる戦争回避の努力をアメリカの謀略によってはねつけられ、植民地化されるか戦うかという状況になった。
もちろん、日本も短期に決めないといけないことは分かっていた。しかし日露戦争の時とは違って、世界大戦になってしまっていたから、局地戦で終えることができない状況になっていた。
日本は一国で、アメリカ、イギリス、フランス、オランダを相手にしたわけで、インディアンとアメリカ人の戦いのようなものだったようにもみえる。
今でもインディアンはいるが、インディアンは実質的に、精神的に虐殺され存在しないわけだ。

日本の敗戦後、イギリス、フランス、オランダといった国は、日本が解放した植民地を再度乗っ取ろうと侵略戦争を仕掛けたが、今度は現地の人間が日本人に倣い戦って独立を勝ち得たわけだ。

いまだに欧米のアーリア人のRacismは健在であろう。それは多少は社会的に抑圧されているが、情念のようなもので、なくなったわけではない。むしろ抑圧されたものは反動があると怖いものだ。

ブラックアテナで、バナールは古代ギリシャがヨーロッパ文明の固有文明とされたのは、20世紀の人種差別主義が盛り上がった時に作られた神話であると指摘しているわけだが、人種差別や異教徒差別は植民地主義や侵略を正当化するためのイデオロギーであって、人種差別が植民地主義の原因ではないと思われる。欧米はアメリカにしても侵略と虐殺の歴史であるから、その歴史を正当化しようとする限り、racismは潜在的になくなることはない。

posted by libertarian at 13:32| 東京 ☔| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Herbert Hoover

ハーバートフーバーは、次のように回想している。

「私が”日本との戦争の全てが、戦争を仕掛けたいという狂人の欲望だった”と述べたところ、マッカーサーも同意した。
マッカーサーは、”1941年7月の日本に対する金融制裁が挑発的であったばかりでなく、その制裁を解除しなければ、たとえ自殺行為であったとしても日本を戦争をさせざるを得ない状態にまで追い込んだ。経済制裁は殺戮と破壊が行われないものの、戦争行為にあたるものであって、どのような国であっても誇りを重んじる国であったとすれば耐えられることではなかった。”と述べた。
日本に対する経済制裁は弾こそ撃ってなかったものの本質的には戦争であった。」

この狂人とはFDRを指している。FDRこそは日本にとって最悪の戦争犯罪人だったのである。
そして、フーバーは日本を壊滅させることがあってはならないとトルーマンを戒め、「日本は本質的に西側に属する国家だ」と論じた。

そもそもルーズベルトは、経済制裁どころか、その前から蒋介石の国民党軍に相当な軍事援助をし続けていたし、爆撃機や傭兵も提供して日本を攻撃させようとしていた。ルーズベルトの謀略によって日本を強制的に戦争に引きずり込んだのは自明な史実と考えなければ話がはじまらない。アメリカの連中も口では決して謝罪をしないが、頭の中では非はアメリカにあると分かっているのである。

「アラモを忘れるな」と同じ、子供騙しの謀略をごり押しで通すまねをアメリカは歴史上ずっとしてきているわけで、パールハーバーを忘れるなもその繰り返しの一つだ。

日本は当初、露骨な植民地化、つまり婦女子の強姦や奴隷化を恐れていたが、アメリカの進駐軍はそれほど酷いことはしなかったから、最初から戦争しなければよかったと思ったのであろう。だが、原爆をはじめ、占領前に散々無法な虐殺をしていたのである。
終戦直前からのめちゃくちゃな状況は、アメリカやロシアの国際法を無視した蛮行によってもたらされたもので、それはまさに植民地支配で行われた蛮行となんらかわらない。
占領後は7年も留まって、war guilt information作戦による洗脳、歴史の改ざんを行い、日本の国を根本的に社会改造をしようとした。しかし、そのうちソ連との冷戦が緊迫してきて、日本を反共の防波堤にしようと方針転換したわけだ。

そして、日本は結果的にアメリカのGHQの洗脳政策とロシアコミンテルンの策略が交錯する冷戦の舞台となり、国内言論はめちゃくちゃになった。
日本人の右も左もなにも分からないという状況は、精神的にはかなりのストレスになっているだろう。

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Incentive to science

日本は古くは関孝和のような数学の天才を輩出しているが、科学というのが発展しなかった。いわゆる科学は近代ヨーロッパでのみ発展したといえるが、そのインセンティブは何だったのか?
日本でも数学の天才は、たまに生まれるが、それが科学にはなぜ結びつかなかったのか?
日本では天文学もほとんど発達していない。

ヨーロッパで科学が生まれたのは、ギリシャであり、その後、1300年の断絶のうち、ルネッサンスで科学が復活する。
ルネッサンス以降、科学はヨーロッパで急速に発展した。その根本理念がアトムであった。
科学のような金と時間を要する取り組みに対するインセンティブが何であったのかがよくわからない。
通常は、名誉欲や金銭欲がインセンティブであったりするわけだ。
好奇心といったものだけでもインセンティブとしては不十分な気がする。
アトムという概念と無神論はセットになっており、教会に対する反発もあったとは思うが、ニュートンなどは別に無神論者でもない。

天文学はギリシャの昔より科学の元であって、それと数学が結びつき、アトム論が結びつき、近代的な科学が生まれて行った。
日本には昔から天文学がなかったのが、自然科学が発達しなかったことと関係があるのかもしれない。

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2014年02月28日

Manifest Destiny

アメリカは西へ西へと侵略していくことが、Manifest Destinyとして国是のようにある国だが、それも、そろそろ地球を一周してしまいそうだ。となるとやはり、今後は宇宙を目指すしかないようになる。実際、アメリカの宇宙開発の意欲はすごいものだ。宇宙開発には軍需産業も転換しやすいと思われる。
宇宙には、先住民はいないだろうし、チャレンジングであり、アメリカが目指すのにふさわしい無限の荒野といえる。

しかしアメリカは合衆国であるわけだが、もはや一つに固まっている意味があまりないように思われる。
アメリカは歴史的に領土の拡大、statesの増大とともに連邦政府が急速に肥大化していき、建国の理想とは異なり、連邦政府がモンスターのような制御不能な存在になってしまった。

ドルにしても、50州の全てが最適通貨圏ではないという指摘もある。アメリカがある程度、分かれて連邦制を縮小し、通貨発行も分散し、州毎に通貨発行をした方が健全な姿のように思う。そこで通貨の競争が起こる。
今の肥大化しモンスターとなったアメリカ連邦政府を制限するには、一度、分かれた方がいいのである。
そして、分かれても、自由貿易、もしくは完全なる無関税、人に移動の自由だけを保障しておけばよい。
EUにしても、通貨統合は意味がなく、完全自由貿易圏だけ達成できれば十分だった。


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2014年02月27日

Liberation

香港に行ってきた。その飛行機の中で、ヘンリーストークスの書いた「英国人記者の見た連合国戦勝史観の虚妄」という本を読んだ。

私も昭和の洗脳空間で育った人間であるから分かるが、あまりにも洗脳というのが徹底的であったがために、今でも日本の大東亜戦争を日本の侵略戦争と思っている人は多いと思う。
テレビ、新聞といったメディアが徹底的にGHQの東京裁判史観を報道洗脳してきたからだ。
ここら辺、今の日本人の歴史意識は統計調査をしてみるべきであろう。教科書が変わってないから今もほとんど同じであろう。

大東亜戦争を日本の問題として論じると、洗脳された連中がぎゃあぎゃあ言ってきて全く議論にならなくなるので、むしろ、当時の植民地主義とはどういうものであったかということをちゃんと教えることから始める方がよい。
植民地主義とは、大航海時代から500年続いた、欧米による有色人種への徹底的なracismに基づく、略奪、虐殺、奴隷化、収奪がセットになったものである。
アフリカが広大な土地にも関わらず人口が少なかったのは、奴隷化によって人口が激減したためと考えられる。

この意味で、侵略とは、まさに欧米の植民地主義のことだ。
日本の大東亜戦争は、大東亜共栄圏という理想を掲げ、その欧米の植民地支配を打ち破ろうとするものであり、それは侵略の要素はほぼ全くない。虐殺も奴隷化も収奪もなく、持ち出ししてインフラを整備していたのだ。
当時の日本人はアジアの情勢から植民地化されるとどうなるかをよく知っており、欧米の植民地主義に抗って日本が独立を維持する方策を真剣に考えていた。その結論がアジア全体の解放でもあったのだ。

実際に、その目的はかなりの程度まで達成され、それまで何百年も植民地支配されてきたインドやインドシナ、インドネシアの国は独立が可能となった。これは日本がイギリスや、フランスやオランダに勝ったからこそ、可能になった。
日本は現地の人間を、ちゃんと人間として尊重し教育し自信をつけさせ、戦う方法を教え、戦う武器を与えたからこそ独立できるようになったのである。

今では、植民地支配というのは経済的にも愚かな行動であることがわかってきて、当時のような露骨な植民地主義はないだろうが、植民地化の結果としての洗脳空間は未だに日本は健在なようである。
戦時中に個別にはいろんな問題もあったろうが、歴史的大局観としては、反植民地主義運動として、大東亜戦争を見なければ何も分からないことになる。

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2014年02月23日

Atom and Renaissance

ルクレティウスの本が発見されたのが1417年で、それでエピクロス思想がはじめて発見されたのかと思いきや、実は、ディオゲネス ラエルティオスのギリシア哲学者列伝がそれより前に、12−13世紀頃に発見されていたようだ。
となると、その10巻にエピクロスの本がそのまま写されているから、ある程度、エピクロスのことは知られていたことになる。
しかし、その量は少なかったし、ルクレティウスの本(右矢印1これは「物の本質について」という題で岩波からでている。より直截なタイトルは「宇宙をつくるものアトム」らしい)の方が、エピクロスの思想を詳しく説明したものだった。

古代ギリシアの書物の発見としては次のようになるらしい。

1100年頃 ヘロンの気体論
1269年 アルキメデス
12−13世紀 ディオゲネス ラエルティオスの「ギリシア哲学者列伝」
1417年 ルクレティウス 「宇宙をつくるものアトム」

そして、活版印刷が1450年頃に発明され、ルクレティウスの本「宇宙をつくるものアトム」は1473年に活版印刷で出版される。
この本はアトム論を通して明確に神の存在を否定しているが、驚くべきことに禁止されることもなく版を重ね5刷もでた。
この時点で、アトム論は広く人口に膾炙し、原子論ブームのようなものがあったようだ。

コペルニクスは、自分の地動説を唱える本を注意深く自分の死後に発表するように遺言し、その亡くなった年1543年に発表された。
この本の中で、原子論をも論じている。
ジョルダーノ ブルーノは、コペルニクスを支持し、異端審問でイエズス会によって焚刑にされたが、その著書「無限、宇宙、および諸世界について」でエピクロスの原子論に肯定的に言及している。

さらに、シェークスピアの戯曲の中には、アトムという言葉が多く登場する。当時の流行語となっていたようだ。
ルネサンスというのは後世の歴史家による時代区分であるが、1400年代に開花し、1500年代に頂点となる。
その一つの頂点として、ガリレオなどが生まれた。この頃には原子論は流布してたようだ。

実際、中世の作家は多く原子論に言及しているらしい。
ラブレー(1494-1553)は、ルキアノスに言及
モンテーニュ(1533-1592)は、デモクリトス、エピクロス、ルクレティウスに言及。特にルクレティウスから多く引用

「1417年 その一冊が世界を変えた」にあるように、ルネサンスとはルクレティウスの本を通したエピクロス原子論の復活、科学合理主義精神であったわけだ。(ちなみにこのグリーンブラットという人は歴史学者でなく、文学の人だった。とくにシェークスピアが専門で、シェークスピアからエピクロスにたどり着いたのであろう。)

エピクロスのアトム論というのは、アトムだけを論じたわけではなくて空虚、真空とセットになった概念で、これにより浮力の概念などを原子論的に説明することが可能になる。これに比べ、アリストテレスは、アトムを否定し、真空を否定した、ある種の連続概念を唱えていたようだ。
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2014年02月22日

Colonialism is not trade

植民地主義や人種差別に対する欧米の知識人による批判というのは、今まであったのかどうかが非常に疑問である。
ハイエクが人種差別や植民地主義を批判したなんてのも、見たことがない。だが当時はまだそういう時代だったはずだ。

今では人種差別や性差別に関しては、国内的には抑圧されている状況だが、これが国家間となると、自分の国から見てout of lawの人間は、どうも未だに人間とは扱われないようだ。
ラスカサスの恐るべき告発の書「インディアスの破壊についての簡潔な報告」があるが、この本はスペイン人のアメリカ先住民に対するあまりに凄まじい残虐行為が淡々と書かれていて、読むのが辛くなるような本だ。ラスカサスは、人種差別を批判した少ない人間の一人である。人種差別という言葉では生温いのだが。

しかし、ほんの100年くらい前までは、人種差別や奴隷が当たり前の時代だったわけで、そこから人類がどれだけほんとに進歩しているのかは疑わしい。
この100年くらいで、動力、エネルギーの利用技術が指数的に増加したがゆえに、奴隷の経済性が落ちてきて、奴隷制が経済的に成り立たなくなったから廃止されたと考えるのが妥当のような気がする。人道的な見地よりも経済性が主な原因かもしれない。

法の支配というのが、結局のところ一国内でしか成立していないわけである。ジョンロックにしても、奴隷売買している会社の役員をやっていたようだ。西洋の宣教師なんてのも布教と同時に奴隷貿易をどうどうとやっていた。
つまるところ、人間の権利というのは、この100年くらいで、一国内の階級的な特権であったものから、国民全員に与えられるという発展をとげたが、一国内の外側には全く及ばないという限界がある。
アニマルライツは、極端な感じがするが、一国内の人間以外の外の人間に対しては、アニマルライツすら存在しないわけだ。
しかし、国内の家畜に対してはアニマルライツを認めようとする。

貿易や交易というと対等でフェアな感じがするが、近代までの歴史は欧米による収奪と虐殺の歴史である。
それを交易と呼ぶのは、反省が足りなすぎる。収奪によって欧米が経済発展したのは間違いないだろうが、侵略され虐殺された側には巨大なマイナスしかないし、民族虐殺されたら発展の可能性もなにもない。
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2014年02月20日

History of America

アメリカの歴史について、簡単にまとめた。備忘録

1492 コロンブス上陸

1494 Tordesillas条約

1620 メイフラワー号 ピルグリムファーザーズ

1773 ボストン茶会事件

1775  独立戦争はじまる
1776 独立宣言
1783 独立戦争おわる

1803 ルイジアナ買収 (T ジェファーソン大統領)

1810 メキシコ戦争はじまる
1821 メキシコ戦争おわる

1853 ペリー艦隊 日本にくる

1861 南北戦争はじまる
1862 黒人解放宣言
1865 南北戦争おわる

1898 ハワイ併合

1960 ベトナム戦争はじまる
1964 黒人への公民権
1975 ベトナム戦争おわる

最近のイラク戦争とかは面倒なので省略。
コロンブス上陸以来、メイフラワーなどの移民が本格的に始まるまで、120年以上ある。
これは、当時の航海術が未発達であったというのもあるかもしれない。
ハリソンのクロノメーターH−1が発明されたのが1730年で、普及するのが1770年頃から。

建国時の有名人物 生年と没年
ベンジャミン フランクリン 1705−1790
ジョージ ワシントン 1732−1799
トマス ジェファーソン 1743−1826
ジェームス マディスン 1751−1836
アレクサンダー ハミルトン 1755−1804


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Colonialism

サザンの歌で、一番知りたい近代史の歴史を授業ではやらんというのがあった。
これは誰しもが思うことだろうが、あまりに歴史教科書の記述が酷いので、歴史の教師があえて避けているのかもしれない。

近代史について、知らなければいけないのは、植民地主義、colonialism である。
これは大航海時代から、500年以上続いたもので、下のWIKIの地図のとおり、20世紀初頭は、世界は、欧米の十数か国と、日本しか国と呼べる国はなかったわけだ。
日本が明治維新によって、植民化をなんとか回避したが、結局、それも60年位しかもたず、1945年にアメリカに占領される。
日本は、それ以来、アメリカの従属国、dependant stateとして位置づけられる。天皇制を維持したくなければ、ハワイと同様の州になっていてもおかしくはない状況だ。
しかし、20世紀には植民地主義は、すでに斜陽しており、奴隷貿易も下火になっていた。これが、もし19世紀に植民地化されていれば、悲惨な状態になっていただろう。江戸幕府が鎖国したのも、この植民地化の脅威にさらされていたからだ。

この、当時の植民地化による食うか食われるかの現実があったことを歴史の授業で全く教えないのは、非常にまずいことだ。
そのために、日本人は、歴史感覚がなく、結果的に世界のことがさっぱり分からない。

Map of 1914 empires colonies territories

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Primavera

ボッチチェリの春(プリマヴェーラ)は、1482年頃の作品。
私は、この絵を昔、ウフィツィ美術館で見たことがある。実物もかなり大きな絵である。
この絵画は、ルクレティウスの詩(事物の本性について)がモチーフとなっている。
Wikiを見ると、その詩が載っている。

Spring-time and Venus come,
And Venus' boy, the winged harbinger, steps on before,
And hard on Zephyr's foot-prints Mother Flora,
Sprinkling the ways before them, filleth all
With colours and with odours excellent.

(大意)春とともにヴィーナスとキューピッドが姿を現し、
ゼピュロスは春を呼ぶ強風を吹き立て、
フローラは色とりどりの花々と芳香を周囲に満ちあふれさせる

− 『事物の本性について』


ルクレティウスの本が、ポッジョにより1417年に掘り出され、エピクロス思想がフィレンツェに復活した。
ダビンチも、ルクレティウスについて書き残しているようで、その影響は広範なものであった。

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2014年02月15日

The case of democracy

ナタン シャランスキーの「なぜ、民主主義を世界に広げるのか」という本をざっと読んだ。この本は、ベイビーブッシュが読んで大変共感したそうだ。
シャランスキーは、ユダヤ系のロシア人で理系の人間だ。ソ連の崩壊によって政治犯から釈放されたそうだ。
しかし、この内容は酷い。さすがに、ブッシュが共感したというだけのことはある。
「私の提案した判定方法を使うと、世界は自由社会と恐怖社会の2つのカテゴリーにわかれ、中間には何も残らない」そうだ。
このような無教養きわまりない理系馬鹿はどうしようもないが、それがブッシュという馬鹿同士で共鳴してしまったのが、この世の不幸である。

中東は自由になれるし、それを中東の人間は望んでいるという。
力による自由化なるものを主張しているわけだが、あきれることに日本のアメリカによる自由化、解放政策がうまく行ったのだから、中東も大丈夫だというようなことを書いている。これは、いわゆるDemocratization(デモクラタイゼーション)という社会工学的発想である。
これと全く同じことを、あのブッシュが言っているのを、テレビで見たことがある。まさに、「この本で私の信念に理論的裏付けをしてくれた」ということか。
ブッシュは911があろうとなかろうと、イラク侵攻をしたいと考えていたようだ。親父の果たせなかった敵を討とうと思っていたのであろう。

posted by libertarian at 18:56| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Colonialism: History of genocide

アメリカは若い国と言われることが多いが、コロンブスがアメリカ大陸に上陸したのが1492年で、アメリカの独立宣言が1776年であるから、植民地化の歴史を考えると、この間約300年もあり、それほど新しい訳でもない。この300年の植民地化の歴史は、あまり知られていない。私もそのイメージをはっきりとは持ってない。
実際は、この時代はインディアンの殺戮の時代であった。もっとも、建国後もインディアンは殺戮されていき、ほぼ完全にジェノサイドされた。これはまさにethno clensing,民族浄化政策であった。
もともとインディアンがアメリカ大陸にどのくらいいたのか?どのくらいの人口があったのかはっきりとしないが、1000万とも2000万人とも言われる。これはほぼ当時のヨーロッパ全体の人口に匹敵するだろう。それがほぼ完全に殲滅されたことになる。独立宣言後に虐殺されたインディアンの数の方が多いのではないか。
もともとインディアンはアメリカ大陸のほぼ全域に渡って、いろんな部族が住んでいたようだ。だから独立後、西に拡大するにしたがって、インディアンもより多く殺戮されていった。
コロンブスも虐殺者であり、最初に上陸したエスパーニャ島の住民数万人を残虐極まりない方法で、数年で完全に殲滅した。昨今、インディアンや先住民が疫病で大量に死んだとされるのは嘘であろう。疫病で死んだ人もいるのは事実だろうが、それ以上に殺戮によって殲滅されたのである。もとより天然痘は当時の生物兵器として用いられたので、流感の類いではない。
植民地主義、colonialismというが、これはヨーロッパ人による侵略と虐殺のことだから、言い方も変えた方がよい。
#奴隷という呼び方も、時代と場所により意味合いが異なるので、アメリカ奴隷とか、奴隷の呼び方はもっと分けた方がいいのではないか。ギリシャ奴隷、エジプト奴隷、アメリカ奴隷とか。

スペイン、ポルトガルは熱心なカトリックであったが、まさに白い悪魔で、めちゃくちゃな殺戮、虐殺をあちらこちらでしている。
これはキリスト教の本来のカルト性からくるものなのだろう。それに比べると、イギリスの方がスペインよりはいくらかはましであったのは事実だろう。それでもめちゃくちゃであるが。これはキリスト教徒なのに、こんなに残虐なことを平気でしたというべきではなく、キリスト教徒だからこそ、この狂気のような残虐行為を平然と行ったと考えるしかないのだ。

アメリカの歴史は、植民地の領土拡大に伴う、インディアン虐殺と、奴隷の歴史が陰の部分である。
内向きには立派な立憲主義をとりながら、インディアンや奴隷は、人外、人間ではない存在、家畜以下の害獣という位置に置いていたわけである。



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Colonization of America


13 states at 1775




Colonaization of America 1750 ↓




フランス領ルイジアナ

Territories of America 1789
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2014年02月09日

History of slavery

リバタリアニズムが考える自由とは、私的所有権をベースとした概念である。
そういう点では、普遍性があり純化された概念だが、歴史的には、奴隷か自由人かという身分の問題として、自由概念はあったと考えられる。
今の人間は、自分自身を売買の対象とは考えないだろうが、歴史的にはそうではなかった。
古代ローマから近代にいたるまで、自分自身に担保を設定して、奴隷身分に転落する人間は多かったらしい。
所有権の領域に制限がなければ、自分自身が売買対象になることは不思議なことではない。

現代の先進国においては、もはや奴隷は存在しないとされるのは、奴隷という身分、自由人という身分が法的に存在しないからであり、全ての人が自由人という前提で作られているからだ。
だからこそ、逆に奴隷とは何かという歴史的な分析は非常に重要と考えられる。
前にも書いたが、一言で奴隷といっても、場所、時代で、その概念は異なる。
奴隷とは法的な制度としてあった場合もあるだろうし、慣習的な制度としてあった時もあるかもしれない。
奴隷とは歴史の闇に埋もれた存在であるが、奴隷と、奴隷ではない人間の関係を明らかにすれば、自由概念の歴史もわかる。
歴史を見れば人間というのは極めて野蛮なものであって、自分の国や共同体以外の人間を人間と見なさない時代は長かった。
奴隷が人間と見做された場合と、人間と見做されなかった場合もあるだろう。
posted by libertarian at 15:58| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月08日

Ionia

ギリシャの歴史文書は、ホメロス、ヘロドトス、トゥキディデスのものが有名だが、他にもあるのであろうか?そもそも、ギリシャに関してはわかってないことが多いようだ。古代ギリシャ、地中海世界の歴史に関して、どれだけの文書記録があるのだろうか。または、残っているのであろうか? 他の文書に引用されていて名前だけは知られているが、その著書は何も残っていないギリシャの哲学者はとても多いのである。 イオニア地方の哲学者の多くもそうだ。そんな状態で正確な歴史がどうやってわかるのか不思議である。

ちなみにイオニアとは、エーゲ海を挟んでアテネとは対岸にある現在のトルコの沿岸地帯にあった諸都市を指している。
エフェソスなどの都市があった。

古代ギリシャの哲学について、例えば柄谷のように、イオニアとアテネを対比させて論じる場合、正確な歴史事実がないと、全てが間違う可能性がある。その点、柄谷の「哲学の起源」の注に載っている文献をみると、その歴史に関する文献がほとんど載っていないので、何を根拠としているのがよくわからない。

例えば、今、ぱらっと開いた部分を引用すると、
「イオニアのイソノミアが独立自営の農業や商工業の発達とともに形成されたとすれば、アテネのデモクラシーはもっぱら軍事的な理由から、あるいは戦士=農民の要求から形成されたのである。」と書いてある。
前段を仮定すると、必然的に後段の結論が導かれるといった文章だが、全く根拠なき独断に見えるわけである。
少なくともどこにもその根拠も、文献も示されてはいない。もちろん、最初の仮定から、必然的に後段が導かれるわけじゃない。
柄谷の書くものは、この手の根拠なき独断がやたらと多いのである。学問的には認められないが、評論家的にはゆるしてねということなのだろうか?
しかし、私はやはりこれは許せんと思うわけである。事実と推測を混同した文章は、お話にならない。

こういったことをきちんと証明しようとしたら、当時の歴史やら社会制度やら法律やらいろんなことが分かってないとなにもいえない。
推測にすぎないことを事実のように書いて、その推測を根拠にまた推測的なことを言ってはならない。推測と事実は明確に分けて書かなければ詐欺となる。柄谷一派がある種のカルト集団にみえるのは、こういう基本的なことができていないからである。





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2014年02月07日

Black Athena

マーティン バナールの「ブラックアテナ」論というのがある。私は、これを最初に聞いたとき、ギリシャ人は黒人だったという説なのかと思ったが、実は全く違う。w
バナール本人の解説が、次で読める。
 http://www.gn21.net/bernal_key_note.pdf

一部、最初のところを抜粋しておく。
1.『ブラック・アテナ 第1巻』が目ざしたもの 
 
 古代ギリシャの起源に関するこの書は、ある意味でヨーロッパ中心主義的な発想から
書かれたものである。というのは、古代ギリシャは、想像の世界でも、また現実として
も、ヨーロッパ文明、西洋文明にとって中心的な位置を占めるからである。すべての美
しい芸術と自由な社会制度の源泉としてのギリシャ像は、自らの文化が他のどの文化よ
りも優れているとする西洋人の自負心にとって欠かせないものである。 
 古代ギリシャの起源については多くの伝承や記述があるが、私はこれらを「古代モデ
ル」と「アーリア・モデル」としてまとめるのが便利だと考えた。私の世代の人間は、
ギリシャ文明がインド・ヨーロッパ語を話す北方からの侵入者が、白人であるが非イン
ド・ヨーロッパ語を話す原住民を征服することで成立したとする「アーリア・モデル」
を教えられて来た。 
 これに対して「古代モデル」とは、ギリシャ文明の成立がエーゲ海の南と東の方向か
らの異邦人の到来によるもので、これら異邦人が灌漑、武器、アルファベット、そして
宗教を素朴な原住民に教えたとする見解である。このモデルは少なくとも紀元前5世紀
には通念となっており、古代、初期キリスト教、イスラム教、ルネッサンス、啓蒙時代
を通じて、一般的に受け入れられていた見解である。このモデルが打ち破られ、放棄さ
れるのは、19世紀になってのことである。 
 『ブラック・アテナ』第1巻で私が行ったのは、「古代モデル」の敗退と「アーリア・
モデル」の勝利の背景には何があったかの考証である。私が主張したのは、「古代モデ
ル」は古代ギリシャ成立に関する説明が不適切だったという理由で放棄されたのでなく、
18世紀から19世紀にかけてのヨーロッパにおける経済的・社会的発展に由来する一
般的な知的傾向に矛盾すると見られたからだということである。 

=== ここまで

バナールはコーネル大学の政治学の教授で、中国政治が専門だそうなので、ギリシャの歴史の専門家ではない。
しかし、歴史家は、大体、マスコミと同程度のおつむレベルの人間、つまり、法律も経済も知らず、まして科学も技術も何も分からない連中ばかりであるから、こういった専門外の専門家の方が、おつむのレベルがずっと高いことが多いわけである。

この本はそのうち読んでみたいものだが、私の直感ではギリシャ、地中海文明は、南と東からの文明が流れてきたものというのは正しいと思う。
実際は、エジプトよりもさらに古い、パルティア文明のような1万年以上前の文明もあり、そのくらいの時間感覚で歴史的な積み重ねがあったからこそ、エピクロスの科学合理主義も生まれたのではないかと思うわけである。



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What's slave?

しばしば、古代ギリシアや古代エジプトは奴隷制社会だったと言われるが、この奴隷という言葉はひっかかる。歴史家は、奴隷という言葉を多用するが、そもそも奴隷とはなんなのかの定義が明確でない。
また、ギリシアの奴隷なるものと、例えばアメリカの奴隷なるものは定義上、同じものといえるのか?

歴史家は、奴隷という言葉の定義をしないで、ごちゃごちゃと話をするからダメなのだ。堂々巡りをするだけである。
時代、社会によって、奴隷という言葉が使われていたかどうかも分からない。
それを一括して、奴隷と呼んでいいのか?奴隷とは呼ばれていなかった可能性も大いにある。
また、ある時代の奴隷と定義される人間が、現代では奴隷とはよばれないこともありうる。

もし、「奴隷」と「自由人」が古代ギリシアで対語となるものであるならば、奴隷とは自由人でないものという定義も可能だろう。
この場合、自由人を定義すればよいことになる。
おそらく、普通、奴隷とは、人身売買される対象かどうかが基準となっているだろう。
しかし古代ギリシアや古代ローマでは、債務奴隷といって、担保に自分自身を設定できたので、債務奴隷となるものも多かったらしい。
奴隷にも値段があったろうし、その値段も大きく異なったろう。役割も大きく異なった。この多様性という点では、今の被雇用者つまりはサラリーマンと変わらない。古代ギリシアでは、自由人よりもずっと豊かな奴隷もいたと言われるが、それを一律に奴隷と呼んでいいものなのか?

古代ギリシアにおいてすら、一言で奴隷といっても、そのあり方は多様で曖昧なものだったようだ。
例えば、奴隷を定義するには、当時の所有権や契約という法概念から定義しないといけないわけである。
だが、法概念は時代や地域によって大きく異なる。だから、一律の定義は難しい。
ある時代、ある地域の法概念では、奴隷ではなくても、別の時代、地域の法定義からすれば奴隷かもしれない。





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Epikouros

エピクロスの本がいつ頃、発掘されたのか少し調べたところ、エピクロスの書物そのものは全く見つかっていないが、ディオゲネス・ラエルティオスが書いた「ギリシア哲学者列伝」の第10巻にエピクロスの書、3冊がまるごと引用されており、その御蔭で保存されたらしい。現在、岩波文庫で手に入るエピクロスの本はこの本の内容だ。
ディオゲネス・ラエルティオスはAC2−3世紀のローマの人間。

そもそもギリシア文明といわれるものは地中海文明と言うべきで、地中海沿岸の諸都市、ポリスの文明といわないと間違える。
より正確には、東地中海から黒海沿岸までのポリス文明圏となる。
初期のローマは、地中海文明の延長線上にあったようだ。
ギリシア、アテネは、BC2世紀あたりにローマの属州となったが、AC6世紀までは存続していた。
エピクロス哲学はAC2世紀くらいまでは、ローマの間ではまさにメジャーな学派で、このころのローマのキケロ、セネカを始めとする多くの政治家はエピキュリアンであったようだ。むしろストア派は少数派であった。

しかし、AC313年にコンスタンティヌス帝がキリスト教を公認し、AC389年にはキリスト教が国教化される。
AC395年にはローマ帝国が東西ローマに分裂し、AC529年には東ローマのユスティニアス帝が、キリスト教徒以外の異教徒による教育を禁止することで、ギリシア、アテネの学問は完全に崩壊した。
そしてアリストテレスがキリスト教公認の哲学となった。
この後、特にエピクロスの科学合理主義は、積極的にキリスト教によって排斥された。

このAC6世紀あたりを境に、歴史家はヨーロッパを、古代と中世に分けているようだが、古代の方が科学合理主義で、中世はそれが失われたカルト支配の時代だったわけだ。
ルネサンスで、これらのギリシア文化の発掘が行われるまで1000年もの間、科学合理主義は失われることになる。

デモクリトスもエピクロスも、アリストテレス同様、百科全書派的に沢山の書物を残していたが、キリスト教による排斥により、今では一冊も残っていない。ラエルティウスがいなければ、エピクロスの本は何も残らなかったことになる。ラエルティウスの本もおそらくはルネサンス以降に発掘されたのであろう。それはルクレティウスの発掘よりも後だったに違いない。
それ以外にも2−3世紀ころのローマの政治家、詩人がエピクロスに関する言及を沢山残していたことも大きい。

ルネサンス期のギリシアの書物の発掘は、古い修道院、それも昔、ローマ帝国があったドイツなどの中央ヨーロッパの修道院の図書館で発掘されたわけだが、イギリスは新しい国で、なにもなかったらしい。

ベスビオ火山の爆発が、AC79年で、このときポンペイと、フルクラネウムの2都市が火山灰に埋まった。フルクラネウムからは1750年に当時のギリシアの書物、1789巻ものパピルス文書が文字通り発掘された。これは、エピクロス派の哲学者ピロモデスのものであった。
ポンペイの遺跡でいろんなところに刻まれていたというメメント・モリ(死を忘るなかれ)というのも、エピクロス思想だったのだろう。これは人はいずれ死ぬのだから、今の人生をせいいっぱい楽しめという意味である。



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