2015年07月06日

Organic Electro luminesence Display

LG電子が、大型有機ELテレビを出している。ソニーが最初の有機ELを出したのがかれこれ10年くらい前だろうか。55インチの4Kで、今後PC用のディスプレイになってくると買いだ。
あまり騒がれていないが、これはかなり大きなイノベーションだろう。元々が次世代ディスプレイとして日本で研究開発されてきたものだ。

昔のソニーのやつも、画面は小さかったが階調が滑らかで驚くほど綺麗だった。
今後、PCのモニターはこれに以降していくだろう。写真をPCで処理するのが普通になってきたから、有機ELのアドバンテージは大だ。軽量で薄く曲げることもできる。モニターがこうなってくると、PCやタブレットのデバイス形態もまた変化してくる。
ソニーや日本メーカーが先鞭をつけた技術であったが、朝鮮にしてやられたりというところだ。

これは、おそらく、日本の技術者が引きぬかれて韓国で開発したのであろう。
デフレの中で、日本の有機ELの開発は各社で中止され頓挫した。そして日本の技術者はシナや朝鮮に引きぬかれた。
もし日銀がデフレ政策をとっていなければ、日本ではこの間に大きなイノベーションがあったろうし、有機ELも日本で完成していたに違いない。デフレのために日本では過去20年くらい研究開発予算が削られてきて開発力が大きく落ちた。
これが、今の日本の衰退の原因である。こういった研究開発の立ち遅れを一朝一夕で取り戻すことは難しい。
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2015年06月30日

Nationalism and University

教育が問題だと思うのは、今の自衛権の問題や財政の問題に関する話を見るにつけ、あまりにも低レベルだと思うからだ。まともな大人の議論とはとてもいえない。
この元を辿れば教育の問題に行き着く。
教育機関が左翼に簒奪された状況では、まじめな子供ほど左巻きな発想を持つようになる。
このような左翼思想教育が行われている結果、人々のオツムの中身が左巻きがデフォルトとなり、必然的に社会的な議論も低レベルなものになるわけだ。この問題は結構深刻だと思う。
結果、おぞましい程に低レベルな話が延々と繰り返される。

私が思うに右と左の区別ができている人間は日本にはほとんどいない。右翼だ左翼だというが、日本にはそんなものはない。総左巻きという状況では右も左である。
いろんな人間が本を書いているが、私が知る限り、日本で右と左の区別ができている人間は数人程度だ。10人はいない。
特に新自由主義うんぬんという言葉を使う連中は、まず右と左の区別が全くできていない人間だ。
このように日本で社会的な議論が猛烈に低レベルになっているのは、マスゴミがそのような話を拡声器でがなりたてるからという面はあるだろうが、国会議員のレベルというのはその国の社会レベルを反映しているだろう。
アメリカの論壇を見るとやはり日本よりかなりレベルが上だ。比較にならないといっていい。

今まで散々、でたらめなことを言ってきた自称経済学者の大学教員連中も未だになんの反省もしない。
彼らは現実にコミットする責任感も意識すらもないただのガキにすぎない。学校秀才の成れの果てという情けない連中だ。大学を辞めるくらいの気概があればいいが、それすらもない。
今は大学の文系への予算を減らそうとしているようだが、それが当然だ。少なくとも国公立大学の文系学部は廃止すればいい。私学で文系学部があるのはいいだろうが。

教育という言葉そのものが、まちがった思想、言葉なのだろう。
例えば、正しい知識が必要というのは正しい。なんらかの技能が有益というのも正しい。
専門家には専門知識が必要というのも正しい。
しかし、こういったことと、教育が必要というのは別のことである。教育とは制度のことである。
制度は手段にすぎないわけで、必要なのは教育(制度)ではない。

有害な権威主義で固められた大学なる制度は、19世紀的国家主義の象徴にすぎない。
国家主義と中央集権制度からくるエリート主義がもととなり、その制度的一貫として大学という制度が作られた。時代的な合理性は当時はあった。だが、もはやそういう時代は実質的に終わっている。
しかし終わった制度とはいえ、制度そのものは、銀塩カメラのフィルムよりは長生きするかもしれない。
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2015年06月28日

BlueTooth devices

最近、ブルートゥース関係の周辺機器を色々と買った。
キーボードやマウスやスピーカーといったガジェットだが、2000−3000円で結構いいものが手に入る時代になった。
しかし、ブルートゥースはやはり接続が安定しない。自分はコンピューターをスリープすることが多いが、スリープして復帰しても再認識しないことが多い。原因はよくわからんが、周辺機器の接続トラブルはとても煩わしい。
この問題がクリアできないとブルートゥース機器は安心して使えない。

こうなるとメインな用途はやはりモバイルとなろう。
基本的には有線式が確実で据え置きのPCでは有線式を使うに限る。
スピーカーもブルートゥースの規格が上がって、音質は良くなっているようだ。だが、これまた接続が安定しないから、USB接続で使っている。
風呂場で使う防水型のブルートゥーススピーカーも買ってみた。音質はよくないが、ラジオでニュースとか聞く分には問題ない。さすがに、PCを風呂場に持ち込むのはリスクが高いから、これがブルートゥースなのは合理的と思われる。
といいつつ、iPad mini2を風呂場で使うべく、専用の防水ジャケットも買った。
風呂場でラジオや音楽を聞きながら、キンドルで本を読んだり、詰将棋を解いたりするのもおつなものである。
あまり長風呂ができないたちであったが、これだとかなり風呂に長いこと浸かっていられる。それがいいことなのかどうかわからないが。

キーボードもマックのような浅いストロークのに慣れると、ストロークの深いキーボードは使いにくくなる。
指を滑らして使う感じになるので、ストロークの深いキーボードでは指が引っかかる。
私が買って割と気に入ったのがAnkerのやつだ。2000円もしないが、マックのキーボードライクな感じで軽くて、キーの感触も悪くない。キーピッチは18mmくらいはあるからちょうど良い。あと、この手のキーボードは、充電池と合体させるのがいいだろう。キーボードは重さがあったほうが安定感がよくなり使い心地もよくなる。単なるキーボードより充電池の機能もあったほうがモバイル用途では好都合だ。10000Amhくらいの充電池を入れれば、かなり重量もましてナイスだろう。w

Wintabについていたやつもまあまあではあるが、あまり本格的に使う気にはなれない。モバイル用途と割りきって使うものだろう。だからプログラミングをWintabでする場合は、Ankerのものを使うのがストレスがない。
とはいえ、キーの配列がずれる。これをWindowsに正しく認識させる方法があるのかどうか知らないが、面倒なのでキーの上に鉛筆で正しい記号を書いて使っている。だが、しかし|記号が使えないのはプログラムをするときには困る。どうもこの記号(|)が存在しないようなのだ。

#しかし、やはり気になるのでググってUSキーボードへの変更方法を調べた。なんとregeditを使わないといけないという。うまく行ったが、windowsは全然進歩してないな。たかがキーボードの変更にregistryをいじらないといけないというのはどういうことだ?

今日も一日プログラムをしていたが、プログラムは頭の体操にはいい。
苦労して作ったものがうまく動くとなかなかに気分がよろしい。(自分にとって)難しい数学の問題や詰将棋を解けた時と同じような爽快感がある。
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2015年06月27日

Multi Function Mouse

ロジクールのゲーミングマウス(G300S)を買った。今までマウスは有線式のシンプルなものを使っていたが、このゲーミングマウスは大変に便利だ。今まで使っていなかったのが損したくらいの感じである。これは存在を知らないものは使わないという良い例だ。もっとも、マウスはもっと多ボタン化するべきだとはずっと以前から思っていた。

ゲーミングマウスは、ゲーム用のマウスとはいえ、別にゲームに限らずなんにでも使える。
ボタンが基本の左右、スクロールボタン以外に6つもあり、それにアプリごとに機能を割り振ることができる。
基本的にテキスト入力以外は、キーボードを触らずともマウスだけでほぼ操作は完結する。
Light roomやPhotoshopのような画像処理ソフトを使うときにも非常に威力を発揮する。
マウスとしての基本性能も高い。

アプリごとにモードを3つもつことができる。
ほぼ、なんでもござれという拡張性の高さだ。
さらに、マウスの中にメモリがあり、設定をマウスの中に保持することができる。
つないだパソコンに設定が固定されない使い方ができるようになっている。

これをゲーミングマウスとして売っているのが、このマウスの本来の価値を低めているようにも思う。
私のようにゲームを全くやらない人間はそのネーミングでスルーしてしまうこともあろう。
Multi Function Mouseとして売ればいいと思う。
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2015年06月26日

How to live

政府による教育の簒奪が、今の日本の最大の問題かもしれない。
今の教育システムは社会の進歩を抑制し、人々の自由を強制的に抑圧しているのは間違いがない。
それは全て政府が教育システムの根幹を管理しているからだ。
今はますます政府による教育支配が進んでいる。
まあ、これは欧米でも似たり寄ったりではある。
私はこの事態にSF的な管理社会と同じイメージを抱くわけだが、どうもそのように世の中は進んでいる傾向にありそうだ。これは社会主義化の第2段階かもしれない。

人間には何を為すかという選択と、どのように生きるかという選択がある。
教育システムという管理システムに従順であればあるほど、人は貧弱な人生を生きるのは確実であろう。
何を為すかという点では、職業選択の自由のようなものがある。才能があれば芸術家にもなれるし、スポーツ選手にもなれるし、自分の選択したもので何かを為すことができるだろう。
だが、これとどのように生きるかはまた次元を異にする問題である。
どのように生きるかは、2つに一つであり、自由に生きるか他人に支配されて生きるかの2つに一つしかない。
起業家をリスクテイカーと言って、リスクをとる人間とリスクをとらない人間とにわけることがあるが、それは間違いだ。彼らが選択してるのは、自由になるか、奴隷になるかの選択なのである。起業家はリスクをとるというよりも自由を選択する人間といったほうがいい。

教育は何を為すかの、その職業訓練的な意味合いが強いが、同時にどのように生きるかを強制的に決定してしまう。
そこが、教育システムの悪質なところである。犯罪的な点でもある。
もし、政府の管理的な教育システムがなければ、まず最初にくるのはどのように生きるかの選択だろう。
今の日本社会のエリートといわれる人たちは、東大をでて政府官僚になるような連中であろう。
依然としてそれは変わらないだろう。
だが、彼らはどのように生きるかを選択する前に職業を選択してしまった。
ハイリスク・ローリターンな人生を選択してしまった。
もちろん、日本の官僚は世界的にも異常なほどに高給取りであり、社会的な体裁もいいから悪い選択とは一般には思われないわけだが、間違った選択をしたことは間違いない。
人に自由をコントロールされる生き方を選択してしまうことは、奴隷の平安を選ぶだけで、リスクしかなくリターンはほとんどないのである。これは優良企業のサラリーマンになるのも同じ。
職業の選択の前に生き方の選択がなくてはならない。
教育システムでは奴隷の人生の歩み方しか教えないのである。そして教師というシステムに洗脳された奴隷の優等生連中が子どもたちの目を狭くし奴隷への道へ優秀な子どもたちを誘導していくのである。
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2015年06月25日

Keyboard

買ってはいたものの、あまり使っていなかったWindowsTabletを持ちだして、喫茶店で使ってみた。
非常に使いやすい。
タブレットはキーボードが分離式のブルートゥースであるが、長時間使っていてもキーボードが熱くならないのがよい。ノートPCはどうしてもキーボードが暑くなるのが欠点である。

しかし、日本語配列のキーボードはいかがなものか。一番、重要な左の小指の位置に全く使うことのないCAPS lockが依然としてあるのは、どう考えてもおかしい。狂っているとしかいいようがない。
もちろん、自分はxkeymacsのようなアプリで、CAPSをコントロールキーにするなど、キー配列を変更して使うのが決まりであるが、どうもWin8.1には、これが未対応のようでインストールしてない。
キーをカスタマイズできないと、入力作業がかなりつらい。
Macは日本語キーボードでも、ちゃんとコントロールキーがあるべきところにある。

このような酷い配列の日本語キーボードが依然として作られ続けるのであれば、Windowsの方でキーカスタマイズのソフトをデフォルトで入れるべきである。
キーマッピングは、ソフトでWindowsも管理しているのだから、こういったソフトをはじめから入れておくべきである。
そうすれば、xkeymacsをわざわざ入れる必要がないし、まだWin8に未対応だといって、苦労することもない。

同時にキーボードメーカーも、よりスッキリとした合理的な配列の独自規格のキーボードを提供すれば儲かるのではないか。日本語配列のキーボードはあまりにも無駄な使わないキーが多すぎて、狭い空間をさらに狭くしている。



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2015年06月21日

Graph calculator

グラフ計算機という高級なソフトは昔からあるが実際に利用したことはほとんどなかった。
あまり使う機会がないからである。
だが、エクセルで面倒な計算をしている際に、ふとグラフ計算機の存在を思い出し、つかってみたところ、実に便利であった。
この手のソフトではいろんな種類が出ているが、wolfrum alphaを使ってもいい。
解析的に解くことが難しい方程式を扱う際に非常に便利である。
昔はこんなものはなかったし、エクセルもなかったわけだから、根性で解析的に解いていたのだろうが、複雑になると解けるとは限らない。そんな時にグラフ計算機が役立つ。
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2015年06月17日

LED and Fluctuation

家の照明をLED照明に取り替えた。
トイレとかは、人感センサー付きの照明にしたが実に具合がよろしい。
電気のつけたり消したりは、結構面倒で消し忘れとかも多いので人感センサーは便利である。
しかしLEDの寿命は数万時間あるそうだが、センサーの寿命はそれよりもずっと短そうだ。そちらの寿命については記述がなにもない。だが、元が安いし、利便性を考えれば問題にはならない。

最近のセンサーは反応が早く、LEDもすぐにぱっと明るくなる。技術の進歩を感じる。
LEDも5−6wで60−100wの明るさだから、大きな省エネ効果がある。消費電力が小さいため、熱を帯びないのも良い点である。
さらに電池式のセンサーライトも各種購入した。電池式とはいえ、LEDのお陰でかなり長くもつので、実用に耐える。
階段などに設置したが、快適だ。昔のフランス映画で美女と野獣というのがあった。この中で、廊下を通ると自動的にランプが灯るシーンがある。あれと同じかんじだ。w
電池も充電式のものにすれば、電池のランニングコストは問題にならない。

住居において、照明装置は重要なものだとあらためて感じる。
以前の電球や蛍光灯は、ちらつきゆらぎがあるから目が疲れるとか言われていて、インバーターでちらつきを抑えるような工夫がされているものもあった。biolightなどはちらつき抑制が謳い文句で、これを買ったりもした。
LEDはこのようなゆらぎはない。だが、光のゆらぎがないのは、逆にLEDの欠点の一つでもある。
コンピューターディスプレイにしても、昔のやつは蛍光灯だったが、今のはLEDだ。
どちらが、目にやさしいかといえば、昔の蛍光灯バックライトのタイプである。だから、ディスプレイはメインのは昔の蛍光灯タイプのやつを大事に使っている。
ディスプレイのLEDの光はシャープだが、長く使うと目が疲れる印象がある。

今後は、LED照明は、目に優しいゆらぎを作る回路ができるかもしれないw

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2015年06月06日

Quiz

サイコロを振り、1と2と3と4が出たら掛け金と同じ額を得、5と6が出たら掛け金が胴元に取られるという賭けを考える。具体的には例えば1000円を賭け、1が出たら1000円の儲け、5が出たら1000円を没収というゲームである。今、手元に軍資金として100万円がある。ゲームは100回繰り返す。どのように賭けるのがいいだろうか?掛け金は毎回同じでもいいし、毎回変動させてもいい。
2/3 で勝ち、1/3 で負けるわけで、このゲームは賭ける方に有利なゲームである。だが負ける可能性も当然にある。
意外とこういった問題をちゃんと解ける人は少ないのかもしれない。
しかしこういった問題に投資戦略の基本的な考えがあると思われる。
つまり、これは投資における資金管理の考え方だ。

この問題はサイコロで確率が決まっているから正解があるが、実際の投資では確率は決まっていないから、この正解のようなアグレッシブな投資はできない。
投資の世界は、あまりにもデタラメや詐欺が多く、本もネットも証券会社の情報も全く使いものにならない。
そんなものを見ているのは、カモにされる素人だけだろう。
こういった問題を自分の頭で考えることもできない人間が投資をしても生き残れる可能性はほぼ0であろう。

投資はゼロサムゲームであり、将棋や麻雀やポーカー、バックギャモンと同様に強者が勝つゲームと考えられる。確率が入るゲームであっても、それは運次第を意味しない。プロのポーカープレーヤーや将棋の棋士に素人が勝負して勝てる可能性はほぼ0だ。将棋は完全情報ゲームだから可能性は0だが、偶然性が入るポーカーならたまに勝つこともあるだろう。だが、ゲームを繰り返せば必ず負ける。
投資もそういったゲームとかんがえられる。
つまり、市場といった人外なものを相手にしているのではなく、あくまでも人間相手のゲームだと考える方が正しいのだろう。
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2015年05月31日

Memorization

最近、世界地図の国を暗記した。
暗記をするのはずいぶんと久しぶりである。

どのくらいの人が、世界の国の地理上の位置をちゃんと覚えているのかわからないが、アメリカ人の多くは日本がどこにあるのかも知らないらしい。嘆かわしいことである。
これは日本人がアルメニアと聞いてどこにあるのか知らないのと同様なのか?これも結構嘆かわしい。私もつい最近まで知らなかった。

どうやって覚えたのかといえば、iアプリを使った。
アンドロイドや iPadには、世界パズルというパズルピースゲームがあり、タイムを競う。
自分はタイム的には大したことがないが、これを何回もやって、ほぼ全世界の国を制覇した。

それまでは、アフリカは沢山ごちゃごちゃ国があるなとしか認識していなかったし、中東のあたりも何が何だか知らなかったし、東の方のヨーロッパもちゃんとは知らなかったし、東南アジアも曖昧であったし、中南米も興味がなかった。
つまるところ、世界のほとんどの国をちゃんとは覚えていなかったわけだ。これは自分が特別に無知なのではなく、普通の人と同じだろう。
だが、今では、国の名前を聞くだけで、あそこにあると頭の中ではっきりとイメージできる。
これは、大きな進歩である。頭の中に世界地図ができたようなものだ。
このような教育アプリは非常に良く出来ている。年齢に関係なく役に立つというものだ。
地図を覚えることは、重要な大人の教養の一つといって過言でない。

映画を見ていると、あちらの教養のある人は結構、有名な本を暗記しているらしい。まず、聖書の暗記が基本で、シェークスピアのセリフなどの暗記をしている人もいるようだ。
こういった暗記は意外と重要なことだと思う。
私はその昔高校の頃、日本国憲法の前文のGHQ版の英語を暗記させられた。というか、暗記しているかテストをされた。だが、暗記してなかったので、最初の1フレーズしか回答できなかった記憶がある。こんなものを覚えなかったのは幸いであった。大学ではボードレールのフランス語の詩を暗記させられた。というか、暗記しろという課題がでて、テストに出たが、やはり覚えてなかったので、これも最初の1フレーズしか書けなかった。
だが、今でもこれらの最初の1フレーズだけは頭の中に残っているのである。
ボードレールの詩は全部覚えておいたほうが良かったかもしれない。

イスラム圏では、コーランの暗唱、暗記が教育の基本となっているようだ。
これも教育効果は高いだろう。
日本でも断片的な知識の暗記が教育の基本となっているが、文章丸ごと暗記というのはあまりさせないと思う。
それでも昔は日本でも、論語などの暗記をさせていたようだ。
自分で何かを学ぶ場合、テストがないから、特に暗記を自分に課すことがないが、基本的なことは暗記する努力が必要だろう。

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2015年05月30日

Borgia

TVドラマのボルジア家を観た。
なかなかの大作で見応えがあった。

ジェレミー・アイアンズが演じるロドリーゴ ボルジアが聖職売買でローマ教皇アレクサンデル6世になるところから話ははじまる。
ボルジア家のチェーザレ・ボルジア、ルクレツィア・ボルジアやマキャベリ、ジュリアファルネーゼなど有名な歴史人物が出てくるが、ドラマをみてこの頃の時代雰囲気みたいなものが分かる気がした。マキャベリの君主論はこの頃の歴史を知らないと読んでもよくわからない。

1500年前後の時代だが、この頃はイタリアも日本も統一されておらず、群雄割拠状態だ。日本は信長や秀吉の時代だ。
チェーザレ・ボルジアなどは、この頃の信長みたいな歴史上の人物である。
イタリアではこの頃、ルネサンスが起こり、同時に宗教改革が起こり、コロンブスのアメリカ大陸の発見があった。

ロドリーゴボルジアは、Wikiなどを見ても「世俗化した教皇」の代表と書かれているが、これは間違っている。
たしかに、政治的だったが、宗教教団が政治的であることを世俗化とはいわない。これはイスラームと同じで、宗教と政治を切り離すことが世俗化の正しい意味である。
この頃は、まさに政治と宗教が分離されていない時代、世俗化される前のキリスト教世界だ。世俗化される前のキリスト教には、カトリックのような政治権力を掌握した組織と、宗教改革を唱える革命主義的な宗教者が対立していた。しかし、このどちらも世俗化した宗教組織ではない。当時の宗教改革派のやっていることはシナの文化大革命と同じである。特に子供を使った破壊活動が描かれている。
ボルジアはむしろシナの共産主義に対向する自由主義陣営に近い存在で、ルネサンスの擁護者だ。
当時は、ルネサンスに象徴される自由主義と、宗教改革の全体主義的な動きの2つがあったわけだが、その後は、むしろ宗教改革という全体主義がヨーロッパを風靡していく。
ヨーロッパが世俗化されるのは、17世紀以降、ウェストファリア条約から後のことである。しかし、それがいつなのかは定かでない。

日本はこの頃もその前もその後にも、宗教支配が存在しなかったから、世界最古の世俗化社会と呼べるかもしれない。
また日本の場合、全国の統一が早かった。徳川家康が1600年に統一したわけだが、イタリアが統一されたのは1870年頃とつい最近である。イタリアやフランスにはこの統一の英雄、ガリバルディの名をとった通りや広場がたくさんあるが、日本の教科書には載っているのであろうか?私はイタリアにいってガリバルディという名前を初めて知った。


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Jobs

スティーブジョブスの伝記的映画「ジョブス」を観た。
私は、ジョブスとそんなに歳も変わらないから、ここで描かれているような話はリアルタイムに目撃してきたことだ。
過去を思い起こすと、技術進歩の加速感というのを感じる。これは、まさにムーアの法則からもたらされるものだろう。
ジョブスの話は、どれもワンパターンというか、新規な情報のない話が多い。
私にとって、ジョブスはマックというパソコンを創造したというより、OSを2つも作った人間という評価になる。

最初MacOS  を作り、その後、NextOSを作った。
技術者として自分で作ったわけではないが、OSを2つ作るというのはすごいことである。
ジョブスがアップルを追い出されなければ、NextOSはなかった。
またアップルを追い出されてからNextOSという全く別のOSを作り上げたわけだが、OSを作るのはアプリを作るのとは異次元にものだろう。
なんでそんなことができたのか不思議だ。
そして、appleはMacOSの仕組みが古すぎて時代に取り残される寸前だったのが、NextOSによって蘇った。
OSというPCの心臓部分を作ったというのがえらい。もちろん、作った技術者が偉いのだが、経営者として企画をして作ったのはジョブスだ。

そもそもLinuxにしても、 Kernelの作成が難しく、ずっとできなかったのをLinusTorvalsが作り上げた。それまでもGNUプロジェクトではKernel作成を試みていたが失敗していたようだ。

しかし、ジョブスの話となると、マックや iPod といった製品の話、そのデザインの話が主流になる。
実際、ジョブスの関心がそこに向いていたからだろうが、ジョブスの成功の本質は、むしろOSの開発にあったと結果的に思われるわけだ。


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Battery based computer

 タブレットの良い点として、USBで充電できることがある。
ノートPCの場合、専用の充電器が必要で、これが結構嵩張るし重い。
その点、 Windowsタブレットは、中身は普通のPCでありながら、タブレット同様、USBで充電できるのもメリットだ。
今はモバイルバッテリーが大容量でかつ値段も安くなっている。
2A給電できるバッテリーが出てきたのも大きい。

カメラにしても、モバイルバッテリーから給電できる機種であれば、交換用のバッテリーをたくさん持ち歩くよりも便利である。
デジカメの電池は特殊形状が多く、バッテリーの寿命がカメラの寿命となるので、今後はUSB給電ができるの基本とすべきだろう。
デジカメはレンズ付きの画像処理専用コンピューターともいえる。

ノートPCはデスクトップと違って携帯性が重要なわけだから、今後はWindowsタブレットが主流になりそうだ。
今までのノートPCはなくなるわけではなく、デスクトップ的な使い方がされるということだろう。

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2015年05月23日

Windows8.1 Tablet

ヨドバシでついついWindowsTablet(10インチ)を買ってしまった。
タブレットとはいえ、これは普通のwindows8.1 32bit版であり、普通のノートPCとなにも変わらない。
値段は、ポイント分を引くと37000円くらい。
これにOffice2013が入っているから、驚きの安さである。
少し前にexcel2013を1万円以上だして買ったが、買うのではなかった。w

軽いしバッテリーは15時間持つと公称してるし、旅行などにもっていくといいかもしれない。
まあ、旅行などめったに行かないし、外出先でノートPCで込み入った作業することもまずないから、特に必要というわけではなかった。
安さに惹かれ、興味本位で衝動買いしたというとこだ。

windows8.1 with Bingというのが、アンドロイド同様、OS価格を0円にしているので、この価格が実現されたようだ、
今はWindowsでも、普通にキンドルが使えるし、タブレット化するメリットは大である。
だがPCのキンドルを縦向きで読むのは、この場合あまり具合がよくない。

ノートPCと違って、これには最初からGPSがついている。これもマップアプリが好きな自分には評価が高い点だ。

ただ、少し使った感じでは、あくまでこれはWindowsPCであって、iPadやアンドロイドタブレットと比較するものではないかもしれない。
とはいえ、この価格でWindowsマシンが手に入るのはかなり衝撃的だ。
アプリも普通にストレスなく動作する。
拡張性を犠牲にして安く軽くしているわけだが、この値段であれば、Wintabを買ってもは失敗はまずないだろう。

まとめると
良い点
  • 安い
  • 軽い
  • バッテリーの持ちがいい
  • MSオフィスが入っている
  • GPSがついている

良くない点
  • 拡張性があまりない
  • 重いアプリは厳しい→モバイルで画像処理ソフトは普通は使わないだろうが、重いゲームをする人はいるだろう。

WindowsTabletはPCにとってひさびさにインパクトのあるものだと思う。






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2015年05月18日

The end of Osaka

大阪都構想が恐れていた通り、ぽしゃった。
投票率が66.8%で、ほぼ50:50の誤差レベルでの負けであった。
橋下氏は、直接民主主義の素晴らしさと言っているが、やはりこれはデモクラシーという制度上の問題である。

今回、70以上の世代が反対に回り、それ以下の世代では賛成が上回っていた。
都構想という100年の計に対して、70以上の高齢者世代の反対によって潰されることが健全な民主主義とは言えないわけだ。
しかし、世代別投票のデータはかなりの誤差があるのだろうが、70以上の世代がそれ以下の世代と同等以上の投票数でないと、67%の投票率で負けるということにはならないはずだが、どうなっているのであろうか?正確なデータを公表してほしいものだ。

また賛成に回った50%の人は、こういう僅差での負けを納得しにくいであろう。
実際は、橋下氏の孤軍奮闘という面が大きかったし、維新の党以外の自民、共産、公明を合わせた組織力とメディアの偏向報道によって潰されたというのが事実だろうが、賛成した50%の人間がその不利益を甘受しなければいけないという理由はやはりない。
選挙は選挙で、不利益を甘受するのとは全く別の話である。

もはや、大阪はどうしようもない一地方都市として没落していくであろう。いっそのこと政令指定都市から外した方がいいのではないか。
無駄な国税が大阪というどうしようもない地域で浪費されることがないし、それによって、今までの二重行政による損失もなくなるだろうからである。

posted by libertarian at 15:41| 東京 ☁| Politics | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月16日

Prediction of unpredictable

箱根火山が噴火しそうである。箱根といえば富士山の連山のようなものだからやはり富士山も怪しい。
木村政昭氏の予想が2015年だから、当たるかもしれない。

地震予知は不可能だと言って、予想行為を何でもかんでも批判する連中が東大などにいるが、全く税金の無駄遣いの穀潰しとしかいえない連中だと思う。

株の変動は、ヒストグラムを描くと一見、正規分布のようだが、実は全く異なる分布となる。
いわゆるベキ分布と言われるが、こういうのは自分でデータ分析して検証するべきことであろう。
ランダムという言葉は意味もわからないで多用されてるが、ランダム性はレヴィ安定分布のα値で表現される。
正規分布はα=2のケース。αが1以下になると平均値も分散も存在しなくなり、1<α<2の場合は、分散が存在しない。
従来のファイナンス理論は、株式市場を適当に正規分布すると前提していたから、根本的に誤っていたわけだ。

地震現象がどのようなランダム性をもつかはわからないが、正規分布とはかけ離れた激しいランダム性をもつ現象を予測しようとしているのが現代の研究者である。大した理論もなく予想は不可能だなどと断言する人間は何もわかっていないだけだし、それ以上に有害だ。
事は重大な問題であり、予測不可能と思われるものを予測する努力をしなければいけない。
そしてそういった予測は高度に理論的、数学的になるので地質学者や火山学者だけでなく、数学や物理の研究者が参戦すべき領域だろう。これを政府の補助金をばらまいてやるのではなく、世界的にオープンな懸賞金システムで行うのがいい。
posted by libertarian at 23:34| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Changing regime in Osaka

大阪都構想の投票が明日ある。
詳しいことは知らなかったが、橋下徹の演説などを見て、また高橋洋一氏の解説などを読んで大体内容がわかってきた。
橋下徹氏の演説は、以下のが充実している。

選挙の結果、大阪都構想が潰されれば、大阪人はその民度の低さによって自滅することになるわけだ。
東京も都になったのは、1943年で、それまでは大阪と同じ、東京府、東京市だったらしい。

大阪のような行政利権によって腐りきった膠着体制を正すには、橋下徹のような傑出した政治家がなければ不可能ということだ。
大阪都構想が投票結果でぽしゃらないことを祈念しないわけにはいかない。


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2015年05月15日

Parallels

最近はiPad mini2の利用頻度が高くて、大概のことはこれで間に合う。間に合うというのも変で、PCでも同じアプリを使っているわけだからPCと変わらないし、操作性はこちらの方がはるかに高い。
Web関係、メール、evernote,kindle,map,,これらのメインなアプリはPCと同様に使える。
逆にiPadにあってPCにないアプリというのは、あまり見当たらない。というか、思いつかない。
自分でプログラムを作るような場合はPCを使うしかないが、普通の人はプログラムなんか作らないし作れないからPCを使う必要はない。
結局のところ、PCはキーボードがついて、画面サイズが大きいといったメリットくらいか。
会社用途では、エクセル、ワードといったオフィスアプリ程度だろう。
私の場合は、たまにプログラムを書くし、Lightroomのような写真処理アプリを使うからやはり、PCは必須ではある。
だが、こういった気合いのいる作業以外では、iPadの方が優れている。

ところで自分の頻繁に使うアプリで、Windowsでは動くが、Mac用はないソフトというのは結構ある。
どのアプリでも両方に対応しているわけでは、未だにない。
私のMacbookpro retinaモデルは、私の使っているやや旧いWindowsマシンよりも遥に高性能だが、そのために、WindowsPCに比べて使用頻度が低かった。そこで、Parallelsという仮想化ソフトを購入し、Win8.1も買った。
この使い勝手は非常によいし、非常に高速だ。
DualBootと違い、Windowsが一つのアプリのように扱えるので、シームレスな環境になる。
無料のVirtual boxよりもさすがに、ずっとよくできている。
MBPretinaもハイスペックであるから、私のWindowsマシンよりもずっと快適な環境となった。
しかし、画面表示に問題のでるアプリもある。レチナの高精細ディスプレイだとメニューの文字が小さくなりすぎたりする。
この問題はエクセルでは起こらなかったが、改善できないと面倒な問題ではある。


posted by libertarian at 07:55| 東京 ☀| Computer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Minaret of freedom

リバタリアニズムとイスラームの類似性は、イスラーム関係の本を読むと直感的に思いつくわけだが、実際にLibertarian Muslimsというのがいるらしい。
これが、そのサイト

そのミッションとは、以下の通り

The Minaret of Freedom Institute was founded in 1993 with a dual mission for educating both Muslims and non-Muslims. For non-Muslims our mission is: 

  • to counter distortions and misconceptions about Islamic beliefs and practice 
  • to demonstrate the Islamic origins of modern values like the rule of law and sciences like market economics 
  • to advance the status of Muslim peoples maligned by a hostile environment in the West and oppressed by repressive political regimes in the East 
For Muslims, in fulfillment of the obligations laid upon them by the Qur'an and the Sunnah, our mission is: 
  • to discover and publish the politico-economic policy implications of Islamic law (shari`ah) and their consequences on the economic well-being of the community, 
  • to expose both American and Islamic-world Muslims to free market thought 
  • to educate Islamic religious and community leaders in economics and in the fact that liberty is a necessary, though not sufficient, condition for the achievement of a good society, 
  • to promote the establishment of free trade and justice (an essential common interest of Islam and the West)
To build upon the words of Thomas Jefferson, in fulfilling these goals we are pledged to wage unending holy struggle (jihâd) against every form of tyranny over the mind of man. 

==

詳しいことは分からないが、わりとまともである。
イスラームは無神論である共産主義とは本来、激しく対立するが、政策的には社会主義政策をとるところが多かった。
それをイスラーム本来の自由主義的な方向にもっていこうとしているのかもしれない。

イスラームではザカートとよばれる喜捨がイスラム五行の一つとしてあり、それが社会的な富の再分配を促進してきた。
これは税を中央政府が強制徴収してばらまくよりよい仕組みではあろう。
サウジアラビアなどは失業率は高いが、サウド家のザカートによって働かなくても生活できるため、失業率が高いままのようだ。
こうなると働く意志がある失業ではなく、単に働かないだけだ。w
イスラーム五行のザカートは、社会主義的な政策とあまり違和感がないように見える。
世俗化と社会主義化は同時に近年のイスラーム圏で起こっているが、これを本来のイスラームの自由主義的経済にしようということなのかもしれない。

posted by libertarian at 07:19| 東京 ☀| Libertarianism | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月03日

24 live another day

24 live another dayを一気に観た。w
観だすとついついはまってしまう。
テーマは、タイムリーなdroneだ。
droneをハックする機械が作られて大ピンチになるといったストーリーだが、特にdroneに対して批判的というわけではないようだ。
ドラマの中ではdrone反対運動が出てくるが。

droneに対する反感としては、軍事介入が容易になりすぎるというのが危惧される点としてあるのかもしれない。
実際、CIAが最初にDroneを開発し運用もしていたから、本来軍隊でもない連中がそんなものを扱うべきかという話もあった。
これは軍事技術的には一種のイノベーションで、空軍は職域を侵されることから当初は強く反対していたが、CIAから陸軍、海軍に導入が急速に広まった経緯がある。Droneなら超人的なパイロットがいなくても、ちょっと訓練すればそれこそ子供でも操作できる。
そのうち、Droneが増えるに従い空軍は反対もできなくなってきたというのが現状らしい。
そのままでは空軍がイノベーションに取り残されてしまうからである。

Droneのデメリットはあまり見当たらないと思っていたが、よくよく考えると機体が劇的に安くなるということは、それを手に入れるのが容易になるという側面もある。ただ、Droneの操作を地球の裏側から行うには、衛星などの通信インフラが重要となってくる。
つまりDrone以外のインフラが必要という点では、どこでももてるわけではないのかもしれない。

しかし、24ではどんなネットワークでも簡単にハックされてしまうわけだが、もしほんとにそうなら、全ての現代兵器、ネットワーク兵器は使い物にならないだろう。実際は、ホームページをハックするのとは違って、なんでもそんなに簡単にできるわけではない。
だが、基本が暗号技術によるセキュリティだから、今後どうなるのかはわからない。
ドラマのように、技術のブレークスルーはどこから起こるかわからないから、暗号技術に完全なる信用を置くことは基本的にできない。
ハードが進歩するに従い暗号強度はどんどん高まっているが、もっと数論的に本質的なブレークスルーが出てこないとも限らない。
まだ、リーマン予想は未解決問題だが、そこら辺から暗号技術のブレークスルーの可能性もあるのではないかと思われているわけだ。

posted by libertarian at 11:54| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月02日

Law as OS, Islam as Network

トルコやオスマンの歴史を何冊か読んでみたが、トルコはなかなかに興味深い。
近く、トルコに行ってみようと思っている。ミマール シナンの建築をリアルに見てこようと思う。

近代トルコの歴史においては、ケマル アタチュルクの存在が大きい。ほとんどの本では指摘されていないが、時代的には20世紀の初頭、日本のめざましい台頭があった時期で、日露戦争、日本海海戦などを同時代で目撃した人物であり、日本がケマルに与えた影響はかなり大きいはずである。
実際、トルコの近代化路線、脱イスラームは、日本の明治維新を参考にしているのではないかと推察されるところが多々ある。

当時は欧米の植民地主義が頂点にあった時期であるから、日本もトルコも植民地化されないように必死だった。
ケマルは日本の明治維新以降の近代化の歴史に影響を受けているだろう。

イスラームをケマルはラディカルに否定して革命をうったわけだが、結果的にそれによってトルコは救われたのだと思う。つまり、ケマルなくしてトルコの植民地化は避けられなかった。植民地化されてしまえば、イスラームの教えどころの話ではなくなる。
しかし、ケマルは本当のムスリムではなかったのだろう。隠れユダヤ教徒だったという話も有力だ。
アル中で肝硬変になり57歳の若さでなくなった。ケマルは地獄に落ちたのだろうか?

私がイスラームに興味を持つのは宗教ではなく、法という観点からだ。
イスラームは宗教であり同時に法であり、そこがイスラームが最新最高の宗教と自負している理由がある。
欧米の近代国家というのも、その本質は法システムにありデモクラシーといった制度にあるわけではない。人定法を作る国家というシステムが近代国家の本質的な特徴だと思う。

思うに、いわゆる人定法のヨーロッパ法と比較して、イスラーム法はいまだに優位性を持っている可能性が高い。
イスラム法を自然法とみれば、対比されるのはコモンローだろうか。しかし、イスラム法を自然法と見るのはやはり問題があり、実際はやはり宗教法と呼ぶべきなのだと思う。
イスラム圏において自然法と呼ぶべきなのは、むしろ遊牧民の慣習法ではないか。イスラーム法は、それらを排除することなく、レイヤー的に積み重なる形で保存した。

いわば、近代国家の法とはコンピューターにおけるOSのようなものかもしれない。
昔の8bitコンピューターはベーシック言語が乗っているだけで、OSなんてなかった。
では欧米の近代国家がOSつきのコンピューターとして、イスラムはOSなしの8bitコンピュータかというと、そうとはいえない。
イスラーム法の解釈が個人の自由にゆだねられているという中田氏の話が正しいなら、イスラームはネットワーク的なものなのだろう。
OSはもとより中央集権的な仕組みで欧米の国家観とマッチするが、イスラームはネットワーク型に見える。


posted by libertarian at 02:12| 東京 ☀| Modern HIstory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Abolish Economic school

高橋洋一氏も嘆いているように、日銀のデフレ政策を擁護しつつ20年デフレを招いた、日銀ー財務省の使いぱしりの手下として動いた日本の経済学部の教員とはなんなのか?

こいつらはA級戦犯として、社会的に抹殺されるべき存在である。
日本においては経済学部の存在意義が0だということも示す結果となった。
連中は未だに、一切の反省もせず、うやむやにして逃げようとしているのは、卑怯の限りだが、だからこそ、財務省のぱしりとして20年間デマを流し続けたわけだ。
さらに、自分らのでたらめが明らかになってからでも、増税を支持するトンデモぶりであった。

増税のせいで、この20年デフレはまだ完全には収束できていないが、この間に失われた日本の富は大東亜戦争の経済損失を遥に上回り、シナと朝鮮を潤すだけの結果をもたらした。
こういうポチの奴隷根性の大学公務員、教員共は、社会的存在価値がマイナスであり、犯罪的である。

東大の経済学部から廃止するのが妥当だろう。これほどの犯罪を教員が犯して存続が許されるはずはない。
大体、教育が大事だとか高等教育の重要性をどうのこうのと自明のことのように言う連中が多いが、教育はもろ刃の刃である。
実際、経済学のポチ教員は日本に惨憺たる被害を与える一翼を担ったわけだ。この連中に教育をする資格はない。
デフレ派は、全員解雇しパージしなければいけない。



posted by libertarian at 01:27| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月01日

Drinking in Islam

「イスラム飲酒紀行」という高野秀行氏の本を読む。
これも、なかなか興味深い本だ。
イスラームでは、ムスリムの飲酒は犯罪的な行為とされるが、酒好きの高野氏はイスラム諸国に入っても酒を求めて奔走する。

すると、ほんとはあってはならないお酒が、次々とでてくるわけだ。
特にイランでは飲酒に対して厳しいが、そのイランで沢山酒が出てくる。w
もともと、イランはホメイニ革命がおこるまでは、飲酒は普通に行われていたようだ。
そういった人々の習俗はなかなか変えられない。
結局、一般人は裏と表を使い分けているわけだ。

こういうのを見ると、イスラームの厳格主義とは全く別のゆるいイスラーム社会というのがベースにあるということがわかる。
こういった現実は結構重要だろう。
それもイスラームのリアルな現実で、原理主義的なイスラームの厳格主義が支配的というわけではない。

posted by libertarian at 17:18| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月28日

Somaliland

ソマリアの”謎の独立国家ソマリランド”についての、高野秀行氏の本を読んだ。
この本はいろいろな賞を受賞したようだが、非常に興味深い本で面白い。

アフリカの角に位置するソマリアは、リドリースコットの映画「ブラックホークダウン」で描かれたくらいで、それ以上のイメージはなかったが、この本を読んで、驚くべきリバタリアンな社会だということがわかった。w

高野氏のアプローチは学術的な側面と、国家や民主主義の在り方に対する根本的な問題意識があるところが、単なる冒険家というより、かなりインテリなものだ。この本自体、いわゆるノンフィクションの枠を超えた意味をもっている。

ソマリアは、紅海沿岸の北部の自称独立国ソマリランドと、海賊業をやっているこれまた自称独立国のプントランドの中部、南部のモガディシュというソマリアの首都のあるいわゆる国連公認のソマリアから成っている。
この3つの地域に高野氏は足を運び、その実態をルポルタージュしている。

基本的にソマリアは、イスラームの国でイスラム法があるが、外部からは簡単に見えない下部構造として強固な氏族社会だということがある。
氏族社会の構造の上に、イスラームが乗っかっている構造だ。この氏族社会(Clan)の構造は非常に複雑なのだが、高野氏はその構造をかなり詳しく解き明かしているのがさすがである。

イスラームも、中田考氏が言うとおり、1500年も続いたある種の自然法と呼ぶべきものかもしれないが、さらに氏族社会の構造にある自然法というものがある。
この本を読む限り、イスラム法よりも、この遊牧民の氏族社会構造からくる法の方が、ソマリアにおける実効性のある法のようである。
ソマリア人は契約の民で、その法的思考は驚くほど深いことがうかがえる。

日本人は、正直なところ中東やアフリカの人間に対しては少し優越感のようなものをひそかに持っていて、中東やアフリカ世界の人間の知性というものにあまり興味もないし、敬意も正直持っていないだろうが、それが西欧中心の世界観に洗脳された悪いところといえよう。
ソマリア人の法意識と、自然法的思考というのは、日本人より勝っていると認めざるをえないというのが感想だ。

例えば、ディアという仕組みがあり、殺人などがあるとその賠償としてラクダ100頭、金銭にして200-300万円が賠償として払われる。
もちろん、殺人を犯した人間が払えるはずもない額だが、これは氏族のメンバー全体の共同負担で払われる。
基本がイスラーム法なので、被害者は金銭的補償でなく、目には目をの制裁を望むこともできるが、それは血の報復の連鎖を招くので、このような仕組みで解決されているらしい。

もともとが社会というのは、このような下部構造が積み重なってできたもので、下部構造にある法の集積が自然法になる。
そして、下部構造が積み重なってより大きな社会になるが、そこに国家という外枠は存在しないわけだ。
西欧の今の国家定義はトップダウンな外枠を定める仕組みであるというのが問題なのであろう。それをまた、西欧人が上から目線と差別意識から、無責任に何も考えずに、ディープな氏族社会に押し付けようとするから、社会がめちゃくちゃになるというのがパターンである。

国連に認められたソマリアはまさにそうで、ここは社会はめちゃくちゃで危険。というか、戦争のようなトラブルそのものが産業という危険地帯となっている。つまりウォーロードと、イスラム過激派アルシャバーブが闊歩する紛争地帯だ。
だが、首都のある都市国家であり、トラブルが金になるので、戦争が絶えることがない。
一方の国連に認められていないソマリランドは、平和で驚くほどに民主的な社会となっており、ソマリアとの差は天と地のさがある。
ソマリランドでは、自然法が生きている社会のように見える。

この3つの国の対比が、鮮烈に描かれており西欧の介入したソマリアの混乱と、自然法による驚異的な民主主義と平和のあるソマリランドの対比が面白い。ここら辺の事情は、植民地支配の歴史的な経緯もからんでいる。

この中間にあるプントランドはいわゆる海賊国家で、海賊業がプントランドの自称政府による最大のビジネスらしい。
この紅海での海賊家業の話も興味深い。映画で「キャプテン フィリップス」というソマリアの海賊に人質になった実話をもとにした映画があるが、映画と海賊の実体はやはり違うようだ。
海賊が船を襲う最大の目的は、船荷であって、人質ではないらしい。船主も保険に応じるのは、船荷の価値が高い場合で、全てがお金、ビジネスライクに進められる。実際、人質に危害が加えられることはないそうだ。人質はほんのおまけのようなものらしい。
石油タンカーが積荷の価値が最大の獲物だが、大した価値のない日用品が船荷だと骨折り損になることもあるようだ。
この海賊にしても、彼らなりの法意識の下に動いている。

ハイエクは、自然法を西欧社会の中に見つけようとして、イギリスのコモンロー、初期ローマ法など民法の系譜にそれを見出そうとしたが、イスラーム社会では、自然法は割と容易に見いだせるようだ。
社会制度が法に先立つという観点では、西欧的な押し付け民主主義体制が即席で便利だったということにすぎないわけだ。
しかしむしろ、法が社会制度に先立つという考えが正しい。

この本は翻訳して欧米人、特にアメリカ人にも読ませたらいいのではないだろうか。

posted by libertarian at 15:47| 東京 ☀| Libertarianism | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月27日

Free trade and the sixth mass extinction

トルコがEUに加入できないのは、EUに入ると人の出入りが自由になるからだろう。
EUはイスラームというかムスリムがこれ以上、自分らの国に入って来てほしくないと思っているわけだ。
実際、イスラームがヨーロッパに融合することはイスラームである限り無理であろうから、それもやむをえないことなのかもしれない。
そもそも、自由貿易は、物資の輸出入に税をかけないで自由に行うことが理想であるが、人間は自由貿易の物資に含まれるものなのかは疑問である。
日本であっても、シナや朝鮮からあまり人が自由に入ってきたら、かなり社会的な不安定さは増すだろう。
ビザのようなもので、退出を強制できればそれほど問題はないのかもしれないが、素直に出て行ってくれないのが移民というものである。
ここで問題とすべきは、人間の移動の自由と、自由貿易の関係である。

ところで、現代は第6の大絶滅期に相当するらしい。過去に地球において種の大絶滅が5回起こっているが、それと今の絶滅速度と量は比較にならないものらしい。数千倍、数万倍の速度で種の絶滅がおこっている。
これは、もちろん温暖化が原因ではなく、貿易が盛んになったことで、それにくっついて移動した動植物によって生態が変化しているためらしい。西洋のカエルが南米にいって、南米のカエルが淘汰されているといったようなことが原因だ。
こうなると、自由貿易の負の面をみるような気はする。

posted by libertarian at 21:20| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月19日

Crossborder

世界の約4人に一人はムスリムで、約4人に一人はキリスト教徒。つまり一神教徒は約二人に一人の割でいるということになる。
イスラームは、ユダヤ教、キリスト教などを兄弟宗教とみているから、一神教徒とそれ以外という分け方になるだろう。
ほとんどの日本人は無宗教で、神について考えたこともないから、そもそも一神教などという迷妄をなんでまともな大人が信じられるのか不思議に思うわけである。
普通の日本人は、そんなものを信じる連中は、オカルトを信じる人間と変わらない危ない奴らと思うのではないか。

自分は世界に真理はあると思っているが、真理と神という概念とは結びつかない。
逆に一神教を信じる人間が神を真理と結びつけているようにも見えない。
イスラームは、実体のない概念、記号を偶像崇拝だとして避けるそうだが、アッラーという言葉にどういう実体をみているのか疑問だ。

中田考氏の本を読むと、カリフ制再興はイスラーム法上の義務だと考えているわけだが、これは中田氏のオリジナルというわけではなく、ジハード団の革命のジハード論を受け継ぐものらしい。
イスラーム法上、立法はアッラーの大権であり、これを国家法という人定法で置き換えることは、イスラームの教えをゆがめるという主張が第一にある。世俗化という政教分離はイスラーム法上、決して容認できない大罪と考えている。
そもそも人定法は、領域国民国家という植民地主義の装置からくるものであり、国民国家などは最近の制度にすぎず、なんの必然性もないものだという認識がある。
イスラームはもともとが、唯一のアッラー、一人のムハンマド、一つのクルアーン、一つのイスラーム共同体であるから、国民国家という制度、ボーダーをなくす必要があるといった革命のジハード論に行きつくわけだ。
だから、ムスリム同胞団のような中途半端な現実主義を嫌う。
一国の革命ではなく、アラブに張り巡らされた国境をなくさないといかんというわけだ。

しかし、中田氏の考えは宗教の信者としては純粋だが、結構、素朴に左翼っぽいと感じる。中田氏のいうところのグローバリズムも、典型的に左翼的な把握で、私にいわせれば、それはまさに実体のない概念、つまり偶像としか見えない。
さらにイスラームは実体のない概念をさけるがゆえに、紙幣という記号、偶像を嫌い、金という実体のあるものを重んじるようだが、金というのもやはり偶像、記号でしかないというのが事実だ。

トルコのケマル アタチュルクの世俗化主義は、最近では衰えつつあり、その代わりにイスラーム主義が台頭してきているらしい。
ケマルという無敗の大将軍が、世俗化主義に舵をきろうとしたのは、多分に軍事的な理由であろう。つまり、イスラームでは欧米に勝てないし、それに固執すれば、みじめな植民地的敗北状態になるのは避けられないといった軍事的リアリズムに基づく洞察からだろう。
イスラーム圏では、軍部が反イスラームの傾向があるが、これは、彼らの職業的判断からの必然的結論なのだろう。

この点は、日本が明治維新で旧い幕藩体制を破壊し、脱亜入欧を目指したのと同じような決意があった。
しかし、トルコはそこらのヨーロッパの国より経済は遥に良いが、イスラームという差別的理由で、EU参加を拒否されてきている。
ここら辺から、結局、イスラームの脱亜入欧は無理なのだということを国民が認識しだしたようだ。

オザル政権になると、ケマリズムを弱め、イスラーム主義への転換が図られるようになり、エルドアン政権ではさらに反ケマリズム的な方向になっていった。
カプランは、ケマルパシャが旧体制との連続性を断ち切るために、首都をイスタンブールから内陸のアンカラに移したことが、かえってイスラーム濃度の高いアナトリアの土地へ移る結果になったと見ているようだ。

とはいえ、別にEUに参加することはそんなにいいこととも思えない。大事なのはEUではなく、自由貿易体制だ。
トルコは世俗化を進める中で、経済的に発展し、ヨーロッパコンプレックスのようなものが薄らいで行っているのだろう。
これも、日本と同じような過程を通っているようにみえる。
むしろ、自分たちのアイデンティティーを大事にしようという気持ちになってきているのは、軍事的敗北の痛手から、経済的発展によって立ち直ったからだと思う。




posted by libertarian at 09:28| 東京 ☁| Libertarianism | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月14日

Secularization

イスラームの歴史は長くて複雑であるが、最も重要な年を3つあげよといわれれば、おそらく、622年、1517年、1917年となるだろう。
622年は、マジーナ遷都のヘジュラの年でイスラム元年。1517年はオスマン帝国がイスラームを支配した年。1917年は第1次大戦の終了と共にオスマン帝国が解体された年だ。
1517年、オスマンに支配されたことでイスラームは栄光のサラセン帝国の時代から没落の時代に入ると捉えられているそうだ。
一方の1517年、ヨーロッパでは宗教改革がおこる。ルネサンスから宗教改革、航海時代を経て、啓蒙主義の時代となり、ヨーロッパは発展する。
キリスト教ももともとは利子を禁止するような宗教だったが、宗教改革を経て、世俗化する。
世俗化とは、宗教と政治の分離といったものである。政治の領域が宗教から独立するといったことだろう。

アメリカはジョンロックのイギリスの啓蒙主義の流れを汲んで、プロテスタントたちが作った国である。
キリスト教は聖の部分として、政治という俗の部分とは切り離された土台があった。
そのうえで、成文憲法によるconstitutionalismによって、宗教と政治の分離を長期的に固定化した。
これによってかえって、アメリカでは宗教活動が盛んになったように思える。
様々なキリスト教宗派がなぜか喧嘩もしないで活動している。
しかし近年では、宗教票が逆に政治に大きな影響を与えつつある。

一方のイスラームは、1917年以降、トルコなどが必死になってイスラムを世俗化しようとしたが果たせなかった。
中東ではわざわざ働いて産業を起こさなくとも、幸か不幸か膨大な石油が発見され、物凄く豊かになった。一部の人だけスーパーリッチになったという面はあるだろうが、それでも石油がないよりは明らかに社会全体としても豊かになったことは間違いない。
もともと遊牧民であるから、勤労を貴ぶ風習は0だ。まさに石油はアラーの賜物というわけであろう。
ところでインドネシアにしても、石油産出地帯にムスリムが多いように見えるのはなぜだろう。アラーの賜物か。w

結果的に、イスラームはキリスト教ほどに世俗化しないでも、社会全体としては豊かになることができたわけである。
考えてみれば、石油なんてものが膨大な富になったのも、キリスト教が世俗化して技術進歩し、産業が発達したおかげで石油というものに需要が生まれたからである。
こうしてみると、別にアラブは何も問題がなさそうに思えるが、宗教的な紛争の火種が尽きることのない地帯である。
その理由としては、イスラームの原理に関わる問題がくすぶっているからと考えられるわけだが、本当は単なる権力闘争なのかもしれない。
イスラームはキリスト教と違ってあまり世俗化はしないかもしれないが、イスラームの原理的に考えれば今の状態でも十分に逸脱した状態にあると考えるようだ。だが、これを逸脱していると考える人は、イスラーム学者など一部のインテリだけだろう。中田考さんなんかもその一人だろう。
もし石油がなかったとしたら、イスラームは経済発展しないどころか、世界の最貧国地帯になっていたのではないかと思う。
実際、石油のでないアフガニスタンなどのイスラム圏は最貧国になっている。
もし、その状態で経済発展しようとしたら、トルコが目指したようにイスラームを世俗化しなければならないだろう。
しかし、トルコ以外のアラブでは石油のおかげでその必要がなかった。
ちなみにトルコは、残念ながら石油がほとんど出なかった。しかし、地の利を生かして水力発電大国だ。



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2015年04月10日

Corner state and Othelo

地政学なるものがあるが、私はこれはオセロで考えた方がよいと思うにいたった。
地政学の本を読んでも、株の秘伝書みたいに曖昧で意味不明である。w

オセロは4隅をとるのが合理的な作戦だが、地理上で、この四隅に相当する国家が何かだ。
これはまず、イギリス、日本、アメリカといった島国家が相当する。四隅にある国家は地理的、オセロ的に圧倒的に有利なのである。
オーストラリアも島国家だが、他国と地理的に遠すぎるので無視できる。すくなくとも今までは。

中東は、トルコがオスマン帝国として長らく支配していた。そしてトルコはカプランが指摘しているように、地理的には島国家に相当するのである。
トルコは地中海と黒海に囲まれ、さらに中東とは山脈で隔てられていて、地理的には島国家的な条件にある。つまりトルコは中東における四隅に相当する位置にあるのである。それがためにトルコは中東を支配する地理的条件を持っていた。
ヨーロッパ半島をみるとスペイン、ポルトガルも四隅にありそうだ。しかし、ここは北アフリカつながりでイスラムに長らく支配された。だから一見、隅にあるが実は地理的、地政学的な隅の条件にはなかったのかもしれない。
海で仕切られているようでもジブラルタル海峡はあまりに狭すぎたわけだ。
それでも、スペインは一度は世界を制した。この前にイスラムの支配から抜けコーナー国家になったからである。

オセロにおいては、隅をとるのが大事で、内側はあまり重要でない。広大なハートランドは重要ではないのである。
もっとも四隅とっても、コマの数でまけたら意味ないが。
実際に、近代において世界を制したのはイギリスであり、アメリカというコーナー国家、コーナーになる島国家である。


posted by libertarian at 03:09| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Korea Peninsula and Othelo game

朝鮮は、もともと1つだったのが、冷戦の結果、南北に不幸にも分かれたという見方が一般的なのだろうか。
朝鮮の歴史はほとんど知らないが、朝鮮半島は、シナの柵包体制で支配されたことで一緒くたになっていただけで、その昔は新羅や高句麗だといろいろあったようだ。
言語的には、北と南で同じなのかもしれないが、朝鮮半島は、北と南に分かれているのが本当の姿なのかもしれない。

日本から見れば、海をへだててすぐ隣国の南朝鮮が直接の敵対国家となる。そこで南朝鮮に対抗するには、北朝鮮と組んで挟み撃ちするのが合理的だ。
一方、南から見れば、北に対抗するためにシナと組んで北を挟み込むのが合理的のように見える。
しかし、シナと組んで北を滅ぼせば、今度がシナが隣国となり直接の敵国となるので北は緩衝地帯として残しておいた方がいいわけだ。
国と国の同盟関係は考えられるが、オセロ同様、下手に駒をひっくり返したら危険だ。
今ある多くの国は緩衝地帯として残されたもので、弱小なくせになかなか消滅しない。
北朝鮮がなかなかなくならないのも、それが緩衝国家だからであろう。

日本はオセロの端に位置するから圧倒的に有利な位置にある。

posted by libertarian at 02:33| 東京 ☀| Modern HIstory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Security

戦争とは、セキュリティの1局面に過ぎない。
つまり、セキュリティが問題の本質で、戦争はその1局面に過ぎないということである。
国家というシステムは、コンピューターシステムと同様に、セキュリティシステムが常に動いていないといけない。そして、セキュリティを完全に突破されるとシステムが破壊される。人体であっても普段は意識してないが免疫システムという高度なセキュリティシステムが常に働いていて、それが突破されると病気になる。病気になると、体の中で菌やらウイルスとの全面戦争状態になっているわけだ。

これは哺乳類のような複雑な多細胞生物でなくても、菌やウイルスでもセキュリティシステムはある。
戦争と平和は、The war and peaceであって、The war and the peaceじゃないと大学の頃に授業で聞いたが、戦争と平和で一対となっている、もしくは一環のもので、対立概念ではないということだ。
これも、セキュリティ1元論で考えれば分かる。
セキュリティ体制がうまく機能している状態が平常の平和状態だ。
これが突破されると戦争、warfareとなる。

国家とは、本来、集団的自衛のために組織されたものなので、国家の本質とはセキュリティシステムである。
国家とは、福祉や産業政策をするための経済的な単位ではもともとない。
セキュリティの柱となるのが、軍隊であり、外交部門であり、諜報部門である。これは昔も今もそのままだ。サイバー空間やら宇宙空間のように領域が広がっているだけだ。
日本の場合は、軍隊云々以前に広義のセキュリティ体制が脆弱もしくは存在しないのが大問題だ。属国といわれる所以である。

posted by libertarian at 01:17| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする