ディアドラ・N. マクロスキー (著), Deirdre N. McCloskey (原著), 赤羽 隆夫 (翻訳)
[http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480863419/qid=1070856170/sr=11/ref=sr_1_2_1/24978718870515538]
シカゴ学派経済学者のマクロフスキーの本。
性転換手術をして女性になったそうだが、それ以外は異端でもなんでもない正統のシカゴ派経済学者だ。
そして、バリバリのリバタリアンである。
これの統計分析(検定)の批判は、きわめて本質的で的を射たものである。
ここに平易に書かれた批判の意味は、統計分析をやってきた人間でないとピンとこないかもしれない。
統計に関しては、自然科学の実験研究者でも統計検定の意味をまともに理解できてない人間がほとんどだ。
たしかに有意=Significantといった、フィッシャーの言葉の使い方がそもそも意図的な誤解を導くものである。
経済学でも同じ状況らしいが所詮はまともな深く物事を考える研究者など、どの分野でも数が少ないということだろう。
ファインマンによるCargocult science批判が援用されているが、問題は、間違いを間違いとしてきちんと批判できない、そのサークルのレベルの低さにある。
ここで、批判されているのは、サムエルソンを始めとするケインジアン経済学者がメインである。
ティンバーゲン、クライン的悪徳、サムエルソン的悪徳である。
あとで、この本からスキャンして多少の引用をしておこう。
外部性(externality),SpillOver,といった政府介入の必要性を正当化する経済学的根拠に対しても、それを非論理的とし否定する。
日本にも、ランズバーグ、バーローやマクロスキーなどのリバタリアンのエッセイ的な本は翻訳紹介されているが、それがリバタリアンの本であるという説明が完全に抜け落ちている。シカゴ学派をリバタリアンとしてきちんと把握できていないのが日本の現状だ。
![]() | ノーベル賞経済学者の大罪 筑摩書房 このアイテムの詳細を見る |
●Persuade and Be Free
A new road to Friedrich Hayek
By Deirdre McCloskey
[http://reason.com/0110/cr.dm.persuade.shtml]
●In Defense of Extreme Rationalism: Thoughts on Donald McCloskey's The Rhetoric of Economics (Vol. 3 Num. 1)
[http://www.mises.org/journals/rae/pdf/rae3_1_16.pdf]
by Hans Herman Hoppe




