2015年08月21日

Wider-area local government system

素朴な疑問として、日本の旧大蔵省はなぜこれほどに権力があるのであろうか?
財布のひもを握っているからだというのは、当たり前のような理由だが、アメリカの財務省がこれほどの権力を持っているという話は聞いたことがない。
一つに連邦制が理由で、アメリカの場合、予算配分権力が連邦政府に集中しているわけではなく、各州に財政権力が分散されているためなのかもしれない。
しかしスイスでは一時期、自治体間でのTax competition が問題になったが、アメリカではそのような話を聞いたことはない。実態はどうなのか?

アメリカのような連邦国家と、EUのような体制の違いもはっきりしない。
アメリカの各stateは、独自の憲法、法律、独自の軍隊も保有する主権国家であるが、通貨発行権はない。この点、EUの各国と同じだ。分かりやすい違いは連邦憲法に相当するものがEUにはないことだ。
EUは経済的な統合であるが、統一の連邦憲法に相当するものはない。
ちなみにアメリカの各stateが軍隊を持つのは主権国家だからだろう。w

日本はやはりその経済規模に対して、中央集権が強すぎるのは事実だ。
依然として後進国的な中央集権体制をとるのは、その経済規模に即していない。
そのくせ、政府にとって一番肝心の軍事に関しては政府の役割があいまいだ。
本来、中央集権化の目的は軍隊の一極集中化にあった。
そもそも日本は軍隊がない前提で議論するのをいい加減やめないとはじまらないわけだが。

昔、大前研一が言っていたように、ある種の連邦制、道州制のような仕組みはやはり必要なのであろう。
日本の地方自治体の条例は法的位置づけもいい加減で、意味がない。
そのため、憲法に抵触するような条例を平気で作る。地方議会に法的な専門能力がない。
アメリカの場合、法律家が多いのは、国=州の数が多いからということもあるのだろう。
州ごとに専門の法律家が必要だ。

道州制については維新の橋下氏も言っていた。地方自治体の統廃合はすでに進んでいるようだが、これをもう少し大きなビジョンで加速する必要がある。
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2015年08月16日

63 years from the San Francisco treaty

安倍首相の70年談話を読んだ。
http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/discource/20150814danwa.html
安倍首相としてはかなり妥協が入っている文章なのは分かる。

実際はサンフランシスコ講和条約が1952年でその時、正式に戦争は終わった。
だから実際は、2015年は戦後、63年が正しい。

一般に70年前、80年前の世界が今とどれほど違っていたかは、なかなかイメージしにくい。
当時は、国と言えるような国はアジアにはなく、ほとんど東南アジアは植民地支配で分断化された”地帯”でしかなかったし、ほとんど唯一、日本が独立国家として欧米に対峙していたくらいだ。

人を人とも思わない欧米の人種差別感情は当たり前のものであったし、世界は今よりもはるかにアナーキーで暴力に満ちていたと言えるだろう。
しかし世界はアナーキーであることは、本質的には今も何も変わっていない。
今もロシア、シナ、朝鮮といった”無法地帯”に日本は接しているわけで、実に危険な状態だ。
ロシア、シナ、朝鮮といった山賊が支配する無法地帯からの、アナーキーな脅威は高まっているわけだ。

80年前の日本はアメリカ型のactiveなリスクコントロールをしようとしたわけだ。当時、日本は日英同盟を解除してしまっていたのが壊滅原因だった。日英同盟による集団安全保障体制を維持していれば、大東亜戦争の悲惨な結果はなかったろう。
日英同盟を破棄したことで孤立し、”個別的自衛権”で脅威を積極的に単独排除しようとしたのがまずかった。
当時も今も個別的自衛は禁じ手なのだ。個別的自衛権の単独行使はあり得ないという前提が共有されないといけない。

軍事的なパワーバランスが崩れることで戦争は起こるわけだからパワーバランスの維持が平和を維持する必要条件となる。そしてパワーバランスは1国で個別にバランスできるものではないから集団的な安全保障体制でバランスを取らなければいけない必然がある。イギリスでもアメリカでもどこでもそうだし、その状況は今も昔も変わらない。

その点、日本は日露戦争を個別自衛で戦い空前の大勝利を収めたから、集団安全保障の意味を忘れていたのかもしれない。自分らだけで自衛できるといった自信と気概がありすぎたのが敗北原因だ。もっとも日露戦争の時は日英同盟があったから、イギリスの間接支援はあった。
日本はアメリカとの集団安全保障同盟なしでは存続できない国なのであるから、これを強化しないといけないのは自明である。より具体的にはアメリカの持つ核兵器の存在によって、今までなんとか日本はパワーバランスを維持してきたわけで、もしアメリカが弱腰になれば日本が核を保有しバランスしなければいけないのも自明なのだ。アメリカはそれは出来ないから日本とは永続的に集団安全保障体制を維持しようとするだろう。

当時ロシアの工作員が日本で自由に活動していたように、今はシナの工作員が日本に大量に入り込んでいる。
日本のメディアはそういった勢力に乗っ取られているようなものだから深刻な問題だ。
メディアの論調があまりにも低レベルすぎて信じがたい。日本の大手メディアはほぼ全て反日勢力という異常な状態がいつまで続くのであろうか。このままでは、日本本土が沖縄化するだろう。
posted by libertarian at 08:18| 東京 🌁| Modern HIstory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月13日

Class

今の社会はリベラリズムが教条であるから、クラスなる差別的なものは原則否定される。
しかし、社会において上下の関係はどこにでも必ずあるし、上下の違いは存在する。
契約関係に基づく上下関係もあるが、契約関係のない上下関係もある。そこが重要なところだ。

実際のところ、左派こそが、単一の価値観に基づく上下関係を欲する連中である。
人間関係の基本はクラスにある。
年齢によるクラス、実力によるクラス、これら諸々のものを前提として社会関係というものは成り立っている。
クラスは必ずしも上下の貴賎を意味するものではない。
だが、リベラル連中はこれがわからない。連中はバカだから「違い」を差別=悪だと言うわけだ。
恐るべきことにリベラルはこのように学校教育でも教えている。

社会において大事なものはクラスなのだ。誰も自分より低いクラスの連中と対等に接しようとは思わない。
だから同類でグループを作る。古今東西、社会はクラスで構成される。
逆に言えばクラス以外のもので構成される社会はあり得ない。
そこにあるのは、自生的なものであり、外部の権力がどうこう横槍を入れるべきものではない。
世の中に法的権利の平等があることは認めても、それ以外の対等関係は存在しないと認識しないといけないわけだ。
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Benefit of computer

コンピューターの性能は向上し続けるし、ソフトもどんどん進化する。
これによる利便性の向上は何を意味するのだろうか?
正直なところ、体感的にはそれほど大したことはない。
人間にとって、最大の希少性はお金ではなく時間だが、コンピューターは利便性の向上と引き換えに時間を消費している感がある。
一方で利便性が向上するほどに、コンピューターに投資する時間は増大していく。
そういったコンピューターへの時間投資は注意しないといけないものであろう。
もっと別の事に時間は投資した方が満足感は高い場合が多い。
コンピューターをSNSのようなコミュニケーション手段として捉えると、それは電話と大した違いはない。
電話の方が充実したコミュニケーションになるかもしれない。
気軽さというのが罠で、気軽なものにあまり価値がないのだ。
しかし、利便性の向上は気軽さの向上に結びついて、それにのめり込むようになる。
価値の低いものに、のめり込むようになる。
コンピューターは利便性の高い道具ではあるが、その利便性に飛びつかない方がよい。
大事な事は自分にとってなるべく価値の高いことに時間を投資することである。
コンピューターはそれを使って何か価値あるものを作り出す道具としてつかわないといけないが、そうして価値のある何かを作ると他人の時間を無駄に消費するのである。w

posted by libertarian at 04:20| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月10日

Jim Rogers is just a trader

ジムロジャースの雑誌記事を読んだ
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44481

ロジャースはいまだに投資で成功しているようだ?が、投資に成功していたとしても別に正しい経済理解をしているわけではないという見本だろう。
しかし、ロジャースは自称リバタリアンであり、こういった経済に関する意見を持っているリバタリアンは多い。私も以前はなんとなく、こういった考えが正しいと思っていた。w

成功している投資家が正しい経済理解をしているわけではないし、正しい経済理解をすれば投資で成功する可能性が高くなるわけでもない。
それは、別物なのである。
とはいえ、ロジャースの言っていることも半分くらいは正しそうだ。
ロジャースはファンダメンタルズ投資をしているから、経済分析はいろいろとしていて、現状認識は適切であることが多く、そのため投資で成功できているということなのであろう。どのくらい成功しているのかは分からないが。w 一度運よく大成功して、大金を手にしたら、その半分投資に回し、半分は手を付けないでいたらそれだけで一生贅沢に暮らせるわけで、その後の投資パフォーマンスがどうであれ、成功した伝説の投資家として暮らしていけるわけだ。w

投資家には経済について一家言持つ人が多いように思うが、大体怪しい床屋談義に過ぎない。
投資家やトレーダーにとっては投資で儲かればいいのであって、国家や経済は自分とは関係のないことだからだ。
ロジャースもただのアメリカ人一相場師に過ぎない。いや、ただの投資家というよりは、かなりの曲者と見るべきだろう。
投資で成功したいからと言って、ロジャースの経済床屋談義まで信じてはいけないということだ。



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2015年08月07日

Apple Music

Apple Musicのお試し入会をしたが、そのまま忘れて全く使っていなかった。
しかし、昨日、色々と試してみたら、これは非常に強力なサービスだとわかった。
ほとんど、ありとあらゆる曲、古今東西の曲がなんでも聞ける。月に980円の定額だから、輸入版のCD1枚買うより安い。

今までは、気に入ったアーティストのアルバムを買って集めたり、レンタルにあれば借りたりしていた。
しかしレンタルCDはメジャーなものしか置いてないから、買わないといけないことが多い。
また、cdは溜まる一方で、よく聞くCDとほとんど聞かないCDに分かれる。

今はネットラジオ局も数万局もあり、ジャズでもジャンルごとに細かく専門化して配信をしている。
気に入ったのがあれば、アマゾンで検索して購入したりしていたが、apple musicに入れば
その必要もない。アルバムを丸ごと聞けるからだ。

音質は、まあまあというべきか。そんなに良くはないと思われるが、悪くはないだろう。
音楽もやはり時代性があって、昔新しく感じたものもすぐに古くなる。
コンピューターなどの機器がすぐに旧くなるのと近いかもしれない。
当時、先端的なものと感じたものこそ、廃れて旧く感じるようになる。

ネットラジオは、古いのからコンテンポラリーなのまで集めているから、飽きない。
音楽もどんどん若い才能、天才が出現してくるし、アレンジも洗練されてくる感じがある。
音楽も5−6年位前のものだとコンテンポラリーと感じるが、10年経つと旧いなと感じることがある。
やはり、新しい音楽を聴くのが楽しい。

今は音も映像もアップコンバート技術が当たり前になっている。dvdをフルハイビジョンでみても綺麗なのはアップコンバートのおかげだ。これを早い時期に普及させたのは、おそらくPS3だろう。
pcオーディオの音がいいのも、このアップコンバートのおかげと思われる。
普通にCDを聞くよりも音がよくなるのは、不思議といえば不思議だ。

やはり自分の好きな音楽は、自分で発掘しないといけない。昔はこの手間が大きかったし限界がかなりあったが、今は容易だ。そのうち、映画なんかでも、こういった定額配信でなんでも観れるようになるのだろう。
HULUとか今でもあるが、音楽ほどにたくさんの作品に自由にアクセスはできない。
本もそうすればいい。

しかし、音楽や映画は楽しむのにも時間がかかるから、どんなに沢山あっても、アクセスできる時間が限られる。昔の方が、音楽を聴いてる時間は長かったが、同じアルバムを何度も聴いていた。
レコードは高価だったし、試聴も簡単ではなかった。FMファンとかの雑誌でラジオ番組をチェックしてテープに録音するくらいであった。
だが、時代的なものかもしれないが、昔の方が音楽は熱心に聞かれていたと思う。
今はテレビ番組でも歌ものはあまりなさそうだ。昔は歌番組ばかりだったが。
posted by libertarian at 06:30| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月02日

Theory

theory,セオリーという言葉の意味は、なかなか難しい。
ミアシャイマーなどが、自分の説をmy theory、my theoryと呼ぶのに違和感を覚えていたが、〜説は、〜セオリーということなのか。
セオリーは実証されない段階でも、セオリーではあるということか。
私の感覚では、ある程度、実証されたものがセオリー、理論で、その前の段階のものは〜説とするのが正しいと思っていたし、今でもそう思っている。実証がともなっていない理論は、仮説の段階にある。

だから、ミアシャイマーのセオリーは、ミアシャイマーの説だ。
歴史的なバックテストに合格したから、ミアシャイマーの説は、theoryと言えるかといえば、それは無理だ。
英語には、このような言葉の使い分けがあまり厳密にないのか?hypothesisは、もっと狭い範囲の、限定的な仮定のイメージだ。これを説とするのもしっくりこない。

歴史的なバックテストは、何重にも難しい。あまり昔だと正確な記録がない。記録が残っていなかったり、残っていても勝者の歴史で改竄されていたりする。また記録があっても、数字がない。そもそも正確な統計数字などは、せいぜいこの100年くらいしかない。記録しか手がかりがないが、記録を検証する手段がまた他の記録しかない。
国際政治や地政学、また経済学の問題は、理論の歴史的な検証が困難かつ怪しいところにある。ある程度、フォワードテスト、つまり予想が当たればよしとするのであろうが、それもかなり限定的になる。
だから世の中には怪しいtheoryや、怪しい証明が溢れているわけだ。

そもそもニュートン物理のようなものを理論とするのであれば、社会科学の理論など理論と呼ぶのもおこがましい。ニュートン物理の衝撃とは、この世の中、この世界に理論が存在すること、そのものだった。当時それは神の存在証明として受け入れられた。
ニュートン以前に理論があったのかは分からない。
ギリシャ時代に理論があったとは思えない。数学はあったが、数学と理論とはまた別だ。
theory,theologyは同起源の言葉なのだろうか?
昔はニュートン教なんてものもあったらしい。w

ニュートン以後は、逆に理論なるものが溢れてくる。説と呼ぶならいいが、理論と呼ぶのは問題があるようなものが多い。説と呼ぶと、簡単に相対化されてしまうので、theoryだ理論だというのであろうが、やはり、理論ではなく説というべきである。

それでもマクロ経済学などは、ミルトンフリードマンの大恐慌研究以来、歴史的な実証をちゃんとしようとしてきた。それが、バーナンキなどのマクロエコノミストの業績で、仮説を実証して理論にまで高めようとしてきたのが偉い。この100年のことでも、数字は簡単に手に入らない。
もとより、実験科学でも数字を手に入れるのは非常に大変だ。一つのデータを手に入れるのでも、大変な労力、時間、お金がかかるのが普通だ。


posted by libertarian at 10:54| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月31日

Risk Control

リスクコントロールとはどういった意味か?
これもよく聞くが、分かったような分からないような言葉で、実際、その定義はあまり明確ではない。
リスクをコントロールするのだから、リスクを増やしたり減らしたりすることがイメージされるが、実際のリスクコントロールとは、リスクを時間的に一定に保つことである。
リスクが周りの環境で増減するのは、コントロールができていない状態だ。
これはナショナルセキュリティでも同様で、外的環境に合わせてリスクの増減を許さないようにコントロールしなければいけない。相手のリスクが低下した状態は、自分のリスクが高まったことと同じだ。自分に課せられたノルマ、課題も当然に上昇する。

日本は全くリスクコントロールができていない状態で、リスクコントロールの意味すら分かっている人は少ない。
ちなみに、投資においてもこの正しい意味でのリスクコントロールが必要なのだが、これが分かっている人も少ない。
posted by libertarian at 03:46| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Risk on

今はマーケットはRiskOn状態になりつつあると思われる。
説明はしないが、そう思われるわけだ。w

ここで問題とするのは、Riskとは何かだ。
セキュリティ問題はRisk問題であり、Riskを定義しないと意味がない。
日常生活は安定的なもので、リスクの存在を意識しない。セキュリティも安定性、日常性を脅かすものといった定義であれば、リスクを意識していない可能性がある。

結論から言えば、リスクとは期待リワードに対して発生するものだ。
おそらく、普通、リスクとは0の状態がマイナスになることとイメージされているだろう。そうではなく、+Aの期待に対してリスクは-Aが自動発生する。意識するしないに関わらずである。

株式投資をする初心者はロスカットを設定しないで買い、ひたすら上がることを願うだろうが、ロスカットを設定しないで利益を期待することで、リスクリワード比は無限大になるかといえば、そうはならない。w
仮に10万円でロスカットするとしよう。ロスカットの値がリスクであり、リワードはそれ以上を達成しなければいけないノルマになる。ロスカットを20万にすれば、なかなかロスカットにかからず、2−3万円で利食いもできるチャンスがあるだろう。だが、ロスカットを大きくすれば、自分がとらなければいけない利益水準が上がっていく。20万のリスクをとって、2万円の利益では勝ったことにはならない。リスクを沢山とるということは、同時に自分に課すノルマ、達成基準を高くするのと同じなのである。1回限りの勝負でなければ、自分の設定したリスクが重くのしかかってくるだろう。自分の能力を超えたリスクを設定すれば、そのノルマは達することもできないだろう。リスク=ノルマであり、その人間の力量にバランスしたものでなければいけない。

セキュリティも、お金を沢山持っている人がより多くの投資をする。普通の人はセキュリティ投資などほとんどしないが、金持ちはそうではない。相当なセキュリティ投資をしている。
これは国家についてもいえることで、豊かな国家ほど多くのセキュリティ投資をする。アメリカは戦争を仕掛けてばかりいるようにも見えるが、あれはあくまで国防、national security の一環なのである。
核兵器が最高のセキュリティ兵器であるのは、相手の期待リワードをマイナス無限大に持っていくことが可能だからで、リスクリワードを1以下に容易にできるからだろう。

posted by libertarian at 02:46| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Customized audio

最近はインターネットラジオでJazzをずっとかけている。
CDも随分沢山溜まっているが、ネットラジオで知らない曲をいろいろと聞いた方が飽きない。
もとより、メインのオーディオはアキュフェーズのパワーアンプを中心としたHiFiシステムであるが、もっぱら聞くのはPCオーディオで、メインのシステムはあまり聞かない。

先日、はじめてUSBDACなるものを購入したので、メインのオーディオにつけてみた。
これが実にいい音で驚いた。
と同時に、メインで使っていたメリディアンのCDプレーヤーの調子が悪いことに気づいた。
このCDプレーヤーも20年以上前に40−50万円したもので、気に入っていたがいつからか調子がおかしくなっていたようだ。最近、メインシステムで聞いてもあまりいい音がすると思わなかったが、これが原因だったようだ。w 自分の耳が悪くなったのが原因だとばかり思っていたが、違ったようだ。w
CDプレーヤーもDACは進歩しているだろうが、CDに内蔵されているOPアンプの性能はアナログなので、結局のところ、そんなに進歩しているわけでもなさそうだ。つまり、昔の高級CDプレーヤーは今の中級機くらいの性能は依然としてあるらしい。もちろん、故障していたら意味ないが。w

ステレオというのは、3Dテレビと同じように人工的に音に立体感覚を与える技術だろう。
3Dテレビはまだ人工的に感じるが、音の場合、それがわりと自然だと感じられ、受け入れられたわけである。
映像より成功したヴァーチャルリアリティ技術といえよう。
だが、一度周波数難聴になると、やはり、それはかなり人工的なものだということを痛感する。
例えて言えば、3Dテレビを見るときに、片眼を閉じて見るようなものである。

というわけで、2年くらい前はモノラルオーディオを少し追求しようと思ったわけだ。
苦労して作ったスピーカーもわりとよい音が出たのだが、特殊な構造をしていたおかげで、壊れてしまい、そのままになってしまっている。そのうちに直さねば。w

いろいろと試した結果、今の自分のPC周りのオーディオ環境はかなり聴きやすい状態になった。
低音再生重視のシステムで、かける音楽もJazzのベースがよく聞こえるようにしてある。
片耳が高音難聴なのでその方が聴きやすいわけである。
小型でよいと思ったDaliのスピーカーだが、今のPC用オーディオシステムの方が値段も10倍以上するし、よくなることはないだろうと思いやめた。w

そもそもお金をかければ、いわゆるよい音は手に入るわけだが、いわゆるよい音ではダメなのだ。
自分の耳にカスタマイズする必要がある。客観的な音の良さではなく、カスタマイズされた音が大事で、どのようにカスタマイズするかが問題になる。
元よりオーディオはバーチャルな技術であり、原音追求ではなくバーチャルリアリティを追求した技術であるから、そのようにカスタマイズするのが本来の姿だと思う。
健康な若い子供なら、それほど聴覚能力に違いがないのかもしれないが、大人になるに従い、聴覚能力にはかなりの違いがでてくると思われる。
精密な聴力テストを行えば、個人差はかなりのばらつきがあるだろう。だからこそ音はカスタマイズした方がよい。
posted by libertarian at 01:34| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月26日

Dali

前からオーディオには興味があったが、耳を悪くしてから遠ざかっていた。しかし、数年前はモノラルオーディオに少し凝って、スピーカーを2−3自作したりした。
スピーカー自作は、工作を楽しむ日曜大工的なもので、実際のところ安くはできないし、2−3個作って終わりだと初期投資でいろいろと購入しないといけない工具の分、高くつく。私は2つ作って終わった。w

まあそれでもスピーカーは失敗しても音がでないことはないし、アンプのように作ったけど鳴らないということもない。w
最近、アマゾンを見てDaliのZensor1が2万円程度で出ており、大ヒットになっているらしい。
Daliといえば、高級オーディオスピーカーブランドだ。Boseのような怪しいメーカーではない。
そこで、ヨドバシでこれを視聴させてもらった。
確かに高級感もあるし、音も悪くないし、なんといっても知らないオーディオファンはいないだろうあのDaliのスピーカーだ。というわけで、欲しくなったのだが、まだ買ってはいない。w

他にもいろいろとスピーカーを聞いたが、正直、値段は正直でやはりB&Wの10万円の同じサイズのスピーカーと比べるとやはり後者の方がよいと思った。ポンコツの耳でも違いは分かる。
ただ、十分によい音だし、安いのは気軽さがあってよいともおもえる。しかし、そもそも自分の耳がポンコツである以上、オーディオにあまり投資するのは賢明ではない。

だが思うに、オーディオに興味を持って買い物をするのは、買い物そのものがわくわくとする夢のある楽しみなのだということを再び思い出したのであった。これはコンピューターなんかを買うのとは別の文化的で豊かな蕩尽行為なのである。

しかし、今では高性能なアンプがかなり安く手に入る。DenonのPMA-390RESPなど実売価格2万円と信じられない安さで性能は非常によい。これとDaliを組めば、昔なら20−30万円クラスのコンポの音が4−5万円で作れる。とはいえUSB-DACに奢れば8万円コースか。これにノートPCをつなげる。
などと、いろいろと組み合わせを考えるのも楽しいわけである。w
posted by libertarian at 00:57| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

The Best Windows note pc

デルの24インチディスプレイも既に8年位使い1920*1200の画面が狭く感じてきた。
そこで、QHDの27インチを新調した。
理想的には有機ELがいいが、パソコン用のが普及してくるのはまだ先であろう。
4Kディスプレイだと文字が小さくなりすぎるので、QHD解像度にしておいた。

だが問題があり、私のThinkPadにはDisplayportがついておらず、HDMI接続だとフルの解像度がでない。
はたと困ったが、MacBookProRetinaにはminiDisplayportが2つもついていることを思い出した。
マックのこれはThunderboltという名前なので、最初、別物かと思っていたが、Displayportのことである。

このような高解像度モニターにはDisplayportが必須で、HDMIでは対応してない。
MBPRetinaはこのポートが2つあり、さらにHDMIもついているから、合計3台も外部モニターがつなげられるようになっている。まさにグラフィックマシンである。
このようなWindowsノートは、私の調べた限りない。
そして以前に導入したParallelsとWindows8.1があるので、これを起動すると完全なるWindowsマシンになる。
Macbookproこそが、最強のWindowsノートだというのは本当だ。w

今のWindowsノートPCは、値段は安くてもお値段相応で、ThinkpadなどでもスペックをMBPレベルにしたら、それ以上の値段がするものも多い。

ということで、これからはMBPRetinaが私のメインのWindowsマシンとなることとなった。
今まではLightroom使うときくらいしか使っておらず、使用頻度が低くて宝の持ち腐れ状態だったが、これで解決した。

Pararrellsは市販ソフトだけあって、よくできている。Bootcampよりもお勧めする。
値段もたしか5−6千円でそんなに高くはない。
posted by libertarian at 00:30| 東京 ☀| Computer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月12日

Smarter than Bluetooth

ブルートゥース機器は、どうも接続の安定性に欠ける。
これではストレスばかりで安心して使うことができない。
やはり有線式に限るというのが結論である。

キーボードやマウスの安定性はこの上なく、大事なものである。
キーボードが勝手にテロまがいな暴走を始めたらプログラムなど書いていられない.
先ほどプログラムを書いていたら、キーボードが暴走してぐじゃぐじゃになった。

そもそもブルートゥース機器というのは、セキュリティ上も信用ができない。
喫茶店など外で使っているとき、ブルートゥースの設定を開くと大量のBT機器が検出され、自分のやつがどれなのか、ぱっとみ分からない。そして、よく見てもわからない。マウスやキーボードの型式を調べる羽目になる。そのくらいでしか区別できない仕様みたいだ。他人が自分と同じマウスを使っていたら区別できないだろう。
キーボードは数字認証するが、マウスなどは、認証しないから簡単に乗っ取れるのではないか?
この場合、乗っ取られるという方が正しいかもしれない。
間違ってペアリングしたら相手のマウスが自分のPCのカーソルとなって動き回るだろう。
これを防ぐ仕組みはあるのか?
間違って他人のマウスをペアリングしてしまうことだってあるだろう。

というわけで、外でWintabを使う際も有線式のキーボードを使うことにした。キーボードもマウスも有線式となると外で使う際はコードだらけになりスマートでないが、やむを得ない。

またブルートゥースキーボードをWindowsにつけるなら、デフォルトが日本語なので日本語のやつを買っておいたほうが無難である。
USキーボードをUSキーボード設定に治すのは、Windowsでは一苦労だ。
そもそも、ブルートゥースで接続するときに、キーボードのタイプを識別するようにはなっていないようだ。
なんでもデフォルトで日本語キーボードとして認識される。
だから、USキーボードを設定しレジストリをいじっても、後で別のキーボードをブルートゥース接続すると元の日本語キーボード設定にもどってしまうようだ。詳しいことはどうでもいいが、経験上そうだ。

しかしWindowsは、Win8以降、頼みのxkeymacsが未対応となっていて、キーボードのコントロールに問題がある。キーバインドを主要なアプリケーションでは統一しないと不便だ。
これを解決するには、Autohotkeyなど別の仕組みで対応する必要がある。
このアプリはなかなか面白くて、仕組みがわかれば難しくはないし、応用範囲も広い。だが、あまり一般性はないかもしれない。というか普通の人にこんなものをいじって、一から設定しろというのは無理な話である。

今の自分のWindowsのメインマシンはWindows7だが、これを今月末に無料でWin10にUpgradeするとキャンペーンみたいなものをやっているが、これは止めておいたほうが無難だ。
キーボードとか周辺機器で煩わされたくない。

Windowsはヴァージョンアップするたびにコントロールパネルの項目とかを適当に配置変更するからますますわけがわからなくなる。昔あったあれはどこに行ったんだとなり、ぐぐって調べる羽目になる。
そうすると同様の苦労をもった人が沢山いることがわかる。

OSのヴァージョンアップと称してもOSの一部として、いろんなアプリを載せてきているだけと思われる。今まではサードパーティがアプリとして提供してきたセキュリティ機能をOSのアプリの一部とするなどの変更だ。
アプリがOSに組み込まれると、MSに支配される。

そもそもOSの範囲というのは決まりがあるのかよく知らないが、基本はKernelだけだろう。
だから、WindowsのバージョンアップとはUIをちょこっといじっているくらいのものだ。LinuxだとUIは最初からいろいろあって、お好きなものをチョイスすればよしとなっているが、Windowsはそうではない。
ちょっとした機能を追加してUIを変更して、バージョンアップと称して出してくるからいちいち相手にしていられない。
Windowsの本当のバージョンアップは、16bit->32bit,32bit->64bitに変更したときの2回しかないのだろう。

後記:
その後もいろいろとキーボード設定に格闘していたら、xkeymacsがなんとかWin8.1でも動くことが判明した。
設定画面が切れたり、正常な感じはしないが、OKボタンは画面下にもっていってクリックするとあらわれた。
これでAutohotkeyをいじらないでも設定が簡単にできる。w



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2015年07月11日

The future of Mac

マックの将来を想像するに、おそらくタブレットのiPadとMacbookのようなノートPCが一体化してシームレスになるのではないだろうか?

今のマックブックなどはタブレットなみに薄いが、形態としてはやはりTabletに落ち着くのではないか。そして、タブレットでiOSとMacOSが同時に動くようになる。これは技術的にはそんなに難しくはないだろう。パラレルズのような仮想化ソフトを使ってもできるわけだ。

そして、普段はタブレットのiPad、そしてたまにMacOSを動かすという使い方になる。
そのようなiPadには、より高性能なCPUが使われるだろうし、ただのiPadより値段も高いプロフェッショナル用として提供される。画面も13インチー17インチと大型のも使われる。ディスプレイは有機ELが標準となる。

きっとそうなるに違いない。w
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Tablet or PC

本日は暑いので近くの喫茶店で過ごした。
というか今も過ごしている。w

装備は、Yoga2のWinTabにiPad mini2,Nexus5だ。
タブレットはバッテリーの持ちがよいので余裕だ。
ノートPCは威圧感があるが、タブレットならそれもない。

iPad mini2だけでも十分ではあるが、Yoga2でプログラムなどをした。
Yoga2は、タブレット型のPCであるから、プログラムできるのが最大のメリットである。
というか、これ以外のiPadにないメリットはあまり浮かばない。w

YOGA2はタブレットとはいえ、コンパイルするのも十分なパワーがある。私が普段作るようなプログラムならこれで問題ない。
もし、大きなプログラムを作っていて、コンパイルにパワーが必要だというのなら、グーグルなどのクラウドに環境を持っておけばいいのかもしれないが、そんなものは幸か不幸か今のところ必要ではない。w

しかし、家にあるブルートゥースキーボードをいろいろ接続していたら、折角設定したキーボード設定が元にもどってしまっていた。
Windowsの闇は深い。

プログラムというのは、技術があれば何でもできるというわけではなく、基本的な技術があって、かつ、こういうものはできないかなというアイデアがないと、できない。
このアイデアがプログラム開発のインセンティブであり、動機だ。

だから、常にアイデアを考えていないと、プログラムをする動機が生まれないのである。
私は技術的に細かいことには興味もないしプログラムそのものを目的としているわけではない。
だが、プログラムを学んでも、自分でアイデアがないとただ学んだだけで終わるか、会社の仕事としてやらされるくらいだろう。

Yoga2は、数年目のPCと違って発熱が圧倒的に少ないと思う。
これはiPadでも同様で、発熱が少ない。
発熱が大きいのはエネルギーロス以外のなにものでもないし、熱いキーボードは不快なものだ。
その手の、不快感がないという点でもYoga2、もといタブレットはよい。
キーボードは別のブルートゥースだからということもあるが、本体に触っても全然熱くなっていない。

タブレットだけで普通の人のコンピューターでできることの99%のニーズは満たされる。
というか、普通の人はプログラムなんか全くしないからほぼ100%かもしれない。いや、Officeがあったか。しかし、タブレット用のオフィスは無料で使えるから、これで間に合うのかもしれない。私はオフィスはエクセルしか使わないし、エクセルはVBでの簡易プログラム環境として使うだけだからPCが必要なのだが。

今までのPCはトラブルがあると色々と調べたり、ぐぐったりして対応するということが多かった。
そうすると、ちょっとコンピューターに詳しくなったような気になるが、実際は対症療法を調べただけで、原理やメカニズムまではわからないから、ちっとも身になっていないのである。そんなことに時間を投入するのは結局無駄だ。自分も随分と無駄なことに時間を投入してきた。
タブレットはその手の無駄な労力が少ないのもいい。
皆無といってもよい。

KindleもWindowsで最近使えるようになったが、Window版キンドルはまだ問題が多い。ちゃんと読めない本もある。例えば文中に挿入された画像や表を拡大できないとかいった問題がある。

そもそも本をコンピューターで快適に読めるのはタブレットだからこそ可能だ。ノートPCでは本など読む気が起きない。PDFファイルも長くなるとプリントアウトしないとPCでは読む気が起きないが、タブレットだと読める。
ただし、フォントなどがそれなりに大きく表示される必要があるが。
文書を手に持って自由に姿勢を変えられるというのが、本なり文書を読む際には重要なことなのだろう。
PCにはそれはできないが、タブレットならできる。
PCで本を読むと窮屈で疲れるのだ。

Yoga2は、安さに惹かれて好奇心から買ったが、正解であった。
贅沢を言えば、10インチより12インチくらいあるとなおよしだ。それで値段据え置きならまた欲しい。w

こうなってくると、MacもMacbookなどのノートPCの存在意義がどうなるのであろうか。
自分はLightRoom用途がメインな目的でMBPレチナを奮発して購入したが、現像処理も意外と面倒なので、あまりやらない。一旦はじめれば現像処理も結構面白いのだが、最近やってない。
結果、私の一番高性能なマシンであるMBPレチナの稼働率が低いままだ。
これを改善するべく、パラレルズを買ってWin8.1も買ってWindowsも動くようにしたのだが、どうもマックで動かすWindowsは妙な感じがある。
レチナディスプレイが災いして、表示が小さくなりすぎるアプリもある。これは外部ディスプレイに表示することで解決できるのだがデスクトップ的な使い方になる。

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NotePC without display

先日、ヨドバシでキーボードをいろいろと触ってきた。
キーボードは長時間プログラムをするような人とかには重要なデバイスであるが、なかなかにこれというのがない。
高級キーボードとして2−3万円クラスで東プレやHHKやFilcoなどが有名だ。
FilcoのはMajestouchを持っているが、どうもあまりしっくりこない。東プレの静電容量タイプのが定番だが、あまりコンパクトなのがない。となると残るのはHHKのprofessional2しかない。
しかし、HHKは昔Liteの安いタイプを買った時の悪い印象が強い。
Filcoは、Majestouch Minilaというコンパクトタイプが置いてあった。これは十分にコンパクトで悪くはなかった。だが在庫がなく結局買わなかった。だが、買わなくて正解だったかもしれない。
軸のタイプで赤、黒、茶、青といろいろあり、それぞれに感触が異なる。しかし、ノートPCになれていると、音の大きさが気になる。

ノートPCのキーボードは、どれもわりと高品質だと思われる。
特別に品質がよいわけではないのであろうが、重量のある本体と一体であるため、もろもろの振動やズレが抑えられる。
外付けのキーボードは軽量なのが多く、それは打鍵感にマイナスに影響する。
キーボードの性能は軸の構造だけでなく、キーボード全体の物理的な質量も影響する。

数年前にキーボードに興味があって、ThinkPadの600Eをヤフオクで買った。
このキーボードはノートPC史上、伝説の最高のキーボードとされ、ネットで絶賛されていた。
発売当初は50万円程度もした高級機種であり、作りは手抜きのないよいものだ。
↓参照のことw
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Cupertino/9946/ThinkPad03.htm

実際にこのキーボードは、非常に快適だ。東プレよりも、HHKよりもMajestouchよりも私の好みだ。
これは、頑丈で重量のあるノートPCと一体という点もメリットなのだろう。

そこで、SmartDataLinkケーブルというものを購入し、600Eをキーボードとして復活させることを思いついた。
このケーブルはなかなかに面白く、MacとWin、WinとWin,MacとMacの間でつなぐと、片方のキーボードとマウスでもう一方のPCを制御できるというすぐれものだ。
ケーブルではなく、ソフトに仕掛けがあるのだが、このUSBケーブルの中にソフトが仕込まれていて、自動にインストールされる。中のUSBメモリにプログラムが入っているだけだ。w

結果、うまく行かなかった。CPUの非力な600Eに無理やりWinXPを入れているが、USBが古すぎるのかもしれない。というわけで、600Eのキーボードの復活は叶わなかった。残念。
Linuxとつなげることができれば、600EをLinuxマシンにしてしまうのも手かもしれない。が、このケーブルはLinuxには対応してないようだ。
今はMBPretinaとWindowosを繋げるのには使っている。最初は妙な感じが抜けないがw.


思うに、今のノートPCは非常に高性能なのだが、PCの形態としてノートPCにディスプレイのついていないものを発売するべきである。
ノートPCにディスプレイがついてないとなると、大昔のFM7、PC8001、初代Appleのようなコンピューター本体とキーボード一体型のものと同じだ。
これは良い意味での先祖返りだ。

なぜかといえば、ノートPCに外部ディスプレイをつないで使うことが多く、この場合、ノートPC側のディスプレイが邪魔になるからである。
だが、ノートPCはキーボードにメリットがあり、最近のノートPCは安いタイプでも高性能だ。
またMacMiniのような単体のコンパクトPCよりも配線周りがスッキリする。物理的にPCとキーボード一体というのにメリットがある。それにコンパクトPCは別途キーボードが必要だから接地面積はキーボード分どうしても余分に必要になる。

ノートPCは可搬性が重視されているが、家で使うノートPCの形態としては、液晶ディスプレイ一体型である必要は必ずしもない。むしろディスプレイは邪魔な場合が多い。こういう市場ニーズは必ずあるはずだ。
最近の外付けディスプレイは大画面でかつ安価だから、ノートPCも家で使う時にはこれらと接続して使うケースが多いはずだ。

今のノートPCの性能に東プレやHHKの高級キーボードを一体化させた、大昔のFM7のようなPCが出てこないものであろうか。
今のThinkPadのXシリーズやTシリーズからディスプレイだけを外しただけでもかなり魅力的だと思う。
たったこれだけのことで、新しいPC市場ができると思う。
要するに、モバイルPCと、ホームPCといった分け方がポイントだ。
従来のホームPCはタワー型の単体PCだったりしたが、この市場は圧倒的に小さい。
ホームPCの新しい形態が提案されるべきなのである。





posted by libertarian at 12:27| 東京 ☀| Computer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月06日

Organic Electro luminesence Display

LG電子が、大型有機ELテレビを出している。ソニーが最初の有機ELを出したのがかれこれ10年くらい前だろうか。55インチの4Kで、今後PC用のディスプレイになってくると買いだ。
あまり騒がれていないが、これはかなり大きなイノベーションだろう。元々が次世代ディスプレイとして日本で研究開発されてきたものだ。

昔のソニーのやつも、画面は小さかったが階調が滑らかで驚くほど綺麗だった。
今後、PCのモニターはこれに以降していくだろう。写真をPCで処理するのが普通になってきたから、有機ELのアドバンテージは大だ。軽量で薄く曲げることもできる。モニターがこうなってくると、PCやタブレットのデバイス形態もまた変化してくる。
ソニーや日本メーカーが先鞭をつけた技術であったが、朝鮮にしてやられたりというところだ。

これは、おそらく、日本の技術者が引きぬかれて韓国で開発したのであろう。
デフレの中で、日本の有機ELの開発は各社で中止され頓挫した。そして日本の技術者はシナや朝鮮に引きぬかれた。
もし日銀がデフレ政策をとっていなければ、日本ではこの間に大きなイノベーションがあったろうし、有機ELも日本で完成していたに違いない。デフレのために日本では過去20年くらい研究開発予算が削られてきて開発力が大きく落ちた。
これが、今の日本の衰退の原因である。こういった研究開発の立ち遅れを一朝一夕で取り戻すことは難しい。
posted by libertarian at 18:08| 東京 ☔| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月30日

Nationalism and University

教育が問題だと思うのは、今の自衛権の問題や財政の問題に関する話を見るにつけ、あまりにも低レベルだと思うからだ。まともな大人の議論とはとてもいえない。
この元を辿れば教育の問題に行き着く。
教育機関が左翼に簒奪された状況では、まじめな子供ほど左巻きな発想を持つようになる。
このような左翼思想教育が行われている結果、人々のオツムの中身が左巻きがデフォルトとなり、必然的に社会的な議論も低レベルなものになるわけだ。この問題は結構深刻だと思う。
結果、おぞましい程に低レベルな話が延々と繰り返される。

私が思うに右と左の区別ができている人間は日本にはほとんどいない。右翼だ左翼だというが、日本にはそんなものはない。総左巻きという状況では右も左である。
いろんな人間が本を書いているが、私が知る限り、日本で右と左の区別ができている人間は数人程度だ。10人はいない。
特に新自由主義うんぬんという言葉を使う連中は、まず右と左の区別が全くできていない人間だ。
このように日本で社会的な議論が猛烈に低レベルになっているのは、マスゴミがそのような話を拡声器でがなりたてるからという面はあるだろうが、国会議員のレベルというのはその国の社会レベルを反映しているだろう。
アメリカの論壇を見るとやはり日本よりかなりレベルが上だ。比較にならないといっていい。

今まで散々、でたらめなことを言ってきた自称経済学者の大学教員連中も未だになんの反省もしない。
彼らは現実にコミットする責任感も意識すらもないただのガキにすぎない。学校秀才の成れの果てという情けない連中だ。大学を辞めるくらいの気概があればいいが、それすらもない。
今は大学の文系への予算を減らそうとしているようだが、それが当然だ。少なくとも国公立大学の文系学部は廃止すればいい。私学で文系学部があるのはいいだろうが。

教育という言葉そのものが、まちがった思想、言葉なのだろう。
例えば、正しい知識が必要というのは正しい。なんらかの技能が有益というのも正しい。
専門家には専門知識が必要というのも正しい。
しかし、こういったことと、教育が必要というのは別のことである。教育とは制度のことである。
制度は手段にすぎないわけで、必要なのは教育(制度)ではない。

有害な権威主義で固められた大学なる制度は、19世紀的国家主義の象徴にすぎない。
国家主義と中央集権制度からくるエリート主義がもととなり、その制度的一貫として大学という制度が作られた。時代的な合理性は当時はあった。だが、もはやそういう時代は実質的に終わっている。
しかし終わった制度とはいえ、制度そのものは、銀塩カメラのフィルムよりは長生きするかもしれない。
posted by libertarian at 00:53| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月28日

BlueTooth devices

最近、ブルートゥース関係の周辺機器を色々と買った。
キーボードやマウスやスピーカーといったガジェットだが、2000−3000円で結構いいものが手に入る時代になった。
しかし、ブルートゥースはやはり接続が安定しない。自分はコンピューターをスリープすることが多いが、スリープして復帰しても再認識しないことが多い。原因はよくわからんが、周辺機器の接続トラブルはとても煩わしい。
この問題がクリアできないとブルートゥース機器は安心して使えない。

こうなるとメインな用途はやはりモバイルとなろう。
基本的には有線式が確実で据え置きのPCでは有線式を使うに限る。
スピーカーもブルートゥースの規格が上がって、音質は良くなっているようだ。だが、これまた接続が安定しないから、USB接続で使っている。
風呂場で使う防水型のブルートゥーススピーカーも買ってみた。音質はよくないが、ラジオでニュースとか聞く分には問題ない。さすがに、PCを風呂場に持ち込むのはリスクが高いから、これがブルートゥースなのは合理的と思われる。
といいつつ、iPad mini2を風呂場で使うべく、専用の防水ジャケットも買った。
風呂場でラジオや音楽を聞きながら、キンドルで本を読んだり、詰将棋を解いたりするのもおつなものである。
あまり長風呂ができないたちであったが、これだとかなり風呂に長いこと浸かっていられる。それがいいことなのかどうかわからないが。

キーボードもマックのような浅いストロークのに慣れると、ストロークの深いキーボードは使いにくくなる。
指を滑らして使う感じになるので、ストロークの深いキーボードでは指が引っかかる。
私が買って割と気に入ったのがAnkerのやつだ。2000円もしないが、マックのキーボードライクな感じで軽くて、キーの感触も悪くない。キーピッチは18mmくらいはあるからちょうど良い。あと、この手のキーボードは、充電池と合体させるのがいいだろう。キーボードは重さがあったほうが安定感がよくなり使い心地もよくなる。単なるキーボードより充電池の機能もあったほうがモバイル用途では好都合だ。10000Amhくらいの充電池を入れれば、かなり重量もましてナイスだろう。w

Wintabについていたやつもまあまあではあるが、あまり本格的に使う気にはなれない。モバイル用途と割りきって使うものだろう。だからプログラミングをWintabでする場合は、Ankerのものを使うのがストレスがない。
とはいえ、キーの配列がずれる。これをWindowsに正しく認識させる方法があるのかどうか知らないが、面倒なのでキーの上に鉛筆で正しい記号を書いて使っている。だが、しかし|記号が使えないのはプログラムをするときには困る。どうもこの記号(|)が存在しないようなのだ。

#しかし、やはり気になるのでググってUSキーボードへの変更方法を調べた。なんとregeditを使わないといけないという。うまく行ったが、windowsは全然進歩してないな。たかがキーボードの変更にregistryをいじらないといけないというのはどういうことだ?

今日も一日プログラムをしていたが、プログラムは頭の体操にはいい。
苦労して作ったものがうまく動くとなかなかに気分がよろしい。(自分にとって)難しい数学の問題や詰将棋を解けた時と同じような爽快感がある。
posted by libertarian at 22:02| 東京 ☁| Computer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月27日

Multi Function Mouse

ロジクールのゲーミングマウス(G300S)を買った。今までマウスは有線式のシンプルなものを使っていたが、このゲーミングマウスは大変に便利だ。今まで使っていなかったのが損したくらいの感じである。これは存在を知らないものは使わないという良い例だ。もっとも、マウスはもっと多ボタン化するべきだとはずっと以前から思っていた。

ゲーミングマウスは、ゲーム用のマウスとはいえ、別にゲームに限らずなんにでも使える。
ボタンが基本の左右、スクロールボタン以外に6つもあり、それにアプリごとに機能を割り振ることができる。
基本的にテキスト入力以外は、キーボードを触らずともマウスだけでほぼ操作は完結する。
Light roomやPhotoshopのような画像処理ソフトを使うときにも非常に威力を発揮する。
マウスとしての基本性能も高い。

アプリごとにモードを3つもつことができる。
ほぼ、なんでもござれという拡張性の高さだ。
さらに、マウスの中にメモリがあり、設定をマウスの中に保持することができる。
つないだパソコンに設定が固定されない使い方ができるようになっている。

これをゲーミングマウスとして売っているのが、このマウスの本来の価値を低めているようにも思う。
私のようにゲームを全くやらない人間はそのネーミングでスルーしてしまうこともあろう。
Multi Function Mouseとして売ればいいと思う。
posted by libertarian at 17:43| 東京 ☁| Computer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月26日

How to live

政府による教育の簒奪が、今の日本の最大の問題かもしれない。
今の教育システムは社会の進歩を抑制し、人々の自由を強制的に抑圧しているのは間違いがない。
それは全て政府が教育システムの根幹を管理しているからだ。
今はますます政府による教育支配が進んでいる。
まあ、これは欧米でも似たり寄ったりではある。
私はこの事態にSF的な管理社会と同じイメージを抱くわけだが、どうもそのように世の中は進んでいる傾向にありそうだ。これは社会主義化の第2段階かもしれない。

人間には何を為すかという選択と、どのように生きるかという選択がある。
教育システムという管理システムに従順であればあるほど、人は貧弱な人生を生きるのは確実であろう。
何を為すかという点では、職業選択の自由のようなものがある。才能があれば芸術家にもなれるし、スポーツ選手にもなれるし、自分の選択したもので何かを為すことができるだろう。
だが、これとどのように生きるかはまた次元を異にする問題である。
どのように生きるかは、2つに一つであり、自由に生きるか他人に支配されて生きるかの2つに一つしかない。
起業家をリスクテイカーと言って、リスクをとる人間とリスクをとらない人間とにわけることがあるが、それは間違いだ。彼らが選択してるのは、自由になるか、奴隷になるかの選択なのである。起業家はリスクをとるというよりも自由を選択する人間といったほうがいい。

教育は何を為すかの、その職業訓練的な意味合いが強いが、同時にどのように生きるかを強制的に決定してしまう。
そこが、教育システムの悪質なところである。犯罪的な点でもある。
もし、政府の管理的な教育システムがなければ、まず最初にくるのはどのように生きるかの選択だろう。
今の日本社会のエリートといわれる人たちは、東大をでて政府官僚になるような連中であろう。
依然としてそれは変わらないだろう。
だが、彼らはどのように生きるかを選択する前に職業を選択してしまった。
ハイリスク・ローリターンな人生を選択してしまった。
もちろん、日本の官僚は世界的にも異常なほどに高給取りであり、社会的な体裁もいいから悪い選択とは一般には思われないわけだが、間違った選択をしたことは間違いない。
人に自由をコントロールされる生き方を選択してしまうことは、奴隷の平安を選ぶだけで、リスクしかなくリターンはほとんどないのである。これは優良企業のサラリーマンになるのも同じ。
職業の選択の前に生き方の選択がなくてはならない。
教育システムでは奴隷の人生の歩み方しか教えないのである。そして教師というシステムに洗脳された奴隷の優等生連中が子どもたちの目を狭くし奴隷への道へ優秀な子どもたちを誘導していくのである。
posted by libertarian at 01:29| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月25日

Keyboard

買ってはいたものの、あまり使っていなかったWindowsTabletを持ちだして、喫茶店で使ってみた。
非常に使いやすい。
タブレットはキーボードが分離式のブルートゥースであるが、長時間使っていてもキーボードが熱くならないのがよい。ノートPCはどうしてもキーボードが暑くなるのが欠点である。

しかし、日本語配列のキーボードはいかがなものか。一番、重要な左の小指の位置に全く使うことのないCAPS lockが依然としてあるのは、どう考えてもおかしい。狂っているとしかいいようがない。
もちろん、自分はxkeymacsのようなアプリで、CAPSをコントロールキーにするなど、キー配列を変更して使うのが決まりであるが、どうもWin8.1には、これが未対応のようでインストールしてない。
キーをカスタマイズできないと、入力作業がかなりつらい。
Macは日本語キーボードでも、ちゃんとコントロールキーがあるべきところにある。

このような酷い配列の日本語キーボードが依然として作られ続けるのであれば、Windowsの方でキーカスタマイズのソフトをデフォルトで入れるべきである。
キーマッピングは、ソフトでWindowsも管理しているのだから、こういったソフトをはじめから入れておくべきである。
そうすれば、xkeymacsをわざわざ入れる必要がないし、まだWin8に未対応だといって、苦労することもない。

同時にキーボードメーカーも、よりスッキリとした合理的な配列の独自規格のキーボードを提供すれば儲かるのではないか。日本語配列のキーボードはあまりにも無駄な使わないキーが多すぎて、狭い空間をさらに狭くしている。



posted by libertarian at 15:13| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月21日

Graph calculator

グラフ計算機という高級なソフトは昔からあるが実際に利用したことはほとんどなかった。
あまり使う機会がないからである。
だが、エクセルで面倒な計算をしている際に、ふとグラフ計算機の存在を思い出し、つかってみたところ、実に便利であった。
この手のソフトではいろんな種類が出ているが、wolfrum alphaを使ってもいい。
解析的に解くことが難しい方程式を扱う際に非常に便利である。
昔はこんなものはなかったし、エクセルもなかったわけだから、根性で解析的に解いていたのだろうが、複雑になると解けるとは限らない。そんな時にグラフ計算機が役立つ。
posted by libertarian at 16:12| 東京 ☔| Computer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月17日

LED and Fluctuation

家の照明をLED照明に取り替えた。
トイレとかは、人感センサー付きの照明にしたが実に具合がよろしい。
電気のつけたり消したりは、結構面倒で消し忘れとかも多いので人感センサーは便利である。
しかしLEDの寿命は数万時間あるそうだが、センサーの寿命はそれよりもずっと短そうだ。そちらの寿命については記述がなにもない。だが、元が安いし、利便性を考えれば問題にはならない。

最近のセンサーは反応が早く、LEDもすぐにぱっと明るくなる。技術の進歩を感じる。
LEDも5−6wで60−100wの明るさだから、大きな省エネ効果がある。消費電力が小さいため、熱を帯びないのも良い点である。
さらに電池式のセンサーライトも各種購入した。電池式とはいえ、LEDのお陰でかなり長くもつので、実用に耐える。
階段などに設置したが、快適だ。昔のフランス映画で美女と野獣というのがあった。この中で、廊下を通ると自動的にランプが灯るシーンがある。あれと同じかんじだ。w
電池も充電式のものにすれば、電池のランニングコストは問題にならない。

住居において、照明装置は重要なものだとあらためて感じる。
以前の電球や蛍光灯は、ちらつきゆらぎがあるから目が疲れるとか言われていて、インバーターでちらつきを抑えるような工夫がされているものもあった。biolightなどはちらつき抑制が謳い文句で、これを買ったりもした。
LEDはこのようなゆらぎはない。だが、光のゆらぎがないのは、逆にLEDの欠点の一つでもある。
コンピューターディスプレイにしても、昔のやつは蛍光灯だったが、今のはLEDだ。
どちらが、目にやさしいかといえば、昔の蛍光灯バックライトのタイプである。だから、ディスプレイはメインのは昔の蛍光灯タイプのやつを大事に使っている。
ディスプレイのLEDの光はシャープだが、長く使うと目が疲れる印象がある。

今後は、LED照明は、目に優しいゆらぎを作る回路ができるかもしれないw

posted by libertarian at 11:04| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月06日

Quiz

サイコロを振り、1と2と3と4が出たら掛け金と同じ額を得、5と6が出たら掛け金が胴元に取られるという賭けを考える。具体的には例えば1000円を賭け、1が出たら1000円の儲け、5が出たら1000円を没収というゲームである。今、手元に軍資金として100万円がある。ゲームは100回繰り返す。どのように賭けるのがいいだろうか?掛け金は毎回同じでもいいし、毎回変動させてもいい。
2/3 で勝ち、1/3 で負けるわけで、このゲームは賭ける方に有利なゲームである。だが負ける可能性も当然にある。
意外とこういった問題をちゃんと解ける人は少ないのかもしれない。
しかしこういった問題に投資戦略の基本的な考えがあると思われる。
つまり、これは投資における資金管理の考え方だ。

この問題はサイコロで確率が決まっているから正解があるが、実際の投資では確率は決まっていないから、この正解のようなアグレッシブな投資はできない。
投資の世界は、あまりにもデタラメや詐欺が多く、本もネットも証券会社の情報も全く使いものにならない。
そんなものを見ているのは、カモにされる素人だけだろう。
こういった問題を自分の頭で考えることもできない人間が投資をしても生き残れる可能性はほぼ0であろう。

投資はゼロサムゲームであり、将棋や麻雀やポーカー、バックギャモンと同様に強者が勝つゲームと考えられる。確率が入るゲームであっても、それは運次第を意味しない。プロのポーカープレーヤーや将棋の棋士に素人が勝負して勝てる可能性はほぼ0だ。将棋は完全情報ゲームだから可能性は0だが、偶然性が入るポーカーならたまに勝つこともあるだろう。だが、ゲームを繰り返せば必ず負ける。
投資もそういったゲームとかんがえられる。
つまり、市場といった人外なものを相手にしているのではなく、あくまでも人間相手のゲームだと考える方が正しいのだろう。
posted by libertarian at 22:38| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月31日

Memorization

最近、世界地図の国を暗記した。
暗記をするのはずいぶんと久しぶりである。

どのくらいの人が、世界の国の地理上の位置をちゃんと覚えているのかわからないが、アメリカ人の多くは日本がどこにあるのかも知らないらしい。嘆かわしいことである。
これは日本人がアルメニアと聞いてどこにあるのか知らないのと同様なのか?これも結構嘆かわしい。私もつい最近まで知らなかった。

どうやって覚えたのかといえば、iアプリを使った。
アンドロイドや iPadには、世界パズルというパズルピースゲームがあり、タイムを競う。
自分はタイム的には大したことがないが、これを何回もやって、ほぼ全世界の国を制覇した。

それまでは、アフリカは沢山ごちゃごちゃ国があるなとしか認識していなかったし、中東のあたりも何が何だか知らなかったし、東の方のヨーロッパもちゃんとは知らなかったし、東南アジアも曖昧であったし、中南米も興味がなかった。
つまるところ、世界のほとんどの国をちゃんとは覚えていなかったわけだ。これは自分が特別に無知なのではなく、普通の人と同じだろう。
だが、今では、国の名前を聞くだけで、あそこにあると頭の中ではっきりとイメージできる。
これは、大きな進歩である。頭の中に世界地図ができたようなものだ。
このような教育アプリは非常に良く出来ている。年齢に関係なく役に立つというものだ。
地図を覚えることは、重要な大人の教養の一つといって過言でない。

映画を見ていると、あちらの教養のある人は結構、有名な本を暗記しているらしい。まず、聖書の暗記が基本で、シェークスピアのセリフなどの暗記をしている人もいるようだ。
こういった暗記は意外と重要なことだと思う。
私はその昔高校の頃、日本国憲法の前文のGHQ版の英語を暗記させられた。というか、暗記しているかテストをされた。だが、暗記してなかったので、最初の1フレーズしか回答できなかった記憶がある。こんなものを覚えなかったのは幸いであった。大学ではボードレールのフランス語の詩を暗記させられた。というか、暗記しろという課題がでて、テストに出たが、やはり覚えてなかったので、これも最初の1フレーズしか書けなかった。
だが、今でもこれらの最初の1フレーズだけは頭の中に残っているのである。
ボードレールの詩は全部覚えておいたほうが良かったかもしれない。

イスラム圏では、コーランの暗唱、暗記が教育の基本となっているようだ。
これも教育効果は高いだろう。
日本でも断片的な知識の暗記が教育の基本となっているが、文章丸ごと暗記というのはあまりさせないと思う。
それでも昔は日本でも、論語などの暗記をさせていたようだ。
自分で何かを学ぶ場合、テストがないから、特に暗記を自分に課すことがないが、基本的なことは暗記する努力が必要だろう。

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2015年05月30日

Borgia

TVドラマのボルジア家を観た。
なかなかの大作で見応えがあった。

ジェレミー・アイアンズが演じるロドリーゴ ボルジアが聖職売買でローマ教皇アレクサンデル6世になるところから話ははじまる。
ボルジア家のチェーザレ・ボルジア、ルクレツィア・ボルジアやマキャベリ、ジュリアファルネーゼなど有名な歴史人物が出てくるが、ドラマをみてこの頃の時代雰囲気みたいなものが分かる気がした。マキャベリの君主論はこの頃の歴史を知らないと読んでもよくわからない。

1500年前後の時代だが、この頃はイタリアも日本も統一されておらず、群雄割拠状態だ。日本は信長や秀吉の時代だ。
チェーザレ・ボルジアなどは、この頃の信長みたいな歴史上の人物である。
イタリアではこの頃、ルネサンスが起こり、同時に宗教改革が起こり、コロンブスのアメリカ大陸の発見があった。

ロドリーゴボルジアは、Wikiなどを見ても「世俗化した教皇」の代表と書かれているが、これは間違っている。
たしかに、政治的だったが、宗教教団が政治的であることを世俗化とはいわない。これはイスラームと同じで、宗教と政治を切り離すことが世俗化の正しい意味である。
この頃は、まさに政治と宗教が分離されていない時代、世俗化される前のキリスト教世界だ。世俗化される前のキリスト教には、カトリックのような政治権力を掌握した組織と、宗教改革を唱える革命主義的な宗教者が対立していた。しかし、このどちらも世俗化した宗教組織ではない。当時の宗教改革派のやっていることはシナの文化大革命と同じである。特に子供を使った破壊活動が描かれている。
ボルジアはむしろシナの共産主義に対向する自由主義陣営に近い存在で、ルネサンスの擁護者だ。
当時は、ルネサンスに象徴される自由主義と、宗教改革の全体主義的な動きの2つがあったわけだが、その後は、むしろ宗教改革という全体主義がヨーロッパを風靡していく。
ヨーロッパが世俗化されるのは、17世紀以降、ウェストファリア条約から後のことである。しかし、それがいつなのかは定かでない。

日本はこの頃もその前もその後にも、宗教支配が存在しなかったから、世界最古の世俗化社会と呼べるかもしれない。
また日本の場合、全国の統一が早かった。徳川家康が1600年に統一したわけだが、イタリアが統一されたのは1870年頃とつい最近である。イタリアやフランスにはこの統一の英雄、ガリバルディの名をとった通りや広場がたくさんあるが、日本の教科書には載っているのであろうか?私はイタリアにいってガリバルディという名前を初めて知った。


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Jobs

スティーブジョブスの伝記的映画「ジョブス」を観た。
私は、ジョブスとそんなに歳も変わらないから、ここで描かれているような話はリアルタイムに目撃してきたことだ。
過去を思い起こすと、技術進歩の加速感というのを感じる。これは、まさにムーアの法則からもたらされるものだろう。
ジョブスの話は、どれもワンパターンというか、新規な情報のない話が多い。
私にとって、ジョブスはマックというパソコンを創造したというより、OSを2つも作った人間という評価になる。

最初MacOS  を作り、その後、NextOSを作った。
技術者として自分で作ったわけではないが、OSを2つ作るというのはすごいことである。
ジョブスがアップルを追い出されなければ、NextOSはなかった。
またアップルを追い出されてからNextOSという全く別のOSを作り上げたわけだが、OSを作るのはアプリを作るのとは異次元にものだろう。
なんでそんなことができたのか不思議だ。
そして、appleはMacOSの仕組みが古すぎて時代に取り残される寸前だったのが、NextOSによって蘇った。
OSというPCの心臓部分を作ったというのがえらい。もちろん、作った技術者が偉いのだが、経営者として企画をして作ったのはジョブスだ。

そもそもLinuxにしても、 Kernelの作成が難しく、ずっとできなかったのをLinusTorvalsが作り上げた。それまでもGNUプロジェクトではKernel作成を試みていたが失敗していたようだ。

しかし、ジョブスの話となると、マックや iPod といった製品の話、そのデザインの話が主流になる。
実際、ジョブスの関心がそこに向いていたからだろうが、ジョブスの成功の本質は、むしろOSの開発にあったと結果的に思われるわけだ。


posted by libertarian at 01:57| 東京 ☁| Computer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Battery based computer

 タブレットの良い点として、USBで充電できることがある。
ノートPCの場合、専用の充電器が必要で、これが結構嵩張るし重い。
その点、 Windowsタブレットは、中身は普通のPCでありながら、タブレット同様、USBで充電できるのもメリットだ。
今はモバイルバッテリーが大容量でかつ値段も安くなっている。
2A給電できるバッテリーが出てきたのも大きい。

カメラにしても、モバイルバッテリーから給電できる機種であれば、交換用のバッテリーをたくさん持ち歩くよりも便利である。
デジカメの電池は特殊形状が多く、バッテリーの寿命がカメラの寿命となるので、今後はUSB給電ができるの基本とすべきだろう。
デジカメはレンズ付きの画像処理専用コンピューターともいえる。

ノートPCはデスクトップと違って携帯性が重要なわけだから、今後はWindowsタブレットが主流になりそうだ。
今までのノートPCはなくなるわけではなく、デスクトップ的な使い方がされるということだろう。

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2015年05月23日

Windows8.1 Tablet

ヨドバシでついついWindowsTablet(10インチ)を買ってしまった。
タブレットとはいえ、これは普通のwindows8.1 32bit版であり、普通のノートPCとなにも変わらない。
値段は、ポイント分を引くと37000円くらい。
これにOffice2013が入っているから、驚きの安さである。
少し前にexcel2013を1万円以上だして買ったが、買うのではなかった。w

軽いしバッテリーは15時間持つと公称してるし、旅行などにもっていくといいかもしれない。
まあ、旅行などめったに行かないし、外出先でノートPCで込み入った作業することもまずないから、特に必要というわけではなかった。
安さに惹かれ、興味本位で衝動買いしたというとこだ。

windows8.1 with Bingというのが、アンドロイド同様、OS価格を0円にしているので、この価格が実現されたようだ、
今はWindowsでも、普通にキンドルが使えるし、タブレット化するメリットは大である。
だがPCのキンドルを縦向きで読むのは、この場合あまり具合がよくない。

ノートPCと違って、これには最初からGPSがついている。これもマップアプリが好きな自分には評価が高い点だ。

ただ、少し使った感じでは、あくまでこれはWindowsPCであって、iPadやアンドロイドタブレットと比較するものではないかもしれない。
とはいえ、この価格でWindowsマシンが手に入るのはかなり衝撃的だ。
アプリも普通にストレスなく動作する。
拡張性を犠牲にして安く軽くしているわけだが、この値段であれば、Wintabを買ってもは失敗はまずないだろう。

まとめると
良い点
  • 安い
  • 軽い
  • バッテリーの持ちがいい
  • MSオフィスが入っている
  • GPSがついている

良くない点
  • 拡張性があまりない
  • 重いアプリは厳しい→モバイルで画像処理ソフトは普通は使わないだろうが、重いゲームをする人はいるだろう。

WindowsTabletはPCにとってひさびさにインパクトのあるものだと思う。






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posted by libertarian at 19:52| 東京 ☀| Computer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする